第21話:青の交差。オタクに優しくてもキレる時はキレる
「普通のコラボ、って。じゃああの時嫌って言ってほしかった……」
オキテさんが、赤城さんが何を考えているか、全然分からない。
やろうと言ったと思えば、やっぱやめたと言ったり。わたしには何がしたいか全然分からない。
分からない、で言ったらわたしも彼女との付き合い方が未だに掴めないままでいるんだけどさ。嵐のように連れて行かれたと思ったら、突然去っていく。もうなんなのさ!
「やっぱり、オタクに優しいギャルなんて幻想でしかないのかな」
相談できる相手もいない。その相手に振り回されてるんだからしょうがない。もうちょっとちゃんと赤城さんの事を知れたらいいのに。少なくとも、今考えていることは特に。
よし、次のお昼休み、この時に聞こう。でも周りに知らないギャルとかいっぱいいるし、陰キャのわたしなんかがそこを割って入っていくことなんてできるわけがない。
じゃ、じゃあ放課後! バイト前の赤城さんを捕まえるしかない!
閉じていたドアをガラガラと開けると、赤城さんと目が合う。でも珍しく顔を伏せたのは相手の方だった。何なのさ本当に。それじゃあわたしと赤城さんの間で何かが起こったみたいに見えちゃうじゃん。
お昼休みも図ったかのように、すぐさま教室から飛び出すし、本気でわたしと会話する気ないんだ。たしかに気まずいけど、今の状況のほうがもっと落ち着かない。そこんところ分かってるはずなのに。
でもどうしようもできないわたしもいるわけで。自分で行動はしない。相手から、赤城さんからのアクションを待つだけのわたしなんて……。
「おい」
「ひぃ!」
声のする方に顔を向けると、そこには赤城さんといつも話しているもう一人のギャルがそこにいた。暗めの紺色で髪の毛を塗って、明るい水色を差し色として1本メッシュに入れているショートボブの女の子。名前は全然知らないけど、目の前でめっちゃ怒ってるように見える。
え、わたしなんかやっちゃいました?!
「こっち来て」
「あ、はい……」
ひぃいいいい、モノホンのギャルだーーー!!
両手をカーディガンのポケットに入れて、ちょっと上を向きながら通りすがる同族に挨拶していく。ギャルだ。わたしの想像してたギャルそのもの! 歩く姿も自然と陽キャ感溢れてる!
その後ろについてくるわたしはなんと惨めなことか。猫背で両手をハムスターのように縮めながら、処刑の日を今か今かと待つ死刑囚がこのわたしだ。
十中八九赤城さんのことなんだろうけど、わたしだってどうなってるか分からないのに……。
そうしてやってきたのは1階階段の裏手。よく倉庫として使われており、普段誰からも見られることのない恐ろしい場所だ。ここでボコされたらわたしみんなに知られずに死ぬのかな? ごめんね実家のお父さんとお母さん。曾祖母ちゃんのところに先に行ってるね。
「えー、っと。青原だっけ? うちのつゆに何した?」
「いっ! いえ、何も……」
「何もじゃないだろ! アンタが戻ってきた辺りからつゆの調子がおかしいんだろうが!」
誠にそのとおりでございます。ございますが……。これ、またVバレしないとダメかなぁ……。
「つゆは頭良い癖にバカだから、自分が落ち込んでるところを隠そうとするんだよ。アタシから見りゃバレバレだけどさ」
「あっ、そ。そうですねぇ……」
「分かってんなら自分が何やったかぐらい知ってるんじゃないの?」
とてもよくお分かりで……。
やったこと、持ちかけたことは確かに悪いことだ。百合営業の話を持ちかけて、それを赤城さんは断っただけ。むしろ赤城さんは悪くないっていうか、わたしは赤城さんを利用しようとしただけなんだ。
でもこれをどうやってこの人に言えばいいんだろう。赤城さんがVtuberであることは知っている。じゃあ自分もVtuberで、赤城さんの推しであることを伝えれば? 正直に伝えたら、それこそ怒るかも。推しっていう立ち位置を利用して、自分の人気を上げようとしてるだけだから。
「はぁ……。言えないこと?」
「えっと、その……」
真実を突き止めようとする眩しい光に、思わず目を背けてしまう。
わたしが考えていることは言えないこと、バレたくないことだ。だから後ろめたさが勝ってしまい、思わず縮こまってしまう。
「アンタらがVオタ同士って話は聞いたけど、ひょっとしてつゆに何かしようとした?」
「それは、その……」
とてもじゃないが百合営業を持ちかけました、なんて言えるわけがない。
しかも誤解でもなんでもないから。嘘は付きたくないし。だから結局沈黙を貫くしかない。
相手のギャルは深く息を吐き出してから、懐から何かを取り出したかのように見えた。え、もしかしてナイフ的なやつ?! 殺傷されますわたし?!
とっさに目を閉じて痛みを我慢する。次の瞬間、衝撃が伝わったのは頭のてっぺんからだった。
しかもゴスッとかいう痛い音ではなくて、ポコンと、頭を軽く叩くような、そんな衝撃だった。
恐る恐る目を開く。すると、目の前には指を眉間に押さえて、悩む姿がそこにはあった。
「今日はこれで勘弁してやるよ。でも絶対仲直りしろよ」
「……き、聞かないんですか? いろいろと」
「聞いても言わないだろ、アンタ。だからアンタ自身で解決しろ。いいな?」
「は、はい……」
オタクに優しいギャルっているんだ!
って冗談はさておき、多分この人は友人想いの優しい人なんだ。赤城さんのことが大切で、でも目の前にいるわたしなんかにも施しをくれて。なんてお礼をしたらいいのかわからなくなる。
けど、絶対に言いたい。感謝の言葉を。
去ろうとする背中に慌てて声をかける。
「あのっ!」
「ん? まだなんか用?」
「お、お名前は!」
しばらく考えたあと、彼女は自分の名前を口にしてくれた。
「星守。下の名前は覚えなくていい」
「じゃ、じゃあ星守さん! ありがとうございました!」
「……それ言えるんだったら仲直りぐらいしとけよなー」
「は、はい!」
赤城さんと関わってからだけど、少しずつ誰かの名前を覚えるようになった。
世界はこうやって広がっていくのかもしれないけど、そんなことよりまずはコラボのことをどうにかしないと!




