第20話:赤の無知。百合営業するということ
「聞いて! あたし音瑠香ちゃんとコラボすることになったんよ!!」
「急にどうした急に」
休み時間。音瑠香ちゃん、もとい青原がトイレに行ったのを確認してあたしは舞に自慢話を持ちかけることにした。
もちろん内容は音瑠香ちゃんとのコラボの話ですよ、むっふん。推しとコラボできるなんて最高よなぁ!!
「あー、深くは言えないんだけど、音瑠香ちゃんと友だちになった!」
「すげーざっくり」
「そんで通話したら、ユリエイギョウ? することになった!」
「はぁ?!!!」
そこ、そんなに驚くところなの?
音瑠香ちゃんも相当苦肉の策で話題に上げていたけど、そんなに嫌なんだろうか、この百合営業って。あたしは仲良くしていればそれでいいと聞いたけども。
「アンタ、そっちのけだったの?」
「そっちって?」
「はぁ……。この万年処女に聞いても意味なかったわ」
「あぁん?!」
2人ともなんで同じような話に繋げるんだろうか。相手は音瑠香ちゃんとは言っても中身は青原。そりゃあちょっとメガネ変えた時に、やっぱ形整えればかわいいじゃん。とか思ったけど、それとこれとはまた別の問題。
大体営業をするって言ってるんだから、それ以上の意味はないでしょ。百合、っていう意味はいまいちピンとこなかったけど。
「まー落ち着けって。とりま百合って検索してみ?」
「百合って、花のユリでしょ? なんで検索しなきゃいけないのさ」
「はやく」
「……うい」
手早くスマホを取り出して、キーパッドで百合の二文字を入力する。
検索エンジンにヒットしたのは案の定花の名前と、もう一つ。女の子同士の関係性を表すものだった。
気になったのでとりあえず適当にサイトを1つ開く。
すると、出てきたのは。出てきたのはって、これなんで女の子2人がすっごいときめきに乙女チックな感じでお互いのことを見つめてるの?!
普通そういうのって恋人同士がするもので。いやいやいや、最近はそういう女の子同士でのパートナーシップ制度もあるという話も聞く。だから偏見とかそういうのはないけど。けどさぁ……。
「な?」
「……な、なにこれ」
「百合っていうのは、女同士がイチャイチャする関係性の総称みたいなもん」
「い、いや分かってるし」
そうそう。こういうこと友だち同士でだってするし。冗談でおっぱい揉んだり揉まれたり。冗談でケツ叩いたりさ!
……まぁ、冗談で、なんだけど。こんなマジな顔で揉まれたり触られたりしたら、マジでそういう。それじゃん。
「それをリスナーの、顔も知らない赤の他人に見せるんだぞ? マジで分かってる?」
「…………分かってるし」
流石にそこまでは想定してなかった。
あたしが考えていたのは音瑠香ちゃんと仲良くコラボすることと、彼女を有名にしたいってことだけで、自分のことは全然顧みてなかったというか。
音瑠香ちゃんが言ってた『恋愛ごっこ』って、そういうことだったのか。
頭では理解しているつもりになってた。でもつもりになってただけで、本当のことは何一つ分かってなかった。百合の意味だってそうだし、音瑠香ちゃんの気遣いとかも。
「やらかした顔じゃん。ウケる」
「ウケんなし……」
「ごめんて。でも考えときなよ、まだコラボするって表に出したわけじゃないんだろうし」
「うん、ちょっと。相談する」
そう、だよね。あたしばっか舞い上がってたけど、音瑠香ちゃんにも迷惑がかかってしまうかもなんだ。ちゃんと。ちゃんと相談しなきゃだよね。
タイミングがちょうどいいのか悪いのか。教室のドアからスッと戻ってきたのは青原だった。思い立ったが吉日。とにかく今相談しよう。
「青原!」
「うぇえ?! な、なんですか急に……!」
「ちょっと来て!」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいって! 次の授業の準備がー!」
青原の腕を引っ張って、誰にも聞こえなさそうな階段のホールにやってくる。ここならとりあえず青原がVtuberであることを言ってもバレないだろう。
「青原! あの、コラボの件なんだけど、さ……」
「……っ! ひょっとして、やっぱりダメ、ですか?」
くぅ、こいつ! 反応だけは一端にかわいいから困るんだよ。
最近は見た目を気にし始めたのか、ちょっと髪が整ってる気がするし。いやいや、さっきの百合営業の話を聞いたから今意識してるだけで、全然こいつのことなんかこれっぽっちも好きじゃないし!
てか、すぐネガティブに捉えんなって。何もコラボがダメとは言ってないというか……。百合営業が、っていうか……。
「……普通のコラボにしない?」
「え、普通の、ですか?」
「そ、そう! 普通の! 百合営業とかじゃなくって、普通にゲームする! みたいな!」
「あ……。あぁ、いいですね……!」
「でしょー?! だから放課後……は、あたしがバイトだったわ! 終わったらロイン送るから! てかあたし青原のロイン知らないんだったわ! ははは、普通にDM送るわ! それじゃ!」
「あ、はい……」
そう一気に捲し立てた後、あたしはその場をダッシュで逃げ出した。
しくったーーーーーー! なんだよ、慌てて話切るとか。ありえない。
確かに授業まではもうすぐだったけど、一緒に戻ればよかったじゃん、なんであたしが先にダッシュで走って逃げてるのさ!
……逃げる? なんで逃げる必要があったん? あたし別にやましいことなんて1つも思ってないのに。なんというか、青原のちょっと寂しそうな顔見てたら、こう。訳の分からない感情が湧き上がってきて、このまま一緒に教室に戻ったらなんか嫌だとか、そういうの。
なんか嫌って、青原に失礼じゃね? あたしたちはただのいわゆる友だち。そうV友なわけよ。
で、百合営業しようって持ちかけた話を、今なかったコトにした! それでいいじゃん。あー、楽しみだなー! ゲーム何にしようかなー! あはは……。
「はぁ……。なんで逃げてんのさ、あたし」
罪悪感が湧いて出てくる。慌てて話を切り捨てて、ダッシュで逃げて。青原は置いてけぼり。
それで向こうが一度はやめようって言ったことを掘り返して。
優柔不断もいいところだ。サイテイサイアク。百合をよく知らなかったあたしが悪い。
でも。……でも最初に百合営業をしようって持ちかけてきたのは青原の方で。確かにあたしはいいかもって言ったけど……。いやいや、そういう話を掘り返したのがあたしなんだよ。
だから……。
「あたし、青原と。音瑠香ちゃんとどう向き合いたいんだろう」
結局ここなんだと思う。
友だちになれてやった! ハッピー! でもそれが終わりじゃない。
推しと友だちになったからこそ、最終的親しい隣人になりたいのか、それ以上になりたいのか。はたまた推しとリスナーの関係でありたいのか。あたしには、まだその答えが出せそうにないや。




