第18話:青の提案。じゃあコラボしよう
百合営業とは、ビジネスライクみたいな関係と言えば分かりやすいだろうか。
人気になるために、あくまで表向きはお相手の女の子と仲良しですよ、付き合ってますよムーブをするが、裏ではそんなこともない関係。こういうのってなんていうんだろう。配信では好き好きムーブするけど、実際の関係性はクラスメイト程度で本気にはならないでね、ってことかな?
「まぁそんな感じ。仲良くしていれば相手のことも気になるじゃないですか。それでフォローもうなぎ上りってね! へへっ……」
『音瑠香ちゃん、天才かもしれない』
「そうかなー! 割とやってる人多い気がするけど、そう言われると照れるなー!」
げへげへしてるニヤけ顔がカメラやモデルを介さなくても伝わってくる。
我ながら気持ち悪い顔をしてるんだろうな。手元に鏡とかないから分からないけど、相当気持ち悪い自覚が見える。その証拠に声もキモオタレベルにまで落ちていたので、
『音瑠香ちゃん、素が出てるよ』
と、オキテさんにまで言われる始末だ。
ほっぺたをぐにぐにして、意識を改める。よ、よし。まずはどういう方向性で百合営業するかを決めなくては。
「ご、ごほん! とりあえず百合営業については分かりました?」
『まー、なんとなく? 要は仲良さそうにしてればいいんでしょ』
「そんな感じ。仲良くするにしても、どういう方向性とかもあるし、その辺りもちゃんと決めなきゃ」
『方向性……? 仲良くするのに方向性とかいるん?』
え、もしかしてこのギャル何も考えずに人と交流してるってことなの? それはそれで裏表のない誠実な人間なんだと感心するけど、それでよく世渡りできたな。
言ってる本人は最初からドロップアウトしてるんですが。大丈夫、百合漫画とかラブコメ小説はちゃんと網羅してるから。
「こう、あるじゃないですか。イチャイチャの仕方にも」
『それって彼女にどういう扱いをしてほしいか、みたいな感じ? あー、そういう方向性ね』
そうそう。よく分かってるじゃないかギャル。もといオキテさん。
というかこの人なら男女に関わらず、何人か恋愛経験があるのでは? そうなれば生の声を聞くことができて、よりリアルな百合営業も可能かもしれない。
なので聞いてみる。
「オキテさんは誰かと付き合ったこととかないんですか?」
『ないけど』
「ない……。ないんですか?!」
『うん、ないよ』
嘘だろこのギャル?! そんなにかわいい顔と色気のあるボディしておいて彼氏彼女がいたことないってマジかよ。
実は嘘ついてます? なのでもう1度聞いてみた。
「いやいや、嘘はよくないですよオキテさん。あなたぐらいモテそうな人材は――」
『だーから、いないってば! そもそも恋愛とか、よく分かんないし』
「あ、すみません……」
わたしにしては意外だった。ギャルって大抵男遊びが酷かったり、男に対して平気で股を開くような種族だと思ってたから。
だからなおさら意外だった。オキテさんは、というか赤城さんはそういうのに抵抗があるタイプだなんて思わなかったし。もしかして今回の百合営業もやめておいた方がいいのでは。そんな考えも頭の中によぎる。
『いーって! いーって! みんなもそう思ってるみたいでさ! バイト先のおばさんにもよく言われるし!』
「だ、だったら。百合営業もやめた方がいいのかなって。やってることは恋愛ごっこと同じですから」
この人と関わっていると、いかに自分が固定化した価値観でモノを語っているのか浮き彫りになっていく。そっか。そうだよね。よく分かってない人に恋愛ごっこを持ち出すなんて、わたしがどうかしてた。
オキテさんからもフォローが入った返事は返ってきたが、その後の沈黙から見て悩んでいるのかな、と考えられた。
こういう通話越しの沈黙はすごく気まずい。電波の向こう側にはちゃんと相手がいるのに、目に入るのはパソコンのモニターだけ。孤独感がひたすら増してしまう。
何か話題やアイディアを転がせられたら、と思うたびに自分のコミュ力を呪う。あぁ、なんでわたしはこんなにも気遣いができないんだろうって。
「あ、あの……」
『ん?』
「……すみません、変なこと言ってしまって」
『いや、ホントにいいんよ。別に気にしてないから』
「でも……」
『……あたし考えてたんだ。百合営業っての? するべきかなーって』
それは、いったいどうして?
わたしを有名にしたいからっていうのは分かるけど、それだけじゃなんというか。自分のことを顧みなさすぎではないだろうか?
『あたしができることなら何でもするし! だからやろう、百合営業!』
やっぱり分からない。ギャルが、とかじゃなくてこの人が。
そこまでしてわたしに力を貸してくれる理由が分からない。けど少なくとも真意なのは分かる。分かるんだけど、深くにある動機が分からなくて、もどかしい。何を考えて、どうしてわたしなんかがいいんだろうか。
でも怖いからといって、無下にすることも出来ないわけで。そして陰キャがギャルに反論することなんて、できない。
「わ、分かりました。じゃあ早速コラボの日程を決めましょうか!」
『うんうん! ってあれ、あたしも音瑠香ちゃんもコラボ初めてじゃない?!』
「え? ……あ、そういえば」
え? ホントに? いやちょっと待って。流石にそこまでコミュ障じゃないというか……。
「待ってください。確認します!」
まさか、そんなまさか。活動を始めて半年。Vtuberとしてはそれなり以下にやってきたはずだ。でもレモンさんというお友だちだっているし、そんなそんな。
自分の配信一覧がずらりと並んだ画面をスライドしていく。お絵かきお絵かきゲームお絵かきゲームお絵かきお絵かきお絵かき。
あ、あれ? こんなにお絵かきしてたっけ?
『あたしが言うんだから間違いないって! ガチリスナーなんだよ?』
「……で、ですよね」
見事なまでに何にもない。山もなければ再生数は谷の如く減っていく。マジかぁ。ま、マジかぁ!
『初めて同士のコラボ、あたし楽しみだなー!』
「そ、そーっすねー……」
わたしは相手のギャルが分からないと言いました。
言ったけど、裏表がない性格だからきっと友だちも多いんだろうなってわかるよ。
わたしだって裏表ないつもりだよ! 少なくとも友だちが少ないだけで!!!!
わたし、友だち少なすぎてコラボに誘われないんだ……。ちょっと泣けてきた。




