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黄金の聖天 第五回

 見れば見るほど、奇怪な部屋である。

 天井はおそろしく高く、尖った屋根まで筒抜け。つまり私たちは、空洞の巨大な鉛筆の中に居る恰好だ。二階に相当する高さに、幾何学的なステンドグラスが、それぞれの壁に嵌めこまれ、さらに屋根の部分にも、天窓らしきものが二層見える。けれど手の届く所に窓は一つもない。

 八つの壁から突き出した腕に、鋳物のランプが支えられ、これが光源の全てであるが、中央部はかなり明るい。また、はるか屋根の先から、一本の鎖が垂れ下がり、頭上で香炉が吊るされている。かすかな煙とともに、あやしげな薫香が、そこからたちこめる。

 メンバーどうしの椅子の間には、布製の衝立がおかれ、半ばお互いを隠している。また、それぞれの椅子のかたわらには、小テーブルが添えられて、ある者はワインを、別の者は琥珀色の液体のグラスを、思い思いに傾けているのだった。

「で、本日の余興は、何ですかな」

 堀川の皮肉らしい口調に、答える者はいなかった。「視線」は言葉など発しない、とでも言いたいのか。代わりに失笑が、さざ波のように空気を震わせた。ツァラが無言で、部屋の中央を指さした。

 そこには、楕円形のテーブルが据えられていた。椅子はなく、純白の布がかけられた下に、うずたかく積まれたものを隠していた。

 料理ではない証拠に匂いがしないし、起伏がありすぎる。モノクルを人さし指でちょっとずり上げて、ツァラが言う。

「今夜は、ダダのオークションを行います。ええ、あくまでダダ的に。無意味なものを、無意味な値段で買っていただこうという趣向です」

「面白いわ」

 たいして面白くもなさそうに、「紅一点」ゾフィー・トイバーが言った。彼女はサリーをおもわせる薄手の衣装を、ぞろりと身につけ、プリミティブで、かつロボット的な仮面の下で、赤い唇を尖らせた。背後には数体の幾何学的なマリオネットが、レースやマントを纏って、吊るされていた。

 レディに敬意を表したふうに、ツァラは一礼すると、入り口を背に、テーブルの前に立った。他の六人のメンバーを見回し、白い手袋を嵌めた手を、奇術師のように動かした。布に手をかけ、ひと息に取り去った。

 テーブルの上を眺めて、真っ先に浮かんだ言葉は、「中東の蚤の市」。ごちゃごちゃと積み上げられた、無国籍なガラクタたちは、まるで立体派の絵を眺めるような眩暈を誘った。

「これなんか、お好きではないですか、ゾフィーさん。餌を食べないカナリアを飼いたいと、仰言っていましたよね」

 ガラクタの山から、ツァラは鳥籠を取り上げ、かざしてみせた。釣鐘型で、止まり木に剥製とおぼしい、オレンジのカナリアが一羽。籠の底からは、真横に、クランク状のハンドルが突き出ていた。ゾフィーは高慢そうに唇を歪めた。

「よくもまあ、それだけのゴミを掻き集めてきたものね。感心するわ。そのハンドルを回せば、何か面白いことでも起きて?」

 芝居がかった口調。足を組みかえるさまも、どこか舞台上の演技をおもわせた。ツァラは悪戯っぽく微笑すると、片手で籠を吊るしたまま、もう片方の手でハンドルを回した。たちまち剥製のカナリアが痙攣したかと思うと、羽をぱたぱたと動かし、首を上下させながら、「歌い」はじめた。

 生きた鳥とは似ても似つかない、機械の断末魔じみた音色が奏でるのは、モーツァルトの『魔的』に登場する、夜の女王のアリアとおぼしい。

「くだらないわ。本当に本当に、ばかばかしい。五十万がいいとこね。クラブの口座に、振り込めばよかったかしら」

「その三倍出しましょう」

 ゾフィーの真向かいにいる人物、マックス・エルンストが頬づえをついたまま、薄笑いを浮かべていた。唇を尖らせただけでそっぽを向いた、彼女の反応を楽しみながら、エルンストは語を継いだ。

「パウル・クレーの世界ですかな。いやそれ以上に、意味がない。意味がなくて、じつに結構」

 こんなふうに、延々と「ダダのオークションが」続く間、私は吐き気とも眩暈ともつかない、居心地の悪さに見舞われ続けた。

 マン・レイが買った地球儀は、一見平凡だが、まっぷたつに割れる仕掛けで、中には、別世界のジオラマが細工されていた。街があり、川が流れ、森があり、山があった。それらが地球の内側に貼りつくさまは、見る者を奇妙な感覚へ導いた。かれはこれに三百万払った。

 ピカビアは用途不明の工具に、大枚はたいてご満悦だし、タルホは真鍮の砲弾を、惚れ惚れと眺め、デュシャンは冷やかすばかり。いよいよ興がのってきたとみて、ツァラはわざとらしく咳払いし、静聴を求めた。

「さて、ここで皆様に自信をもってご覧に入れたい、とっておきの逸品がございます。ええ、もちろんダダ的な意味において」

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