064 生放送でRTAを走るな
突撃! ミノタウロスの寝起きドッキリ!
などという企画はしていないが、寝ぼけるミーさんのあきれた視線から逃げまどってから数日たった。
私たち動画撮影班は、何度も繰り返すNGテイクを超え、やっとミーさんの支配する草木の迷宮の攻略法を見つけたのだった。
「はぁ……。なかなか苦労しましたね……」
「ホンマ、ここまで手こずるとは思わんかったわ」
「そりゃ、一応は魔王城に入る前の最後の砦だからな」
「せやかて、何度も死に戻りしたせいで……」
ふいっとサキュバスが移した視線の先には、視点の定まらないニコラの姿があった。
花壇に咲く魔界の花々(少なくとも人間の美的感覚からはズレている)を眺め、ぼうっとしている。
「おはな……。きれい……」
「完全に壊れてますね」
「やっぱ、元々素質なかったんかなぁ……」
「無茶させたのはあるだろうが、まあ動くなら問題ないんじゃないか?」
「さすが鬼畜スライムさん」
「ウチでさえ多少の罪悪感があるっちゅうのに」
「おいおまえら、いきなり梯子外すのやめろや」
生放送直前だというのに、我々は気楽なものである。
まあ実際、私とサキュバスが進行役で、この迷宮に挑むのは勇者ニコラだ。
打ち合わせすることこそあれど、これから大一番の戦闘を繰り広げるわけでもないのだから問題ない。
「それじゃ本番いくぞ。いつも通り、進行頼むからな」
「は〜い! クロスケ監督のおおせのままに〜」
「まかしとき! ウチらも慣れたもんやしな!」
「ふふふ……。おそら、きれい……」
「おい主役! しゃっきりせんかいっ!」
「ははは……」
「大丈夫かなぁ、これ……」
「ま、本番始まったらさすがに直るだろ。
いつも通り、コメントと投げ銭は俺が念話で伝えるからよろしく」
「ふふふ……。投げ銭……。すばらしく甘美な響き……」
「やっぱダメそうですね」
壊れた主役に、魔族三人は同時にため息をついた。
そんな不安を残しつつ、生放送は始まったのだ。
◆ ◇ ◆
「はーい! 魔王城攻略RTA! はっじまっるよ〜!」
「案内役は、わたしリリーと〜」
「魔王城へ一直線! ワイちゃんがお送りしますっ!」
(キター! 待ってましたー!![投げ銭:200G])
(あまりに早い投げ銭、俺でなきゃ見逃しちゃうね)
(始まる前から待機人数が2000人超えるなんて……。すごい人気になったものネ)
開始と同時に、一斉に書き込まれるコメント。
その中には、いつもの人らしきものがぽつぽつと入っていた。
そして名前は出てないけれど、おそらくロアンさんらしき人物も。
「あっ! いつもコメントと投げ銭ありがとうございますっ!」
「これで攻略用装備が充実するよ! やったねワイちゃん!」
「そっ、そうだね!」
ぎゅっとサキュバスに抱きしめられる。その瞬間滝のように流れるコメント群。そして同時に、大量の投げ銭も放り込まれていた。
(いやあ、ちょっと女同士でイチャついてるだけで投げ銭こんな来んねんから、楽な商売やなぁ!)
(抱きつきながら念話で悪態つくのやめてもろていいです?)
ホント、さすがサキュバスは慣れているというか……。
私なんて、裏と表の落差に風邪ひきそうになりながらも、平静を保つのに精一杯なんですがね……。
「そ、それじゃあ攻略を始めよっか!」
「うんっ! 頑張ろうね〜!」
「今回は勇者ニコラ君が、魔王城を取り囲む草木の迷宮の最速攻略を目指すよ!」
「草木の迷宮? 見た感じ、ただの草が生えてる平原にしか見えないよ〜?」
「ぱっと見そうかもね。だけどこの平原、見えない迷路になっていて、入っちゃいけない所に入ると、ボスモンスターに襲われてしまうの」
「わ〜! こわ〜い!」
「あ、ちょうどいいところにスライムが……。見てて」
私の指し示す方をカメラが映すと、そこにはクロスケの分身体が映る。もちろん仕込みだ。
そしてそのスライムがぽよぽよと跳ね、見た目では判断のつかない「入っていはいけないゾーン」に入った瞬間……。
どこからともなく現れたミノタウロスの巨大な斧が、その不定形な体を真っ二つに叩き切ったのだった。
「ひゃっ!?」
「こんな感じに、人間や魔物関係なく攻撃されちゃうんだよ」
「こわいよぉ〜!」
あざとい声と共に、またも私に抱きつく。
まったく、そういう需要があるとはいえ、わざとらしすぎやしませんかね……。
しかし、それもこれも事務所の方針。私たちの仲睦まじい雰囲気を壊すわけにもいかないのだ。
「はっ、はい……。だから私から離れないでね?」
「うんっ! ずっとこうしてる!」
「ちょっとそれは動きづらいかなぁ……」
「それじゃ、手を繋いでるね!」
「う、うん……」
(再びキマシタワー!! 恥ずかしがるワイちゃんマジカワイイ!
おっと失礼、俺の下のタワーも立ってしまいましてね。ドゥフフ……)
(↑キモすぎて吐いた)
(あざとすぎて見てられないわ……)
そんな私たちへの反応も様々だ。けれど、次々と投げ銭が放り込まれている。まったく、チョロい方々だ。
しかしてそれはつまり、一部の殿方には人気ってことだろうし。まあ多少は、ね……?
少しサービスだと強く握り返した手を、クロスケ監督のカメラは見逃しはしなかった。




