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060 ワイト的交渉術

 サキュバスを目の敵にしているシスターは、どうやら私を勧誘したいようだ。

結構なお歳で皺も多く、痩せた手もまた荒れており、日々の仕事が大変なものであると伝えていた。

それほどまでにマジメで、お堅い彼女が、神父のお目付け役となっているであろうことは想像に難くない。あと、そんな彼女の下に付くなんて、想像もしたくない。


 つまり、彼女が実質的なこの教会のボスであると言えるのだ。

いやあ、裏ボスと相まみえるとは、遠慮したかったのですがね……。



「ぜひともワイ様には、人類の導き手として、教会で教えを広める活動に参加していただきたいものです。

 そしていずれ予言のように、魔王を打倒し、人々に平和と繁栄をもたらしていただきたいと願います」


(あれ? 私が魔王を倒すってことになってましたっけ?)


(いや、予言は魔王城へ勇者を導くってだけやったはず……。

 こいつら、自分らの都合のいいように解釈してんちゃうか?)


(そりゃそうですよね。魔王様を倒させる気なんて、私にはないですし)



 誰しも人の話なんて聞いてるようで聞いてないものですし、自分の都合のいい話しか耳に入ってこないものです。人間に限らずね。

しかしそれでも、なんというか……。凝り固まった考えの人なんだなとは思いますよ。無駄に主語が大きいところとか、特に。



「私は、皆が思うような人ではありませんよ。ただ、外で育って、ちょっと街の人より強いだけの存在です。

 なにより人類を導くとか、そんな大層なことをできるとも思っていませんし。

 でも、彼ならきっと、勇者として大成するとは思っています」


「それは、どうしてでしょう? こう言うのもなんですが、彼は残念ながら、訓練所ではあまり良い成績を残していないと聞き及んでおります。

 そのような者よりも、より素質があると認められた者の方が、指導するにふさわしいとわたくしは考えます」


「だったら、私いらないじゃないですか。強い人は、自分で強くなれるんですから。

 彼は今は弱いかもしれません。けれど、大切な人のために魔界へと単身乗り込むほどの無謀さを持つ人です。

 弱くても、臆病でも、逃げることしかできなくても。それでも大切な人の喜ぶ顔を見るためなら、無謀でも突き進める。

 そんな人でもなければ、志半ばで折れてしまい、導くに値しないでしょう?

 素質ある方を導くのは、あなた方にお任せします。私は、素質はなくとも強くなろうとする方を導きたいのです」


「なるほど……。あなたはお眼鏡にかなう方が現れるのを、酒場で待っていたということですか……。

 確かに選ばれた者しか現れない教会では、それは叶わぬかもしれませんね……」



 あ、意外とチョロかった?

まあ、理路整然と話せばわかるタイプたとは思ってましたし、なにより私への妙な信頼感は『女神様の注いでくれるお酒』を求める男たちよりも強いようですからね。

ともかく、折れてくれるのであれば話が早くて助かります。



「では、彼を勇者として認めていただけますね?」


「それとこれとは別問題です」


「え〜! なによそれ〜! 約束と違うじゃない〜!」


「約束などしておりませんが?」


「む〜!」



 また私をおいてバチバチと睨み合って……。

最終的に面倒ごとが全部私に降りかかってくるのだから、放っておいて欲しかったんですがね。

なんというか、魔王城に居ても人間界にいても、私の役回りって変わりませんねぇ……。



「理由をお聞かせ願えますか?」


「勇者登録とは、魔王討伐をなしえるほどに優秀な者を蘇生させるための前準備です。

 蘇生自体も高額な蘇生薬を必要とし、薬の原料も数年に一度しか入荷できない貴重なもの。

 そしてその金銭的負担は、国によって賄われているのです。

 その管理という大役を任されている以上、法に則った運用以外は許されるはずありません。

 もちろん、金銭的負担を全てご自身で賄われるのでしたら、登録のお手伝いだけはさせていただきますが……」


「そうやってイジワルしてるんでしょ〜!」


「まあまあ、リリーさん落ち着いて。仕事ってのは、個人の裁量に限りがありますからね?」


「むむむ……。それじゃあ、あきらめるの〜?」


「いえ、そのつもりはありませんよ? 蘇生薬の原料なら、私が持ってますから」



 カバンから薬草を数種類取り出し、シスターへと手渡す。

しかし彼女の反応はうすく、手の上に乗った草々を呆然と見ているだけだった。



「あ、足りませんか? 取りに帰れば、花束にでもしてお渡ししますけど」


「なっ……、なんでこんな貴重なものを大量に!?」


「昔から薬草の研究をしているんですよね。それに、そのままでも万一の時の回復薬になりますし。

 知人に頼んで栽培してもらってるので、必要でしたら定期的に納入しましょうか?」


「え〜! すご〜い! 売ったら大金持ちじゃん〜!」


「私も、この薬草がこんなに高価になっていたなんて知らなかったんですよね。

 前に売ろうとした時は、二束三文だった記憶があるのですが……」


「二束三文だなんて!? そんなはずは無いかと!

 いえしかし、薬草を売っていただけるのであれば、多くの者が魔王に挑戦できるというもの。

 そうなれば、いずれ魔王を打ち倒す者が現れうる……。

 なるほど、あなたが人々を導く女神だというのは、本当のようですね。フフフ……」


「あー、勝手に納得しないでもろてええですか?」


「てーかそれって、今までワイちゃんのこと、ニセ女神だと思ってたってことじゃな〜い?

 女神ワイ様に対して超失礼じゃ〜ん」


「私は今まで一度も女神を自称してませんけどね?」


「フフフフ……。これで人々は救われる……」


「こちはこっちで、人の話聞いてませんね!?」



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