058 クソザコ育成計画!
クソザコなめくじなどと呼ばれ、そのうえ精神がズタズタになるまで脅されたニコラが帰ったあと、私たちは再び掃除をしていた。
なにせスライムを飲まされたと思った彼が、必死に吐き出そうともがいていたのだから、苦しみ抜いた跡が残っていたのだ。
脅すにしたって、違う方法はなかったのかと私は内心ため息をついた。
「それにしても、帰してしまって大丈夫なんですかね?」
「さすがにあそこまで言われたら、誰かにバラすことはないんちゃう?
それにこの街一番の人気者であるウチと、クソザコなめくじの話、どっち信じると思う?」
「街一番の人気者とか、自分で言っちゃうんですか……」
「ま、それに関しては大丈夫だ。自爆ついでに、俺の破片をアイツに付けといたから」
「あ、クロスケ生きてたんですか」
「自爆程度じゃ死なん。不定形生物なめんな」
「便利なやっちゃなー」
「自爆指示しておいて、マジで死んだらどうするつもりだったんだよ!?」
「まあ、スライムの代わりはいっぱいおるしな?」
「俺の扱い、酷すぎね?」
「彼女にとっては、自分以外はみんな道具としか思ってませんよ」
「そんなことないっちゅうねん!」
「どうだか」
なんてことを言いながら、するするとクロスケは定位置につく。定位置とは、私の周りに付着するってことだ。
なんだかんだでこの姿に慣れてきたのもあり、最初ほどの違和感がなくなっていることに驚きを隠せないなぁ……。
「そういえば、勇者にするとか言ってましたけど、勇者と魔物狩りってなにが違うんです?」
「え? 自分、そんなことも知らんでさっきの話聞いてたん?」
「話合わせろと言ったのはあなたでしょう……」
「そういやそやったな。まあ簡単に言えば、勇者は魔王討伐隊や。
魔物狩りは、魔物から街を守る奴らのこっちゃな」
「あー、言葉通り感はありますねぇ……。やってることは大差ない気もしますけど」
「いやいやいやいや、めっちゃ差あるんやで?
なんたって、勇者は死んでも復活できるんやから」
「え? 魔物狩りは復活できないんですか?」
「そりゃそうやろ。蘇生の薬っちゅうんは、めっちゃ高いんやから。
しかも、教会に蘇生できるよう登録しとかんなんねん。
勇者に選抜されるっちゅうんは、めっちゃ大変なことなんやで?」
「へー。あ、でもそれだと、彼が勇者に選ばれるのは難しいのでは……」
「ウチを甘く見てもろたらあかんで。そのためのウチやし、そのための自分やん?」
「というと?」
「教会の神父は、すでにウチの掌の上や」
「神父さんさぁ、立場ってモン解ってんですかねぇ?」
ニヤリと黒い笑みを浮かべるサキュバスは、どうやらこの街の隅々まで裏で手を回せる存在であるらしい。
怖すぎ近寄らんとこ……。
そして翌朝、言われた通りニコラは誰にも打ち明けることなく、そして恐怖ですくむであろう足を引きずって、店までやってきたのだった。
「ちゃんと来たやん。えらいえらい」
「ひぃぃぃ!!」
「いきなりビビらすの、やめてもろてええですか?」
「も〜! なんでそんなに怖がるかなぁ〜?」
「今さら猫かぶりモードは遅いかと」
こんな気の抜けた私たちの会話でさえ、彼にとっては「コノニンゲン、ドウヤッテクウ?」みたいな会話に変換されているのだろう。
とりあえず昨晩のように店を汚さないでいただければ、私はかまいませんがね。
「ほな、教会行くで」
「勇者として登録するんですよね?」
「せやせや。ほら、いつまでもビビっとらんと、さっさと用意する!」
「ひゃっ、ひゃい……」
多分この状態では逆らうことはないと思うけど、大丈夫かなぁ……。
そんな私の心配をよそに、サキュバスはニコラと腕を組んで、教会までやってきたのだった。
街一番の人気者(自称)と腕を組む様子は、街中の男たちに睨まれ、教会に入って神父に怪訝な顔をされ……。
そのうえ、その正体を知っているニコラにとっては、ギロチン台に連行される気分であっただろうということは、さすがの私も察したところだ。
そんな怪訝な顔をした神父も、さすがに業務中に嫌味をポロっと漏らすことはなかった。
聖書をくしゃくしゃにしそうなほど力み、手が震えていたなんて様子は、見なかったことにしておきましょう。
「これはこれはリリーさん。本日は、どのようなご用件でしょうか」
「あのね〜、リリーね〜、この人と……」
「まさか結婚を!?」
「待て待て、神父さん! 心の声漏れてませんか!?」
「コホン……。失礼、婚姻の洗礼を平常心で行えるか、想像してしまいまして……」
「まだ混乱してますよね!?」
「…………。続きをどうぞ」
この神父、ダメかもしれん……。
というより、神父も掌の上とは言っていたが、これはガチ恋勢というものではなかろうか。
そりゃ冷静さも失うというものです。
「えっと〜、リリーね〜、この人と結婚……」
「うっ、嘘だぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
「いや、からかってないで話進めてもろてええですか?」
「結婚はしないけど〜、魔王城目指そうと思うの〜」
「そんな……、私のリリーチャソが……。結婚……」
(おい、どうすんだこの惨状)
(やっぱ人間おちょくんのっておもろいよな!)
ダメだこのサキュバス……。知ってたけど!




