057 正体を現す
「一流の勇者……?」
ニコラと名乗るしょぼくれた男は、突然のサキュバスの変りようと、意味不明な発言に目を丸くしていた。
私もまた、唐突に意味わからない事を言い出した彼女に、少々飽きれている。まあ、慣れているのもあって、彼ほどではありませんがね。
「というか、口調が崩れてますよ」
「ええやんええやん。どうせこの子には、ウチの魅了は効けへんねんし」
「ちょっ!? 魅了とか言って!?」
「せやなあ……。ほんなら、ウチの本来の姿魅せとこか」
「いやいやいやいや、待って待って!」
私の制止など効かず、人間への擬態を解くサキュバス。
その姿は次第に変化し、背中にはコウモリのような翼、見るものの視線を釘付けにする真っ赤な目に、魅惑的なくちびる。
そして無駄に露出の高い下着姿のような、魔族としてのサキュバスの姿を現した。
「うわぁぁぁぁぁ!? 魔物っ!?」
「ちょっと、そんな驚くことないやろ!? さっきまで魔物と斬った張ったしてたんちゃうん?」
「彼は逃げ続けたって言ってましたし、斬ったも張ったもしてないと思いますよ?」
「なっ、なんであなたはそんなに冷静なんですかっ!?」
「なんでって、そっちも魔族やしなぁ?」
「あー、はい。では、我も真の姿を現すとしよう……」
(なんでちょっとイキった言い方してん?)
(その方が雰囲気出るかと思いまして)
(てか、俺離れた方がいいってことだよな?)
念話はグダグダである。しかしニコラはガタガタと震え、今にも泡を吹いて倒れそうになっていた。
そんな彼にただ願うことは、掃除したばかりなので失禁だけはご遠慮いただきたいということだ。
カタカタと歯を鳴らし震える彼の前で、クロスケはゆっくりと私から離れ、本来の姿へと戻る。
久々にスライムを脱いだ解放感は、少々羞恥心すら覚えますねぇ。
「す……、スライムにスケルトン……」
「あ、一応私ワイトなんで、間違えないでもらっていいですか?」
「ひっ……」
「話聞こえてないんちゃう?」
「間違われるのには慣れてますけどね……」
種族を間違われるのは、少々悲しいものなのですが……。
まあでも、スケルトンだと思っているのにこの慌てっぷりなのは、相当腕に自信がないのだと思われる。
スケルトンなんて、その辺を歩いている犬のおやつですからね。
「まあ、そんな怖がらんときや」
「ひぃぃぃぃぃ! たっ、助けっ……」
つつっと、ニコラの首筋をその細く長い指で撫で、甘ったるい声でサキュバスは囁く。
魅了が効いているなら、きっと至福の瞬間なんでしょうけどねぇ。
残念ながら、彼には永遠に続くと思われるほどの、恐怖の時間になったでしょう。
「ウチらに協力するんやったら、命だけは助けたるわ」
「…………! …………!!」
ニコラは言葉にならず、ガクガクと頭を縦に振っている。
これは一応、了承の意だと解釈してよいのでしょうか。
「それで、その人間に何をさせる気で?」
「え? ゆうたまんまや。こいつを鍛えて、最強の勇者に仕立て上げんねん」
「それまた、なんのために?」
「はぁ〜。自分が言うたんやろ? 魔王城に人間を呼び込みたいって」
「ええ、言いましたけど。それとこれと、何の関係が?」
「このクソザコナメクジを鍛えて、魔王城に挑戦させるんや!」
「クソザコ……。まあ、いいでしょう。しかし彼一人を魔王城に呼んだところで、意味はないと思いますが……」
「ホンマ自分、察しが悪いな! その一部始終を動画にしてアップするんよ!
そしたら、こんなクソザコでもやれるんやったらって、他の奴らも来るやろ!?」
「なるほどなるほど。確かにそれならうまくいくかもしれませんね」
「せやろ!?」
何も考えてないと思っていましたが、意外と彼女も頭は回るようです。人間を釣る方法限定かもしれませんが。
それに動画を載せるとなれば、おそらくロアンさんも見るはずですし、彼も汚名返上できるかもしれませんからね。
ただ、一番の問題は……。
「それを彼ができるかどうかですが……」
「できるかどうかじゃねえんだよ。やんだよ。な?」
「ひゃっ……、ひゃいっ!」
「よしよし、いいこいいこ」
恐ろしい剣幕で睨みつけられれば、答えなど「はい」か「YES」かしかない。
未来の最強の勇者は、頭をぽふぽふと撫でられても、ガクガクと震えるばかりだ。いやほんと、大丈夫かなこれ……。
「そんじゃ、今日のとこはこれくらいにしといたるわ。帰ってええで」
「え!? 帰しちゃうんですか!? 確実に憲兵に通報しますよ!?」
「何言うてんのや、出来るわけないやろ? だってこの子、さっきお茶飲んでしもたしなぁ?」
「えっ……。えっ……」
(ええか、二人とも話合わせるんやで)
(いきなり無茶振り!?)
「まさか、ただのお茶やと思ってたん? 自分、危機意識なさすぎやで」
「な……、なんだったんですかっ……」
「ほれ、このスライム。おいしそうやろ?」
(全然)
(おい! 俺を食わせようとすんな!)
「ま、まさか……」
「実際おいしかった? どうなん?」
「うげっ……、おえっ……」
「うわっ! 掃除したところなのに、吐こうとしないで下さいよ!」
「だいたい、身体に入り込んだスライムが、吐こう思って吐けるわけないやろ?」
「うっ、嘘だっ……」
「さあ、どうやろなぁ? けど、気ぃつけた方がええで?
もしウチらのこと、誰かに話そうもんなら……」
(はい、ここで自爆して!)
(無茶振りっ!!)
その瞬間、黒いスライムがパンッと弾ける。
なんだかんだ言いながらも、突然の指示であっても遂行するんだから、クロスケはやり手である。
そしてその様子を見たニコラは、さらにガクガクと震えていた。
「これが身体の中で起こったら……」
「パーン! ってなりますね。頭が」
「ひィィィィィィ!!」
「ま、そうなるかは自分次第や。がんばりや」
冷たい笑みと共に、サキュバスはそう言葉を残すだけだった。
って、嘘八百もええとこやないかいっ!!




