055 来客と書いて被害者と読む
閉店後しばらくしてからの来客の顔に、私は思い当たる節があった。
まあ、私は人の顔を覚えるのが苦手ですし、思い出すのにかなりかかったんですけどね。
顔を覚えるのが苦手というか、実際は顔を見てないんですけど。なのでサキュバスも、胸の大きい性悪女としか認識してません。
そんな性悪女は、クスクスと悪い笑みを浮かべていた。
「塩撒かれてたってなんです~?」
「初めてこの店に来た時、この人店の前でロアンさんに塩撒かれてたんですよ」
「うっ……」
「やだ~! ナメクジじゃないんだから~」
「なめくじ……」
「なんか、すごい剣幕でロアンさんに怒られていたような?」
「うぅ……」
「え~? そんなヒトが、どうしてその怒ってた本人を訪ねてきたの~?」
「…………」
(お前ら、精神ダメージ入れすぎ。相手涙目じゃん)
(え? そうですか?)
(あえてやっとん違ったんか!?)
(お前らドSかよ……)
ああ、こういう所が空気読めてないとか言われる原因なんですかね? 空気読む気もないですけど。
なんて考える私と、あきれるクロスケなどなんのその、ドSサキュバスは悪い笑みのまま続けていた。
「ねぇねぇ、ロアンさんとはどういう関係なの~?」
「それは……、その……」
「わざわざ閉店後に来たってことは、もしかして~?」
「うっ……。その、居ないようでしたら僕は失礼しま……。あっ……」
さっと回り込み、ドアにガチャリとカギをかけるサキュバス。
そして満面の黒い笑みで、ねちっこくこう言うのだ。
「だぁ~めぇ~」
「ひぃっ……」
「珍しいですね、あなたがこんなに相手を追い詰めるなんて」
「だってぇ~、せっかくのお客さんなんだもん。ゆっくりしていってねぇ~?」
「いっ、いえっ! お気遣いなくっ!」
恐怖のあまり、男の声は上ずっていた。まったく、何を遊んでいるのやら。
もしくは、今日のご馳走(意味深)を彼に決めたってことなんでしょうかね?
「私はお茶でも入れてきますよ。どうぞ座っててくださいな」
「よろしくぅ~」
オドオドと冷や汗かきまくりの男の腕を無理やり引っ張り、サキュバスは掃除し終えた綺麗なテーブル席へと拉致する。
今すぐに帰りたいという顔をしているが、その気持ちよーくわかりますよ。
でもそのテンションになったら、止められるのは魔王様くらいなので諦めてください。
(しかし、なにが気に入ったんでしょうねぇ?)
(んー、どうもアイツの魅了が効いてないっぽいんだよな。
なんで、からかって遊んでるだけのような……)
(おー、スライムの方がよおわかっとるやん!)
(うわ!? いきなり念話に入ってこないでくださいよ!?)
(どうもな、コイツあのロアンに、ベタ惚れみたいやねん! あのロアンに!)
(いや、そんなに強調しなくても……。
え? というかベタ惚れなんですか!? あのロアンさんに!?)
(お前もたいがいじゃねえか!)
(せやねんせやねん! だからウチの魅了が効かんっぽくてな!)
(すげえ楽しそうだな)
(あんなんのドコに惚れたんか気にならんか!?)
(ならん)
(なりませんね)
(かーっ! 自分らホンマおもんないな!)
(どういうことだよ……)
(恋バナは乙女のたしなみやで!!)
(どこに乙女が居るんでしょうねぇ?)
(さぁ? 空想上の人物じゃね?)
(どつきまわすぞ!!)
ちらりと二人の様子を覗くと、サキュバスは念話の暴言とは違い、ニコニコと男と会話していた。
いやあ、一切表情に出さないとは、器用なもんだと感心しますよ。あと念話と会話が両立できてるトコとか。二枚舌かな?
(しかし、魅了が効かないとは珍しいですね。見た感じ、耐性とかなさそうですけど)
(特別サキュバスに強い体質とかか?)
(ああ、それはちゃうねん)
(あ、まだ念話に参加するんですか)
(なんや、説明したろ思ったのに)
(せっかくなんでお願いしましょうか。興味はないですけど)
(自分、ホンマどつくで?)
(それで、なんで魅了が効かないんだ?)
(ああ、それやったな。ウチの魅了はな、マジで惚れてる相手おると効かんねん)
(なにそれ、純愛過激派かな?)
(めっちゃいい供給きたわぁ……)
(うわ、クロスケの変なスイッチ入った!?)
(ウチの魅了はな、相手の理想を魅せる能力やからな。
本気で惚れてる相手おったら、その相手の顔がちらつくんよ)
(こっちはこっちで完全無視で話進めてる!?)
(せやから、浮気になってまうって思てしもて、魅了がうまく効かんのよ。
ワイトもそうやろ? 魔王様を思い出して、ウチの魅了効かんの知っとるで?)
(え!? お前魔王様にガチ惚れしてんの!?)
(うわぁ、最低な暴露しやがりましたね……)
(って驚いたフリしたけど、俺も気づいてたけどな)
(えっ……)
(てゆうか、だいたいの魔族は知っとんちゃうか?)
(えっ……)
(俺、ワイトって尽くすタイプなんだなーって思ってた)
(えっ……)
(せやからウチのこと追い出したんちゃうん?)
(えっ……)
(いや、さっきからバグった反応しかしてねえぞ!?)
(えっ……)
(あかんな、完全に壊れてしもたみたいや)
(えっ……)
(ちょっと再起動かけるんで、待っててくれ)
(えっ……)
いったい何があったのかはよく覚えていませんが、全身の骨をバキバキとクロスケに締め上げられたところで、私は意識を取り戻したのでした。




