052 わたしはねこになりたい
感情を爆発させ、ヒステリックな状態に陥っているサキュバス。
まあ、関係なく眺めているだけなら「面白いなー」で済ますんですが、そうもいかないようで……。
「まあまあ、落ち着いて。喉も乾いたでしょう。あなたにはホットミルクを用意しましたよ?」
「ホンマ自分、呑気にっ! もらうけど! うわ、ぬるっ!!」
「猫舌でも安心の、人肌程度にしておきました」
「なんでやねん!」
「好きでしょ? 人肌温度のミルク」
「おちょくっとんか!?」
「はい! もちろん!」
毛を逆立てるほどなんていう比喩がありますが、まさにそういう状況。
もしや彼女は、サキュバスではなくメデューサなのではないかと思うほどに、ぶわりと毛を逆立たせていたのだ。
もしくは、猫ですかね。「フシャー!」と威嚇しながら怒っていても、猫ならかわいいんですけどねぇ。
ちなみに魔界に猫はいないので、猫動画でしか見たことありませんけどね。
そんなこんなな私たちを、お茶を静かに飲みながらロアンさんは眺めていた。
店をやめるやめないという迷いはすでになく、心の整理も付いたと言わんばかりの落ち着きっぷりだ。
そしてカップをカウンターに置き、大きくため息をついた。
「まったく、アンタたちホント仲良しよねぇ」
「どこがですか」「どこがや!」
「そういうトコよ」
返事が重なるとは、これはバツが悪い。
まあ、仲が良いと言われるのは心外ですが、本気で潰しあう仲でもない。
あ、そう言えば私は、事実上彼女を魔王城から追い出したようなものなので、潰しあった(過去形)仲かもしれませんがね!
「ともかく、アタシが店を閉めるってのは、何を言われても変わらないわよ?」
「理由を教えんかいっ!」
「理由なんて、どうだっていいじゃない。結論は変わんないんだし」
「そういうわけにもいかんやろがいっ!」
「もしかして、客を奪ったのが原因だと思ってます? それなら違うので、安心していいですよ?」
「はぁ!? ウチには理由言わんのに、コイツには言うたんか!?」
「そりゃまあ、ワイちゃんはイイコだもの。誰かさんと違ってね?」
「なんやねんそれっ!!」
「ともかくよ、アンタが原因じゃないから安心しなさい。
それに、客取られたくらいで折れるようなアタシじゃなくてよ?」
「その言い方、なんか知らんけどほんっまムカつくわー!」
なんかこの感じどっかで見たことある。どこだっけ……?
ああ! 子猫が大型犬に威嚇するけど、犬の方が適当にあしらってる動画だ!
うむ、やはり犬猫ならかわいいんですがね。そう考えると猫ってずるい!
(よし、私も猫になる!)
(怖いからいきなり頭おかしい発言やめろ)
(いやあ、猫みたいに愛されるだけの人生送りたいなぁって)
(有名動画投稿者になれば、似た感じになるかもな)
(おお! 夢が膨らみますねぇ!)
(いつもみたいに「すでに死んでますけど」って言わないのか……)
(猫生活の方が大事なので!)
(自分ら、何の話してんねん!!)
(あ、そうだった。この人には念話は聞かれるんだったな)
(人じゃありませんけどね!)
(それはどうでもええわ!)
むむむと睨んでいる裏で、こんなバカな念話が繰り広げられていると知らないロアンさんは、またもあきれ顔でため息だ。
あきれるほどにあきれた話をしているので、多分話を聞かれていても同じ反応でしょうけどね!
「それで、アタシにどうして欲しいっていうのよ? あ、もしかして勝負のつもりだったのかしら?
それならアンタの勝ちでいいわよ。実際、店の繁盛っぷりは比べるまでもなく、そちらの方が流行ってたんだから」
「そっ、そんなことちゃうわっ!」
「じゃあなんなのよ?」
「えーっと、それはやなぁ……。それは……」
「いきなり歯切れが悪くなりましたね」
「うっさいわ! あ、あれや! この店どうするんやって話や!」
「だから閉めるって話なんだけど?」
「ちゃうわ! 店自体や!」
「ん-、どうしようかしらね。一人で住んでても広いだけで、掃除も大変なのよね。
それに、少し旅に出たい気持ちもあるのよね」
「いいですねぇ! 旅行系動画って、人気出るかもですし!」
「アンタ、ついてくる気なの?」
「動画のネタになるなら!」
「まあ、別にいいけど。それじゃ、どこに行くか計画立てなきゃね!」
「やった! 色々見て回るぞー!」
「って待てーーーい! ウチのことほったらかしかいっ!!」
「だからさっきからなんなのよ。アンタには関係ないでしょ?」
「かっ……、関係あるわっ! そんなら、ウチがこの店買い取ったるわ!」
「はい? どういう風の吹き回しよ?」
「この店が、ウチの完全勝利の証や! 買収&店舗拡大! これほどの証ないやろ!」
「まあ、好きにすればいいけど」
「よし、決まりや! あとワイ! アンタはこっちの店手伝わせるからな!」
「えー、なんでそんなことに……」
「前やられた分、やり返させてもらうわ!」
「うわー、めんどくさ……」
(ちゃうやろ! 旅に出るとか、魔王様に知られたらさすがにヤバいやん!)
(ああ、それで……。一応気を使ってくれてたんですねー)
(まっ、まあ、同郷のよしみってやつや……)
(ツンデレかな?)
(うっさいわ!)
あ、でもツンデレだったとしたら、さっきまでにゃーにゃー鳴いてたのはもしかして……。
「それで、買収の本当の目的はなんです?」
「おまっ……」
「あら、別の目的があるの? それは聞いておかないとねぇ?」
ロアンさんは、ニヤニヤと意地悪な表情だ。どうやら、最初から察していたようだ。
さすが、長いコト客商売をしてきただけあるといったところか。
「なっ、なんや……。その……。自分が帰るトコ、守っといたらなアカンやろ……」
耳まで真っ赤にして、ぼそぼそと呟かれた言葉に、ロアンさんは頬をほころばせていた。
ちなみに私は心中大爆笑である。




