051 朝、襲来。
なんだかんだあった夜も、静かに時間ってのは過ぎてゆくもので……。
ベッドで眠ったふりをしながら、クロスケと今後の動画の予定を話したりしていれば、空は明るくなる。
まあ、ベッドにもぐりこむ前に、膝枕から起きたロアンさんが「まだパックもしてないのにぃ~!」なんて言いながら飛び起きたのは、忘れてしまおう。
ロアンさんいわく、たとえ最強じゃなくたって、美しさを追い求めるのはやめないらしい。
まー、うん。それが乙女心ってことにしておきましょうか。
そんなこんなで、借りている二階の部屋から下の階へと降りれば、すでにロアンさんが厨房で朝ごはんを作ってくれていた。
「あら、おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。おかげさまでぐっすりです」
「そう、それはよかった」
なんだかスッキリした満面の笑顔が、逆に怖い。機嫌がいいにこしたことはないんですけどね。
そうしていつも通り、目玉焼きとパン、そして小さなサラダの付いたモーニングセットがテーブルに置かれる。しかしそこに、今日はフルーツも添えられていた。
これは触れた方がいいのか、それともスルーした方がいいのか……。
(触れるなよ? ここはスルーだ)
(ひゃっ!?)
(どうせ「今日は妙に機嫌がいいですね」なんて言うつもりだったんだろ?)
(私以外みんな読心術使えるんですか? 怖すぎなんですけど)
(こうやって四六時中一緒だと、考えてることくらい嫌でも分かるようになる)
(そーなのかー)
いやはや、空気を読めるスライムだとは思っていましたが、本当に思考まで読めるとは……。
まあそれも経験からくるものらしいので、心配するようなものではないようですがね。
ともかく、クロスケが言うならスルーで。朝ごはんをいただくことにしましょうか。
おいしい朝食、他愛ない話。あえて店をどうするかなどの話を避けたようで、少々気まずく思っているのは私だけかもしれない。
そんなぎこちないながらも平和な食事の途中だった。面倒な人物が乱入してきたのは。
「邪魔するでー!」
「あら、誰かしら? まだ開店前よ?」
壊れんばかりに店の扉についたベルが鳴り、聞き覚えのある声と、聞き馴染みのないはずの口調が聞こえてきたのだ。
確実に面倒なことになると未来予知できてしまったので、店へと歩いていくロアンさんを見送ったあと、どこに隠れようかと悩む。
(おい、お前何してんだ)
(いえ、面倒なので冷蔵庫の中に隠れようかと)
(普通の人間は、冷蔵庫の中だと死ぬからな? 絶対に不審に思われるからな?)
(冷却用の氷の魔石の交換をしようとしていたってことにして……)
(無駄に言い訳考えるくらいなら、表行って助け舟出してやれよ)
(いやですよ! 絶対めんどくさいやつですもん!)
(ならば強制的に行かせるしかねえな?)
(やめっ! やめてぇぇぇ……)
クロスケと私は一心同体。文字通りの意味で。
なのでどれだけ私が抵抗しようとも、クロスケが本気を出せば、動きの主導権を奪われることだってある。
特にアンデットの私は、朝は弱いので抵抗しきれないでいたのだ。
そうして顔をひょっこりと覗かせた部屋では、めんどくさい光景が広がっていた。
見なかったことにしたい。マジの本気で。
「自分、店閉めるんやってな!?」
「なんでアンタがそれ知ってんのよ!」
「んなことどうでもええやろ!?」
状況を説明するなら、いつもの猫かぶりを解いたサキュバスが、ロアンさんに言い寄ってるってだけだ。
もうここまで大っぴらにしていたら、さすがの私も取り繕えないですよ。
「なんでなん!? 理由次第では一発殴るで!?」
「なんだっていいでしょ!? アンタには関係ないじゃない!」
(アイツ、いつもの甘ったるい喋り方吹っ飛んでるな)
(ご立腹なんですかねー?)
(まあ、ロアンの方も気にしてないみたいだけどな)
(あー。もしかして、あの猫かぶりに気付いてた的な?)
(可能性はある。ともかく仲裁しないとな)
(えー、やだー)
(拒否権はない)
(あっ、やめっ……。やめてっ……)
(変な声出すなよ)
(声は出してませんー! 念話ですー!)
(そーですねー)
私の抗議の声などなんのその。クロスケは仲裁のため、お茶を用意して私にゆけと命令するのだった。
まったく、やるなら自分で最後までやりきって欲しいもんです。
「お茶が入りましたよ〜」
「あら、気がきくじゃない」
「って、自分おったんかい!」
「そりゃまあ、ここでお世話になってますし」
「ほなちょうどええわ! 自分もなんとか言ったり!」
「あー。まあ、何をどうするかは本人の自由ですし?
べつに店を閉めるっていうなら、それでもいいんじゃないですか?」
「ホンマっ! ホンマ自分らなぁ!!」
「何をそんなに怒ってんのよ」
「―――――!!」
言葉にならぬ声を上げ、ワシワシと頭を掻くサキュバス。
いやあ、この様子はどうやら、ロアンさんの言っていたことは本当だったようだ。
誰かと張り合っていないと持たないタイプ。それがサキュバスという女なのだろう。
ほーんと、めんどくさい人ですねぇ。人じゃないけど。




