050 夜更けのふたり
ふとロアンさんの顔を見れば、頬の一筋の雫が、月明りにきらめいていた。
私はただ、静かにハンカチを渡す。かける言葉が分からなかったから。
「なっ、なによ……」
「あの、涙拭いてください」
「ばっ、バカっ! 泣いてなんてないわよっ! 泣くわけないでしょ! アタシは最強なんだから!」
(何を強がってるんでしょうね、この人は)
(負けず嫌いで負けなしなんだろ? 弱いとこ人に見せんの、慣れてねえんだろうよ)
(私たち人じゃありませんけどね!)
(まあな)
だがクロスケの言う通りかもしれない。
私が魔物に襲われた(ことになっている)時だって、泣いてたけど必死に誤魔化してたっけ。
ホント、めんどくさい人ですよ。でもそれが、人間ってものかもしれませんけどね。
私の生前が少々特殊だっただけで……。
「いいじゃないですか、泣いたって。たとえ最強じゃなくたって、誰もロアンさんのこと嫌いになんてなりませんよ」
「…………」
「ほら、こっちへ来てください。ここへ座って。ね?」
ロアンさんは、言われるがままテーブル席の長椅子に座る。
隣同士だとロアンさんの……、恵まれた体格が再認識された。
うん、恵まれた体格ね。ゴツいとか思ってませんからね!
なんて考えは読まれなかったようだ。さすがに、読心術は使えないようで一安心。
それにしたってろあんさんは、こうしているのにまだ強がって、必死に涙を堪えようとしている。
まったく、弱音くらい吐いたっていいのに。愚痴も不安も、いい聞き手になってくれるサンドバックが、こちらにはいるんですよ? クロスケって言うんですが。
(お前、今なんか失礼なこと考えなかったか?)
(常に失礼なこと考えてます)
(おい)
(ま、今はそれはいいんですよ)
「えいっ!」
「ひゃぁっ!?」
指でロアンさんの脇腹をつつけば、えらく可愛らしい声を上げた。
そしてびくりと体勢を変えた瞬間に彼を抱え込み、ぐいっとこちらに引き寄せ、無理やり膝枕の姿勢へと変えてやる。
「なっ、なによ!?」
「ロアンさんは偉いですね〜」
「だからなんなのよ!?」
「誰にも負けないように、最強だって言い張れるように。
ずーっと頑張ってるんですよね〜。えらいえらい」
「なによ子供みたいに……。からかわないでよ……」
ぽんぽんと頭を撫でると、抵抗するでもなくしおらしい声でそう言うだけだった。
いつもの様子なら、きっとすぐ起き上がって、一発ビンタでも入れられてそうなもんだ。
やっぱり、相当まいっているらしい。
「しんどくなったら、休んでもいいんですよ?
誰にだって強く見せる必要なんてないんですよ?
誰もロアンさんを責めません。誰もロアンさんを嫌いになったりしませんからね〜?」
「…………。アタシが、アタシを責めるの。弱いアタシを、アタシが嫌いになるの。
だから、アタシは負けられないの。アタシは、強くないと生きていけないのよ」
「そうですか……。うん、そういうの、わからなくない気もします」
「どっちよそれ……」
「私も、私にできる精一杯はやりたいって思いますから。
きっとロアンさんは、自分のできる精一杯が、目一杯と同じになってるんですよ。
大丈夫、大丈夫。目一杯じゃなくても、大丈夫なんです」
「…………」
「たとえロアンさん自身が、自分のこと責めたって、私は責めませんよ。
私はロアンさんのこと嫌いにならないし、ずっと好きですよ。
ロアンさんが自分を嫌いになった分、私がもっと好きになっちゃうんですからね?」
「…………。ふふっ……。ありがと」
「きっとそれは、私だけじゃないです。
さっきの人も、憲兵さんたちも、街の人みんなそうですよ。
だから、心配しなくていいんです。不安に思わなくていいんです。
今は休んで、それからのことは、その時考えればいいんです」
「…………。そうね……」
「ふふっ……。よしよし、いいこいいこ」
「…………」
その後は、返事の代わりにスゥスゥと寝息が耳に届いた。
ホント、人間ってのは面倒なものです。でもだからこそ、見ていて飽きませんね。
(まったく、お前は人間をあやすのがうまいな)
(そりゃまあ、説得やご機嫌取りは、魔王様で慣れてますから)
(その一言がなけりゃ、イイハナシダッタノニナー)




