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049 立ち聞き

 ロアンさんの「もう頃合い」という言葉は、長い沈黙の時間を召還した。

いつもの静けさとは違う、重い空気。店の中を照らす蝋燭の炎の揺らめきが、泣いているようにさえ感じた。



(あー、俺たち居ない方がよくねえか?)


(それには同意しますが、今さら引っ込むのもまた気まずいかと……)


(息を殺して、居ないものとして振る舞うしかないか)


(まあ私、息してませんけどね!)


(そーだねー)



 空気の読めるスライムは、念話ですら空気を読むらしい。

まあ、彼の空気エア読み(リーディング)を見習って、わざとらしく動くのも逆に目立つし、聞いていないふりをしていよう。

立ち聞きしているようで気が引けるけれど。



「理由、聞いてもいいか?」


「そうね……。どこかでアタシも、諦めてたんだと思うわ。待っていてもしょうがないって」


「そんなの、今さらだろ?」


「ええ、そうね。でもね、前にこの店で魔物が出たじゃない? あれで思い知ったの」


「思い知った?」


「うん。帰ってこられるなら、私の前に姿を現さない理由がないってね……。

 だって、その日あっただけの子が、ちゃんと私に無事だって伝えに来てくれたんだもの」


「そうか……」


(あー、もしかしてこれって、私たちの話してません?)


(せやろなー)


(適当な反応っ!)



 いつも私が対人対応なども主導権を握っているせいか、クロスケはどこか他人事だ。

しかし、その塩対応を見るに、私の話をしていたとして、首を突っ込むなということだろう。

それに話している二人も、こちらに意識を向けるどころか、居ないものとして扱ってますしね。

それかもしくは、私は知らぬうちに透明人間になってたんでしょうかね!?



「まあ……、そうだな。お前がそうするってんなら、俺は止めないさ」


「ええ。今まで、ありがとね」


「けっ……。ここのマズい酒飲まなくて済むってんなら、ありがてえ話さ」


「ホント、素直じゃないんだから」


「それじゃ、俺は帰るとするかね。ま、いつ閉めるかは知らねえが、そんときゃ顔出してやるよ」


「うん。待ってるわ」



 男はグイッとグラスに残った酒を飲み下し、代金をカウンターへと置いて静かに「じゃあな」とだけ言い残して去ってゆく。

残されたロアンさんは、物憂げな表情で、カラカラと自分のグラスを回しながら、窓の外の月を見上げていた。



(あー! あー! 気になるっ! めっちゃ気になるっ!)


(いきなりなんだよ!?)


(あんな中途半端に話聞いておいて、クロスケは気にならんとですか!?)


(ならん。てかなんだその無駄に高いテンションは)


(あーもう! じれったいな! 私、直接聞いてきますっ!)


(おいやめろバカッ!!)



 よしよし、そうと決まれば行動あるのみ。

不自然にならないよう、空になったグラスを下げるふりして、それとなく聞き出そう!

うん、動くのにクロスケがすごく抵抗してて、ぎこちない歩き方になっている以外は、いたって自然だ!



「グラス、下げておきますね」


「あら、ありがとう。でもいいわ。あとはやっておくから、先に上がってちょうだい」


「はい……」


(やめろバカッ! 見えてる特大地雷踏みにいくなって!)


「あの、ロアンさんが待っている人って、誰なんですか?」


(あーーーー!! バカ野郎っ!! 脳無しワイトがっ!!)


(実際に脳はないので無問題ですね!!)


「ふふっ……。ずいぶん単刀直入に聞くのね」


「その、気になってしまって」


「まあ、よくある話よ。それに、たいして面白くもない話」


「私、気になります」


「アンタ、変な子ね……。でもいいわ、話してあげる。あれはまだ、私が若かった頃よ……。

 この店に入ってすぐの頃ね、アタシを指名してくれてた魔物狩りが居てね……」


(魔物狩り?)


(勇者ではない、魔物狩る仕事の奴らだな。さっきの男も、そういう仕事してるっぽかったしな)


(つまり私たちの敵ですね!)


(それ言うと、人間全員そうだけどな?)


(そういやそうだった!)


(慣れって怖いな)


「まあ、その頃はアタシも若かったし、相手は10コは年上だったと思うわ。

 だから、適当に相手してたのよ。でもずっと、アタシのコト指名してくれててね……。

 そうそう、彼から花を貰っていたのよ。アンタが動画で生けてた、魔界の花」


「そうだったんですか。ということは、かなり凄腕ですよね。あれって、この辺じゃ見かけませんし」


「そうね、そうだって知ったのは、ずいぶんあとのことだったけどね……。

 その頃は気味の悪い色の花だなって、持って帰らずに店においておいたくらいだもの。

 でもきっと、アタシのために珍しいものを持って帰ってくれてたのね……」


(長そうだな)


(乙女だもの、語りたい夜もあるでしょうよ)


(乙女……。どこに乙女が?)


(どう見ても乙女の眼差しでしょうが!)


「でも、いつからかその人、お店に来なくなってね。

 時々、長い旅に出ることもあったから、どうせまた戻って来るって思ってたけど……」


「もしかして、それからずっと?」


「あの人、いつも帰る時言ってたわ。『明日もしれぬ身、これでさよならだ』ってね……。

 ただ格好つけてるだけだって、ホントにいなくなっちゃうなんて、思ってもなかったわ……」


(どうすんだよこの空気……)


(どうしましょうかねぇ……)


「アタシ、バカよね。失ってから初めて好きだったって気づくなんてね……」


「…………」



 意外にも意外過ぎた重い話に、私はどう声を掛ければいいのかわからなくなっていた。

そんな私に、だから聞くなって言ったのになんていうクロスケの念話こごとが聞こえたのは、言うまでもない。

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