041 2対1
「はぁ……、なんであたしが店の掃除なんて……」
「はいはい、文句言わず手を動かしてくださいよ。私たちがテーブル壊しちゃったんですから」
「そんなの、そっちが負けてくれれば済む話じゃないの~」
「女神様なんて崇められたら、そういうわけにもいかないでしょう」
「まったく……。面倒だなぁ~」
ブツブツと文句を言いながら、私とサキュバスは店の掃除を進めていた。
そんな様子をカウンターでグラスを磨きながら、ロアンさんは口を尖らせ見つめている。
そしてその発言は、突然飛び出したのだった。
「アンタたち、やっぱり知り合いだったのね」
「へぁっ!?」
「なっ、なにいってんの~!?」
「二人とも、誤魔化すの下手すぎよ! こっちが驚くわ!」
「えっ、あっ、いえ、それは……。というか、どうして気づいたんですか?」
「そりゃこの仕事してれば、そういうのはニオイでわかるものよ」
「ニオイ?」
「そ。この二人仲悪いなとか、いい雰囲気なんだなとか、そういうの気づけないと、面倒な地雷踏むでしょ?
身振り口ぶりで、なんとなく察するのがプロの技というものよ」
「へ~、意外な特技~」
「アンタも同業者なら、これくらいできてなさいよ!」
「え~? あたしはだって、何もしなくてもみんながかわいがってくれるし~?」
「アンタのそういうトコが嫌いなのよ!!」
あー、はっきり言ったわこの人……。まあ、ロアンさんは好き嫌いはっきりしてそうだし、普通に本人にも言っちゃいそうな雰囲気はあったけど。
でもまさか、本当に面と向かって言うとはなー。私もそういうところ、見習いたいかも。
しかしなんというか……。嫌いな相手との知り合いってのは、私もまた微妙に気まずい相手になるのでは……。しかも隠してたし。
「あの、なんだかすみません……。隠すつもりはあったんですが」
「何がよ? というか隠すつもりはあったなんて言い回し、初めて聞いたわよ!?」
「いやほら、リリーさんと知り合いだってことです。
苦手な人の知り合いなんて、気まずいかと思って……」
「なんだ、そんなこと? 別にそんなの、アタシは気にしないわ。
アタシがこの女を嫌いなのは、アタシの都合。アンタがこの女をどう思ってるかは、アンタの都合。
だから別にこの女とアンタがマブダチだって、もしくはそれ以上のイイ関係だったとして、アタシがアンタの評価を変えることはないわ」
長ったらしく語られたが、結局のところロアンさんにとっては、私とリリーことサキュバスに関わりがあることよりも、私を私個人として見ているということなのだろう。
意外にも「敵の味方は敵」のような考えではなく、ドライな思考をしているようだ。
それになにより、嫌いな相手と言いながらも、相手を無視したりしないのだから素直な人なんだろう。
まあ、素直すぎて暴走している所も多々見受けられますが……。
「ロアンさんって……、意外と論理的なんですね!」
「ツッコミ入れるトコそこじゃないと思うな~。あたしとコイツは、そんなイイ仲じゃないし~?」
「あら、そうなの? アンタのこと追いかけてきたとか、そういうんじゃないの?」
「ええと……、何と言いますか……。昔同じ会社だった、元同僚的な?」
「えらくふわっとしてるわね」
「ま~、そんなに仲良くなかったことは確かだし~?」
「ええ。彼女の不正を暴いたのが私ですし、むしろ恨まれてるかと」
「ホントコイツってば、細かいことに気付くヤツでさ~」
「あなたが大雑把すぎるんですよ。やるならやるでバレないようにしてくださいよ」
「バレなきゃいいってモンでもないと思うわ……」
ロアンさんは呆れ顔でため息だ。
まったく、サキュバスも変わっていないな。
「彼女は昔っから詰めが甘いというか、適当に周りを動かして得をしようとするんですよ。
だから私には気づかれてしまうし、本人もボロを出してないと思い込んでる。
ある程度は見てみぬふりしてたんですが、あまりにもひどかったので……」
「違うし〜? まわりがあたしのためにしてくれたコトを、コイツが突いてきただけだし〜?」
「ガキみたいなケンカはおやめなさいっ!」
「でもでも〜」
「アンタが昔も今も変わらずだってのは、よーくわかったわよ!」
「むぅ〜」
なんだかんだマジメで抜け目ない努力家のロアンさんにとって、周りを動かして得をする彼女は、商売敵でなくとも癪に触る相手なのだろうか。
「それにしても、ロアンさんは彼女のことよく知ってるんですね」
「そりゃ、この子は昔ウチの店で働いてたもの」
「はい?」
「ま〜、独立するまでの繋ぎ的な〜?」
「うわぁ……。それで独立して客掻っ攫うとは、つくづくゲスいですねぇ……」
「でしょう!? ホントこの女は恩を仇で返すような……」
「そういうねちっこくて、年寄り臭いお小言がお客が離れた原因だと思うな〜」
「アンタねぇっ!! はぁ……。こんななのに、この子にゾッコンの男たちは『失言も天然でかわいい』とか言い出すのよ!? どう思う!?」
「男どもがバカだと思います」
「そうよねぇ!?」
「なんだか、すっごく居心地悪いんですけど〜」
私たちの会話に、ほうきの柄を抱きしめながら、サキュバスは頬を膨らませていた。




