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040 閉店のお時間です



「二人とも立てるか? ほら、手を貸すから」



 床に倒れ込んだ私たちを、審判憲兵が起こそうと手を伸ばす。

なーんか表情から「役得役得」と言わんばかりな雰囲気を感じるが、きっと気のせいだ。タブンネ。

そんな状態でもサキュバスは私の手を放さず、いまだにギリギリと握り締めていた。



「や~ん、勝負はどうなったの~?」


「引き分け……か? もしくは再試合か。ま、とりあえず手を放しな。

 だいたい、テーブルが壊れるなんて予想外もいいとこだ」


「む~。もうちょっとで勝てると思ったのになぁ……」



 いまだに手を放そうとしないサキュバスに、憲兵は困惑を隠しきれていなかった。

おそらくサキュバスは、リリーとして動いている時はもっと勝負ごとに軽い対応をしているのだろう。

意外なほどの負けん気の強さと、粘着質な気質が漏れ出た様子に、周囲の男たちもあきれ顔だ。

もし相手が私ではなく、本物の女神とやらであれば、うまくリリーという人間のキャラ設定を保てただろうに。

そんな中、掛け金の山を築いていた店主、ロアンさんもやってきた。



「あらあら、今までの勝負で痛んでたのかしらね?」



 腕相撲会場であるテーブルがありえない壊れ方をしたにも関わらず、ロアンさんは冷静にそう言う。

というよりも! ただただ嫌いな相手が痛い目をみて、心底喜んでいるように感じるのは気のせいだろうか!?

うん、さすがに気のせいということにしておこう。商売敵だとは言っていたけど、そこまで嫌ってはないはず。たぶん。きっと……。

隠し切れない冷たい笑みを浮かべてるせいで、気のせいではない気がしなくもなくもなくは……。

そして私は、考えるのをやめた。



「そういえば、賭けにしてたんですし、決着つけないとですよね?」


「ちょっと! やめなさいよね! 次も壊したらどうすんのよ!

 テーブルだって安くないんだから! 暴れるなら外でやってちょうだい!」


「あー、はい。どうします?」


「もういいや~。めんどくさくなっちゃったぁ~」


「そっすか」


「それじゃ、勝負は引き分けだから……。あら、引き分けに賭けたコいないじゃない!

 それなら、掛け金は全部アタシがもらっておくわね」


「おい待て!」



 ちゃっかり全額かすめ取ろうとしたロアンさんであったが、さすがに賭けに乗った男たちに詰め寄られ、渋々返金に応じていた。

多分渋々だ。男たちに詰め寄られて嬉しそうな雰囲気を出していたのもまた、きっと私の気のせいだから!

まあそれでも、テーブル購入費としてそこから少々頂いていたのは、さすがの抜け目のなさだと言える。


 一通り返金作業をすれば、ロアンさんは椅子の上に立ち、パンパンと手を叩いて注目を集める。

これはもしや、椅子をお立ち台代わりに踊りだすのか!? などと身構えていれば、よく通る声で男たちのざわめきを掻き切った。



「それじゃ、今日はこれで閉店! 楽しかったわ! また遊びに来てちょうだい」


「えー、そりゃないぜブラッド! これからがいいとこだろうがよぉ!」


「アンタ、店ではロアン様とお呼び! そしてアタシの足元に跪きなさい!」


「おいおい、ここはそっちけいの店だったのか!?」


「お望みなら、ご褒美に踏んであげてもいいわヨ?」


「うげぇぇぇぇ……」



 ロアンさんの閉店のお知らせに抗議した、例のウイスキーを飲んでいた男は、本気で吐きそうになっていたが……。多分飲みすぎのせいだな。

なんだかんだ、今日は久々にお店が盛況なのもあって、商売敵の乱入にも関わらずロアンさんは上機嫌のようだ。

ぞろぞろと見せを出る男たちのお見送りをして、投げキッスまでしている。

それで本当に吐いてしまった人も居たが、飲みすぎということにしておこう、そうしよう。


 そして最後に残ったリリーこと、サキュバスがそっと店を出ようとしたとき、彼女の肩をがしっと掴み、それを止めたのだった。



「アンタは居残り」


「え~、なんでですかぁ~?」


「テーブル破壊したでしょ! 掃除よ掃除!」


「や~ん! そんなの女神さまにやらせればいいじゃないですかぁ~」


「なに言ってんのよ! アンタたち二人でやるのよっ!」


「そんなぁ~」



 ズルズルと店の中へと引き込まれるその姿は、親猫に首を噛まれ引っ張られる子猫のようだった。

いや、そんなかわいいもんじゃないな。アイツは猫というよりも、獰猛な虎といった方が正しい。

実際このあと、目星をつけていた男を襲うつもりだったはずだからね。それを阻止したロアンさんには、グッジョブと称賛を送りたい。



「うぅ~、なんであたしがこんなことを……」


「アンタねぇ……。あのまま帰したら、あの中の誰かに手を付けるでしょ!?」


「あ、ロアンさんもそう思ってたんですか」


「あら、ワイちゃんも同じこと考えてたの? アタシたち、気が合うわね!」


「なんとなくそんな気がしただけで……」



 むぎゅーっと抱きしめられ、頭を撫でられる。あぁ、残念な胸板。

これがふわふわの豊満なおっぱいであればどれだけ良かったか……。

あ、でもサキュバスのは遠慮します。アイツはモノは良くても性格がダメなので。



「あのさぁ~、二人も掃除してくれますぅ~?」



 そんな私の考えていることに気付いたのかどうかは分からないが、サキュバスはじっとりとした視線で不満を漏らすのだった。

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