039 裏と表と
「うおぉぉぉ! ギリギリ持ち堪えたぁぁぁ!!
さすが女神様、試合の盛り上げ方をわかってらっしゃる!!」
「リリーちゃん! そのままぶっ潰しちゃってくださいっ!!」
周囲の野次馬は、先ほどのすんでのところで負けを回避した様子を楽しんでいるようだ。
こちとら念話で精神攻撃を受けながら、必死に耐えたというのに……。
まま、サキュバスも元々戦闘能力は低い魔族ですので、本気で向かい合えば、私でも互角の勝負はできるんですけどね。
ちなみに半牛半人のミーさんだと、確実に力負けしますけど。
「ん~! 女神さま、つよ~い!」
(このまま勝ちを譲ってもろてかまへんねんで!)
「あなたもなかなか、やりますね」
(そうはいかないんですよ! こちらも事情がありますので!)
ぐぐぐぐっと持ち直し、スタートラインまで押し戻す。
そこまで戻せば、一気に勝てる……、なんてことはない。
けれどロアンさんとの試合とは違い、ゆらゆらとどちらにも揺れ、一進一退の攻防を見せるのだ。
その展開には、観衆も熱のこもる声援を送り続けた。
「んん~! 頑張れあたしっ!」
(事情ってなんやねん!)
「勝負はまだまだこれからですよ!」
(こちらも人気取りする必要がありましてね!)
「やだ~! 持ちこたえてっ!」
(なんや、魔王軍は人間に媚び売るようになったんか!?)
「瞬発力は高くとも、持久戦は苦手ですか?」
(魔王様とも関わりますが、私の協力者の発案事業がありましてね!)
「もうだめ……。負けそう……」
(それやったらなおさら負けられへんな! 一回おまえぶちのめしたいと思てたねん!)
どうやら私は、相当彼女に嫌われていたらしい。いや、今までの反応からも察してましたけど!
しかし、そんな念話を知らぬ人間たちは、ずいずいと押されてゆくサキュバスの腕に、応援の熱がさらにヒートアップしていた。
「リリーちゃん! 頑張れ! 頑張れ!!」
「女神様! もう少しです! 押し切ってくださいっ!!」
二つに割れた陣営は、応援の言葉と共に、さらに賭けの額を増やす。
その様子に、ロアンさんはにんまりだ。というか、勝負始まってるのにまだ集金してたんですか!?
「応援してくれてるみんなのためにも……、負けられないっ!」
(お互い負けられへん分かったし、本気出させてもらうわ!)
「こちらも格の違いというものを、見せなければなりませんからね」
(残念ながら今回も、あなたの野望は潰させてもらいますよ!)
その瞬間、サキュバスの目の色が変わる。今までが嘘のように、猛烈な力で押し返してきたのだ。
実際のところ、動画実況者としては負けたってかまわない。だが私は、これでも魔王様の側近としての意地がある。
立場の違いというものを、わからせなければならないのだ!
一気に押してきたその腕を、同じく私も本気で迎え撃つ。
ビキビキと骨が震える感覚に、砕けてでも勝てと喝を入れ、全力で押し返すのだ!
魔族対魔族。空気さえも震えるほどの力のぶつかり合いが、ガタガタと店の窓を震えさせる。
それに気づいた私は、はっと周囲を見回す。力こそ抜いていないが、周囲に目が行くのは私の癖か、もしくは魔王様の側近としての職業病か……。
しかし見回せば、店の建物自体が中の熱気と共振するように身震いしていた。
もちろん気づいているのは、私だけのようだが……。
「もう少しっ! もう少し頑張ってあたし!」
(っしゃ! このまま勝たせてもらうでっ!)
「…………」
このままでは店ごと吹き飛びかねないと、こっそり本来生物用の防御魔法を建物にかける。
だがそれもいつまでもつか分からない。なにせ生物用なのだから、これ以上長引かせるのは危険だ。
本来私は知略と持久戦で勝負するタイプなのですが、こうなれば速攻で終わらせるしかないようだ。
「長くやっても間延びするだけ。遊びは終わりにしましょう」
(あまり時間がありませんので、ここでお開きとしましょうか)
「へっ……?」
(そんな余裕あんねやったら、さいっしょっから本気だしや!)
言葉を言い終えるか終えないかのその一瞬、二人の力は全力でぶつかり合った。
それは目に見えない爆発のようで、魔力の波となって周囲へと拡散する。
音も何もない爆発。防御魔法さえかけていれば、何も影響を及ぼさないはずの魔力波。
だがそれは、ドンッ! という轟音とともに放たれたのだ。
「なっ、なんだ!?」
観衆の叫びに一瞬ひやりとしたが、防御魔法のおかげで建物は無事。
観衆自身もまた、直前にかけた魔法のおかげで無事。
しかしその中で、唯一無事ですまなかったものがいた。
「いたた……。何が起こったの~?」
(は!? なんやったんや今の!?)
サキュバスは、なぜ床に倒れ込んだのかわからず、会話も念話も呆けていた。
しかし、彼女が負けて床に放り投げられたわけではない。同じように私もまた、床に倒れ込んでいたのだ。
がっちりと二人で握手するかのような態勢で。
「なんだなんだ!? テーブルが砕けたぞ!?」
「二人とも大丈夫か!?」
審判の憲兵が駆け寄るも、お互いにまだ手は放していなかった。
なぜなら、床に倒れ込んでいたけれど、どちらも手の甲は床面へとついていなかったのだ。




