037 正体
「へー……。意外と普通~」
「はいはい、視線上げて視線上げて。あなたに比べれば貧相ですよ」
「あなたこそ、私のおっぱい凝視してるじゃない~?」
「大きいですからね、視界の当たり判定も大きいんですよ」
「やだ~、えっち~!」
(視界の当たり判定ってなんだよ!?)
「ん〜? あれ〜?」
どうやら貧乳派のクロスケはお気に召さないらしい。
まったくもって理解不能な好みだ。人生の20割損してると言っていい。まあ私、既に死んでるんですけどね!
「もしかして〜」
「ひゃっ!?」
なーんて下心がバレたのか、もしくはからかい半分か、リリーさんは突然私の首元に顔を近づける。
突然の百合展開な絵面に、変な声が出るが、それは周囲の男たちも興奮を隠せない様子で、集まっていた視線がさらに熱気を帯びた。
名前に違わずそっち系なんですかね!?
急にそんな近づいて来るなんて、女性に対する耐性がない私は、さらりと流れる甘く香る髪の香りだけで熱く……。
ん? この匂いは……。
「あ! この匂いもしかして、サキュ……、むぐっ!」
「やっぱり、ワイ……、むぐぐっ!」
お互いがお互いを認識した瞬間、二人で互いの口を手で塞いでいた。
私たちの焦りなどつゆ知らず、周囲の男どもにとっては、その光景は胸熱展開だったらしい。
「てぇてぇ、てぇてぇ……」
「豚の鳴き声かよ」
うむ、豚だ。百合豚というやつだ。
いや、それよりも問題は、このリリーという偽名の女の処分法だ。
即座に巡る物騒な思考を遮るように、先に先方から念話が飛んできた。
(なんでこんなとこおんねん!)
(うわ、念話は昔と変わらぬ喋りですね)
(ったりまえやろ! あんな媚び媚びな喋りやってられるかっちゅうねん!
って、んな話ちゃうねん! なんで自分、人間の街おるんやっちゅう話や!)
(まあ、細かいこと吹っ飛ばして理由を言えば、サキュバスさん、あなたに会いに来たんですよ)
(はぁ!? ウチに今さらなんの用があるってんや?)
(おっと、今はリリーさんと呼んだ方がいいですかね?)
(んなもんどっちでもええねん! おまん、人のシマ荒らしてただで済むおもとんか!?)
(いや、荒らすつもりなんて……)
(実際ウチの店、自分のせいで誰も客けえへんねんで!
それを荒らしてるゆわんんと、なんてゆうねん!)
(まー、それはいいとして)
(よかねーわ!)
(いや、それよりもですね、今は念話でグチグチ言ってる場合じゃないですよ?
ほら、周りの人たち見てくださいよ……)
(あっ……)
周囲の男たちは、見つめ合い、口を押さえあう美女二人の様子にヒートアップしていた。
すでに息遣いが荒い者、その光景を目に焼き付けようと、瞳孔が開いている者、そしてよだれを垂らしている者など……。
今にも「抱けー! 抱けー!」と泣きながら叫びそうな勢いだ。どんんだけ飢えてんだよここの人間どもは……。
「んっ、んんっ! えへへ……。かわいいから、いたずらしたくなっちゃった〜」
「うわ、態度の落差に風邪ひきそう」
(てめぇ、話合わせろや!)
(はーい)
「そっかそっか、こんなにかわいいんだもん、みんな女神さまって思っちゃうよね〜」
「あざっす」
「も〜! 塩対応ぅ!」
怒る時もまた、あざとく「ぷんぷん」と擬音が出るような態度だ。
昔の様子や、念話での対応を知っているがゆえに、寒気で背中がゾクゾクする。風邪の諸症状ですね。
「えーっと? それで一応ルールとしては、ロアンさんに腕相撲で勝ったら私と勝負できるってことになってるんですが……」
「ん〜と、そうなの? 女神さまに会うための、儀式かなにかだと思ってた〜」
「予選? というよりはロアンさんによる足切りだった感じですねー。知らんけど」
「知らんのかいっ! あっ……」
つい入れてしまったツッコミに、しまったという顔をしながら、両てで口をあざとく押さえるリリー、もといサキュバス。
本人はうっかりボロを出したと思ったようだが、その様子に周囲の男たちからは、ため息にも似た「かわいい」の声が漏れている。
「ん〜、どうしよっかな〜。あたし、勝負なんて……」
「いや、さっきまで普通にやってたじゃないっすか」
(ここは決められないフリすんのがテクなんよ!)
(そっすかー)
「だって女神さまでしょ〜? 絶対勝てないよぉ……。ねぇねぇ、どう思う〜?」
甘ったるい声で問われた男は、顔を赤らめながらドギマギしている。
そりゃ上目遣いで質問されたら、顔と共に谷間も見える。寄せてあげての盛って盛っての特盛が!
そんなのドギマギするなというのが無理だ。私だってそうなる。相手がコイツじゃなければ。
「あーっと……。どうだろうな……」
(あっ、逃げた)
(ええやん、ええやん。コイツ今日いただこかな)
(ウブな子を毒牙にかけんなクソビッチ)
(あぁん? てめぇサキュバスをビッチ呼ばわりやと!?)
(どっちもかわんないでしょ)
(こちとらコレで生きとんじゃ! 素人は黙っとれ!)
(はいはい)
こうやって言い合っていると、昔を思い出してなんだかなつかしい気がする。あまりいい思い出ではないけれど。
そんな念話など知らぬ野次馬どもは、逃げの発言にとどめた男を睨みつけていた。
「何言ってんだ! リリーちゃんを応援するのが、ファンってもんだろ!?」
「あぁ!? 女神様を崇めるのが、信者ってもんだろがっ!?」
あ、これ逃げ以外は敵を作ってしまうパターンだったか。
まったくもって、ご愁傷様です。今夜サキュバスによって行われる予定の惨事も含めて。




