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035 勃発

 一触即発のロアンさんと、入店してきたあざとい女性。

どうやら二人には、なにやら因縁があるようで……。



「それで、冷やかしにきたのかしら?」


「え~、やだ~、そんなことないですよぉ~。

 いつも暇そうにしてるのに、今日は賑やかだって聞いて来ただけですよぉ~」


(しれっと嫌味言ってるよな)


(こわ~い)


(お前が真似するときも~い)


「あらあら、悪かったわね。アンタんトコのお客さん取っちゃったかしら?」


「そんなことより~、噂の女神さまってどこにいるんです~?」


「アンタもその話聞いて来たクチなのね?

 残念だけど、そうやすやすと会わせるわけにはいかないの」


「え~、わたしにだけ会わせてくれないなんて、いじわる~」


「意地悪で結構。ルールはルール。アタシに腕相撲で勝てなきゃ会えないのよ」


「へ~……。それじゃあ、腕相撲でわたしが勝ったらいいんですよね~」


「あら、あなたやる気なの?」


「だって、勝たないと会えないんでしょ~?」


「アンタがアタシに勝てるとでも思ってんの?」


「う~ん……。やってみないとわからないかも~?」


「…………。ちょっとは痛いめ見ないとわかんないようね。

 いいわ、ここではっきり白黒つけようじゃないのよ!」



 視線でバチバチと火花を散らす二人に、周囲はすでに2メートルほどの空白地帯ができていた。

誰もそこへ足を踏み入れようとはしない。まるでそこには地雷が埋まってるかのようだ。



(いやー、女の闘いってのは怖いですねぇ!)


(そのわりに楽しそうだな)


(他人事ですので!)


(お前、いい性格してるよ)


(それほどでも~)


(褒めてない褒めてない)



 他人事の争いほどハタから見てて面白いものはない。それは本当。

けれど何というか、あの二人に違和感があるんだよなぁ……。なんか忘れているような……。

なんて思っているうちに、二人は小さなテーブル前に向かい合い、腕相撲のためがっちりと手を握り合った。

これが和解の握手なら、きっと感動的な光景になったんだろうなー。

二人のいきさつを知らないから、私はなんの感慨も湧きませんけど。



「ちょっと! 勝負するんだから審判しなさいよっ!」



 数歩下がった男たちに、ロアンさんの声が飛ぶ。

誰もやりたがらないだろうね。どういう結果であれ、面倒なことになるのは目に見えてるんだから。

まあ、街での面倒事(特に命に関わることならなおさら)を押し付けられるのが、憲兵という悲しき者たちである。

今は勤務時間外にも関わらず、お前が行けという周囲の視線に耐え切れず、支給品の制服を着た憲兵が一人おずおずと前に出た。

今からでも防具を待機室に取りに行った方がいいかもしれませんよ?



「では、お二人とも準備はよろしいですね?」


「いつでもいいわよ。この女、叩き潰してやるわ!」


「や~ん、こわ~い」


「…………。では、レディー、ゴッ!」



 こうして女の闘い(?)の火ぶたは切って落とされたのだ。

誰しもが思っただろう、今まで百戦錬磨のロアンさんが勝つだろうと。けれど、様子は違っていた。

開始の合図をされたにも関わらず、二人の腕は一向に左右に振れることはなかったのだ。



(おいおい、あのオッサン手加減してんじゃねえか)


(オッサン扱いはダメですよ。せめてオバサンにしなさい)


(オバサンならいいのかよ!?)


(しかしまあ、一向に動きがありませんね。本気で潰すって言ってましたのに)


(もしくは相手が必死なのを嘲笑するために、互角を演じてるとか)


(どうですかねぇ……)



 あまりの動かなさに、時が止まったのかとさえ錯覚する。

その様子に、周囲の男たちも困惑し、ざわめき始めた。

さっきまで愚痴と共にウイスキーのグラスをカラカラ鳴らしていた男も、様子がおかしいと気付いたようだ。



「ブラッドの野郎、遊んでやがるな?」


「やっぱりそうなんですか?」


「そりゃ、積年の恨みもあるだろうからな。無様な姿を男どもに見せてやりてえのかもな」


「積年の恨み?」


「あー、なんてーか……。まあ、リリーは商売敵だからなぁ」


「リリー? ああ、あの方のお名前ですか?」


「そそ。リリーは数年前、ここと同じように酒を出す店をやりはじめてな。

 そりゃもう、あの可愛さだろ? しかもおっぱいがでか……。スマン」


「謝られると余計みじめなんですけど!?」


「その、あれだ。愛想も良くてな、開店すりゃ一躍人気店よ。

 昔はココくらいでしか飲めなかったから、みんなこの店に来てたのにな。薄情なもんだ」


「それは、あなたもですよね?」


「痛いトコ突くよなぁ……」



 そういえば、この店に来た時にそんなことを言っていたような気がしないでもないような?

魔王軍との最前線なこともあって、昔は女性がこの街に居なかったとか……。意外と覚えているもんだ。

つまり平和になったから、あのリリーという方もこの街にやってきて、商機を見出し店を出したのか。

そう考えると、なかなか商売上手な方なのかもしれませんね。



「ということは、ロアンさんとしてはここは可愛く負けておく方がよいのでは?」


「…………。元がかわいければ、それもアリかもしれんが……」



 苦々しい表情をした男は、続きの言葉をウイスキーと共にぐいっと飲み干した。

かわいいは正義。かわいいは偽装つくれる。そんな言葉を不意に思い出した。

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