033 つかの間の繁盛
もみもみと憲兵の手を揉みしだいたあと、ロアンの手相占いは当たり障りのない予言をするにとどまった。
当然と言えば当然だが、相手の憲兵に波乱万丈な未来が待っていない限り、さほど重要な予言が出るなどあり得ないのだ。
それになにより、私から見てあの手相占いは適当すぎて、到底信ぴょう性の高い結果を出せるとは思わなかったし。
だが、その点の指摘はしないでおいたのは、憲兵たちからのしつこい勧誘を彼(彼女?)が追い払ってくれたからだ。
この街でゆくあてがないことと、動画のネタ探しに来たということを知っているので、しばらく店に泊まるといいと言ってくれた。
そのおかげで、憲兵への勧誘はまた後日となったのだ。だがそれは、意外な結果を招くことになった。
「嬢ちゃん! 次は俺と勝負だ!」
「えー……。めんどくさ……」
「もうっ! まだ宿代分に届いてないわよ!」
「はい、頑張ります……」
夜になると、うわさを聞き付けた力自慢たちが店に大量に押しかけてきたのだ。
そして勝負しろと私に迫るのだ。男に迫られるのは、気が滅入って仕方ないんですがねぇ……。
しかしそこは商売上手なロアンさん。腕相撲勝負を商売にして、料金をせしめることにしたのだった。
抜け目ない。そのうえ勝っても負けても、男たちは酒やつまみを注文するわけで、えらく活気ある店内へと変わっていた。
(まさかとは思うが、いいように使われてるんじゃねえの?)
(まさかではなく、見たまんまそうですよ)
(かーっ! 人間に利用されるとは情けない!!)
(まあ、暇つぶしにいいじゃないですか。
しかし、力自慢のわりにはみんな弱いですねぇ……)
(それだけ人間が弱くなっているのかもな)
ばったばったと倒されてゆく男たちは、私の細腕のどこにそんな力があるのか興味津々だったり、まさか負けるとは思っていなくてショボくれたりと様々だ。
どんな様子であっても、ヨダレを垂らさんかの勢いでガン見しているロアンさんは、おそらく腕相撲を商売にせず、稼げなかったとして大満足だろう。
「ロアンさん、いつまでやればいいんです?」
「男どもが満足するまでよ!」
「それ、ロアンさんが満足するまででは……」
「そうとも言うわ。でもま、アンタも疲れてきたでしょう?
勝負待ちの行列はまだ半分程度しか捌けてないけれど、バテられても困るのよね」
「全然大丈夫ですけど、オジサンたちとの握手会は気持ちが落ちますねぇ……」
「相手は必死なのに、それを握手会って……。ま、それだけアンタが強いってことね。
でもそうね、ちょっとばかり選別しましょうか」
「選別?」
「ルール変更よ! まずはアタシと勝負しなさい!」
「はい?」
高らかに宣言したロアンさんに対して、私含め店の中の者たちは全員ぽかんとしていた。
突然自分が相手すると言い出すなんて、いったい何が目的……。あっ……。
「おい! いきなりルール変更なんてズリィぞ!」
「おだまりっ! 我先にと来たコは、本当に自信がある証拠よ! なにせ相手は万全なんだもの!
けどね、後から来てバテた所で勝ちをかっさらおうなんていう軟弱者に、挑戦権はないわ!
アタシにも勝てないようなコが、この子の手を煩わせるなんて許せないの!」
「まー、ロアンさんに勝てば問題ないわけですしね」
「でしょう? あなただって、本当に強いコの相手したいでしょ?」
「いえ、全然」
「そこは『はい』っていう所よ!」
「まあ、それはいいんですけど……」
そっと近づき、ロアンさんに耳打ちをする。
なんだか興味津々な男たちの視線は気になるが、無視だ無視。
「もしかしなくても、ロアンさんが腕相撲ついでに相手に触りたいだけですよね?」
「あら、バレちゃったのね」
「そりゃまあ、察しますよ……」
「ふふっ……。力自慢のコたちを前にして、見てるだけなんて耐えられなかったの」
「それはいいですけど、怪我しない程度に頑張ってください」
「あら、心配してくれてるの? アリガト」
ふふっと笑い、ウインクを返すロアンさん。
全身に鳥肌が立った気がしたが、そういや私は骨だけなので、恐ろしさに震え上がったのはクロスケの方だろう。
「それじゃ、私はその間見学しながら、お店の方の仕事やりますよ」
「ありがと。アタシも頑張るわよ!」
「ははは、期待しないでおきます」
そう言い残し、カウンターへと入る。動画撮影で教えてもらったお酒を作ろうと瓶を眺めていると、クロスケがあれもウマイこれも旨いと、念じるように囁くのが聞こえた。
そして数種類の酒瓶を棚から降ろし、さて実験だという段階で「ガンッ!」っと腕相撲大会のテーブルから、爆発音にも似た音が響いた。
「ロアンさん!? 大丈夫ですか!?」
「勝者! ロアン!」
「っしゃぁぁぁ!!」
駆け寄った私が聞いたのは、審判役の憲兵がロアンさんの手を掲げ、彼女の勝ちを宣言した声だった。
あと、多分聞き間違いだと思うけど、雄たけびを上げるロアンさんらしき声。
「腕がぁぁぁぁ!!」
敗者と言えば、テーブルに打ち付けられた時の激痛で、叫びながら床を転がっていた。
なにをどうしたらこうなるんだよ!?
「さあ、来なさい! 次も打ち負かしてあげるワ! だってアタシは、最強だもの!」
(最凶……)
(最狂……)




