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027 アルコール消毒ジェル

 魔王城まで逃げ帰るには少々時間がかかる。

少し走り続けた先に湖があるのを思い出し、とりあえずそこでクロスケに水を飲ませることにした。



「クロスケー? 包みの中で窒息してませんかー?」


「うぅ……。頭痛い……」


「あ、起きてた。というか、スライムの頭ってどこですか」


「わからん……」


「ツッコミというか、返事のキレがないなぁ」



 いまだ形の安定しないジェルは、プルプル震えているだけに見えた。

ともかく湖の水を飲ませ、私も木陰で少し休む。まったく、骨折り損とはこのことだ。

まあ、私は常々骨折られてますけど。魔王様やミーさんに。


 そういう意味では、クロスケもつくづく災難だ。

前はミーさんに斬られ、今回はドロドロに溶けたのだから。

ふと見れば、その黒い体はえらく小さく縮んでいるように見える。



「クロスケ、縮みました?」


「道中でかなり落とした」


「え? それって平気なんです!?」


「おかげでアルコール分も落としたから、そこそこ回復したけどな……」


「アルコール消毒ジェルじゃないですか」


「なんだそれ……」



 ぐでっととろけるスライムは、動画の途中で挟まるCMの内容に思いを馳せる余裕はないようだ。

その時ふと、異世界の商品もスライムと酒で作れるのではないかと少々の商機を感じた。

まあこの世界の人間に、手をアルコール消毒するような衛生観念があるかは知りませんけどね。



「しかし、落とした分を回収しないとですねぇ。

 ただでさえ胸を盛ることもできないほどに節約しているんですから」


「俺を太らせても盛るつもりはないからな」


「えー、ケチー」



 もうこればっかりは性癖の違いなので仕方ないのか……。

などと思っていれば、何を思ったのかクロスケは亜空間から映像の投射用水晶を取り出し、水面へと当てた。



「え? 気晴らしの動画鑑賞でもするんですか?」


「んなわけねーだろ。さっきの店がどういう状況か確認しないと……」


「それはまたどうして?」


「俺たちが魔物だってバレてたら、今後動画投稿できなくなるだろ?」


「二日酔いの頭痛でも自分のチャンネルのことを考えるとは……。これは社畜の素養ありますねぇ!」


「二日酔いじゃねえ。当日酔いだ」


「ツッコミの箇所がズレてやがる! まだ本調子じゃありませんね」


「うっせぇ……」



 なんだかんだ本調子じゃないながらも、クロスケはぐったりしながら投影機を動かす。

そこに映されたのは、えらくローアングルからのロアンさんと憲兵二人の様子だった。



「なんでこんな盗撮角度なんです?」


「俺の体の一部が見てる映像だからな」


「あ、アルコールジェル視点ですか」


「お前も殺菌されてろ。ともかく、音声も拾わないと何言ってるかわかんねえな」



 投影機に覆い被さり、でろんと身体を緩めるクロスケ。そんな無茶せんでも……。

しかし、そのおかげか音声がこちらへと流れてきたのだ。



『それで、その少女がトイレに入ってからしばらくして、スケルトンが出てきたと?』


『そうなのよ! もうアタシ、びっくりしちゃって! ホント怖かったんだからっ……!』



 涙目になりながら、憲兵に抱きつくロアンさん。ブレねえ。

そしてあからさまに嫌がられ、引き剥がされるロアンさん。不憫。



『いちいち抱きつくのやめろ』


『いいじゃないのよっ! 乙女が怖がってるのよ!』


『どこがだ。だいたい、アンタが魔物ごときを怖がるわけねえってのは、街のみんなが知ってんだよ』


『キッーーー!! なんて言い草っ!!』


『普段の行いですよ。ともかく、その少女はどこに』


『わからないわ。アレが出て行ったあと、心配してトイレを覗いたんだけど、誰もいなかったの』


『ということは……』


『ということは?』


「ということは?」


「お前も同じこと言うのかよ」


「あ、うっかり」


『ということは、おそらくその少女に贄の呪印が付けられていたと考えるのが妥当かと』


『呪印?』


「呪印?」


「2回目」


「ついうっかり」


『ええ。魔物の中には、自身のエモノに印を付けて、泳がせるものがいるそうです。

 今はまだ捕食しないものの、印を付けていつでも食えるようにと……。

 まさに、この店のキープボトルみたいなものですね』


『そんな……』


『そしてその印を付けられた者は、その魔物を呼び寄せてしまうのです。

 ただ、この街は結界で守られているので、本来は呪印付きの者は入れないはずなのですがね……』


『じゃあ、あの子は……』


『残念ながら、すでに……』


『嘘よ! 嘘よね!? あの子がそんなっ……!!』


『お気持ちはお察ししますが……』



 ロアンさんは抱きつくでもなく、泣き出し、その場に崩れてしまった。



「あらら……。悪いことをしてしまいましたね」


「まさか、アイツがあんなに人のこと心配するなんてな」


「魔族に罪悪感を抱かせるんだから、たいした人ですよホントに」


『ロアンさんよ、仕方ねえだろ? 街の中が平和なだけさ。外はそういう世界なんだよ』


『だって……、だってまだ……』


『そうだな、まだ歳ゆかねえ子だって話だしなぁ』


『そうじゃないの……。だって……、だってまだ、いい男を紹介してもらってないのよ!?』


「てめえブレねえな!!」


「うん。さすがロアンさんです。そこに痺れないし憧れませんけど」



 あまりの彼のブレなさに、憲兵ふたりは言葉を失っていた。

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