022 暇を持て余す
連れ込まれた店「喫茶&バー マカオ」は、えらく静かなところだった。
それもそのはず、客は誰一人としていなかったのだ。営業時間外なのだろうか?
小さな椅子と、テーブルのセットが6つほどある広さで、それなりの人数が入れる造りだ。
カウンター席もあり、そこに座れば、正面には様々な種類の酒が入った瓶が並ぶ姿を眺められる。
というか、カウンターに座らされ、実際に酒瓶をまじまじと眺めていた。
「あら、お酒の方がいいかしら?」
「あっ、いえ……。あまりこういうのを見たことがなくて……」
「ま、そうよね。女の子が一人で入るような店じゃないもの」
「あれ? 看板に喫茶って書いてませんでした?」
「昼は喫茶店。夜はバーをやってるのよ」
「ええと……。今日は定休日ですか?」
ぐるりと見渡しそう言う私に、カウンターの中に立つ彼から冷たい視線を浴びせられた。あ、地雷踏んだかも。
「だったらアタシはここに居ないわよ」
「ははは……。時間帯的なものですかね……」
「夜もよ」
「…………」
つまりこの店は、今すぐにも潰れそうなほど流行ってないということらしい。
気まずい。ものすごく気まずい!
「じゃ、じゃあ私はこれで……」
「待ちなさいよ! 暇なんだから相手しなさいよ!!」
「ひぇ……」
「逃がさないわよ! 久々にガールズトークできる相手見つけたんだから!」
「いえいえ、そういうのは常連さんとやってもろて……」
「常連が居れば、暇を持て余してないわよっ!!」
「ひっ……」
「もちろんタダとはいわないわよ! アタシのオゴりで、お茶とお菓子くらい出すわよ?」
「えっ……。あ、はい……」
(おい! 負けてんじゃねえ!)
(いやでも、なんかこれ何言ってもダメな気がして……)
(魔族が人間に負けただと……)
クロスケががっくりと肩を落とすのが伝わってくる。スライムの肩というのがどの辺かは知らんけど!
それにしたって、押しの強い人だ。
こんなのが勇者として魔王城に来たら、私も裸足で逃げ出す自信がある。
まあ、元々服も着てない骨っ娘ですけどね!
なーんて考えてると、押しの強い喫茶店兼バーのマスターは、お茶を淹れながら背中ごしに語る。
「見たわよ、アンタの動画」
「あ、ありがとうございます……」
「やっぱりこの辺に住んでたのね」
「え? なんで住んでる場所わかったんですか?」
「だって、あなたの生けてた花、魔界産でしょ?」
「あ、そっか……。あれって、珍しいんですね」
「そうね。魔界まで行かないと、摘んでくるのは難しいでしょうね」
「うぅ……。ほぼ住所バレしちゃいました……」
「ま、いいじゃないの。珍しさは折り紙付きなんだし、人気出るんじゃない?
はい、ケーキセットお待ちどう様」
「あ、ありがとうございます……」
コトりと置かれたのは、パウンドケーキを中心に、生クリーム、フルーツがワンプレートに盛られ、香り高い紅茶が脇を彩るセットだった。
(食べて大丈夫ですかね?)
(さすがに毒は盛られてないんじゃないか?)
(そうじゃなく、消化できるのかなって)
(それなら最終、俺がいただくから問題ない)
(普通に食べられるって羨ましいですねぇ……)
(アンデットな身の上を恨むんだな!)
(くそう……)
骨化してからこれまで、魔力供給することはあっても、食事なんて目にすることもなかった。
しかしこうして目の前に出されると、人間であったときでさえ、さほど興味のなかった食事というものが、もしくは食欲というものがそそられるわけだ。
「あらどうしたの? おなかすいてなかったかしら?」
「いっ、いえ……。綺麗だったもので見とれてしまい……」
「もうっ! アタシを褒めたって何も出ないわよ!」
(いや、お前を褒めてはねえだろ!!)
(クロスケ、ツッコミ押さえて!)
(はいよー)
「へへ……。いただきます」
さっくりとフォークでケーキを切りとり、口へと運ぶ。
そこでふと思いつく。どうせ最終的にクロスケに吸収されるとはいえ、視覚聴覚触覚を感覚魔法で察知している私なら、味も同じく感じられるのではないだろうかと。
「…………」
「えっ……? 突然なに!? ボーっとアタシのコト見つめちゃって!」
「あぁ……。なんだか、懐かしいなって……」
「あら、喜んでくれてウレシイわ。さっ、紅茶もどうぞ」
「ありがとうございます」
別に味がわかったところで、今や骨だけの身。体に何の変化ももたらさなければ、それによって魔力供給が行われるわけでもない。けれど少しだけ、人間だった頃を思い出したのだ。
ずっと研究室にこもりきりで、誰かと一緒に食事をするようなこともなかったことを……。
あれ? それって今とあんま変わんねえな!?
「自己紹介が遅れたわね。アタシ、この店でママをやってるロアンよ。ヨロシク」
(ん? ママ? マスターじゃないのか?)
(こう見えて女性なんですかね? しばらく見ないうちに、人間も変わったもんですねぇ)
(…………。そういうことにしておこうか)




