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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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swim in the blue sky



 とりあえず人目に付くわけにもいくまいということで手頃なダクトを這って移動することになったが、何分先行するのがスカート少女だということでちょっと複雑な気持ちになる椎滝大和。しかも例の布切れを見られている本人が『見られている』と分かっているらしいのに全く対処しないのだから余計に、だ。

 気分はまるで人様の家へ勝手に住み着いてちょろちょろちょろちょろ動き回るネズミである。

 大人一人が何とか這いずって移動できるほどの幅しかないダクトを動き回るにしても、並より少し大きめ程度のサイズ感がある大和には苦労しかない様子で、一方中学1年生程度の背丈を持つちびっこ暴君シズク・ペンドルゴンは何の苦労も無いらしい。かなり自由に銀色のダクト内部を這いまわり、大和も大和で気を抜くと置いてかれてしまいそうだった。

 それにしてもやはり彼は気になるらしい。


(これ、どうにかなんないかな)


 やっぱり口に出して指摘するにもこっぱずかしいため、移動中ずっと栗色癖毛少女の例のアレな的な布を見続ける羽目になってしまった。

 妙なところで女の子らしさを出していても普段の行動があんな調子では差し引いたところで、世の中でも最も偉大な枠と言っても過言ではない『女の子』の枠に収まらないだろう...なんて考えているうちに、目的地付近に到着したらしい。暗がりに差し込む僅かな光が頼りだったというのに、どうやって目的地を定めたんだ?という疑問も、外に出てみた瞬間に吹き飛ばされていた。


「なんだ、ここって......女子トイレ?」


 そこは普段から出来るだけ凡を歩こうと心掛ける大和から、ある意味では最もかけ離れている場と言っても過言ではないはずだ。再確認するまでもなく椎滝大和はれっきとした人間種の雄である。ということは?つまり?何事もなければ絶対に立ち入ることのない空間に耐性なんて持ってるはずもなく。『人助け』という大義名分が無ければ小刻みに震えてその場から動けなくなっていたかもしれない。

 なんだかんだで臆病と言うか小心者というか、とにかくうぶなのだった。

 シズクは天井から降りると、個室の扉を開ける。男性用の小便器が無いことから周囲の様子が容易に想像できたが、シズクの言う『目的地』とやらの意外性に大和があっけを取られるのも無理はない。

 何て言ったって、付近を見てみればどこにだって水がある状況。いつ敵に感知されてもおかしくは無い上、ここで敵を迎え撃つにしても周囲は狭すぎる。

 絶対的な破壊力が売り(本人談)のシズクにとってもあまりにも不都合なのは目に見えていた。しかし、当の本人。『箱庭』の第二位ながら直接戦闘も務めるシズクはさも当然のような振る舞いで。


「こっちじゃない」


 言うだけ言ってシズクはすぐに歩き出す。

 女子トイレなどという聖域に踏み込んでしまったための物珍しさか、敵の魔手がこちらまで及んでいないかどうか確認しているのか。あちこち不審に感じているようだった大和を他所に、さっさと灯りのない女子トイレから出て行ってしまう。

 慌てて追従していくと、大和の視界いっぱいに清潔感漂う白が映し出された。とはいえ消灯後。やはり暗いことは暗いのだが、よくよく観察してみれば周囲の状態はすぐ明らかになった。

 厳重な管理体制を纏う科学国トウオウの鍵付きロッカー。それも周囲一帯はほとんどがそれに埋め尽くされている。


「まずはここから、ね」


 片手を腰に当てたシズクが端的に言ったと思えば、後は早かった。

 またまた物珍しさに視線を奪われ、『あれ?なんだかここって見覚えあるような...』と首を傾げていた大和の隣。とりあえず片手で触れた三重ロックにパスコード入力装置、挙句の果てには指紋認証まで兼ね備えた通常のモノより一回り大きいくらいのサイズ感を持つ金属の塊を、親指の腹と人差し指の第一関節と第二関節の間に挟む。

 ベギョッッッ!!となにかが砕ける音があった。


「おいっ!?」

「『竜』は確かに咎人由来の異能で構成されていた。でも本当にそれだけ?水を操る異能。水に擬態する異能。水に性質を加える異能......どれにしたって、またそれら全部にしたってあの量の水を確保して人間一人の力だけで操作するなら、魔法でも地形利用の龍脈術でも、とにかく何でもいいから何らかの補助が欲しい」


 だったらどうした、と口にしそうになり慌てて己の口を塞ぐ。こういう場合、静かに『知ってる人』の話を聞いておいた方が後々の自分のためになるということをいい加減学んだらしかった。


「つまり補助、演算やアシストを担う設置物。ヤマトにも分かりやすく説明するなら能力の中継器ね」

「中継器?」

「異能が個人由来で、だからと言って自分以外に主軸を担わせることが出来ないなんて誰が決めた?」


 言いながら、シズクはこじ開けたロッカーの中をがさがさと漁っていた。暗がり深まる頑丈なロッカーの中には大したものは収まっていなかったようで、出てくるのは女物の化粧品やら下着やらばかりだ。これでシズクが頭にバーコードを植え付けられ脂ぎった40代半ばのおっさんであれば、通報どころか発見者に容赦なく鉛球をぶち抜かれてもおかしくない状況である。


「で、女子ロッカーのこっち側。飛行船が飛んでる間は料金支払うだけで無期限貸し出しの個人ロッカーに早変わりするんだけどね。中継器ってくらいならもちろん関連性を強固で崩れにくくする必要がある。深海に火の粉を散らしたところで火は生きる?寝室にいきなり高級料理が運ばれてきたら違和感感じない?要はそういう話。土地と無理やり結び付けて力の流れを書き換える、地形利用は魔法の基本中の基本だし覚えておいた方が将来役に立つかもね。『水』との関わりが強くって、尚且つ人目に付かないとなったらこの辺だけだろうし」

「だからってそんな無理やりこじ開けなくても」

「そう思うならさっさと手伝って。よく考えてみれば、ヤマトの万有引力テトロミノで飛ばしたほうが早いじゃない」


 言われてみれば確かにその通りだ。

 というわけで気乗りはしないが、手当たり次第にぶちまけられてもアラームなんかが鳴りかねないので大和も腰を下げる。触れた錠前が次々とその場から消失し、少し後になると白張りの床にからんと音を立てて転がった。大和を押し除けるようにしてを覗き込むシズクの足元。転がった不思議な形の南京錠を手に取る。


「それにしても、科学大国がわざわざどうして古風な南京錠...ああそうか。一見古く見える技術に最新を織り交ぜてより新しく見えるようにしてるわけだ」

「ま、そんなとこでしょうね。造ったところでアピールしないと、他国よそへの牽制にもならないから」


 ようは周囲より目立ちたい。かわい子ぶりたい女性の類の手段と同列だった。自分より劣ると思っている人物を常に両脇に侍らせて、周囲から見た自分の優位性を段階的に押し上げて確立させる。より簡単簡潔に説明するなら、常に自分より見劣りする人物を隣において自分を引き立てる、という手段やりかただった。

 技術の進歩のためならば開発資金の提供は全く惜しまない国のこれも全く同じ。

 常に進み続けているとはいえ、国としては大洋に浮かぶちっぽけな島に過ぎない。例えばトウオウの存在を好ましく思わない周辺国が手を繋ぎ、連合国として東西南北各所から攻めてきたなら?

 かつて椎滝大和が属してたアリサスネイル一の武装国家ヘブンライトの魔科学技術に加え、椎滝大和のが襲撃してきたなら?

 それこそひとたまりもない。どれだけ過剰な戦力を備えていようが海上で無敵の要塞を築こうが、結局は大波に呑み込まれてはなすすべもなく流される。世界にはその時限りの()のようなものがあって、しかもおかしなことに流れと言うのは海流のように決まった道を通るわけでもないらしい。日によって、酷いときには五分前まで流れていた道の真反対へと続いてしまうことさえある。

 少なくともそのくらいは不安定。

 自分たちのを。特色を。力を示し続けない限り、半永久的に続く不安定と運命を共にすることがどれだけ恐ろしいことか。それはつまり枯れ枝一本すら持たず広大な海へ一人駆り出され、嵐を遮る屋根も命を繋ぐ食糧すらもその場その場で用意する必要があることと同義になる。

 これが実現されてしまえばとんでもないことだ。

 どこにでもあるはずの平穏は豆腐にスプーンを差し込むように切り崩され、金剛と見間違うほど強固に固められた不安定が我が物顔で顔を出し始める。当たり前は失われ暗い時代だけが星を充満し尽くし腐らせる。

 戦争が始まる。

 『異界の勇者』たる椎滝大和がそんな飛躍し過ぎた現実の可能性を知るはずもなく、結局『万有引力テトロミノ』を駆使し全ての高性能南京錠を取り外してもお目当ての物品らしきものは見当たらない。

 シズクはあちこちに散乱してしまったロッカーの中身を戻す気はないらしく、何やらぶつぶつ呟いたかと思えばすぐさま二つある出入口の内一つを鍵ごとこじ開ける。

 ドーム状の天井一面を暗黒のガラスで覆い隠した扉の向こう側。

 室内の閉鎖的な雰囲気を崩すため、わざわざ飛行船の()()に取り付けたカメラの映像をリアルタイムで映し出す、というものだ。しかし現在は接続が途絶えているらしい。景色の中に広がるのは水の抜けたプール群に飛び込み台などの遊具ばかりで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 真夜中のプールと言うだけでこんなにも静寂なものなのか。

 人という人がこの世界中から一人残さず消し飛んだかのような静寂の中。残された彼と彼女は思いのままに広がる黒の中を彷徨い歩く。ただし一方の青年はと言うと、何処か不安げにあちこちを見渡して。


(大丈夫なのか...?)


 敵はどこに潜んでいるかわからない。現在進行形で排水溝の溝下から顔をのぞかせているのかもしれないし、天井の液晶モニタの隙間から滴り落ちる狂刃の狙いを研ぎ澄ましている可能性だって低くない。第一、そもそも、前提として。

 『敵』は既に大和ら『箱庭』を追跡中だ。

 このつかの間の安寧はただ一時的に敵がこちらを()()()()()だけで、異能の媒介である『水』さえ通せばかの危険はどこであろうが絡みつく。


(第一、その中継器ってやつを見つけたところで状況はちっとも進まないぞ...中継器を介して『異能』を行使しているんだとしたらなおさらだ。なんてったって、『使ってる』って感覚があるんだから。破壊したって捨てたって、相手はすぐさまこっちを認識して最短距離の一直線で攻撃してくる!)


 単純な結論だ。

 相手はシズクの言う『魔法や龍脈術がらみの中継器を介して異能をより正確に扱う』咎人だとする。となると、自分でその機構を介しているという感覚は確実に付きまとうだろう。なら、その感覚が突然消滅したらどうなるか。異変を察知した『敵』がこの場に駆け付けることくらい、戦術や軍術にも詳しくない大和ですら容易に想像できる。

 『敵は飛行船内全体の水という水を操りますがその異能行使には外部の別機構から成る演算機が必要です。()()()()()()()

 破壊されたところで状況に変化はない。敵の弱体化が見られたとしても、差し引いたって『水』を司る異能と言うのはあまりにも恐ろしい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その意味は心より絶望的で。

 右手首のミサンガはどこか頼りない。

 ぐるりと二人で円周を逆向きに巡っていく。壁沿いに歩いて()()らしいものを探す。彼女の言う中継器とやらがどんな形をとっているのか。魔法どころかオカルト全般に弱い大和には欠片たりとも想像できなかったはずだ。もしかしたら置忘れのビーチサンダルのような形で景観に溶け込んでいるのかもしれない。それとも森の中に鉄筋コンクリートのビルをポツリと建てるように、どこの誰から見ても違和感丸出しな形状を取っているのかもしれない。


(大体魔法やら呪術って概念が日本人には向いてないのかもなあ)


 手の中で魔装を弄ぶ。

 後から聞いた話だが、正式名称は風斬り包丁(シルフズカッター)と言うらしい。先のカジノでの大騒乱。その際大和が振るった空気振動を生み出すナイフだ。量産品なので決して高性能と言うわけではないが、少なからず『箱庭』の面々によって改造が施された極悪仕様。そのへんの不良の撃退程度なら苦も無く行える代物、らしい。

 普段から弄っているうちに慣れてきたのか、大和が手首のスナップや指先の角度を利用して器用に動かしている時だった。


(ん)


 空気を裂くナイフの音に、別の何かが混じってきた。

 顔を上げてみる。いつの間にか差し込む正面からの人影に心臓が飛び跳ねかける。が、現れたのはシズク・ペンドルゴン。どうやら彼女のほうも成果は芳しくないようだ。大和に気が付くと、両手をひらひらと揺らしていた。


「シズク......?」


 まず前提として、この空間は暗闇に閉ざされている。よくよく目を凝らさねば本の3メートル先だって視認することは難しい程度に。黒が不安を煽ったのかもしれない。

 心臓が。

 思考の全てが白に埋め尽くされた。

 暗闇の中で少女のシルエットが黒く強調されて、少女と少女の認識を隔てる壁を曖昧にしてしまう。


 ぴちょん、と。

 空白を埋めるように、()()()()()()()の着る衣服からだ。消灯時間も営業時間もとっくに過ぎ去り、あちこちの扉は施錠されプールの水もすっかり抜かれた施設の中で。

 気付くべきだった。

 もっと、早く。


「ぎぎ」


 ゾオオッッッ!!!?と、大和の背筋が凍り付く。ホースを通して氷水をぶちまけられたかのような悪寒に打ち震える間もなくして咄嗟に背後へ飛び跳ねて、逆手で風の魔装を握る。あまりに突然だったためか、乾いた足元のタイルが飛沫を発したことにすら意識を向けられない。左手の刃を横薙ぎ振り払おうと腕を伸ばす。だがやはり。決定的に。致命的に。絶対的に。

 遅すぎた。


「ぐげがげぎぎぐがげがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!?」


 彫刻の角を削り落とすように、崩れていく。黒いシズク・ペンドルゴンの輪郭が、どろりと色素と共に抜け落ちる。咆哮と共にすべてが崩れ落ちて、濁流となって一機に押し寄せる()()の向こう側。魔装が活性状態へ移行した事を示すランプの点灯に照らされて、今度こそ()と思しき姿が駆け寄ってくる姿が視界に入った。

 彼女は奥歯を噛み締め、足元のタイルから爆撃じみた轟音を炸裂させるほどの踏み込みで手を伸ばす。

 いつの間にか溶けだした『シズクに擬態する者』の輪郭が、積み木のように別の形に置き換わる。

 即ち、竜。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!??」


 波に攫われる子供のような有様だった。

 あとほんの数センチで手が届くという距離まで伸ばしたシズクの手首が空気を掴む。濁流は彼だけを呑み込んで、地面に溶け込むように消失する。実際にはあちこちの排水溝やらダクトの中やらに『分散』することで、狙いを一点に絞れなくしたのだろう。それに大和を盾に取られていては、シズクも安易に手が出せないというのも計算に入れて。


(......やられた)


 連れ去られた。見せびらかすようにしてまで大量の『水』を扱ったのも、全ては絶対的火力のシズクと一般人並の椎滝大和を分断するための餌だったと。ここへ来てようやく思い知らされる。何もかも知った風にして、結局は敵の手によってうまいこと誘導され、踊らされていたという事実が深く突き刺さっていた。


(やられたっ!!)


 残された少女の歯ぎしりの音だけが、暗闇の中で静かに強調される。



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