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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
94/268

spark shot



「そう言えば少し前に呼びつけてた奴、名前はえっと...キマイラ?だっけ?そいつはまだ到着しないのか?」

「ぽいわね」

「ぽいって...」

「まあ直ぐにでもこの場に呼びつけることも出来るっちゃ出来るんだけど、流石に()()()()()()()

「?」


 ならどうしてすぐにでも呼びつけないのだろうという大和の考えは、とりあえず途中で中断されてしまった。

 未だズキズキと痛む脇腹を押さえようとして自分の手が汚れていることに気付く。

 異世界産の変なウイルスや病原菌なんかには感染したくないため、直ぐに行き場を無くした白黒螺旋ミサンガの腕をひっこめた。常に不安が付きまとう現状でも寄り添える環境が欲しかったのか、とりあえず出してみた話題もシズクが一人で納得顔になってしまったので行き詰る。

 敵が操るのは『水』

 おおよそ人間の7割を構成している基本中の基本とも呼べる生物の依り代。それつまり、どこへ隠れようが逃げてしまおうが身を潜め息を殺そうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 基本ということはつまりどこにでもある。

 試しにそのへんの蛇口をひねるだけでキレイに消毒された水が流れるし、むしろヒトの....それこそ『生命』の活動のそばには必ずと言っていいほどそれはある。今の場合は例えば大和とシズクから少し離れた位置に設けられたお手洗い。現在大和が寄りかかりながら治療を受けている壁の建物を挟めば、子供のお仕事体験施設№36『水道会社』があったはずだ。

 なんだかあちこちにせわしなく視線を動かし続ける大和の不安が手慣れた手つきで治療を進めるシズクにも伝わってしまったらしい。これくらいどうしたの男でしょ?とでも言いたげな表情で、


「不安なのはわかるけどもう少しかかるわね。本当なら早いうちから傷も縫っておきたいけど仕方ない。医療用ガムテープが見つかったのは幸いだったわ。ああくそ、早く中継を探したいのに」

「ちょっ!ガムテープって!それこそ変な菌とか入り込んだり皮膚が呼吸できなくなってぐずぐずになったりするんじゃないの!?」

「まあ救急箱の中身と言ってもトウオウ製には変わりないわけだし。品質はそんじょそこらの本格医療設備と特に変化ないわよ」

「ならいいんだけどさ......いてっいてててて!?」


 そして相変わらず、シズクの携帯端末が鳴る気配は無かった。普段から必ず何かしらの電子機器を持ち歩き、必要とあらばすぐにでも連絡をよこすホードから一切の知らせが無い。それどころか、外部との接触すら完璧に遮断されてる可能性すらある。

 本来であればこのような非常時にまず優先すべき、仲間との合流を分断された状態。

 シズク・ペンドルゴンと椎滝大和。たった二人の青年少女。一方は高火力過ぎるが故に一般人を巻き込む可能性を常に孕み、もう一方はそもそもの戦闘能力が劣り、それどころか先の戦闘にて通常は動けなくなっていてもおかしくない負傷を負ってしまっている。せめてもの救いは事前になんとか援軍を僅かながら送り込むことに成功していた、ということか。

 シズク・ペンドルゴンが話した通りだ。

 例え現在は一時的に逃れることが出来ているとしても、相手は『水』を操る咎人(らしい)。どういう理屈か自身の肉体を変幻自在の液体レベルまでに状態変化させたうえで、ありとあらゆる隙間を通って染み込み突き抜けて襲ってくる。遠くない先の未来、大和とシズクが身を隠すこの職業体験レジャー施設も意外とあっけなく見つかってしまうだろう。

 自然を操る異能と言うものは、それほどまでに万能なのだから。

 ズキリと。

 脳を針で刺すような頭痛に近い痛みがあった。


「......」

「これからどう動くべきか知りたいって表情かおね」

「正直、逃げ場なんてどこにもないと思うんだ。液体に化けるだなんて、()()()()()()()()()()()()()()汎用性はピカイチだよ」

「でしょうね。異能ってのは複雑で入り組んでれば強いってわけじゃないし、そんな理論は魔法にも錬金にもその他全体でも当てはまる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「だから、ひとまず今の間は身を隠すことに徹して、ホードとそのキマイラとかいう人との合流を優先すべきだ」

()()()()()()()?」


 その言葉だけ、明らかに声のトーンが落ちていた。

 言葉の意味の再確認ではなく、正気を疑っていた。


「連中は既に計画を実行に移したのよ?私たちの存在自体が計画の一部に組み込まれてる可能性だってある。ううん、その可能性のほうがずっとずっと高い。それを、私たち『箱庭』が身を隠した程度で中断すると思う?一度始めたら、止まらない。些細な()だろうが計画破綻の因子になりかねないから、それこそ敵も死に物狂いで私たちを探し始める。私たちを引きずり出すためだけに私たちとは無関係の一般人が殺されるかもしれない」


 言葉が詰まる。シズクの言葉に重みが増していく。彼女もまた一人の人間で、事実上の大和の上司で、部下の命を預かる身だった。その身から零してしまうほどの力を全力で抱え続け、それでも自由を愛する一人の少女だ。その小柄な肉体にかかる負担は計り知れない。普段は他者から食べ物のことしか考えていないような楽観主義に見えていても、彼女は紛れもない『箱庭』第二の王。そして彼女に異を唱えるのは新入りの未熟者。裏の世界の渡り方や振る舞い方を見よう見まねで覚えてしまうような天才児でもなければ絶対的な火力を誇る大物新人でもない。

 幻想に埋もれてしまうような期待や希望はただただ人を苦しめるだけだ。

 だからこそ言う。受け入れ難い現実を突きつけて、谷底へ蹴り落とす。

 椎滝大和の限られた命を失わせないために。要らぬ犠牲をとことん防ぐため。踏み込んだばかりで何もわからない様子の小僧の命を預かる者として、闇に浸ってまで世界平和と愛の統合を夢見る青年を諭す必要がある。


「ホードだって確実に無事だという確証はどこにもない。もしかしたら既に始末されてるかもしれないし、永遠に再会する事だってないかもしれない。救援だっていつ現れるかもわからない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああわかってる。わかってるさ!何もかも不確定要素ばかりで信じられるのは目の前に立ちはだかる現実だけでそれすらも認識がぐらぐら天秤の上で揺れてるような状態だってことはわかってる!俺の『万有引力テトロミノ』は『蝶』や『蜥蜴』に対処できても、あの『竜』には通用しない。届かない!」

「だから助けられるかもしれない命を放棄するの?」

「っ!!?」


 もはや大和も何も言えなかった。

 何もかもシズクが正しいと信じてしまった。確かにここで大和とシズクが身を引いてしまえば、裏の世界寄りの『箱庭』やテロリストと無関係であるべき一般人が危険に晒される。それこそ『異界の勇者』でも何でもなければ咎人でもなく、争いごととは無縁の誰かが。平和で快適な空の旅を楽しむ一般客の命を晒しておいて、それは果たして『異界の勇者』と言えるのだろうか。

 大和が逃げてしまったばかりに失わせてしまう。大切な人だって何人もいるであろうごく普通のヒトが。

 シズクの重苦しい圧を掛けた声が解れていく。まるで小さな子供に正しい正しくない良い悪いを説く母親のような口調で、俯いたまま何も言えない青年に声をかける。


「それでもまだ逃げ出したいって言うなら。私たち『箱庭』が選んだ『異界の勇者』がそんな腰抜けなら。好きにするといいわ」


 完全に。

 言葉を奪われる。

 ぐうの音も出ないとはこのことだろう。大和にはどうしても、彼女の正論を捻じ曲げるビジョンなど浮かんでこなかった。使い終わった救急箱の蓋をしめ、どさくさに紛れて包帯や消毒液などをいくつかかっぱらっていたシズク相手でも彼女を『間違っている』と指差しなんて出来ない。

 どう考えても、いくら考えても。

 間違っていたのは自分で、保身を言い訳に誰かを犠牲にしようとしていたのは確かだ。ようやく実感を得たらしい椎滝大和が声を震わせる。


「俺は、何すりゃいいんだ」

「状況は大和が思ってる倍以上にぐちゃぐちゃと絡まってる。これは解けないコードを一本一本手作業で解いていく作業なの。痕跡を見つけては指を通して、敵が辿った道を遡る」

「御託はもういらない、俺は何をすればいい!?どうすれば敵を止められる。どうすれば無関係な命を守り切れる!?」


 そこでようやく『箱庭』のお転婆殺戮兵器シズク・ペンドルゴンの整った表情に笑みが戻る。

 彼女の言葉を自分の頭で当てはめて、その重みを思い浮かべる。思い浮かべて、自分の先程までの発言を恥じていた。まず前提として、『異界の勇者』と呼ばれる立場でありながら、無関係の犠牲の上に己の安全を屹立きつりつさせようとした。守る側であるはずが、奪う側面に立っていた。

 それが何を意味するのか。

 つまり、散々忌み嫌ってきた『魔王』などと同質。己一人の力で駆け上ることを忘れ、常に足元を他人の亡骸で覆い隠さねば世に出てくることさえできない悪の象徴と同じ。

 自らの保身と赤の他人の犠牲を天秤にかける。

 何も迷うことはない。

 こんな時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼は『勇者』と呼ばれていたのだ。


 やれやれと息を吐いて、少女が立ち上がる。いつの間にか彼女の指先から、ぐるぐると細い人差し指を軸に廻り続ける光があった。

 今度こそ、本当の覚悟を決める。戦場に向かう前の勇気をその場で再現して見せる。もう遅すぎたのかもしれない。しかしはを噛み締める。ぎりぎりと顎に力が加わって、椎滝大和も『異界の勇者』らしくすくりと立ち上がった。


「目的地は既に定めてある。後は向かうだけでいい――――」





 本来であれば、客室を除く船内の全てを管理するモニタールームの一欠。真夜中に流れ着くテレビの砂嵐のような画面がいくつも陳列していた。

 更に、画面の向こう側。

 飛行船という特別な空間に起こりえるありとあらゆる危機を排除するために設置された無数のカメラの一部。あちこち水浸しのひたすらに暗いどこかの部屋のなかで、()()は蹲る様にして体を震わせている。バヅッバヂヂッ!!と電流が飛び散る。破壊されたカメラの球形状を保っていたレンズからは、電気をちりばめ続けるいくつもの配線や電気部品がはみ出していた。

 生物的な本能からか、それとも意思を持った行動なのか。とにかくカメラに徹底的な破壊を加えたのがこの『竜』であることは状況から見てまず間違いのない事実だろう。

 半身は液体で構成された『竜』

 しかし椎滝大和とシズク・ペンドルゴンの追跡時には見せてない『異能』の片鱗。現在の『竜』はまるで不完全ともいえる姿を取っている。半身は確かに『竜』だ。となるともう半身は?

 薄い青髪に口元から牙を見え隠れさせる少年のような姿を取って、その生き物は確かに荒い呼吸を空気中に巻き上げる。ヒトの形をとる半身の傷口。滴り落ちる血液に混じって、損傷した機械のような青い放電もこぼして。


「うぐっあぎ、ぎぎ、ぎぎがががががががががががががががががががががががががががッッ!!?」


 放電を伴い、彼(?)の半身から小さく電球のような光が明滅する。それによって僅かではあるが、暗い室内を申し訳程度には照らしつける。明らかになったのは、未だ全身を小刻みに震えさせる『竜』の肉体からいくつものが伸び、それがあちこちの壁や天井に接続していたことだ。

 線から何かが伝わる。

 電気信号のような何かなのか、あるいはもっと概念的な......彼にしか理解や判断のしようがない何かなのか。


「ぎぎっぎががが、がっ、みっ、みづっげだァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」


 それっきりだった。

 突如として周囲の液体は器をひっくり返したかのように消失し、線を伝って『竜』の全身が壁や天井の一部へと溶け込んでいく。散りばめられた液体が、また一つの神話的生物の形をとって移動する。

 今度こそ。

 沸き立つ憎悪を捻じ伏せるために。


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