commander RED
時間は大和ら『箱庭』と正体不明の『竜』が衝突した瞬間より半日ほど遡る。
ローサ・テレントロイアス。
情熱の紅い薔薇に雪でも加えて中途半端に混ぜ合わせたようなドレスを着こんだ金髪の女性は、細かい文章や写真が羅列されるファイルや書類が小奇麗に整った自分のオフィスで足組みして、頬杖ついてその話を聞いていた。
彼女は魔法使いじゃなければただ一つの結論を追い求める科学者でもない。勿論のこと錬金術師でもなければ人々へ知識を提供する学者でもない。政治家という立場も見解次第では指導者と一括りにすることも出来なくもないものの、それを拒んだのは他でもないローサ・テレントロイアス自身である。
職業政治家。
とはいえ、彼女の所属はアリサスネイルでも類を見ないほど『異常』に特化したトウオウ国。王政主流の異世界における民主制と言うのも中々に苦労するらしかった。
「どうせ今回の定例会もいつもと同じ。目まぐるしく変化し続ける国勢やら自国の在り方について延々と語り続ける。あの不出来で時代遅れな老害どもは今頃そう考えてることでしょう」
「......あの方々であればどこから聞かれてるともわかりませんが。少しは自身の立場とあるべき姿、加えて現在の姿を比較して改善しようとして見てはいかがでしょう」
「あら。たとえ聞かれていたとしても彼らに反論する勇気などあるのかしら?国の実質的なトップとはいえ、国色使徒の内側にだってある程度の関係の相違というのはあるでしょう。どうせ私ですもの、いつもの戯言としてあっさりと切り捨てられて無かったことにされるだけですわ」
笑う。
踊り子のように優雅なドレスを身に纏い、白い頬を引き裂くような獰猛さで。
しかし扱い慣れているのか、オフィスの入り口付近で待機中の女性秘書は普段通りのポーカーフェイスを崩すことなく、キッチリ整ったスーツの秘書はあくまでも秘書としての助言を与える。
どうせ誰かの意見を取り込もうとは思わない人物だが、長い付き合いで理解した彼女の本性はそんな簡単じゃない。
「国をしょって立つ国色使徒、そんな八色の内の『赤』がこんな体たらくで大丈夫なのか。って考えてたでしょ」
「そんなこと」
「別にいいのよお互い様でしょう。それに私の器はそんな些細な侮辱を気にするほど浅くないわあ」
「でしたら国を背負う者としての自覚を持ってください。貴方がふと思い立って吐き出す一言が国民にどれほどの影響をもたらすか。考えられないほど加齢が進んでいるわけでもないでしょう」
「あらあらあら。さすがにその言い草はかちんと来るものがあるわねえ」
「周りを見ろと言っている」
危うく素が出てしまうところだった。危ない危ないと内で待ったをかけなくてはいつもこうだ。彼女の一挙一動でハラハラさせられるのはいつも彼女の周囲の人間で、ローサ・テレントロイはと言うと周りの視線や自身に対する苦言もお構いなし。ショッピング帰りの街角で唐突にゲリラスピーチを始めたかと思えば、結局話の内容から結論を語ることも無く立ち去りその足で賭博場へと向かうような人物。ある種のカリスマと言えばそれまでだが、付き合わされる周囲の負担は計り知れない。『国民の反感を餌に肥える政治家』とはよく言ったものだ。
そんな彼女がどういうわけか科学の国トウオウ。その最高の地位と呼ぶにふさわしい国色使徒の一人として君臨しているのも、今まで彼女のため裏の世界を駆けまわった者たちの貢献あってこそだというのを忘れている節すらある。
「そう怒らないで。私も政治家だなんて名乗ってる以上、ストレスが常に纏わりついてくるものなのよ。憂さ晴らしも必要な措置でしょう」
「憂さ晴らしに私たち周囲を巻き込まないで頂きたいのですが」
「特に今の時期は余計に、ね。老いぼれでは頭が追い付かないからと言って技術導入やら貿易を担う私だからこその立ち振る舞いと心得ておくと少しは楽になりましょう」
「他色との関係を嫌うのは勝手ですが、完全に独立して行動するのも問題です。あまり勝手に動き回っていては貴方の言う老害たちに弾劾されてしまいます」
「だからこそ、なの☆」
ローサは次に小悪魔的な笑みを浮かべて、静かな表情でこめかみに筋を浮かべる専属秘書を無視しつつ。
「表立って行動すればいつかはぼろが出る。でもそれって他の国色使徒も同じことよね?」
「それは、まあ」
「私たちは一国を背負う身の上、正義だなんだで切り抜けられる世の中でもあるまいし。何処の誰でも『裏』とは繋がっているものなのよお。それこそ完全な『表』に立っているのなんて、『白』の子だけじゃないかしら」
回転椅子で子供のようにクルクルと回転して遊ぶドレスの彼女に、秘書は無言で苦言を示しているようだった。
「誰かの弱みを知れば知るほど行動しやすくなるのは『政治家』って生き物の性よねえ。常に互いに牽制しあうことで均衡を保つっていう案は大好きよお私。国家の最高指揮権をそれぞれ全く異なる性質に八分割、ケーキを切り分けるみたいに綺麗に割り振ると、自然な内にそれぞれが影響しあって安定国家の出来上がり。こんな私でも、初代だけは心から尊敬しているのよ?」
だからと言って、『一国の最高指揮権』は好き勝手し放題を許されるという加護ではない。常に気を張る必要があるのは確かだし、『最高指揮権』という言葉が意味する通り。少なくとも技術を愛し技術に愛された国トウオウにおいて、彼女ら国色使徒から上は存在しない。上が無いということは、自分自身を背負ってくれる者がいないということを意味する。
つまりだ。
誰も守ってはくれない。自分を守るには自分が戦うしかない。下のミスはトップに立つ者が半自動的に全て背負う。部下が犯したたった一回のミスが立場の上下を左右する。何をしたところで賛同者の反面、反対者が現れてしまう。だから自分の主張を伝えやすく教えたところで意味はない。
自らの意見に背く他の何か。そんな未知数相手にある時は言葉で脅し、ある時は言葉で丸め込み、ある時は公にできないような手段を容赦なく行使する。
そんなえげつなさ全開の『赤』
綺麗に整っていたはずのデスクの上。引き出しから取り出した箱の中身をぶちまけられ、局地的に『戦場』の再現が完成した。黒と白、大小さまざまなオブジェクト。
全八色の国家中枢が一角はどこまでも楽しそうに。
「力持たず、技術に頼り、ろくに喧嘩もしたことも無いような小娘が戦うために必要なもの。な~んだ?」
「駒」
「正解☆」
なのにこんなにもあっさりと言い放つ。遊んでいるとも取れる口調だった。あくまでこれもお遊びと。言葉にせずとも彼女は表情だけでそう語っている。
あっさりと完全正当してのけた彼女も少なからずローサ・テレントロイアスの影響を身に受けていた、ということにようやく気付かされた。屈辱的だが、彼女はそういう人間だった。
他者のための労力を惜しみ、かといって自分のためだけの行動とも断言できず。ただ関わった人間の思考の端に『ローサ・テレントロイアス』を押し付け、植え放ち、自らの行動によって育て上げる。
つまり、『ローサ・テレントロイア』という思考の感染。何も考えず行動しているように見せて実は明確な目的及び目標を持っているように見えるが、やっぱり何も考えていない。他者からの評価を何十にも何百にも渡って裏返させるだけ。コイントスの際に空中へ投げ捨てられたコインをキャッチすることも無く、不思議な法則に則って地面すら貫通し重力によって落ち続ける。コインは常に表と裏の示しあいを繰り返し、最終店に行き着くことすらないような。
だから強い。
武力など持ちうることなくとも、そもそも『力』というのは単に争いに勝ち続けられるというステータスではないと。いつの日か部下にそう語って見せたローサ・テレントロイア。
散らかしたチェスの駒を適度に摘まむと、ことんっ、とテーブルの上に並べて見せる。
「王が直接動く必要もなく、たっくさんの手下で盤上を自由自在に引っ掻き回す。どう転ぶかは王さえも知ることはない上にいざとなったら私たちの世界に置ける『禁じ手』すら解禁と。いいわいいわあ。政治ってのはこうでなくっちゃ。人を操り陥れ僅かな損害を以て国を導く。世界中探してもこんなに素晴らしい職業他にないんじゃないかしら」
「ただ椅子にふんぞり返って威張り散らしているだけの愚王の結末、我々人類が辿ってきた歴史を遡れば明らかでは?大体『国色使徒』制度はそのような愚王を我が国から生まないための制度ですのでそこんところ間違えないように」
「ふんぞり返るのも案外大変なのよ?駒は大いに越したことない、なんて人を動かしたことも無いような素人中の素人。指先一つで自分以外の運命を操作する?簡潔な指示を与えれば誰もがその通りに動く?むしろ駒が多ければ多いほど内部崩壊の危険性は増幅するに決まってるわ。それこそ小学校の足し算レベルじゃなくて後ろに10の何乗かがいっぱいくっつくくらいには」
「その失態の責任も貴方にありますが」
「自分の尻くらい自分で拭けるわあ」
摘まんだ駒の土台を当て、テーブルの上のただ一つの駒を蹴り弾く。王に蹴り飛ばされ、プラスチックとはまた別の材質で組み上げられたポーンが倒壊を連鎖させる。せっかく並べたテーブルという盤上の『駒』が、超重量に掠られバランスを崩したボーリングのピンのように。崩落の連鎖図をテーブルという狭く限定されたエリアで再現させる。
転がされて、転げ落ちる。
一つの駒がテーブルの枠外に零れ落ちた。
踏み潰す。
プラスチックが砕ける弱々しい音がローサ・テレントロイアの靴底と床の間に発生していた。
「『完全に』手中に収めるのは諦めるわ。そもそもの所、あんな世界中から奇人変人集めてこね合わせたみたいな組織を吸収しようとしたのが間違っていたんだろうけれども」
「全く。貴方の身勝手で取り込まれて、貴方の身勝手で『反乱因子』認定されて切り捨てられる人達のことを考えたことがあるのでしょうか」
「それは毎日のように考えていますとも☆」
「どうだか」
それからローサ・テレントロイアはもう一度箱の中を漁って、奥の方につっかえていた一枚の写真を取り出す。
「内側から熱されたせいで膨れ上がった風船、確か彼は丁度こんな状況をそんな風に称していたわね」
「それは膨れ上がった空気の内圧によってガワの貴方が爆散するという意味で?」
「或いは風船にぷすりと穴をあけて中身を逃がしてあげなくてはならないってのも。どちらにせよ私に都合よくないよねえ」
「だったら内部の気体同士を正面衝突させる。つまり自分の駒同士の対消滅を狙って『内側の総量』を減らせばいい、と」
「そういうこと」
人差し指と中指の間に挟むようにして持つ写真の角を向けられ、もう素も何も気にしなくなっていた秘書は大きく息を零す。
彼女の場合は、それが出来てしまう上に実行したところで本人は何も感じないのが考え物なのだ。
「リスクは早いうちから削除しないとね♡」




