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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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leviathan



「ワイヤーとか赤外線センサーとか仕掛けられてるかもね。もしくは重量感知板とか。とにかく足の踏み場には注意して、出来るだけ慎重に」

「慎重うんぬん言う前に扉ぶっ壊してるんだから意味ないと思う」


 物申す大和の言葉はするりと華麗に受け流されてしまった。どうやら彼女の耳は自分にとって都合の悪い言葉が入らない仕様らしい。無言を受けた大和が一瞬にしてジト目になるも、シズク・ペンドルゴンは一貫してその講義には無反応だ。

 素人目とはいえ、大和が見たところ明かりが落とされた店内に不審な点は見当たらない。木製のテーブル席やカウンター席が立ち並ぶ、まるで田舎のカフェテリアのような質素な風貌のレストラン。入ってすぐの所にレジがあり、更にその奥には厨房へと続く通路が設けられているようだ。


「とっととと...そこ気を付けてね。思った通り、技術の結晶を名乗るの浮遊要塞のくせに魔力を介する結界張り巡らされてる」

「普通見てわかるもんなのか?」

「いいや?だって私だし」


 それだけの言葉なのに確かな説得力を持つのが彼女の怪物たる所以のピースなのかもしれない。

 彼女が指し示した通路の見えないワイヤーを大袈裟に跨ぎ厨房へと足を踏み入れた大和だったが、やはり目立って可笑しい点は見えなかった。業務用の鍵付き冷蔵庫や大型コンロにオーブン。先程までと打って変わって白基調の清潔感漂う厨房をぐるりと見まわしたシズクだけが、異変を察知しているようだった。

 動物的本能にも似た察知能力。

 隣で見ていても普通や平凡とは遠くかけ離れた存在は一つ一つ丁寧に確かめるように、厨房の調理器具や収納を漁っては近眼が見えずらい本の字をなんとか読み取ろうとしているように、顔の前まで近づけて覗き込んでいた。言われてついてきただけの椎滝大和は彼女を真似して、自分も慎重にあちこちの小さな扉をぱかぱか開けて、調味料と思しき粉末が入った瓶を開けては匂いを嗅いだりしている。

 と、そこで巨大な業務用冷蔵庫の鍵を外していた少女が、白い粉入り瓶を調べる大和のほうに視線を投げた。ついでに言葉も。


「ヤマト、それどこで見つけたの」

「うん?これか。ここの上の棚に入ってた。見た感じ塩かなんかの調味料かな」


 大和がその瓶の中身を、指で掬い取って一口含もうとしていた時だった。横から瓶ごとかっさらわれて、『あっ』と小さく漏らす青年を他所にシズクは白い粉が発する匂いを掌で仰ぐようにして嗅ぎ取っている。

 彼女の仕草に僅かな違和感を覚えながらも、大和は大和で隣にあった別の瓶入り調味料を手に取っていた。やはりラベルも素材名の表示もない。プロの料理人となると見ただけで調味料含む食材の詳細を知ることが出来ると日本の雑誌で読んだことがあったな。と懐かしみつつ、金色の蓋に手を回す。

 一方大和より視点を若干落として。

 何やらいろいろやっていたはずの隣の少女は、やっぱり何の気なしに呟いていた。


「これ、爆薬よ」

「えああっ!?」


 とりあえずその隣の瓶を手に取った大和は肩を縦に跳ね上がらせ、慌てておっこどしてしまいそうになった瓶をなんとかキャッチすると深く息を吐く。

 決定的かつ衝撃的すぎる彼女の言葉だかで、目の前の白い粉に対する考え方や捉え方が180度反転してしまった。ぶわっ!と噴き出した全身の汗で手にした恐怖の塊が再び零れ落ちそうで怖い。ばくばくと心臓が尋常ならざる跳ねかたをしているのもわかってしまった。


「ばばっば、ばばば爆薬ぅ!?」

「四硝酸ペンタエリスリトール。いわゆるセムテックス、プラスチック爆弾の代表格ね。血管拡張薬として医療用に使われることがあるわよ。主に狭心症の治療とかに」


 そんな詳細語られても知らねえよ、と無知なる椎滝大和は素直に心の中で叫んでおく。というか何故こいつは平然と指で怪しげな白い粉に触れたかと思えばそのまま口に含んで薬品名を答えられるのか。ある種の都市伝説にまで発展した青酸カリの人でもあるまいし、というかアレもアレでデマらしいのだから、実際に例の薬品ペロッ!を実行している人間を見るのはこれが初めてだ。当然だが。

 そしてシズクは顎に指を当てると、自分だけ納得がいかないようにますます考え込んでしまう。


「でも、やっぱりおかしい」

「おかしいって、探し物はこのなんとかって爆薬じゃなかったのか?お前の推測通りあの男は爆薬の存在を隠そうとしていたわけだし」

「私はこの場所に爆弾そのものが設置されてると予測していた。けど実際にはただの素材で、依然として爆発物の影は掴めないどころか敵対組織の目的すらも曖昧だった。そもそも組織の末端とはいえ、計画の全貌が明かされても無いこと自体がおかしいのに...まるで一つの組織で全員がばらばらの目的のために行動しているみたい。伝言ゲームで人ごとに歪んで伝わった内容を絶対と信じ込んでる感じかも」

「俺はまだ業界の常識に疎いからそういうのもほとんどわからないけど、とにかく敵の目的が全然つかめないってことだよな」

「すごろくで例えてみましょう。私たち『箱庭』チームは明確な一つのゴールを持っていて、それは敵チームをゴールさせないこと。対して敵チームは一つの組織で幾つものゴールを掲げてる。コマは一つなのに何十にも別れたゴール。これじゃ『組織』として纏まってる意味がない」

「だけど一貫して爆発物が関わってるじゃないか。俺にはシズクが言う『敵』が枝分かれしているようには見えないぞ?」

「既に設置済みの爆弾の素材を隠す意味がある?確かに見つかったらまずいんだろうけど、仲間を売り渡してでも隠すような内容じゃない」

「......そうか!ホードが最初に捕えた奴らは既に爆弾を設置していたのに、俺達が後から捕えた奴のほうは()()()()()()()()()!だから後から捕えた方のやつは『爆弾』っていう明確なキーワードにつながる素材を隠そうとしたのか!」

「私たちが『爆弾』ってキーワードに触れてたのも要因の一つかもね。不安要素わたしたちを全力で排除しようとしたのは計画の要を既に知っていたから。最初の二人は爆弾をあくまでも目的達成の手段として捉えていたのに対して後の奴は爆弾そのものを目的としていた。これって似ているようで実は全く違う」


 『組織』というものを組み上げるに至って重要な点と言うのはいくつも存在する。まず目的や思想の統一は言うまでもなく、根本的にこれが成立していない組織の内側はすかすかになってしまう。僅かな齟齬だけでも内部崩壊の危険が付きまとうだけではない、下手すれば作戦の準備段階に取り掛かる以前に情報があちこちにはみ出てしまう可能性すらあった。

 『組織』としての統一で言うなら、大和が以前所属していたヘブンライト王国の『異界の勇者』なんて良い例だ。

 目標をはぐらかし誘導することで各個人の思想を統一、組織として纏めることが出来ていた。仮に彼ら『異界の勇者』が個人個人で別の目標を掲げていたならそれは『組織』とは呼べない。強大な個が集まっただけの複合体として王国の意思に従うことすらなく、大和のような離反者も少ない数ではなかったはずだ。目的の()()()を補うために王女の『心理誘導メンタルコントローラー』を用いる。一種の洗脳措置によって強大な個々を団として締め付けるのはとても人道的とは呼べないだろう。そして大和が着の身着のままで飛び込んだ世界は、彼が言う『非人道的』に組織を確立させる国家ほど、あるいはそれ以上に人道を切り捨てた世界だ。

 大和が少し目を離して考え込んでいるうちに、シズクは飛行船の医療施設から盗み取ってきた薬品と白い粉を調合しているようだ。そんな専門的な爆薬処理方法なんてご存知無い椎滝大和。彼女の一挙一動で周辺ごと吹き飛んだりしないかハラハラである。


「お前何してんの!?それなんか人体に有毒なガスとか水滴垂らしただけで何もかも吹き飛んじゃいましたとかないよね!?俺離れてた方がいいんじゃないのっ!!?」

「まあたくっさんの反応と魔法を応用した爆薬の安全な処理方法なんて知ったところで今後役立つことなんてないと思うけど」


 見た目だけならこちらに来てから年を取ることが無くなった大和よりはるかに幼い少女だが、ありとあらゆるジャンルに対して発揮する知力と応用力は相当のモノだ。いったいどんな経験を積んできたのかなんて知りたくもないのだが、いつか聞かねばならない日が来るとわかっているとなお恐ろしい。

 最終的にC4とかにも用いられる超危険な爆薬を名乗る白い粉?結晶?が完全に無効化されたらしい時点で、彼女はそれを鍵ごとこじ開けた巨大冷蔵庫の中に放り込んでしまう。それ以外の瓶の中身はどうやら普通に料理に使われる調味料だったらしく、それだけ終わるとまた同じように無理やりこじ開けた店の入り口からとっとと出て行ってしまった。少し休憩と言うようにベンチに腰掛けた少女の前で立って様子をうかがっていた大和も、これで今後何をすべきかを完全に見失ったことになる。


「まあ元々道爆線でも使わない限り単独で爆発することも無いんだけど、とりあえず完全に無効化させといたわ。他にどれだけ同じ爆薬が積み込まれてるのかは知らないけど」

「聞けば聞くほどおっかねえ...。フロアの他の店は調べなくていいのか?」

「仮にほかにも隠されていたとしても材料は全部使っちゃったし、なんなら私が完食するくらいしか方法がn

「見てておっかないからやめてくれ」


 真顔の応答。

 二人はしばらくその場で考え合わせると、結局来た道を戻ることになった。こんな時間帯には出くわしたくない目付き悪めの青年の隣をシズクが歩く。ひとまず比較適飛行船内のどこにでも通じる中央へと歩を進めていく。とはいえ、トウオウが誇る巨大飛行船タイタンホエール号はしばしば空飛ぶ島とさえ形容される事もある。行きの時間はそれほど感じることも無かった距離が、帰りとなると不安に埋め尽くされた大和には無限に等しくさえ感じ取れる。例えるなら、そう――――。まだ幼い子供がふとした瞬間に母親の姿を見失い、どうしようもなく途方に暮れてしまったときのようなあの感覚だ。

 出来ることならこのまま自分たちの客室へと舞い戻りふかふかベッドにダイブしたいところだが、そんなこと提案すれば鬼畜幼女シズクになにされるかわからないので絶対口にすることはないけど。


「そういえばまだホードには繋がらない?そろそろ何かしらの報告があると思うのよね」

「ああ、そういえば電源切ってたな。ほいこれ」

「.........普通はこういう時、いつでも連絡が取れるように電源だけは入れておくものよ」

「ひっ!?殺気を放ちながら指をコキコキ慣らすのやめてもらえませんか!?仕方ないでしょ学生時代の節約癖が抜けきらないんだから些細な電気料金も貧乏学生にとっては大問題なんだよォ!」


 言いながら改めて受け取った端末の電源を入れたシズクの画面を横から恐る恐る覗き込んでみる。着信履歴は数時間から数日前のものばかりなので、新しくホードからの連絡は入ってなかったようだ。

 こんな場所では歩きスマホを注意する警備員すら湧いてこない。飾り気のない端末の一面を染める味気ない白が、空間の黒の中で星のように強調される。時計すら置かれることもなく、秒針の微かな揺れる音すらも消え失せた人気ひとけの欠片もない廊下。一組の青年少女に眠る違和感も、ゆっくりと目を開いていく。


「やっぱり着信入ってないないわ」

「流石におかしいって。俺だってまだあいつのこと全部理解したわけじゃないけど、それでもほんの端っこくらいはわかってるつもりなんだ」

「わかってる。向こうで何かが起こったと考えるべきでしょ。私たちも向か...お......?」

「?」


 薄暗闇の中にもう一筋のほのかな白が浮かび上がる。何か言おうとして、半ば途中で途切れてしまった少女の言葉も。視線も吸い込まれるようにその小さな白に移ろいだ。

 ちょうど二人の正面から。

 かつん、かつんと。一人分の靴底が擦れる音が近づいてくるようだった。それに加えて、液体が滴り落ちるかのような音も。耳を澄ましてやっとのことで聞こえる程度の音が近づきつつあった。静かな歩き方、シャワー後に髪から水が垂れるような僅かな水音。

 そうと分かったときには既に、彼の中で答えが弾け出る。


「ホー...ド?どうしたんだその怪我!あちこち血だらけじゃないか!!」

「待ってヤマト」


 特徴的な薄青髪に口からちらりと覗く海獣族特有の牙。

 『箱庭』の情報専門、ホード・ナイルは俯いたまま二人へと歩を進める。

 まず大和が大声上げて駆け寄ろうとした瞬間に、シズクが首根っこをひっ捕まえる。思わず息が詰まり、大和は自分たち三人以外の全てが消え失せた暗闇の中で少女に声を荒げていた。

 ホードが何とか無事に戻ってきてくれたことに安心しほっとした反面、いったい何が彼をここまで追い詰めたのかとも不安が洪水のように押し寄せる。




 名を呼ばれた彼は一切の反応を示さず、ただぐらりぐらりと揺れるだけだ。ボロボロの表面に痛々しく刻まれた亀裂から、血みどろに濡れ滴り落ちていく赤をまき散らすように。その力なく垂れ落ちる両腕と、角度のせいかはたまた暗闇に紛れているせいか。

 現れる。

 何度も金づちを振り下ろしたおもちゃのロボットみたいに。あちこちに亀裂を見せる『ホード・ナイル』の表情が。呻くようにぼそりと囁かれた言葉が。


「糸に、ようやく引っかかったな。おれ、おれは。俺はっ、あんたらさえ、いなけりゃ」

「ホード...?一体、何言って」

「下がってヤマト。()()()()()()()()()()!」


 ボゴッッ!!?と。

 輪郭が歪む。

 大和から見た彼の変貌は、背中から()()()()が噴き出しているように映っていたことだろう。亀裂の隙間から血とはまた別の、夜中に灯すランプ程度の青白い光が迸る。巡り巡る。少年の小さな体の全体を。一つ一つの部品を一撃で粉々にしたかのような光景は、耳に障る金属音を伴いつつ。

 まるでまるでまるでまるで。

 古い表面を突き破って()する蝶のように。

 咆哮と応じるように、だ。


「俺は、俺には!俺の計画にはなんの問題もなかったんだアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


 ()()()()


 大洪水が巻き上がった。


「なんっ!?」

「ヤマトッ!!」

 

 ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾッッッッ!!!と。


 それが迫りくる水の音だと気が付く前に、体は隣で仲間相手に身構えていた少女によって吹き飛んでいた。爆心地は言うまでもなく、ホード・ナイル。いや......『ホード・ナイルだった何か』

 はっとして、手を伸ばす。助けたいと願ったのか助けてもらいたいと願ったのかは自分でもわからない。



 背中の辺りがズキズキと痛みを覚える、仰向けから腰を起こした大和の膝から下は水に沈んでゆく。爆心地から滝のように、飛行船事廊下の全てをを埋め尽くさんとする濁流が。もしかしたら既に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 水の流れに逆らうようにして立ち上がり、視線を戻したところで『ホード・ナイルだった何か』は自らの血液と同質になる。即ち、濁流の中に溶け落ちていた。そしてすっかり取り残された二人の目前もくぜん

 新たに魔界より来訪せし、害悪が睨みつけている。


「竜...?」


 そう口に出したのはシズクだった。

 大和はただ目の前で発生した非現実に打ち震え、恐怖し、気が付けば誰かにすがることばかり考える。水を吸った白黒螺旋のミサンガの異能のことすらも忘れ去って。消えた少年の姿ばかりを視界の中で探し回って。対峙してしまった半透明の大蛇?あるいはシズクの言うとおりに竜?

 とにかく、槍のように一本一本が鋭く生えそろった牙を覗かせ、大きく顎を開く脅威に対して。


「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」


 椎滝大和は、絶望の限りを味わうこととなる。



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