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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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all night badboys



 事態の深刻さを散々思い知らされた飛行船タイタンホエール号の警備スタッフと乗員一同は、早急に対策を練るべきだった。この科学大国トウオウを象徴するかの如く振る舞う巨大飛行船には遠い国の貴族なども乗船しているため、事件自体を公にするのだって危ないのだ。最悪の場合国勢にも大きくかかわることになる。どんな相手に対してもひたすらに中立を貫くトウオウ側としては、国に悪い印象与えられるだけでも大打撃なのだ。他国に対して紳士に振舞い、技術をこれ見よがしに見せびらかす。そうして技術を求めた他国からの応援を受け取り、『恩を売る』という形で自国の立ち位置を明確なものにする。

 あくまでも自分たちは『傍観する側』

 要請されれば兵器を貸し出し恩を売りつけ、隙あらば自国の科学を以て威圧を続けることでトウオウの平和は成り立つ。これがもし仮に『他を圧倒する科学技術』という武器を失ったり、持ち合わせていなかったなら。

 ちっぽけな島国でしかなくなったトウオウなど、あっという間に攻め滅ぼされるに決まっている。

 全ての報告を受けたトウオウの総本山。

 この国で在ればどこででも見れるようなビルの一室にて、国全体を指揮する役割を持つ八人が集まる。とはいえ夜中の緊急招集につきちらほらと欠席が目立つ。実際に席に着いたのは半分にも満たない三人程度だった。円卓を囲み、天井から吊り下げられたスクリーンへと投射された映像は他でもないわが国が誇る飛行要塞。

 いざという時は、国の上層部だけでも何もかもを見捨てたうえで脱出を可能にする一種のだ。故に強固かつ強大。並大抵の手段では打ち砕くことなど到底不可能なほどに。それは外装から言っても、また内側の防御力から見ても、だ。


「して、()()()議題は例の飛行船についてだが」


 一人の厳格な顔つきを見せる男の言葉だった。空席だらけの円卓を介した上で表情を見せあう約三名の会議を進めるのが彼の役割だ。映像をより鮮明に見せるためにあえて薄暗く調整された会議室の空気を『明るい』と笑って語ろうものなら嘘になる。そもそもこの場においてそんな空気を醸そうものなら、自分の立場が危うくなるだけだ。他人を蹴落とし己の地位を確立させようとする者こそいなくとも、基本的の全員が平等に、かつ対等に権力をふるうことが叶うシーン。

 弱みを見せようものなら付け込まれ、己の立ち位置を失いかねないのは誰もが同一だ。状況をより正確な例で表すとすれば、全員が自分以外の全員に対して銃を突き付けている状況、だろうか。率先して蹴落とすことはなくとも、自分を有利にし得る素材があれば躊躇わない。


「問題は少なくない。手っ取り早く一つ一つ羅列していくことにしようか。まずは明確に存在を確認されたテロリストだ。そして次に超速接近を続ける未確認飛行物体。まあ、あげようと思えば他にいくらでも上がるものだが大まかな点として取り敢えずこれだけにしておこう」

衝撃拡散性伸縮金属質(タイタンメタル)の外装のおかげで外から眺める分には特に目立つこともない。ただ未確認飛行物体の存在は見逃せないわね、タイタンホエール号に急速接近中って話ですし。最悪の場合他国から見た『トウオウそのもの』のイメージが大きく崩れることになるわ」

「それだけは何としてでも避ける必要がある」

「わかっていますわ。しかし我々が身分に合わせて作られた椅子にふんぞり返っているだけで解決できるだなんて甘い考えは捨てるべきなのも確か。客観を捨て主観的に。我々の敵はもっと先にあるのだから、足踏みついでに転倒してしまっては元も子もないのではなくって?」

「生意気な口をきくな小娘が。話は聞いているぞ。貴様が送り込んだ連中は被害を抑制するどころか広げているらしいではないか。そもそも事前に反社会勢力の存在を知りながら、対応を胡散臭さ極まる変人集団に押し付けたうえで放任していたのはどういう領分だ?」

「あら、いったい何を言ってるのかしらこの老害は。いよいよボケが進んできましたか?」

「喚くな二人とも。どちらも言いたいことがあるだろうが今は問題解決についての議論が先である」


 ようやく制止を促した男によって、円滑とは言わぬものの話し合いはどんどん進行していく。普段は国全体のごみ問題や他国の動き方について各々の意見を述べるだけの場も、こうなっては戦争中の軍事会議にも似た空気を醸し始める。

 観測された現在の飛行船タイタンホエール号の状態は、外部から見たところで普段と何ら変化はない。しかし緊急連絡に同封されていた崩壊した内部の画像にはところどころに血液のようなモノも染みついていた。


「あらあらあらあら」

「これは酷い」

「君たちから見て左側が客室の一部、そして隣は賭博施設だ。諸君が知っての通り、我が国の科学力は多と一線を画すものがある。現場に残されていた痕跡を解析させたところ、使用された爆発物の内一つは我が国で開発されたこと経緯がある振動爆弾であることが分かった」

「内一つ、ということはもう一方は我々と関係ないところで製作されたものということでしょうか」

「いいや、それが賭博施設に関しては痕跡の一つすら発見されなかったのだ。となると何らかの異能作用が働いた可能性が高いだろう。敵味方は関係なしに、あまり事件全体を公に晒すようなことは避けたいのだがね」

「貴様、機兵隊メカニックはどうした。今からでも向かわせてやればいいだろうに」

「こらこら。隻翼の負傷でアレがうまく機能できないのをお忘れですか?直属の機動隊、と言っても所詮半端な()()()()()()。重大な任務を任せるにはまだ不安が残るとも付け足しておきましょう」


 その場にただ話を聞くだけの一般人でもいたなら、これらの会話の内容から三人を自身たちの利益しか考えない連中と捉える者も少なからずいただろう。いや、むしろ大多数が素直にそう思っていたはずだ。

 誰かの安全より国の維持、個人より国家全体の利益を考えた行動。これは愛国心と呼ぶこともできれば、反対に己の保身に走る自己中心的思考であるとも言い方は様々だ。

 とはいえ。

 状況がトウオウという一国家に少なからず影響を与えるのも確かだった。願わくば何事もなくいい知らせが入るのを待ちたいところだ、と老人はそっと息を吐く。どんな区分、どんな役職、組織にも。『苦労人』という人種は存在するものだ。




「貰うモノ貰ったわけだし、そろそろ出発しましょ」

「おい待てこの野郎」


 当たり前のように黄色やら薄緑で彩られた瓶を手にしている少女を止められるのは大和しかいなかった。その椎滝大和も体中あちこちを包帯でぐるっと数周させ、その上血清と痛み止めを打ち込まれている。

 即効性、とまでは行かないものの、確かに全身を縛り付けていた重しのような鈍い痺れは重力の楔から解き放たれたかのようだった。

 言葉で大和に引き留められたシズクはと言うと、彼が何のために自分を止めたのかわからないという様子で首を傾げている。これだけでもう頭が痛い、仮にも『異界の勇者』という枠に組み込まれてた時間帯が長すぎたのか、悪人じみた目付きとは裏腹に大和の全体を駆け巡る良心に背く行為は『箱庭』では全く無意味なようだ。そもそも対応する状況が完全にかけ離れてしまっているのも要因の一つであることに対して本人に全く自覚はないらしい。


「なにしれっと薬品パクってんだよ!どうしてこうも『目的のために手段は択ばぬッ!』的な思考だらけなの俺の周りは!なんだよ前世で俺が悪いことでもしたのかよ大体普通に窃盗罪だろ返して来いよ今ならまだ謝れば許してもらえるよもォーっ!」

「なあんだ窃盗くらい、数えられるだけでも不法侵入と暴行、加えて窃盗、不正アクセスによる情報窃盗。激発物破裂に傷害致死...今回の件だけでまだまだあるけど?」

「ドヤ顔で話すことじゃねえ!」

「片棒担いどいてよく言うわ」

「うぐっ...そりゃそうだけど...」


 唇を尖らせあらぬ方向に視線を泳がせても、一度やってしまったことは仕方ない。

 シズクは薄暗い夜の廊下を歩きながら、


「それに再々言ったと思うんだけど、別に私たち『箱庭』は愛と平和のために戦うヒーロー集団じゃないわけよ。むしろ逆側、世界を裏側から観察し、必要な場面に応じて介入するだけ。パレットを塗り固める黒を上書きする白絵具じゃなくて、固まった色を自分たちの都合がいいように削り落としたり広げたりするだけのパレットナイフなの」

「......それで、俺達はどこに向かっているわけだ。あいつから聞き出した裏コンテナの場所とは方向が逆な気がするんだけど」

「連中を叩いたところで咄嗟にリモコンで遠隔起爆はいドカン!じゃ何の意味もないでしょ。まずは爆弾のほうを処理する」

「ならホードと合流したほうがいいんじゃ?」

「何度も掛けてるけど出ないのよ」


 片手に大和が治療を受けている間にくすねたであろう薬品、余ったもう一方の手でその特徴的な栗色のくせ毛を捩る少女はいつも通りけろっとしていた。それから後ろから追従する大和にめがけて自分の端末を投げたので、どうやら移動中にも大和に何度か掛けさせようとしているようだ。言葉もなく伝えられた命令をやれやれと実行するが、やはり薄青の海獣少年から応答は無い。不気味に連続するコール音をぷつりと切ってしまう。

 基本的にホードが自分のタブレットか携帯端末を手放すことが無いのは、彼らと行動を共にし始めた時には既に知っていたことだ。ネット中毒......というわけではないと信じたいが、とにかく報連相が大切と説くホードがここまで無反応なのは確かに異常かもしれない。


「処理するって言ったって、お前あいつに爆発物のことなんて何も聞いてないだろ」

「ええ、あいつが話題を誘導してたからね」


 と、そこで大和が首を傾けた。


「あえて乗ってやれば相手の癖が見える。露骨に遠ざけようとすれば相手が隠したいことも見えてくる。今回の場合は私たちに爆弾の場所を悟らせないためにアジトを差し出したんじゃない?この業界じゃよくあることだけど、基本的に目の前でぽんと差し出された情報に飛びつくと痛い目見るわ」


 正直何も考えずに飛びついてしまった大和としては身の毛がよだつ話だった。それと同時に普段は食事のことしか考えてないような彼女がそこまで考えていたことに感心しつつ、裏世界ぴかぴかの一年生椎滝大和は大人しく彼女の説明に耳を傾ける。

 普段は頼られることが珍しいらしく、心なしか無知なる大和相手に説明を続けるシズクは楽しそうだ。


「組織の仲間をああも簡単に売り渡す点を考えると、連中の間に仲間意識なんてほとんど無いも同然ね。まだ夜中にコンビニとか路地の裏でたむろしてる不良上がりのほうが友情を重視してるわ。連携も出来ないくせにあれほど大規模な組織が纏まって組織として成り立ってるのが不思議なくらい」


 そういうものか、と納得するしかない。事前の情報も経験から身に付く知識もゼロに等しい大和にしては、彼女が語る言葉の波は信憑性より納得の材料にしかならない。『りんご』という果物を知らない野生人にその特徴を事細かく説明したところで100%の理解を得られないように。技術を知らない者から見た技術者の手際が、まるで自分と同じ人間だと思えないように。


「飛行船の全体図はもう覚えた?」

「え、ああ。上から見た時中心から東西南北にそれぞれ線を引いてまず4区画、それをさらに上中下三層に分けて計12区画。俺達一般客が寝泊まりするのが南の下層、時計回りにレストランやカジノなんかの商業施設が立ち並ぶ西区角。運動場とかレジャー施設なんかが多い北区に、全体を取り仕切るコントロールルームや例の裏貨物室の東区。いつどこで起こった怪我病気にも対応できるように病院は中央上層で、現在俺たちがいるのはえっと」

「西区上層。フツーはまあ考えないわよね」


 そして彼女はレストラン街のとある店舗の前で立ち止まる。そこは以前に大和たち『箱庭』の三人がプール帰りに訪れたこともある、他店に比べると静かで大人しい空気を醸す店だ。勿論夜中なので扉は施錠され誰も立ち入ることはできないようになっている。

 それを、彼女は指先にほのかな光で円を描いたかと思うと。

 バガッッッッ!!と。


「......開かないからって毎回壊して進むのはどうかと思う」

「なにぶつくさ言ってるの。行くわよ」



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