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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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return of fortune



 まるで北極海にぷかぷか浮かび流される氷塊のような形を取る透き通るような青。

 顔だけ出す形で無理やり装備を引っぺがされた元全身黒ずくめのテロリスト...それも最後に残された熱を操る咎人だけが封印されている。これももちろんシズク・ペンドルゴンの魔法。

 どの方面に手を出そうとも軽い気持ちで頂上まで上り詰めてしまうというのは詰まらないことだ、と嘯く少女の隣で呆れる大和の注目は彼女の左腕だ。

 こいつの高熱は確かに自分の体に刻まれている。軽く頬に指先を当ててみれば、白いキャンパスを汚す一色の赤がぬるりと指に溶け落ちた。だからこそ、だった。自分よりさらに痛々しい傷を背負ってなくてはおかしいはずの少女。赤色を帯びるコンバットナイフを受け止めた上に、単純な腕力だけでそれを砕き折った左手は新品のキャンバスを保っている。

 思えばシズク・ペンドルゴンの異常性は今に始まったことでもない。人並外れた魔法と言う膨大なジャンルに関する知識、何が起ころうと危機感の欠片も抱かない図太いというには枠組みに収まりきらない精神。一体その小さな体のどこに入っていくのか、呆れるほどの食欲とゲテモノドリンクを好んで摂取するという呆れるほどの味覚。

 指を一本ずつ折り曲げて数えるには果てしない。ところがホードも何の言及もしない。見た目に反して『箱庭』と呼ばれる()()()()におけるトップクラスを誇る集団のサブリーダーを任されているのもそうだった。

 考えれば考えるほど疑問が洪水のように溢れてくる、自らにこれっぽっちの関心も示さないその少女は適当な調子で剥ぎ取ったナイフに指先で触れる。

 一瞬にして凍り付く金属の刃。既に無理やり意識を覚醒させられた熱の咎人に対し、言外に『お前の異能など無意味だ』と知らしめる効果もあった。


「これってホントはあいつの役割なんだけど、何度掛けても全然出てこないから仕方ないのよ。お望みとあらば火、水、風、土、雷に闇...なんでも用意するけど?」

「結構だ。私は組織に()()ほどの忠誠を誓ったわけでもない。ただの雇われ構成員だからな。実力で敗北した以上話せといえば何でも話そう」


 意外と物分かりの言いテロリストもとい熱の咎人は、氷の塊から頭だけ出すという傍から見れば間抜け以外の何物でもない姿をさらしているというのにあっさりしてる。むしろその方が大和たちとしても楽でいいのだが、どうも一度ホードの拷問を目撃してしまったからか不思議な気分だ。

 むしろホードとシズクのどちらが一般的なのだろうと疑問に思う大和であった。


「業界の知識を全く身に着けてない俺が言うのもなんだけど、今更敵から情報抜き取ったところで役に立つのか?だって相手方の作戦は現在進行形で進んでる途中で、俺達はアドリブでそれに対応しなきゃならないってのが現状なんだろ?」

「だからこそなの。台本も無しに演劇をうまく回せって言ってるほうがおかしいの!ゼロより一、一よりは十。多いに越したことはないに決まってる。それにいつの時代だって情報は時に宝石以上の価値を持っていたわ。言うなれば下書きありで絵を描くか、下書きなしのぶっつけ本番で最優秀賞を狙うかってところ。ヤマトがアドリブに絶対の自信があるって言うなら止めはしないけど私は私なりにやらせてもらうからね」


 まさかシズクに『おかしい』と断言される日が来るとは思ってもいなかった。そういうものなのか、と納得するしかないのが知識を持たざる者大和の定。黙ってとりあえず首を横か縦にふっときゃ大体の困難は乗り越えられるとの恩人の教えを実行するべく手を腰に当て、それとなく振る舞っておく。


「それで、まず何から聞こうかしら。やっぱり組織の全体図とか、それとも作戦の全貌?前回の下っ端と違ってあんたなら大まかでも内容は聞かされてそうだし」

「悪いがさっき言った通り俺は雇われ構成員。作戦の全体図と言うには不十分な情報だけ与えられた上で行動させられていた。どこにどの仕掛けを設置しろだとか、どいつをどんな風に使っていいだとか、な」

「おいおい随分と雑だな。それで本当に作戦が成り立ってんのか?」

「ならあんたの上司について聞かせてもらいましょう」


 すると、咎人は何も言わずにシズクと大和の二人に対して、見せつけるように舌を口の外へ出した。本人が真面目な表情なので馬鹿にされたと受け取ることはなかったが、異常は彼が突き出した舌に直接刻み込まれている。


「にゃるほど。口封じのための抑制魔法、あちらさんの指揮官殿は何があっても自分の情報だけは隠蔽し続けるつもりなのね」

「なんでも、と言ってすぐにすまない」

「なら方向を変えてみましょう」


 パチンッ!と少女が指を鳴らす。

 何も目に移る景色だけが世界の全てとは限らない。

 誰かからは目を瞑る若い女性のように映る絵画も、他の誰かから見れば年老いた老婆の全体として映る様に捉え方は人さまざまだ。一方向から確認しただけの物体をどう捉えるのかは捉える側の自由。むしろ絵描きや美術家は自分の捉えさせたい景色を、いかにして伝えるかが肝だ。

 だから。


「あなたの雇い主は咎人、あるいは魔法使い?YESならまばたきを二度。NOならそれ以外のサインで返答しなさい」


 回答は、無言。

 これも一種のサインと受け取れる。否定とも受け取れるし答えられないとも受け取れる。つまりはシズクの捉え方次第だ。


「まあいいでしょう。それならあんたが知る限りの組織の全体図を。構成員の人数から思考の傾向まで。包み隠さず事細かに」

の連中は知らないが、飛行船に侵入してるだけでも五百以上、大多数は積み荷を並べただけの貨物室の貨物に潜んでいる」

「ちょっと待て、貨物室はあらかた俺達で調べたはずだぞ」

「だったらそれはのことだろう。私達が潜んでたのは、一般への非公開は勿論のこと、乗員にも何が積み込まれてるのかも分からないような兵器輸送用のエリアだ。あの部屋は非公開の飛行船全体図にすら名前を書き換えてある。探そうとも思わなければまず立ち寄ることはないだろう」

「なるほどなるほど、なーるほどね。そりゃホードも気付かないわけだ。全体くまなく調べるって言ったって貨物室全体を細かく分けられれば私たちも『こんな狭い部屋に潜むことはない』って割り切っちゃうわけだし。そこをついてきたか。敵ながらよくやるわ」


 やはり、大和だけが置いてけぼりを喰らった感じになっていた。

 要するに自分たち『箱庭』はこれから直接その裏貨物室へと乗り込み、そのまま五百人以上の敵対組織を丸ごと叩いてしまえば万事解決。飛行船タイタンホエール号は無事フライトを続行し、椎滝大和ら『箱庭』も敵対組織の一角を無事潰し終えることになるのでみんなハッピーというわけだ。

 相変わらず遠い目になる大和、どうするべきかと頭を抱えるシズク。しかしながら確実にプラスはあった。つい先ほどまで完全に敵対していた人物の言葉だけを頼りに行動するというのも馬鹿げてるかもしれないが、現状二人に残された道はこれだけ。

 情報提供のお礼にと剥ぎ取った装備をその場に放置して、大和とシズクはカジノの外へ出る。しかし、問題はまだまだ山積みだ。

 まずは大和の負傷。


「うーん、症状を見た感じ南でよく使われる神経毒かしら。ブルフェンかドルママナ辺りの記号も振られてる。『作用は被害者の思うが儘に、望む物を与えよ』か。つまり自分の症状が酷いと思いこむと更に症状が悪化していくネズミ算の一部を組み込んだ術式ね。筋肉弛緩剤とかじゃなくてよかったわね。行動阻害目的でそっち使われてたらかなり危なかったわよ」

「笑い事じゃねえ...」

「まあ確かに。部屋にも解毒薬はあるけどここからなら普通に船内病院のほうが近いわ。適当に薬品だけでも貰っていきましょ」

「なあ、これって俺たち普通に犯罪なんじゃないか???だって既にあいつらみたいに爆弾仕掛けて起爆させちゃってるし!っていうかいつの間にあんなの仕込んだんだよ!」

「最初に探索した夜。ガラガラだったからね。思った以上にスムーズに進んだわ。そんなこと言っても既にヤマトは共犯者の立ち位置なのよ?下手したら顔写真とか撮られてて指名手配されるかも」

「やっぱり笑い事じゃねえ!!」


 いろいろあって病院の診査室まで通された二人に対して目を剥いたのは不幸にもこいつらの相手をさせられることになってしまった女性医師。まさかここもカジノ同様24時間体制営業とは思わず、静かに薬品だけ頂くというわけにもいかない二人は大人しく正規の手続きを通して治療を受けることに。細かいところでホードの不在が不憫をもたらしていることに二人は気付いているのだろうか。

 お医者様の質問に対して、シズクは何故かヤマトの親のように隣でふんぞり返っている。


「えっと...?それで、シイタキさん」

「はい」

「この一般的に取り扱われることなんてないはずの神経毒をここぞとばかりに塗りたくられた針はどこで...?」

「カジノでのどさくさに紛れて、隣の彼女にやられました」


 ここら辺は事前の打ち合わせ通りだ。

 シズクが提案してきた設定によると、大和とシズクの二人は夜のカジノを楽しんでいたが最中ちょっとしたことで互いへの不満が爆発、更に突如として例の騒動に巻き込まれるもどさくさに紛れてシズクが隠し持っていた毒針でグサリッ!らしい。

 正直言って品性を疑った。

 女医さんもまさか天空で痴話喧嘩(設定)の世話をされることになるとは思うまい。仕方なく作戦の片棒担ぐことになった大和からの同情はどう考えても迷惑なだけなので、もう大和も大和で吹っ切れることにした。目付きが悪い高身長の青年が低身長のロリっ子げふんげふん美少女に毒針でぶっ刺されたとかいう奇怪な言い訳もとい設定が完成。

 それにしてもあれだけのテロ騒ぎがあったというのにすぐ近くに点在する病院から誰一人として逃げ出した者がいないのは意外だった。現に、船内アナウンスによって先の二件の爆発は『酒に寄った客の悪戯』というカバーストーリーによって覆い隠された。それもこれも誰一人として正確な証拠を離せず、かといって現場にも痕跡一つとして残さなかった『箱庭』の実力の片鱗でもある。

 それに、飛行船の施設とは言え入院患者だっていたはずだ。それを見捨てておけないからという理由で彼女らがここに残る決断をしたというなら、それは大和なんかよりもよっぽど『良い人』を貫いていると言える。


「ま、まあそれは警備員さんたちに任せましょう。私は私のできることをやるだけです...そうですね...まずは傷口の圧迫は痛みが増す可能性があるので消毒して包帯で、まず血清を打ちましょうか」


 さすがはプロ。

 最初こそ二人の関係性に困惑していたものの、仕事となると手際よく処置を施していく。あっという間に包帯だらけになった大和は感心するばかりで、隣でそれっぽく佇んでいるだけのシズクはというと終始女医さんたちに酷い視線を向けられていた。が、特に気にする様子もないので彼女にとってはその程度のことだったのだろう。いつの間にかいなくなったと思ったら、例の如く何故病院に設置されてる自動販売機にこんなものが置いてあるのかわからないほどのゲテモノドリンク片手に戻ってきやがった。

 不肖椎滝大和、しゅわしゅわしてるくせにスパイシーな香り漂うそれについて聞かずにはいられなかった。


「ねえ、なにそれ」

「え?唐辛子サイダー」

「毎回思うけどそのメーカー頭おかしいんじゃねえの?」

「そんなに言うならヤマトも飲んでみればいいじゃない。ほら、一口あげるわ」

「いやだよいらないよ絶対後でお腹壊すもんだから待てってほらいま治療中だから滲み寄ってくんなぎゃーーーーーーっ!?」


 問答無用であった。

 ただの美少女との間接キスだったらどれだけ幸せだったことか、もはや女医さんらは二人に関して必要以上の接触を不要と目標を定めたようで、残念ながらシズク・ペンドルゴンなのでそうもいかず椎滝大和は後々腹痛確定。下手したら全部終わってからもう一度ここに通うことになるかもしれない。

 哀れな一般人の絶叫が涼し気な夜に木霊する。



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