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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
87/268

fight or fight



 ぐらりと景色が揺らいだような気がした。

 実際には、だ。

 彼女の細い四肢を活用した舞踊にも似る打撃は掠りもしていない。どれも場の空気をそよがせるばかりで、むしろ本当に打撃がテロリストに到達したところでろくなダメージも与えられないはずだ。それがどういうわけか、彼女の()()()()()()は彼らを尋常じゃない衝撃を以て吹き飛ばし、壁に叩きつけ、あろうことかそのままカジノの壁に亀裂を生み出していた。

 ダンプカーにでも正面衝突されたかのように砕けるテロリストの装備。一人から二人...二人から四人と恐怖は次々とする。薙ぎ払われ、意識を失い、不可視の攻撃がどこからどうやって訪れて、どうにかして防がんと。ダダダダダダダダダダダダッッッ!!!と肉を切り裂く金属の嵐は、壁や床こそ貫き抉ろうとも怪物に届きはしない。

 獰猛に笑い、軽やかに舞う怪物の玉の肌には赤の引き欠片だって在り得ない。

 まず、無事なテロリストの一人が叫んだ。


「このガキ魔法使いだ!陣形を組め!それと銃も捨てちまえ、近づいて応戦するぞッ!」


 応じるようだった。

 次々に投げ捨てられた銃火器を目にしてようやく大和も参戦する気になったようだ。数刻前に海獣族の少年から渡されたナイフ型の起動魔装、斬撃を魔力で飛ばすどこにでもあるような戦闘用魔装を逆手にがっちりと握りこみ、ようやくボロボロにされたルーレットのテーブルから飛び出した。ただし『箱庭』が扱うものとなっては一味違う。

 まず、ホードの手によって簡単な改造が施されていた。シズクの大剣をモデルに、ウィアが組み上げた回路通りに記号を並べたうえで出力をかさまししていく。当然出力上昇により攻撃力は倍増以上の効果をもたらし、反面に魔力効率は落ちに落ちていた。

 シズクと大和の二人を隔離したうえで円形に囲みこむような陣形を取るテロリストに対して、逆手に握りこんだナイフを横に思い切り振る。

 ブワッッ!!と説明不能な風圧の刃が生み出されたかと思えば、音速にも迫る勢いで飛行するそれはいともたやすく正面に構えていた三人の胴装備を斬り飛ばし鮮血を撒き散らかす。

 外道とはいえ、人を傷つけたという実感がふつふつと湧いて出る。『異界の勇者』時代に散々戦った魔獣とはわけが違った。自分で考えて、意思疎通も図れる自分と同等の存在で、相手も自分を傷つける手段と意識を持って行動する。魔獣との戦争とはまた違う。皮膚が焼けるような熱を発しているらしい。


 出来るだけ『万有引力テトロミノ』を頼りにしない方がいいだろう。なにせ飛ばす物体に直接大和が触れなければならないという特性上、集団戦闘にはめっぽう不向きである。また逆に言えば触れるだけで天空と言う環境の特性上まず無双できることだろう。椎滝大和は基本的に安定を好む傾向にあるため、危険を冒してまで賭けに出るような真似はしない。

 使うべきタイミングを見極めることで、相手への決定打へ繋げることまでも思考を巡らせていた。


「いっづッッ!?」

 

 よく見ると、細い針のようなモノが自身の脚の付け根に突き刺さっている。激痛の原因を引き抜こうにも、血とはまた違う何かが喉の奥底からせりあがってくるようだった。

 そこに加えて更なる攻撃の渦が、荒波の如く大和をどっぷりと漬けあげる。痺れる足を何とか引きずりギリギリのところで避けたと思ったが、胴の一部と手の甲でブシュッ!!と彼らのように赤が滲み出てきていた。

 今更痛みが怖いと泣き叫ぶことはできず、手のひらから転げ落ちてしまいそうな魔装を改めて力強く握りこむ。攻撃に対して、自分を天井すれすれのところまで飛ばすことで意表を突くことに成功する。不格好な態勢で振り下ろす。

 大和の攻撃とすれ違う形で、更に三本の針がそれぞれ脇腹、二の腕、肩に突き刺さる。


「ぐッあっあああああ!!」

「まずこっちのガキを狙え!こいつのほうが弱え、めんどくさいのは後回しだ!」


 飛び上がった大和は重力に従い真下に落ちる。着地と同時に崩れ落ちる膝の勢いを利用して、痺れる体を全力で弾き飛ばした。元々自分だけ他の『異界の勇者』より劣っていたのを気にしていたので続けていたせめて『筋トレだけでも』と地道な努力がここにきて彼を救ってくれるとは。もう一度、今度は横方向へのベクトルを加えて飛び上がった所に加え、風のナイフを体をひねりながらがむしゃらに振り回すことでテロリストのうち何人かが倒れたようだ。

 べしゃり!と濡らしたタオルのように不格好な落っこち方のせいで、突き刺された針がさらに体の奥へと食い込む。


 たんっ!と少女の軽やかな靴底の音が響く。

 飛び上がると、フィギュアスケートの選手のようにくるくると回転を加えつつ包囲をあっけなく抜け出した。瞬く間に十人単位のテロリストが衝撃に悶え意識を失っていく中、その可憐なフィギュアスケーターは意識の合間を縫うように言葉を割り込む。


「ヤマト!()()()()()()()、早く!」

「っ!」


 瞬時に大和が動く。

 囲まれたまま動けなくなっていた目付きの悪い青年がナイフを投げ捨てた。放られた勢いのままに空中で回転する魔装が、残留魔力のみで弱い空気の刃を辺りに巻き散らかす。

 更に、『万有引力テトロミノ

 物体のy座標、即ち空間上の()を書き換え、上下方向限定のテレポートを可能にする【敬虔】の異能によって自分自身を飛ばした。

 残されたシズクは大量に群がる黒の集団に対して、今度こそ容赦する必要もなくなったわけだ。

 怪物が囁く。


「円即ち球に組み込まれし原初の形なり。憤怒こそ血の呪縛、憎悪こそ呪縛が糧」


 空気が。

 世界が弾む。

 彼女の歌に合わせて、何もかもが歪んでいく。


「ペンドルゴンは呪縛の一族、永劫の鎖を以て敵を穿てッッ」


 少女を中心とした全方位で衝撃の塊が炸裂する。受ける側からすれば、その音は超至近距離で発生したジェット機のエンジン音。伝染云々の以前に、まず鼓膜は張り裂ける。それどころかショックで心臓すら止めてしまいかねない。

 『万有引力テトロミノ』で緊急回避した大和にも勿論。轟音は伝達していた。突き刺された針に神経毒でも塗られていたのか、思ったように動かない体でどうにかして耳を塞いでいないと耐えられない。

 飛行船全体が轟音に震撼させられているようだった。


「クソッ、シズクのやつ。いくら何でもやりすぎだ、飛行船のほうが堕ちたらどうすんだよ!?」


 テロリスト共を危惧したわけじゃない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。テロリストの爆弾から守るために戦うはずが、自分たちで飛行船を沈めてしまっては元も子もない。

 耳をつんざく轟音も治まった頃。いざカジノへと戻ってみると、その直後に何かが大和の頬の隣を通り過ぎる。それが灼熱を帯びたただの鉄球と気が付くまでに僅かな時間を要してしまう。ほとんど反射的に転がり回避で物陰に隠れようとする大和の首根っこを摑まえる小さな手があった。

 ズドン!と。

 大和が転がり込もうとした先に、真っ赤に染まった鉄の塊が撃ち込まれた。


「なあっ...!?」

「油断しないで。あいつ、咎人ね。見た感じ触れた物体の温度を弄ってるのかしら」


 適当な調子で呟く少女に投げ捨てられ、そのまま尻もちをつくように絨毯に転げ落ちた。じりじりと鈍く痛む尻部をさすりつつ立ち上がり、状況を改めて再確認してみるとだ。確かに、殺虫ガスが焚かれた後のようにごろごろと転がっている黒の群れの中に、唯一立ち上がる黒があった。

 腰のホルダーへと木の実のように括り付けられた球状の金属塊。片手には軍用コンバットナイフを携えて、その刀身までもが赤熱を帯びてじりじりと空気を熱している。

 罪人なんて、どこにでも潜んでいるものだ。そういえば、アリサスネイルでは咎人と呼ぶのだったか。罪無くして人は生きられぬと概念そのものが語っているようなものだった。例えば生まれてから死ぬまで一度として何らかの罪も犯すことのない人間はもはや人間じゃない。それはもう『聖人』の領域だ。だから大和も何らかの罪の上に成り立った存在。

 彼の場合は、愛する人物の背中に立ち続け死を傍観したことだろう。


「丁度いい、チュートリアルと行きましょう」


 偶然にもその愛する人物と同じ名前を持つ少女が、気軽な口調でそう言った。


(熱を操作する『異能』かっ!?)


 体の痺れは依然続いている。彼は超人じみた体内の有害物質分解作用も再生能力も持たない。辛うじて、完全とは言えないが立って歩く程度は出来た。ただ、走って飛び跳ね全身を使うとなると。


「立って歩くことはできる?走るのはどう?常に状態が万全とは限らない。むしろ完全健康体でいるときのほうが珍しいわよ」

「わかってるっ」


 重くのしかかる鉄球の重圧は身を焦がすほど熱く苦しいものへと変貌してゆく。触れてしまえば大やけどでは済まないであろうただの金属の塊が、まるで投石器にでも投じられたような速度で大和の眼前へ迫った。直前に床へ転がる例の魔装を手に掴み、鉄球の射線上を斬りつけることで軌道をずらすことに成功したことで、今度は温度操作の咎人本人が熱せられたコンバットナイフ片手に走り寄る。

 ガギッッ!!!と金属同士が激しく擦れあった。


「ぐっ、あっづ!」


 シズクが特に加勢する様子を見せずにいるのは大和の『箱庭』としての戦闘能力を試すためだろう。

 高温が刃を通じて柄にまで伝わってきたせいで、思わず魔装を手放してしまう。しかし、同時にヤクザキックを以てがら空きの胴体に一発ねじ込んだ。軽く空気漏れを起こしたらしい相手の隙を逃さず後ろへ下がる。

 そこからは回避の連続だ。

 復帰してすぐ距離を詰めなおしたテロリストの異能によって熱したコンバットナイフ。恐らくシズクの大規模熱攻撃魔法も自分だけ温度調整で逃れたのだろう。ただのナイフでさえ大和には致命傷になるというのに、高熱と言う脅威を加算されたコンバットナイフでは触れただけでも危険極まりない。

 『異界の勇者』時代に習得した近接格闘術でも、捌くどころか軌道を避けたりずらしたりするだけで精一杯だ。


「ぐっ、うう...っ!?」


 このやり取りは、映画スターがスクリーンの中で見せるアクションシーンに近い。一心不乱にナイフを振りかざす敵に対して、大和は痺れが残る両腕両脚更には腰の捻りから手首のスナップまで使える手を使いつくしたうえで手元を弾き、刃をやり過ごし、一歩ずつ下がりながらも足元は攻撃を狙っている。さながらサッカーや野球なんかのスポーツにまで自国の代表的な格闘技術を詰め込もうとする中華の一流アクションスター。

 異能に頼らずとも自衛の手段を。あの日の努力は、決して無駄になんてならなかった。危機的状況でこれだけ状況を客観視した上に己の過去を見つめなおし、考え事もできるのだ。体が勝手に動いていくようだった。脳が命令を詳細まで説明しなくても、反射と直感が熱というダメージを回避しようと全力を尽くす。

 それでも、テロリストとはいえ相手も同じように技術を身に着けている徐々に大和の歩幅が大きくなる。ジッ!と赤く輝くナイフの刃が頬を切り裂き、一筋の血と共に文字通り肌で痛みを受け取ってしまう。


「及第点。良くも悪くも、ね」


 真下からだ。いつの間にか、大和と熱操作の咎人の間に、身長だけで言えば中学生サイズの少女が割り込んでいる。それどころか可憐な掌をグーに固めてのアッパーカット。全身加熱状態のやかん人間に、何のためらいもなくアッパーカットを用いることで防御を崩せるのは大和が知る限り彼女くらいだ。


「何してんの?」

「もっとっ、ぜえ...ぜえ...早く助けてほしかった」

「チュートリアル。確かに言ったはずだけど?」


 言いながら彼女は高温ナイフの刃を()()()()()()()()()()。ジュク!ジュグジュグジュグッッッ!!と。フライパンに平手を押し付けたような痛々しい音。しかし。当の本人は全く気にした様子すら見せていない。それどころか首はへたりと絨毯に尻もちをついてしまったこちらに向けて、左手だけで確かに高温をやり過ごしていた。

 嫌、そもそもこれはやり過ごすと言えるのか?

 何か言葉をかけようにも、大和の真っ白に染まった思考の中からかける言葉が一文字も出てこない。『あっけに取られて』とも違う感覚。明らかに、狂ってる何かを見る目。

 かくりと首を傾けて、『いったい何がそんなにおかしいのだろう』とでも言いたげな表情だった。彼女が左手に加える力が増していく。ベギッッ!!とコンバットナイフが粉々に砕けたというのに、彼女の火傷で覆いつくされた皮膚からの出血は一つとしてない。

 それがまた不気味で、恐ろしい。


「ほいっ」


 気が付くと。

 彼女の姿は再び視界から消失し、二人から距離を取るために軽くステップを踏んだはずのテロリストがいた。大和へめがけて体勢を崩したようで、前傾姿勢のまま倒れこんでくる。相手も何が起こったか全く理解できないらしい。大和も同様なのだ。

 目の前で発生した異常を感知して考える暇もなく、軽く差し出した両腕がテロリストに触れた。

 その時大和が司会で確認していたのは自分めがけて倒れようとする咎人。()()()()

 むしろその背後。

 不自然な態勢を取り、空気のみ漂う空間へと回し蹴りを仕掛けるように腰をひねるシズク・ペンドルゴンであった。彼女だけが、相手の番も待たずに一人で駒を並べ替えている。

 何もかも織り込み済み、とでも表情で語る様に。今に喰らい付くことで精一杯の凡人に対して、彼女だけは未来を生きている。手慣れた様子で。世界の表と裏に潜む全ての真実を解き明かしたように。


 ドッッッ!!!と。

 その舞踊にも似た体の回転から織りなされた回し蹴りを成功へと導いたのは他でもない。椎滝大和が受け継いだ異能。『万有引力テトロミノ』のy座標操作だった。頭上を錐もみ回転しながら壁を崩したテロリストAの姿を覗きながら、彼女はふんっと鼻で息を吐く。


「やっぱり及第点」



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