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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
86/268

lion king?



 カジノに入った二人はまず、大和の小遣いを全額消費することで大量のチップを入手した。半ば無理矢理だったからだろう。当の大和本人は半泣き気味の顔を両手で覆い隠し、バケツ入りのチップ片手に堂々と前を歩く少女に追従するばかりだ。少しの間はウロウロと周りの様子を確認するだけだった二人は、それらしい人物をいくらか目につけると適当なルーレットの席に着き小声で話し始める。


「それで、騒ぎを起こすって言ったってどうすんだよ。結局俺は何も聞かされてないし、なんか手があるんだろうな」

「もちろん。仕込みは万全よ」


 仕込み?と疑問を持つ間もなくして、唐突にシズク・ペンドルゴンが取り出した。

 何を?

 360度どこからどう見てもおもちゃにしか見えないプラスチック製のスイッチだ。それも手ごろな牛丼屋とかで子供がおまけでもらうようなただ円形を四角形の中に押し込むだけ、赤と黒二色だけで構成されたそれを見た大和は思わずと言った様子で顔をしかめさせていた。

 ディーラーが投げ入れた球を乗せて、ルーレットが回り始める。

 ガラガラガラガラッ!と特徴的な音とともに、彼女が取り出したそれと同じように赤と黒が回転の中に埋もれてゆく。賭けに勝つことが目的ではない大和とシズクは最初に目についた数字にベットしていただけなので、ルーレットの玉の行方に興味は示さない。それよりもこれからどうするか、だ。シズクはあっけらかんと振る舞っているが、当然大和は何も聞かされてない。これから彼女が何をどう行動するかによって、自分もアドリブで合わせる必要があるのだ。

 シズク・ペンドルゴンと呼ばれた少女はそのおもちゃを手の中で弄んでいる。そうして唐突に、大和は思い出す。

 古来より赤は危険の象徴だった。

 命を構成する血液。苦痛の象徴辛みをも象徴し、現代で量産される子供向けゲームなんかでもHPが低くなった際に現れるのは、黄色を経由してほぼ必ずと言っていいほど赤だった。

 加えて黒。

 これまた不吉の象徴。不純、悪魔の色、純潔ならざる者に与えられし色と言えば黒。まだ科学の概念すら存在せず、世の中のありとあらゆる現象を『不思議』や『異常』で片づけていた時代から。影や暗闇を構成する『色の終着点』とも呼べる黒は嫌われることも少なくなかった。

 これら二色で構成されたおもちゃを彼女は手の上で高く掲げながら、


「聞きなさい。この飛行船に爆弾を仕掛けたわ!我々の要求はただ一つ。あるだけ金持ってこい!」


 大声で叫ぶ。

 ぽかんと、間抜けなまでの静寂と、少しして彼女を嘲笑うようなくすくす声があった。隣で震える巻き込まれただけの『異界の勇者』椎滝大和は小刻みに震えている。

 子供の戯言と受け取られてしまったのだろう。しかしながら状況が状況、まさについさっき爆発が起こった直後だったので、子供の戯言とはいえそのまま受け流すことはできなかったようで、直ぐにガタイがいいってレベルで済まない、上から押しつぶされただけでシズクの華奢な体なんてバッキバキになってしまうような警備員が彼女を摘まみだそうと駆けよってきた。

 そして彼女はあっけなく、おもちゃの円形を四角形に押し込んだ。


 ボガアアアアアアアアアアアアァァァァァァンッッッ!!と。

 飛行船が揺れた。


「この通り、その場から動くんじゃないわよ」

「ばっか野郎がああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」


 即座に近くまで詰め寄っていた警備員が二人にめがけて飛び込んだ。

 蝶が子供の素手をすり抜けるように軽く躱すシズクに対して、いきなりの爆発で揺れる地面で足腰震えていた大和はどうしようもない。あっけなく屈強な筋肉の壁に上からプレスされるが、そこに宙を舞うシズクのかかと落としが吸い込まれるように叩き込まれる。『ぐえっ!』と潰された下で悶える声は何とか警備員を()()()()()()に送り込むことで危機を脱するが。

 そしてだ。

 あまりに突然の出来事をようやく受け止めたカジノ通いの金持ち共が。蓋を開けたような叫びと共に出口へ向かって流れ出た。


「お前っ!何やってんだ!!」

「大丈夫よ、夜中は人が寄り付かないであろうレジャー施設の一角をぶっ飛ばしただけだから」

「そういう問題じゃねえ!くそっこれじゃ俺達も連中と同じじゃねえか!」

「同じと思わせることが目的なんだから、これくらいしないとね」


 一人慌てふためく大和をなだめるような口調だが、シズクはシズクで手にしたおもちゃのスイッチを放り投げると、今度はどこででも手に入るような一丁の拳銃を取り出した。適当な天井や地面に向けて発砲音が響く。この行動も自分たちの『演技』をより『本格的』に昇華させるための事だろう。そうとはわかってながらも、大和はシズクの一挙一動が気が気でならない。

 もう何を言っても無駄だろう。

 始めてしまった以上引くことが出来ないのは、大和がアリサスネイルで積み上げた記憶の中の今までと何も変わらない。しかし、『箱庭』は格が違う。どんな暴論でも無理やり押し通すことで正当化し、結果的に成功するからよいものの失敗を考えない。これが彼女らの当たり前でも、心は一般人の域を出ない大和には怖ろしくてたまらない。

 果たしてスイッチを押す役目が大和だったら。あるいは彼女の行動を事前に聞かされていたら、自分はどう行動していただろう。多くの命を結果的に救うためと割り切って押せていたのか。はたまた『一般人』であるために放棄していたのか。

 テロリストと凶弾されることを恐れていただろうか。


「何を怖がっているの?」

「だって、お前...っ」

「散々見せたはずよ。これが『箱庭』、個の対極を目指すあまり危険という概念を忘れ去った異常者集団。私はその長の次に高い地位にいるのよ?この程度、()()()()()()()()()()()()()


 わかっている。

 わかってはいるんだ。

 しかしなかなか声が出ない。何もできなかった自分には、覚悟を決めて行動することが出来る彼女を責める資格はない。何よりこれが現状を打破するための最善手であることは自分でもわかっていたから。

 徐々に荒くなる呼吸の音を聞く。抑制剤の役割を持つ彼もいない中、状況をまとめるのは自分しかいないのだ。彼を真似ても結果的に最善に向かわせることしかできないだろう、最善よりも最高へ。誰一人として傷つかない未来を導き出すために。

 苦渋の選択ではあった。

 胸元から取り出したナイフ形の魔装。逆手に握ったそれを、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ろうとする人混みの少し隣へ。調整した角度と共に空気を切りつける。攻撃を受けたと錯覚したらしい人混みは、より一層強い悲鳴を上げて逃げ去ろうと出口へ殺到していた。

 もう誰が悪いかなんて推し量ることすらできないだろう。善悪の前に、どちらも根幹は同質の行いを以て、自分以外の誰かを恐怖に叩き落としていることに変わりはないのだ。例え今からどれほどの善行を積もうがこの事実は覆らない。人知を超えた異常によって時間が逆行したり、神龍の気まぐれで歴史が書き換わったりでもしない限りは。

 というわけで吹っ切れたほうが早かった。


「オラオラはよ金持ってこんかぁぁい!!?飛行船ぶっ飛ばすぞオラァアン!?」

「ちょっ大和、あんたそんなキャラ出来たの!?」

「どうしやした親分、早いとこ貰うもん貰ってずらかりやしょうぜ!!こんなくっせえ豚小屋になんて一秒たりとも長居したくねえです!」

「さらっと主犯格を私に押し付けたわね?もう引き返せないからね?」


 本当にもう引き返せないのである。人間的にもその他もろもろ的にも。

 生まれ持った人一倍悪い目つきを駆使した睨みはどうやら逃げ惑うカジノの客の精神を揺さぶるには十分すぎたようだ。中にはあまりの圧に腰が抜けてその場にへたり込みながらも、何とかほんの僅かだろうと距離を置くために這いずろうとしているマダムなんかもいた。大和はずけずけと腰抜けマダムに歩み寄ると、白黒螺旋のミサンガが巻かれた右腕で下の階層に送ることで更なる恐怖を演出する。当然だ。

 見てる側からすれば突然触れられた人物が姿を消したようにしか見えないのだから。

 まだ狙った場所へと正確に操れるわけでもない『万有引力テトロミノ』も、無知なる一般人に対しては有効も有効、むしろシズクの起爆騒ぎはなんだったのだろう。

 当のシズク・ペンドルゴンはというと青年の本性を垣間見た気がして若干引き気味である。


 日本在住時代に彼女の悪乗りで無理やり見させられる羽目になり不良がどったんばったん大騒ぎする系映画で培った知識がここにきて役に立つとは当時の椎滝大和本人もまさか思うまい。首の角度は下から顎を突き出し前方45度傾け、両手は腰の辺り。背が高いなら若干ひざを曲げ腰に捻りを加えるとなお良し......

 懐かしの日々を連想しているというのに不思議と涙は滲み出ることが無かった。


 いつの間にか客どころかカジノスタッフまで何処かへ逃げ去ってしまった。十人以上いた警備員も既に怪物少女に意識を奪われ、フロアの床と熱いキスを交わしている。大和はそれらをこの場から遠ざける意味合いも込めてマダムと同じように下層に飛ばすと、フロア全体を見回すように首を回す。赤基調の壁も、人で埋め尽くされていたはずの各テーブルも。

 どこもかしこもまさしく深夜にふさわしい静寂に包まれる。

 むしろこっちのほうに違和感を感じてしまうのは自分も『箱庭』に染まってきたということだろうか。大和としては必要ない犠牲を防ぐことさえできれば後のことはどうでもいい。自分の命も優先されるべき事項ではあるものの、優先順位という点においてはどうしても他の事項より低くしてしまうのは大和が()()()()であるがため。

 それでもやはり椎滝大和は椎滝大和。

 バクバクと心臓の鼓動が遠ざかる。やはりやはりやはり。

 吹っ切れただけで、崩壊は免れない。トラウマをいくつも植え付けられたような気さえしてくる。結局内側は弱いままで、いきなりシズクやホードのように強靭なメンタルを受け止めることはできなかった。決められた分量しか入らないコップに無理やり水を押し込めていくように。

 唯一今も昔も変わらない白黒螺旋のミサンガが揺れる。

 と、ここで。

 ジャキッ!!という金属音があった。


「おい、こいつはどういうことだ。お前、失踪した第二小隊か?何故命令に応答もせず単独行動に移っている」


 ほぼ全身を黒で塗り固め、バイザー付きヘルメットで素顔を隠した数十人にもなる集団。一匹見つけたら三十匹は潜んでいると思えのアレを連想させるような統一された服装の集団が客と入れ違うように扉を蹴破って雪崩れ込んできたのだ。ほぼ全員が大和らに声をかけた男の指示もなしに銃身を向けている。

 恐らく、繋がりが無いことは既に見抜かれているだろう。その上こちらの誘導作戦も。

 大和も不穏を照らす照明の暗がりに乗じて逃げ出してしまいたくなる心の弱さを隠し通す。ようやく掴み取ったしっぽを決して離さないために。

 覚悟を決めた元『異界の勇者』はただまっすぐに現状と向き合う。不良の真似ももうおしまい、きりりと口元を結び、目前まで迫った悪意が発するイラつき。痺れるような空気の中、汗でびっしょりになりながらもしっかり握りこんだナイフの刀身が照明の光に光沢を示す。


「もういいわよ大和。つーれたつれた、間抜けが大漁!さあてさっさと終わらせましょう。口ぶりからしてまだうじゃうじゃいることだろうし」

「......なるほど、となると第二小隊を潰したのも貴様らか」

「小隊やらなんやらは知らないけど、勝手に潰れてくれたならそれも結構。まあ聞きたいこともあるし?私も無理言ってこんなことしてるわけだし。まあ...」


 獰猛な笑み。

 それは得物を前にした肉食獣のように鋭い眼差しで、楽しみを抑えきれない子供のように口元を歪ませる。彼女の特徴的な禍々しい大剣はその手に存在しない。彼女はただどこからどう見ても華奢な普通の少女であった。

 剣を突き立てれば泣いて許しを請う。銃口を頭に突きつければ神に奇跡を祈る。なんて、在り得ないだろう。なんたって彼女はシズク・ペンドルゴン。世の中の闇を暗躍する『箱庭』のサブリーダーポジションにして行動班。単純な戦闘能力だけであればたった一人で戦争を無傷で生き抜くとさえ恐れられる怪物。


 たたんっ!と靴底がリズムを奏でる。

 まず十数名のテロリストが空中に舞い散った。物理的な接触を得ず、ただ可憐に舞い踊る少女の足払いを受けて。ほぼ同時に瞬く閃光と音の壁を大和は即座にテーブルの背後に隠れることでやり過ごす。何十、何百にもなる弾丸の雨をひらひらとすり抜ける少女の小さな拳が空気を揺らした。


「我構成せし記号エトこそ円にして球、予見されし空の雲に我を捉えることは叶わずして、されど我こそが天の王者なり」


 歌うように再現が施された。もう目を離すことは許されない。彼女が踊るように肢体を振るうたびに、見えない何かが何もかもを砕く。破壊する。完全に、叩き壊す。

 車にはねられたように壁まで吹き飛ばされるバイザーのテロリストに戦慄を覚えさせたのは、あれだけの銃弾の嵐を難なく掻い潜った少女の舌なめずりだ。

 獅子は狩りに決して手を抜かない。その牙と爪を以て、確実に。



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