giant as for when suddenly
飛行船タイタンホエール号。
空の移動手段としては世界最大規模の飛行船は、科学大国トウオウによって独自開発された核エネルギーエンジンによって稼働する人工重力歪曲装置によって、重力の向きを『下向き』から『移動方向』に調整している。つまり一般的に空気より軽い不燃性ガスや推進用動力を利用する飛行船が自力で飛行方法を確立しているのに対し、タイタンホエール号は『引っ張られる力』を利用した飛行方法を確立していると言える。
故に空気抵抗を気にした形状を取る必要もない。
重要設備を一つの区域に収束させることで娯楽施設や客室をめいっぱい詰め込むこともできる。求められる施設はもちろんのこと、日増しに拡張が続けられる全体としての施設構図はタイタンホエール号の知名度にも大きく影響したはずだ。
外装を包み込む衝撃拡散性伸縮金属質は戦艦の砲撃にすら動じない新素材。名前の通り一点の衝撃を全表面に広げ部分的な崩壊を不可能にさせるという科学力のカタマリだ。
乗客への安全配慮も忘れない。
常に一定温度に保たれる室内空調は酸素供給の役割を持つ上、船内にはちょっとした病院規模の医療設備すらあった。
そんなあらゆる問題に万全の状態な飛行船タイタンホエール号の目立った問題点と言えば、やはり発電手段である核エンジンの話になるだろう。
それは勿論核の安全性という意味ではない。むしろ安全性において並の発電方法を遥かに上回る程度には保証されるはずだ。核エンジンの発電部分を覆うはやはり衝撃拡散性伸縮金属質。外部と核エンジンの接続部もまた同様で、テロやトラブルの対策として特別な訓練を施した機動部隊まで配備済み。ダメ押しとばかりに乗員用の重要施設には(どこぞの少年に軽々と突破された)生体認証システムまで導入されていた。
まさしく難攻不落。
そして簡潔に言おう。
問題は核エンジンの発電量だった。
多すぎたのだ。
莫大な電力が求められる人工重力歪曲装置どころか、船内の全電力を賄ってなお消費しきれない圧倒的ともいえる電力。仮に同じ核エンジンを数機導入しようものなら内側から崩壊しかねないほどに、だ。
故に核エンジンは単機導入。ありったけの対策を施してはいるが、万が一核エンジンの機能が停止しようものなら。予備電源の過冷却水発電だけではまず確実に足りなくなる。つまり積み込むと溢れ、単機では万が一が怖いというわけだ。
まあ何はともあれ。
いくら問題点を掲げたところで現状に一切の変化はない。
まだ誰一人として行動を起こしていないのなら、このまま平和な空の旅が続いていくだろうが、残念ながら思惑が大量に乗り込んでしまった。鋼と灰に彩られた空を駆ける巨城は佇み、誰かの意に沿い遂げる。
あるいは島、または要塞――――。
では、ここで一つ質問をしよう。
そんな難攻不落の空飛ぶ要塞を陥落させるにはどうすればいいだろう?
「最初の起爆はブラフだ。動きがあるようなら泳がせとけ」
「ブラフで最悪数千人がぽっくり逝っちまうんだから末恐ろしいぜ」
「何千人死んだところで一緒だ。俺たちには関係ねえ」
とある時間の流れをも感じさせない闇の中だった。
砕かれた口調で話す二人の男はガチャガチャと手元の機材で器用に分解した銃のパーツをテーブルに並べると、内の一人が椅子の下に放置されていた漆黒のアタッシュケースをぱかりと開く。プラモデルの腕を付け替えるような気軽さで並べたパーツと取り換えると、また組み上げなおす。
周囲には一般客の一人だって存在しない。
闇の中をじっくり観察すれば二人のほかにも、似たような恰好やカモフラージュのためか一般客を装う服装が量産され、各々の時間を過ごしていることが伺える。気楽な調子でトランプなどのカードゲームに勤しむ者、彼らと同じように自分の装備の点検を行う者、緊張からか震えている者など本当に様々だ。しかし流石に私物のお人形さんを取り出しておままごとしてるような奴はいない。車の模型を弄る奴はいたが。
中でも一際異質さを感じられるのは部屋の隅。六人程度がランプの微かな光を頼りに、黒っぽい箱状の物体を弄りまわしている。
そう。
彼らはとある組織に所属するテロリストである。
様々な事情を抱え、人間としてひん曲がってしまった結果組織に拾われたような人物ばかり。善意を捨てた結果、最低最悪の屑と呼称するに相応しい人間性を獲得した連中だ。目的は人によって様々ではあるが大抵は金目当て。中にはただ快楽のために作戦に加わったような奴もいるが、それでも多いのは大金を獲得したうえで遊んで暮らしたいというありふれた理由だった。
更に。
最低最悪の屑に混じって、荒縄で椅子に縛り付けられた上に全裸で全身赤まみれの二人組。
どうやら相当激しく殴られたようで、顔面には筆舌に尽くしがたい壮絶な暴行の痕跡が見られる。スキンヘッドのほうは既に意識は無く、もう一方も辛うじて意識を保っていた。
理由は単純にして明快。
意識を失いたくとも、連中がそれを許さない。失態を犯した自分たちをストレスのはけ口としてサンドバックにしている。元よりトップが恐怖と力で部下をまとめ上げるような組織に仲間意識なんて欠片もなかった。判明したとたんに繰り返される袋叩きによって前歯は欠け、痛々しいアザが全身にかけて広く広がっている。
「こいつらどうすんだよ」
「ほっとけ。使えそうなら囮にでもしてやればいいだろ。それとも薪としてアイリンにでもくべたいのか?やめとけやめとけ、質が下がっても責任押し付けられるのはお前だぜ」
「んなことしねえよ、しかしまあ?薪にするってのは悪い案でもねえ」
自分を題材に繰り広げられるやり取りと下品な笑いには思わず苦笑いしてしまう。
しかし、自ら意識を絶つことも出来ない男の表情は安らかのようにも見える。それとももっと酷い仕打ちを知ってるからこそ現状が子供の遊びのように思えるのかもしれない。高級品を味わってしまったばかりに今まで当たり前だったごく普通を物足りなく感じるように。植え付けられた苦痛と恐怖が心の芯にまで作用しているようだった。
先にもっと酷い拷問を味わってしまったが故に、ただの暴力程度ならいくらでも我慢できる。あの音を聞くのだけは二度と御免だ。次俺がアレを聞いてしまったのならきっと、俺はあまりのショックで死ぬんだろう、と。
しかしこんなことになるなら変に口を開くべきじゃなかった。
せっかく自分を危険にさらしてまで親切で敵のことを話してやったと言うのに、こいつらとくれば『子供なんぞにやられやがって』なんて非難してきやがった。奴らのヤバさを事細かく説明したというのに、主観的な思考に囚われて他人の意見を聞くことをしない。
こんなことになるなら大人しく一人で逃げかえってりゃよかった。
「作戦の内容をゲロっちまったんだろ?生かしとく価値もねえよ」
「それもそうだが、しかも相手はガキだとよ」
「マジかよ!?どうしようもねえ」
「悪いのは完全にこいつらだがその辺にしとけ。漏らしたとしても間近で影響を受けた下っ端の話を聞くのも大切だぜ。『そういう連中がいる』ってわかっただけでもこいつらはよくやってくれたよ」
いつの間にか、新たに影が増えていた。
今度は顔も姿も隠している様子はない。にこにことその場には似合わぬ表情、茶髪の青年は手元にハンカチを取り出すと、依然として縛り付けられた状態の二人の顔面の血を拭き取り始める。
優しさ?
いや違う。
彼の登場で明確に空気の流れが切り替わった。だらしないだるんだるんのシャツと半ズボンという、一般人にしても少し笑ってしまうような恰好の青年。外見から判断するなら年齢的には二十代前半くらいか、黒掛かった茶髪が揺れるたびに石鹸の匂いが漂ってくる。それでも人は見かけによらないというわけか。
青年が一声かけただけ。
たったそれだけで下品な笑みで溢れかえる暗闇が静まり返る。
見た目不相応な恐怖による懐柔。血と暴力に彩られた正体不明のテロリストたちを縛り付けるような粘着質の悪意は、荒縄の痛々しい痕跡を残す二人も同様に感じ取ってしまったのだろう。
しかし震える様子もなく。かといって抵抗するわけでもない。
明確に設定された上下関係の都合上、この場において彼に敵う者は存在しない
「この場所はもう割られてるってわけだ、そろそろ本格的に作戦に着手しないとね。みんなも連日のカジノ通いで体がなまってきた頃だろう。相手が踏み込んでくるのを待つ『地雷』じゃダメなんだ。俺達が起爆剤になんないとね。アイリンはもちろんのことだが、替えが効かないパーツをくだらないところで消費するわけにもいかない」
直後に、鈍く打ち付けるような痛みが顔面に走った。
小さく発せられた呻き声。
叩き込まれた拳は連中の不良上がりを体現するかのようにちんけな殴打とは一線を画し、的確に狙われた鼻から栓を引き抜いたように鉄錆びの匂いが押し寄せて外へ漏れ出て行く。潰れた鼻先と口の合間に食い込んだ骨が抉るような動きも相まる。
人間の壊し方を知る拳だと理解するのにそう時間はかからなかった。格別な痛みを連続して叩き込まれ、今度こそ完全に意識を失う直前だ。
青年は血で汚れた拳を拭いながら、
「ただ償いは必要だよなあ償いは...『罪』は償うからこそ許されるんだ。お前たちの償いはなんだ?裏切られた俺たちに対する償いは、さ。先に言っとくけど『俺の命を貰ってくれ』なんてクッサいセリフは期待していない。お前たちは俺のために何をしてくれるんだと聞いている」
はなからそんなセリフを吐くつもりもない。不思議と冷静な脳みそが今は憎々しい。こんな時、妄想空想に逃げ込んでしまいたいと考えてしまうということは、腐っても自分は人間だったという証明だろうか。見せびらかすように取り出された肉切り包丁を手と指で器用に回す目の前の存在に対する恐怖も収まりつつあった。
空を斬る刃がひゅんひゅんと風の音を振り散らす。景色が溶け落ちたような暗闇の中に恐怖が充満しつつあった。時間の流れを感じさせない暗闇でも、外の静寂が悟らせる。昼間とはまた違う静まり返った夜の流れは憂鬱な感情を引き出してくれる。
残り僅かな体力を振り絞り、マラソンでゴールを走り抜けた後のように振り絞った声。
救済もない。
男が頭に上りそうな血も無理やり吐き出されたところでだった。
「お前ら上層は...知らないからそんなことが言えるんだ」
茶髪の青年...もといその場のほとんど全員に対しての進言。その手に大振りの刃物を用意している青年は特に気にかける様子も見せなかったが、なんとなく身に触るような違和感でも感じたのか。彼を散々殴り倒し蹴り飛ばしたテロリストは大人しいものだ。
弱い声は男の状態をはっきりと示している。瀕死とまでは行かずとも既にボロボロの状態。自らの肉から漏れる血液の赤が増えるとほとんど比例して。
徹底的な『恐怖』の教育を施されたはずの男の表情が。
ありったけの暴力ですら痛みと怒りだけを募らせるだけだった男が。
火を灯したかのように広がっていく。その表情、まるで過去に怯えるように。先程の例をまた使うとすれば、食した肉の正体を知り、永遠に記憶に刻まれることとなってしまったように。
少なくとも茶髪の青年以外に対する怯えで震えていた。
「あの女の恐ろしさを知らないから...!」
「負けた奴は大体お前と同じこと言うんだよ」
肉切り包丁が男の頭目掛けて振り下ろされる瞬間とほぼ同時だった。
異変は唐突に訪れる。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォッッッ!!!と。閉ざされた扉が吹き飛んだ。そればかりか人も何もかもが、竜巻に吞まれたかのような様子だった。吹き飛ばされた血液が壁面を赤く色着かせる。
何が何だかわからないといった様子で。しかし必死にその場にとどまろうとする何者も抗うことすら許されない。その場の誰もが体を必死に押さえつけて堪える中、また別の動きは更に唐突に。恐怖をぶら下げてやってくる。
ミヂミヂミヂミヂミヂミヂミヂミヂッッ!!と何かが拉げる音。
掻き消えた音と吹き飛んだ肉の残骸に残されたのはただ死を待つ時間のみで、その淡い光の中を海底で揺蕩う死骸のように受け入れるだけだ。
ひたすらに続く苦痛を抜け出す術と言えば死の救済のみならず。
肉撃つ衝撃に悶える誰かが呟いた。
来た。
そして。
そして。
そして。
爆裂が始まる――――――。
『まあ、こんなところか』




