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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
82/268

hero and villager



「そろそろ続きを話しても?」


 そう尋ねるのはホードだった。朝食ついでにレストラン付近に点在するゲームセンターのメダルゲームにコインを投下しながら、いざテロリスト共の野望を打ち砕かん!するわけでもなく『箱庭』の三人は遊びまくっている。一般的な考え方の人間であればこのような状況、慌てふためき結果を急いで大失敗を呼ぶことになってしまうとシズクの言い分によってうまく丸め込まれた男二人。どうやら博打好きらしい少女が大画面をプレイヤーが囲むタイプの競馬ゲームに夢中になっている間のことだった。

 一応作戦結構は今夜と決めてあるので今遊んでおいても作戦に支障はないはずだが、そんな大切なイベント前だからこそそわそわしている大和。少し考えた後に思い出したように手を打ったことでホードも話を続けようとしている。


「ああ、世界の要素云々か」

「......もしかして忘れてました?」

「いや、忘れていたというわけじゃ...忘れてました」


 素直に白状したのに呆れられた。

 ゲームセンター特有のあちこちから響くやかましいまでのゲーム音が耳に響く。日本では当たり前でもアリサスネイルではまず在り得なかった日常を堪能することすら『異界の勇者』には許されないらしい。見聞を広めることを許してくれなかった王国への届かぬささやかな恨みをメダルとしてゲーム機にぶち込む大和。

 呆れ顔のままメダルを何枚かゲームに投入しながら、『箱庭』の頭脳は言う。


「まず先程話した通り、A世界にはA世界の要素が。B世界にはB世界のまた異なる要素が存在するという学説が一般的に信じられています」

「それで?その要素ってのと『異界の勇者』がどう結びついていくんだ?」

「そもそも、異なる世界へ渡るということ自体がイレギュラーなんですよ」


 それくらい、アリサスネイルの常識に疎い大和でもわかる。

 大体『異世界転移』という概念が存在するだけでもとびっきりのイレギュラーのはずが、アリサスネイルではどういうわけか一般的に珍しくはあるが、確かに存在することが立証された上に全体に広く知られている。

 それだけでもまず異常。流石はファンタジー世界の一言で終えることもできないような話のはずだった。


「船や飛行機で国を跨ぐのとはわけが違う。世界の壁を超えるんです、もちろん消費する『燃料』も必要でしょう。大体記憶は無事保護されるのか?言語や常識の違いはどうする?そもそも異なる世界に自分たちのような知的生命体が存在するのか?まだまだ分かってないことも多いんです。異世界学というのは」

「そういえば確かに...なんでこっちの世界でも日本語が通用するんだ...?文字も...」

「その辺はまた追々、とにかく1から10は生まれない。まず確実に9に匹敵する何かを失ってこそ1は10になることが出来る」

「質量保存の法則ってやつ?」

「原理は同じですね。二つの世界を跨ぐにあたって何が必要だと思いますか?世界を跨ぐだなんて馬鹿げた理屈を可能にするために、いったいどんなエネルギーが消費されると思いますか?」


 じゃらじゃらとガラスの向こうでメダルが一気に滑り落ちる。やかましい音があちこちから響く中、二人の周囲の空気だけが異様に冷え切っていた。空調の故障かと思うほどに、寒い。もう夏も終わり徐々に涼しさが増していくという時期だった。この悪寒の正体が空調や冷風といった物理的なものじゃないことくらい、大和でもわかる。

 大和に問うホードの表情は真剣だ。


「まさか、それが」

「そう、世界の要素。異界の勇者と異界人の違いというのは、要素を引き継いでいるか失っているかで分けられます」


 以前からヒントはあったはずだ。手繰り寄せれば着実に答えに行き着くはずのヒントが。

 もしくは王国側が意図してヒントを隠していたのか、どちらにしてもあくまで元学生の椎滝大和の手に負える話ではないのは確かだ。それどころか日本で現役の学者だろうとこの題材を紐解くのは難しいだろう。

 いつの間にかメダルを投入する手の動きも止まっている。息を吞み、次の言葉を慎重に待つだけの時間が過ぎ去っていく。

 

「通常偶発的に発生する次元の穴を通過する時点で世界の要素は消費され、失われます。ですが要素に変わる何かを消費したら?わたってくる異界人は要素を引き継いだ状態で新たな世界へ渡ることが出来るのでは?そんな考え方から生まれたのが通称『3.S.u.(スリーエスユニット)』正式名称second season Sagittarius......ヘブンライトの魔科学兵装です」


 要素に変わる『何か』を消費することで『世界の要素』を保持したままの異界人を呼び込む装置。つまり車が走るためのガソリンの代わりを移動先で用意することで、ガソリンを全く消費させずに車を移動させるという無茶苦茶な理論だ。或いは暴論とも呼べるそんな過程を得てこの場に存在するのが自分なのだから、間違ってるのは否定する自分たちの考え方なのかもしれない。

 気付けば大和は、自分の手首の辺りを見つめていた。黒と白が螺旋を描く形状のミサンガ。日本で学生を謳歌していた頃から肌身離さず身に着けていた恩人の痕跡は、今では『万有引力テトロミノ』の依り代だ。数少ない日本由来の現物は二十年以上も自分の傍に在り続けたというのに汚れ一つない。


「...要素は大和さんたちの世界そのもの。森羅万象から生命無機物にまで平等に存在する要素は異なる世界に存在することはできない。もし同じ世界に二つの要素が両立してしまえば、それはもうA世界でもB世界でもなくなってしまう」

「なるほど、な。だから異界の勇者。地球の要素を持ってきたからそいつが異能やら身体能力やらに変換されると」


 そこだけホードは無言で頷いた。

 知ってみれば何もかもあっけない。クラスメイトの誰かが言ったような『俺たちは選ばれた勇者なんだ!』なんて運命的な要素は含まれず、ただ単に『運が悪かった』だけ。人選は別に誰でもよかったのだ。偶然にも自分たちのクラスが目標に定められ、勇者とは名ばかりの国家の犬にまで成り下がり、都合のいい戦力の一部として戦場に駆り出された。それだけのことだった。

 その後ほとんど話すことも無いまま三人で出たゲームセンターの入り口に少しばかりの寂しさを抱きながらも、三人は自分たちの泊まる客室へと帰路につく。どうやら例の競馬ゲームで大負けしたらしいシズクが使い果たした小遣いをホードにねだった結果取っ組み合いの喧嘩に発展しかけたりもしたが、これはまた関係ない話だ。

 それよりも。

 大和の頭の中でぐるぐると回り回る日本のころの記憶はどうしても消えそうにない。

 それは『椎滝大和』を語る上では決して無くしてはならず、本人も消えてほしくはないが今だけは思い出したくない、という様子だった。過去に縛り付けられて一生を終える人がいるように、大和の心はブルー一色に染まる。


 作戦結構まで残り二、三時間というタイミング。

 夕飯も(また一人だけ異常な量を)食べ終えた『箱庭』の面々。重く禍々しい大剣を素振りする少女とベッドに腰掛けタブレットを指先で操作する少年に混じって大和も得物の手入れをしていた。

 それはどうやら小振りのナイフのような見た目で、峰に沿って真っすぐ筒状の銃身が取り付けられた遠近両用の魔装だ。これも数日前にホードから支給されたばかりのもの。包丁程度の刃物しか扱ったことのない大和にはどうしても慣れない代物のようで、扱い方に四苦八苦している最中だった。

 身の丈ほどもある大剣を片手で軽々と振り回す少女から教わったのは刃物の持ち方程度。振り方はおろか()()()()()すらも会得しきれてないような『異界の勇者』は、この飛行船に乗ってから何度吐いたかもわからないため息を繰り返す。


「......ヤマト、気持ちはわかるけどそうため息ばっか吐くもんじゃないわよ?幸福がどこかに逃げていっちゃう」

「短いようで長い人生ももう28年目、幸せは逃げに逃げ続けて追いかけるのもしんどくなってきたさ」

「たった28年生きた程度で何悟ってんの」

「うるさいおこちゃまめ」

「なんですって!?」


 登っていたことに気が付くころには転げ落ちるを繰り返した。

 そう言えば、故郷に残してきたみんなは今頃どうしているのだろうか。時系列がアリサスネイルと同じなら今頃社会に進出して立派に働いてるだろう。

 もう戻ることは叶わないとわかり切ってるからこそ、より一層辛くなる。いっそのことこの世界に渡る瞬間に、全ての記憶を失いたかったとも。


「苦労無くして成長なんてしないでしょうに。大和さんほどの苦労人ならきっと大成長するでしょうよ」

「現在進行形の苦労人に言われても説得力がががが」

「自分で言ってて気づきましたけどなんだか虚しいですね...」

「人生なんてねー。もっと楽観的でいいの!楽しく楽しくで生きてりゃいいことあるある」

「「お前は楽観しすぎだおこちゃま」」


 ガジャンッ!!と大剣がほっぽりだされ大きな音を立てたかと思えばシズクがホードに飛び掛かる。

 しかし行動を読んでいた苦労人ホード・ナイル。

 ベッドの上でひらりと身を躱すと、同時に力量の不利を考えてか関節技を決めにかかった!しかしあまりにも非力、ものの三秒足らずで逆に拘束されたホードがばんばんとベッドを叩いてギブアップを粘る隣のベッド。大和は楽しそうに笑う。しかし悲しいかな。とってもとっても笑い事じゃないホードに関しては簡易アームロックの一丁上がりである。


 そう言えば関節技というのは確か体格的に雲泥の差がある少女と大男でも極めて有効だとかなんだとか本で読んだことがある。

 ほぼどうサイズの少年少女に意味がある知識かどうかは判断しかねるが、珍しく大和が真面目に状況を観察すると同時に思考を巡らせている間にも、不遇で苦労人な海獣族の少年の関節はギチギチと悲鳴を発している。

 いや違った。

 悲鳴を発してるのは本人だった。


「ギブアップ?」

「ノ...ノオォォォォォォォ........」


 唐突にホードのタブレットが着信音を放つ。

 今もなお拘束され続けているホードの代わりに通話に応じた大和が聞いた声は、確かニコンとか言う顔も知らない箱庭本隊の人間(?)だった。声を聞いてすぐに変わろうかとも思ったが、どうやら向こうもそれほど焦った様子はないので下っ端の自分でも大丈夫と判断する。

 そう言えば『箱庭』は奇人変人の集まりだと散々聞いていたが、声と話を聞くだけなら一軒まともにも見える電話越しの彼もやっぱり残念な二人と同類なのだろうか。


『ああ、大和か。そっちの様子はどうだい』

「依然変わりなし。ホードがシズクに関節決められて半泣きになってる」

『そりゃ確かに変わりなしだ。そうじゃなくて組織のほうだよ』

「吐かせた奴らに付けといた小型カメラの様子によるとそっちもこれといった変化はない」

『ならいいんだが、実はこっちから観察してる本隊に不穏な動きがあってな』

「不穏な動き?」

『通話じゃ傍受される可能性もあるんで詳しくは言えねえが、まあともかくそっちも気を付けてくれ。それとキャッテリアからシズクに伝言だ』

「私?」


 半泣きっていうかもう三分の二くらい泣き始めてるホードに依然として関節を決めたままのシズクが突然名を呼ばれて反応を示した。


夏夜の夢の王(オーベロン)は使用禁止だ』


 ゴブオオォォォッッ!!と。

 通話の片手間にお茶を飲んでた大和が噴き出した。


「げぼっげっ、がはっ...お、夏夜の夢の王(オーベロン)って言えば行きの船でシズクが振り回してた大剣のことだろう!?なんでっ、使用禁止!?えっじゃあ、シズクって戦えるの!?」

「あら、私が大剣振り回すだけの怪力キャラとでも思ってたの?」

「正直に言えばそう」


 実はホードがテロリストが乗り合わせた飛行船である程度の冷静さを保てていたのは『箱庭』...特にシズクの戦力に信頼を置いていたからでもある。例えてみると怖い不良がたむろってるコンビニも、全身筋肉武闘家の後ろにくっついてるから安心だ!といったところか。

 現在大和の意気込みはなんと『虎の威を借りる狐でも何とでもいえ』から『帰りたい』に逆戻り。

 どんな手段でも俺は絶対に生き残る!くらい言ってほしいものだと少女のささやかな望みは彼方へ消えていく。


「でもやっぱり?薄々わかってはいたのよねー。豪華フェリー程度ならまだしもトウオウの巨大飛行船...流石にこうも()()()なると。痕跡もばかにならないし」

『そういうことだ。まあそれ抜きにしてもアンタならどうにかなるだろ』

「まあね」

「本当にどうにかなるんだよな!?『俺たちの旅はここからだ!』した直後にテロリスト共々爆死とか笑えないからな!?」


 やっぱり臆病が蒸し返してきたチキン大和。ようやく解放された半ベソホードを除く全員があっけらかんとしてる中、一人だけ慌てふためきチキンっぷりを見せつけている。大和はナイフ型の魔装を改めて握ると、使い方を学ぼうとしているのか、裏返したりよく眺めたりを繰り返す。触れた物質の高さをある程度自由に変更する異能を持つとはいえ、中身はやはり一般人ということか。


 仮眠を取ったとはいえ眠気が残る。テレビの番組表がバラエティで埋まり、徐々に人も眠りにつく時間帯。カチッ......カチッ......と秒針が傾き、どっかの誰かのせいで静まり返った室内。その一撃は唐突に、そのうえ鋭くあるべきだ。

 あわよくばやっぱり逃げてしまいたいと考える糞ったれチキンハートを貫く一矢が放たれた。


「...最近結構思うようになったのだけれど」

「え?」

「ヤマトってよくそれで『異界の勇者』として戦場に立ってられたわね」


 通話越しに誰かが小さく頷いているような気がした。シズクは呆れ顔で、ホードはピクピクと震えたままベッドに俯いている。

 やめろ。

 そんな視線を俺に向けるな。



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