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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
81/268

devil at mealtime



「さっきあなたたちに飲ませたカプセルには特製の薬品が入ってまして、我々のことをほんの少しでも喋ったり?あるいはあなたたちが提供した情報に間違いが含まれる場合はこっちから遠隔操作できることをお忘れなく。内臓が内側から膨張して徐々に死んでいく...なんて嫌でしょう?」

「は、はい...」

「わかったら行け」


 振り返ることなく逃げるように走り去るテロリストABの背中を見送った『箱庭』の三人、一曲も歌っていないのにカラオケボックスの支払いを済ませると、大和はあまりいい気分とは言えない早朝の空気を吸い込んで暗い表情になっていた。

 まさか早朝からあんな凄惨な光景を間近で眺める羽目になるとは。『箱庭』は裏の組織と聞いた時から覚悟はしていたが、いざ起こってみるとどうしても気分なんて晴れるわけもない。仮初とはいえ『異界の勇者』として戦場を潜り抜けた中でも、きっと裏側では同じようなことが起こっていたに違いない。

 ブルーな気分の大和は他所に、『箱庭』のちびっこ約二名はあっけらかんとしていた。肝が据わっているというかなんというか、悪い意味で人間離れしている二人には毎度の如く驚かされる。


「帰しちゃってよかったの?」

「欠員が出ると怪しまれますからね。あれだけ痛めつけておけばもう向かってはこないでしょうし」

「それよりこれからどうするつもりだ?聞きたい情報は聞き出せたんだよな?」

「十分とは言えませんけどね。とりあえずニコンたちに一度連絡を入れたうえで...」

「朝食にしましょう!!」


 空気を読めない副リーダーのご意向によって一行はバイキングレストランへと向かうことに。とりあえず道中連絡を挟むが反応は予想できる。本当に必要な情報を抜き出せたか、パーセントにしても30届かない程度だろう。この程度の情報では本隊も動くに動けない状況が続いてしまう。最悪、またホードのような追いかけっこを繰り返すことになるが...


(となったら、今度は俺がやんなきゃなんだよなあ...)


 せっかくの高級バイキングレストランだ。ネガティブ思考に揺れそうになることを考えるのはやめよう。

 到着次第例の如く、一番大人っぽいと理由で受付を任された大和が席に着くころには既に大皿が何枚もテーブルに並んでいた。しかも朝食だというのに左から肉、肉、肉、卵、肉じゃあないか。なんだか見てるこっちまで胃が持たれそうだ。


「よく朝からそんなにがっつけるな...」

「食べれるうちに食べなきゃ損よ損」

「組織内の食費の7割はシズクが原因ですけどね!財布カツカツですけどね!」


 一方ホードはと言うと野菜のスティックをぼりぼりとかじっているようだ。大和も自分の皿にある程度の料理を詰め込み席に戻ると、なんだかシズクの皿が増えてるような気がしなくもないが放っておいてせっかくのバイキングを楽しむことに。

 とはいえだ。

 唐突に出てきた『異界人』なんて単語が頭からそう都合よく抜け落ちるはずもなく。

 頭の中をぐるぐると渦巻くテロリストAの言葉を忘れようにも忘れられず、皿の上を彩る料理にフォークを持っていこうとした時だった。

 外面では平気を装っても、心境穏やかじゃないことくらい二人はお見通しだったらしい。


「あのテロリストの言ってたこと気にしてるんでしょ。顔に出てるわよ」

「...むしろ俺の立場じゃ気にするなって言うほうが無理というか、どうしても気にしちゃうというか...なあ、俺たち『異界の勇者』以外にも異世界からやってきた人とかいるのか?」

「そりゃいるわよ」

「いるの!?」


 ガタンッ!といつかのようにテーブルが揺れて、危うく端の皿が落ちるところだった。

 異世界生活10年ちょいの新事実は大和を仰天させることなんて容易いようで、ホードに至っては『今までそんなことも知らされてなかったんですか?』みたいな顔をしてるのが若干むかつく。

 今までヘブンライト王国側に『異世界から訪れる人物は貴重ですから、我々が責任もって保護いたします』的な感じの待遇を受けていたのにそんなあっさりと否定されるとは思っていなかった。急に音を立てたせいでいつものように周りからの視線が痛かったが今はそんなこと気にしている場合でもない。


「最近は特に多いわね異世界人。ヤマトと同郷の人も結構いるわよ」

「同郷!?それってなに地球人!?日本人!?えっそんな結構な頻度で異世界転移って起こるものだっけ?俺が受けた説明ではなんか魔装で無理やり穴をこじ開けないと無理だとかなんだとか聞いてたんだけど!?」

「それは『異界の勇者』の話でしょ。一般人は別、逆にこっちから異世界に連れていかれてる人だっているにはいると思うわよ」

「もう俺何を信じて生きていけばいいのかわかんなくなってきそうだよ...」

「これは大和さんのために一度具体的な説明を挟んだ方がよさそうですね」


 ため息までつかれてこっちが悪いみたいになってるが今まで説明もなかったうえに外部とのあれこれを絶たれていたのだから大和は悪くない。確かに日本の知識のせいで『異世界転移と言えば希少』なんて見解を押し付けていたかもしれないが。

 野菜をフォークで突き刺してもぐもぐと頬張るホードのタブレットが一人でに画面を移し替える。


「まず大和さんは並行世界という概念をご存じですか?」

「世界は一つだけじゃなくて、いくつもいくつも隣に並んで進んでいるってやつだろ?」

「そう、例えばアリサスネイルをA世界、大和さんの元居た世界をB世界とでもしましょうか。A世界とB世界は隣り合う異なる次元。しかし世界という超巨大なシステム全体が完全に調和しているわけでもなく、ちょっとした衝撃で簡単に空間はほつれ、時間は捻じ曲がり、二つの世界に穴が開いてしまうことがあります」


 画面に映し出されたまるで映画のようなCG映像の中では、二つの惑星に黒いトンネルのようなものが無理矢理接続されているようだった。違う太さのパイプを無理やり連結したような違和感。


「これが一般的な『異界人』の世界間転移のシステムです。大和さんも元の世界で聞いたことはありませんでしたか?神隠しだとか、突然行方不明になった人の話とか」

「まさか、それが?」

「全部がそうとは限りませんが、一部は()()に巻き込まれて世界を跨いでしまったんでしょうね。そして今度は『異界の勇者』の場合ですが...」

「違いは簡単よ、世界の記号を持つか持たないか」

「世界の記号...?」

「簡単に言うと、その世界特有の要素のことです。大昔の異世界について研究を進めていた研究者が残した言葉によると、隣り合ういくつもの世界にはその世界特有の記号があるらしいんです」


 どうも話が難しくなってきた。

 一般的な学歴の自分がこれ以上聞いて頭をパンクさせないか心配だ。食べてばかりのシズクもたまにわかりやすい説明を入れてくれるのは助かるのだが、説明込みでも何もかもが壮大な話だった。


「炎は同じ時間にいくつも存在するわ。どれも同じように見えても実は全部違う。炎の規模、燃やしてる物体、どんな使われ方か。A世界にはA世界だけの、アリサスネイルにはアリサスネイルだけの見えない『記号』があるって考え方ね」

「もちろん世界間転移に関しては他にも様々な説はありますが、最も信憑性が高いのは記号説なんですよ」

「は、はえー...」

「ちゃんと付いてきてる?」

「なっ、なんとか...」


 それで記号がどう『異界人』と『異界の勇者』に関連してくるのか。映像のおかげもあって何とか理解は追いついてきたものの、根本的に理解力というか話を紐解く力が不足しているというか、何となくで理解するだけでは無理があるようだ。スーパーコンピューターでもなければ理解力を高める異能か魔法でもあればよかったものの、基本的に誰かに頼りっぱなしの大和さんはどうあがこうとも大和さんだった!

 ん~...?と呻くばかりの大和を見て何となく心情を悟ったらしいホードも、どうにかして理解させようと色々考えてくれているらしい。互いに首を傾ける男どもを放っておいてサブリーダー殿は相変わらずの大食漢ぶりを見せつけている。結局これ以上優しい説明を諦めたホードは今までの過程をなかったことにして説明を続ける。

 心の中で悲鳴を上げることしかできない大和もどうにかなることだろう。


「それで、その記号?ってのがどう関連してくるんだ?」

「炎は燃えたら二酸化炭素を撒き散らします。煙も灰も生まれる。記号は世界全体に含まれると同時に、世界全体と影響を及ぼしあっている。その世界の全ての住人どころか森羅万象すらも世界の記号を含むことになるというわけです」


 画像がさらに変化する。

 全体的に青から緑へ、あちらこちらの風景写真のようだが見覚えのある風景なんて一枚だってない。当然といえば当然だが、長いことヘブンライトから出ることを許されず、半ば夜逃げのように城を勝手に抜け出して旅行する予定だった大和がアリサスネイルの地名や参考画像などに目を通してるはずもないからだ。

 一応必要最低限の知識は与えられていたとはいえ、どれもこれも戦争や国家の内情だとかとても表沙汰にできる内容ではなかったはず。無理はないというより大和に非はない。

 そこからは早いようで、雪崩れ込むように知識の地滑りが起こっていた。

 

「ちょちょっ!ちょっと待った!」

「?」

「聞くのに夢中で全然朝食を楽しめてない!話の続きは飯の後ってことで俺もなんか取ってくるよ...」

「まだ三分の一にも達してませんが...仕方ありませんね」

「あっちでね、世界の肉尽くしってのやってたわよ!」


 一時的とはいえ何とか脱出に成功。

 最初に聞いたのも追及したのも大和だがこのままじゃ本当に脳みそがショートしかねない。

 色とりどりな料理が底の深いトレイに入った状態で立ち並ぶのを小さめの取り皿片手にうろついて見て回ると、どうやら見た目は日本食に限りなく近い料理もカバーしてたらしい。見た目完全にジャパニーズOMUSUBIの白米を三角形に握り海苔を撒いたアレが陳列されていた。トレイ前の表記を見るになんと中に具材が入ってないらしく、そこだけは少し残念ながらも二つほど自分の取り皿に移す。


(急に話が飛躍してきたよなぁ...)


 ぼんやりしながら今度は卵と野菜を炒めて味付けした異世界特有の料理をよそう。異世界の食文化にも随分となれたものだ。

 急に自分たちがこの世界に呼ばれた理由を語られようにも自分でもまだ気持ちの余裕がないらしい。試しにいつものように笑ってみようとしてもうまくいかない。


(王国にいた時はなんか、自分たちは選ばれてここにいるって教えられてたんだっけ)


 今思えばあの妄言も『異界の勇者』という存在の首を繋いでおくための鎖に過ぎなかったのだろう。そして自分は運よくその鎖を断ち切ることが出来ただけで、王国にはまだかつてのクラスメイト達が残されているということも再認識させられる。

 十年前の自分では想像すらできなかっただろう。

 親に見放されて施設育ちの自分が少しもひん曲がることなく、普通の高校で普通の生活を送れていたのがどれほど幸福だったか。またそんな自分たちが異世界に飛ばされたうえ勇者として破格の扱いを受けたと思えば本当は国に利用されていただけで、挙げ句の果てには恋人すら戦争で失うことになるなんて。

 あの時は何度も自分で命を絶とうとしたものだ。

 結局は誰かに止められ、今もこうして新しい道を切り開いてはいるが、現代にいた頃のまだ普通だった大和はこんな未来を知ればどんな反応をするだろう。

 雫を守れなかった自分を責めるか、己の未来に泣き崩れるだろうか。自分らしくもないことを自覚しながらも、そんな考え方ばかりだった大和はいつの間にかシズクに推されてた『世界の肉尽くし』コーナーにふらりと立ち寄っていた。

 あちこちのトレイにはただ肉を焼いて味付けしたモノから他の食材も使った手の込んだモノまで様々だ。


「うっひゃー...シズクが言ってたのってこれかあ。えっとワニ肉シカ肉コウモリ肉にカエル肉ゥ?世界の肉尽くしってかこれじゃ世界の珍味尽くしじゃないの?」

「どれも美味しいわよ」

「あんたは食えりゃなんでもよさそうだ」

「そんなことないわ。味にもこだわりがあるの」


 迷う大和の背後から大皿の追加を取りに来たシズクが声をかける。どうやらあれだけあった大皿の料理をすべて食べ終えてしまったようで、その上まだ食べるらしいからこの体のどこにあれだけの量が収まるのか不思議でならない。

 とりあえず一軒まともに見えるシカをチョイスした大和が自分の更に乗せる。隣でキラキラと目を輝かせる少女が皿から零れ落ちそうなほどの肉を積み上げていた。


「それにカエルやコウモリだって慣れれば美味しいわ。あっちの人は私みたいにお肉全種類コンプリートしてるしほら見てあそこの席の人、大量のコウモリ肉にバクバクとかぶりついてるじゃない」

「こらこら指さすな。物好きはどこにでもいるもんだな」


 聞こえないように小さく呟く青年の影で、何処かの誰かの耳がぴくりと動いていた。



諸事情につき9月から更新ペースが少し下がります

ごめんなさい

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