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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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torturer boys



「いてっいてててててて!?ちょっ、もうちょっと優しくお願いしますよ!」

「男なんだ、これくらい我慢しろ」


 そう文句を垂れながら目付きの悪いミサンガ青年椎滝大和に包帯を巻いてもらっているのは、何とか敵対組織の人間を捕獲することに成功したホード・ナイルだ。テレビとマイクとスピーカー完備で、いつでもどんな曲でも歌える割と広めのカラオケボックスの中。ホード達の向かい側で手足を縛られ猿ぐつわを付けられている男たちも、今となっては頼りになる装備もすべて剥ぎ取られ、日本式正座に近い形で黒っぽい座席に座らされている。まだ朝早いので客が少なかったのは幸いだった。巨大飛行船タイタンホエール号の数ある娯楽施設の中でも、トップクラスに向いている(・・・・・)設備に入り込むことが出来たのだから。

 ちなみに保護者役で受付を済ませた椎滝大和は、大の大人二人を引きずるちびっことロープやらなんやらを携えたちびっこを連れているせいかスタッフから通報されかけたのだが、何とかなる時は何とかなるものだ。何とかならなかったらそれこそ終わりだったのだが。


「それにしてもよく逃げ切れたな、例の異能?」

「あいたたたたた!そっそうなんですけど...」

「『未来探索ストークエイジ』だっけ?便利なもんだなあ」

「敵の前であまり情報を出すのはあっ待ってください優しく!」

「はいはい」


 カラオケボックスの防音壁に若干12歳程度の少年の悲鳴が轟く。もう叫びとか悲鳴とかじゃなくて、轟いていた。医学にそれほど詳しいわけでもなければ治癒術師でもない『異界の勇者』椎滝大和がとりあえず消毒液をしみこませただけのハンカチで傷口を触るたびに薄青髪の少年がびくりと体全体で反応するものだから、大和もそれなりに気を使うのだ。

 何とか首と二の腕に包帯を巻き終えると、テロリストのほうを監視していた凶悪なほうのちびっこが振り向いた。


「いつも思うんだけどあんたは大袈裟なのよ」

「あなたは痛みという概念すらないからそんなことを言えるんですよ!人は斬られれば痛いし殴られても痛いんです!」

「まあまあホードも落ち着いて、それより今は優先すべきことがあるだろ」

「そうよ、興奮すると傷が開くわ」

「こいつ...!」

「さーて、こいつらどうしてくれようかしら」


 舌なめずりする少女の視線の先に座らせらていたテロリストの一人は、ただひたすらにこちらのほうを睨みつけている。二人とも銃も空気の刃を飛ばす魔装も取り上げられたので体内に爆弾でも仕込んでいなければ、三人に害をなすことすらできないだろう。

 それに今から行われるのは拷問だ。

 カラオケボックスを場所に選んだのも理由がある。

 まずは何と言っても防音処置がしっかりしている施設といえば、飛行船の中ではここくらいだったことだろうか。一応一般客室も防音壁で客のプライベートを完全ガードするらしいのだが、自分たちの寝泊まりする部屋を血や体液で汚したくないと理由で却下になったという経緯が挟まれていた。


「シズク、やるのは僕です」

「わかってるわよ」


 今回も新人の大和は背後で見ているだけだが、本来はホードの追いかけっこも自分の役割だったと考えると穏やかではない気持ちになった。そもそも飛行船内の全体図を完璧に把握しているわけでもない自分がホードの立場だったなら。果たしてこんな風にうまくいったのだろうか。


 いつの間にか例の禍々しい大剣を片手に持つシズクが狭いカラオケボックスの中でブンッ!と空を斬る。すると捕獲したテロリストの口を塞いでいた猿ぐつわがすっぱりと縦に切断された。過程を得て二人のテロリストの反応も違ってくる。空気の刃を飛ばす魔装を使っていたほうのテロリストは相変わらず三人を睨みつけ、もう一人は表情に怯えを含んでいた。

 さて。

 拷問と一括りに言えども、その種類も質も実に多種多様だ。特に魔法や呪術の存在が大きいアリサスネイルにおいて、拷問はどこにでも付きまとう身近な存在でもあったりする。そして今回ホードが取り出したのは、


「......音楽プレーヤー?」


 睨んでいる方の男が小さく呟いた。

 その口調には『そんなものでこの俺たちから情報を抜き取るつもりか?』という余裕が聞いて取れる。

 海獣族という点を覗けば町中を走り回る子供と遜色ない少年はというと、あくまでも笑顔を浮かべたまま佇んでいた。ただ相手にはこの少年の笑顔がどんなふうに映っているのか。子供の無邪気な笑顔と取るか、それとも『箱庭』の一員の顔と取るか。


「ええ、ただの音楽プレーヤーですよ。市販のね」


 その笑顔は、見ているだけの大和からはむしろ邪悪とも取れた。思わず自分と同じように傍観を決め込んでいるシズクに詳細を訪ねてしまうほどに、とてもホードの音楽プレーヤーと拷問は一つの線で結び付けられない。


「(えっなに?ホードのやつ凄い怖いんだけど。何すんのねえ近くにいるだけの俺たちに害とかないよねねえ!?)」

「(黙って見てて)」


 言われた通り黙り込む。

 黙って見ていると、ホードがポケットからイヤホンを取り出して音楽プレーヤーに接続し始めた。円形のボタンをカチャカチャと親指で操作すると、おもむろにイヤホンを睨みつけてるほうのテロリストに嵌める。それも例の如く笑顔のままで。テロリストのほうも首だけで抵抗しているようだが、両手足を縛り付けられ一切の自由が利かないので抵抗虚しく、イヤホンが耳から外れないようにしっかりと装着される。

 ここで、ホードが音楽プレーヤーの画面を覗きながら独り言のように話を始めた。登校中に音楽を口ずさむような気軽さに混じった少年が人をいたぶることなんてできるのか。不安げにその光景を眺めているだけの大和の余計な心配のようだ。

 何故なら彼は大人が嫌いだから。

 もっと言えば、命を軽く見ているから。

 嫌いな人物なんてどうとでもいいと思うのは人間の潜在的な意識に内包される感情でもある。誰だって自分とは関係ないところで起こった事件も事故も『大変そうだな、でも自分はこんな風にはならない』で捨て置ける。ある意味『異界の勇者』や半不死性の人間なんかよりよっぽど人間らしい。


「組織の人数、目的、統率者の名前と咎人であれば異能、魔法使い或いは呪術師錬金術師なら術式の詳細は?」

「誰が答えるか」

「......人間の脳みそって実は結構簡単に誤作動を起こすものなんですよ。それも触覚や痛覚...嗅覚や聴覚とか視覚なんかの五感を通すと余計に」


 明らかに動揺していた。ホードがではなく、テロリストAが。明らかに、自らの危険を敏感に察知している様子があった。


「...は?な、なに言って」

「あなたもこんな世界に入ったんだ。これくらいの覚悟はして当然ですよね?ちょっと苦しいかもしれませんけど頑張って生きてくださいね」


 言ってる意味が分からない。

 意味こそ分からないが、雰囲気だけで不穏な気配は伝わってくる。イヤホンを装着させられたほうのテロリストもいよいよ焦りが表情へ剥き出しになってきた。

 追いかけてる最中は気付きもしなかったが、きっとこの小僧は狙って俺たちを優位に立たせていたんだ。そうすれば俺たちは自分たちだけで解決できると思い込んで仲間へ連絡することも無いだろうし、何より余裕を持てるから咄嗟の出来事に油断しやすくなるから。この小僧が言うように自分たちも拷問くらい覚悟はある。覚悟はあるが、耐えられるかどうかと聞かれれば不安はぬぐえない。リビングで突然小指をぶつけるよりも、『これから小指をぶつけます』と言われてからだと痛みに対する恐怖は跳ね上がる様に。

 来るとわかっている苦痛に耐えられる自信はない。


 一方でホードは楽しんでいる。

 リズムに乗る様にカチカチとボタンを操作するたびに、変化が無い表情の裏側では目に見えない黒い何かが蓄積していくのを自分で感じているほどだった。

 まずイヤホンの音量を確認する。適切な音量まで微調整を繰り返しながら辿り着いたら、今度は円の中央のボタンを押すだけだ。このボタンを軽く押し込むだけで、彼らの苦痛と引き換えに望む情報が手に入る。

 そしてホードは躊躇わなかった。

 カチッ!と。


「あがっ?あ、あ、あ、あえっえええおええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」


 ボタンを押すと同時にとても人間が発する声とは思えない叫びがカラオケボックスに充満する。

 体に電流を流されたように痙攣をおこすテロリストAは口から泡を吹き、目も虚ろに天井へ向けられていた。なによりも、隣で仲間が狂っていく様をまじまじと見せつけられたテロリストBは涙目どころか今にも狂気が伝染しそうなほどに怯えた様子だった。それどころか何も知らない新入りすらもかなりビクついているようだ。

 張り合いがないと感じながらも、これも仕方が無いことだ。


「どうですか?意図して一生分のトラウマを誤認させられた気分は。聴覚というのは脳に直接つながる回路の一つですから、パターン化されたいくつもの普通の超音波を組み合わせるだけで記憶の奥底を沈殿する過去の恐怖を一気に掘り起こすことだってできるんです。それこそ?繰り返せばストレスで突然死してしまうかもしれませんが」


 大和は正直に思っていた。というか危うく口に出すところだった。

 『なんだこいつえげつなっ!?』と。まさか一か月以上も隣にいた奴がこんなえぐいことをこんなにも平然とやってのけるとは思っていなかった。いやまさか、そんな『ちょっと小腹がすいたのでコンビニ行ってきますね』見たいなノリで脳みそに直接ダメージを与えてくるとは思わないじゃない。誰だってこんな優しそうな少年が気軽にカラオケボックスで見たことも聞いたことも無いような難しい拷問始めるような奴だとは思わないじゃない!

 あの時敵対しないで本当に良かった。

 『箱庭』が自分の捕獲目的で接触してきたのなら、危うく自分も()()なってたかもしれないと思うと悪寒が止まらない。


 一瞬にして大和が一か月以上もの時間をかけて構築してきたホードのイメージががらがらと崩れ落ちていく中、当のホードはさっきのようにボタンをカチカチと親指で操作して音の再生を中止したらしい。と思えば今度は別の音楽を再生し始めたらしく、途端に泡を吹いて気絶寸前だったテロリストAは我に返ったように意識を取り戻した。

 取り戻したのだが、今までの態度と打って変わって酷く怯えていた。


「あっああっ!な、なんっなんなんだ!なん、なんなんだお前ェ!?」

「『箱庭』ですよ」


 またいつかのようにホードは答えた。


「子供のごっこ遊びじゃないんだ。僕たちだっていろんな責任がこの仕事に掛かっている」

「『箱庭』...だって...?そんな、あ、ああっ!!」

「他にもいろんな音声がありますけどこれなんてどうですか?記憶の混同、ミキサーで混ぜられたみたいに自分の思い出がごちゃ混ぜにされて本来はあり得ない記憶から恐怖を植え付けられる」


 拒否権などなく、再び押し込まれたボタンは更なる叫びを誘発させる。

 大和にはテロリストAの叫びは獣の咆哮のようにも聞こえた。びぐんびぐんと体を細かく震えさせ、失神まであと一歩のところで再び意識が覚醒させられる。喋るべきは喋れとでも言うように、何度も繰り返されるまさしく拷問を普通に眺めてられるシズクやホードの気が知れない。テロリストBはさっきから『次はお前だぞ』と言外に視線を送る海獣族の少年を地獄の鬼でも見たような表情で恐れているようだ。

 あれってどういう仕組みなんだ?みたいな表情を浮かべていたからだろうか。近づいたシズクも流石に苦笑いを浮かべている


「(超音波って聞いたことあるでしょ?目が見えないコウモリとかがソナー音のように跳ね返ってくる自分の声を捉えて飛ぶとか、病院で精密検査するときに使われる奴。ホードはいろんなパターンの超音波をプレーヤーに保存して組み合わせて、聴覚から脳機能をダウンさせたり活性化させたりできるの。正確には周波数を変えて脳内の水分を振動させたり脳内物質の分泌を操作してるらしいわ。と言っても『未来探索ストークエイジ』在りきの技術らしいだけど)」

「(なるほどよくわからん)」

「その反応が普通よ」

「次はこれで行きましょう。異常なまでの快楽。エンドルフィンの過剰分泌によってもたらされるこれまでにない多幸感は逆にあなたを狂わせる」

「まっ、まっで!じゃべる!しゃべるがらぁ!」

「ホードってば、ありゃ相当キレてるわね」


 カチッ!と。

 問答無用で三度目のスイッチオン。

 聞くに堪えない獣のような咆哮も同じく三度目。しかしようやく気が済んできたのか、今回は短めで終わらせてもらえたのでテロリストAの症状も軽い。いたぶるのもこれくらいにしておいて、そろそろ本題に入るべきだと考えたらしい。見せつけるようにスイッチに指を当ててプレーヤーを左右に振りながら、ホードはもう一度問う。


「それで?組織の人数、目的、統率者の名前と咎人であれば異能、魔法使い或いは呪術師錬金術師なら術式の詳細は?」

「のっ、ごの飛行船にい...乗り込んでるのはごひゃ、ごひゃくにん!くらい?目的はおれだぢ下っ端には知らざれでない...もう、もう許してくれ...」

「その程度の情報で我々が満足できるとでも?」

「まっまっで、わかった!えっと、えっと、おれだぢのリーダーとメンバーの何人かは()()()だ!どうだ!?これでいいだろ!?」

「俺たちは雇われたんだ!トウオウに恨みを持つ奴らが数年かけて集められて、それで俺たちは指定された場所にあの変な爆弾を設置しろって言われてっ...!あのリーダーに!」


 スイッチを押し付けられたテロリストAに同調するように補足するテロリストB。

 テロリストを除く『箱庭』の三名のうち若干一名の目付きの悪い青年が小さく呟いた。意外なことにも出てきた単語が示す内容は決して三人に関係ないものではなく、見過ごすこともできるはずもなく。先程までとは反転したように静寂に包まれたカラオケボックスの時計はもうじき7時を指し示す。

 こいつらが言うことが正しいかどうかは今は判断しかねる。ともあれ真偽定かでないにしろ情報は樹海の中で道を指し示すコンパスに等しい。『異界人』、『トウオウへの恨み』...ホードとシズクの二人が反応したのは後者なのに対して、自然と大和は自分の境遇と重ね合わせることで前者に対する疑問を投じていた。


「異界人、だって?」



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