表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
79/268

observe attachment



「うっ」


 一歩たじろいで、ホードはしまったと素直に自分の失敗を恥じていた。まず考えなしに外から中を観察することもせず扉を開けてしまったことと、それからリアクションしてしまったことだ。

 ホード程度の外見年齢であれば、誤って迷い込んだ子供を装うこともできただろうに。リアクションしてしまったということは、相手が何をしようとしているのか知っているということだから。

 それが何よりもヤバい。

 相手がホードを敵として認識するための条件がそろってしまっているのが、何よりもまずい。

 動力室の内部はとても広い作りになっていて、まずこの広大な飛行船内部の最下層はまるまる全て動力室に割り当てられている。何処を見ても光沢を放つパイプやメーターがぎっしりと詰め込まれ、道は人一人がなんとか走れる程度の横幅だ。しかもその道を塞いでしまっているのは今まさに爆弾を仕掛けようとしている敵で、逃げ道はホードが通ってきた背後の扉だけ。

 汗を浮かべるホードに対して、目の前の真っ黒な軍用スーツの男はゆっくりと立ち上がった。しっかりとその手には拳銃が握られ、いつでも少年の息の根なんて止めることが出来るだろう。


「小僧。お前運ねーな」


 ホードには、武装した大人一人を相手取る戦闘技術も、触れた物体の何もかもを消し飛ばすような火力もない。あるのは頭。人一倍優れた判断力と、それを元に導き出す『異能』の分析能力だけだ。

 振り向けばその瞬間引き金を引かれる。

 目を反らすことすら許されない威圧感の中で、ホードの背後からかつんという音が響いた。それは靴底が地面と接触する音で、重さからその人物はとても重量を持っているのだろう。

 目の前の男をにらみつけたままホードは軽く舌打ちして、背後から迫る音への対処法を考えていた。

 魔装を使うか?

 不意打ちでもない真正面から対峙する相手に、自分のはんぱな攻撃が通用するのか?

 助けを呼ぶか?

 ポケットに腕を突っ込むだけでハチの巣にされてしまうこの状況で?


「おい、どうしたんだこいつ」

「迷い込んだってわけじゃあなさそうだ」

「見りゃわかる。それでどうすんだよ」

「決まってんだろ?」


 予想外。

 こんな酷い状況の中では二人に救援を要求することもできない。前からも後ろからも迫るテロリストに挟まれ逃げ場はどこだろうと考えて、ホードは男からちらりと目をそらした。静かに、一つ一つ丁寧に言葉を選ぶと一切の躊躇もせずに口から放った。一方でテロリストはにやにやと笑みを浮かべながら手で銃を弄んでいる。


「あなたたちは、その銃を使えない」

「あ?」

「何言ってんだこいつ」

「その銃の外見から消音器の存在は確認できないし、何より今僕に発砲して万が一避けられたら、弾丸はあなたたちがお互いに喰らいあううことになるから」

 

 少年の言葉を真に受けたテロリストが取った行動はナイフだ。

 振り下ろすだけに骨ごと肉を断ち切るような大振りのナイフを取り出した男が、狭い通路をじりじりと滲みよってくる。


「そう、()()()()()


 だんっ!と、地面を蹴る音の次に、少年の姿が薄暗い動力室の闇に消える。小さく呟いた少年の姿を一瞬にして見失った二人のテロリストは最初驚いていたが、直ぐにトリックは割れる。前提として前後の道は塞いでいた。上には薄暗い光に照らされる配管や冷却用貯水タンク、管理用のメーターが立ち並ぶ。

 今度は武装した男の一人が大きく舌打ちしていた。


「チッ!下か!!」


 覗いた先に見えるのは更に長く伸びる通路。二人が塞いでいた通路を横から手すりを抜けて飛び降りるだけで、薄暗い空間に溶け込むことだってできる。実際そうしてホードは逃走経路を確保していた。しかしまだテロリストの視界から完全に離れることはせず、あくまでも本来の目的を達成するために行動を開始する。

 だんっ!とホードを追って敵が降下した音が背後で響いて、振り返ることもせずに。

 剝き出しの殺意を帯びた二人のテロリストを背後の先に背負い、逃走劇が始まる。単純な足の速さでは叶うわけもなく、相手は重火器を身に纏っている。だからまず、ホードは背後から鳴り響く銃声に紛れて大きく叫ぶのだ。

 いつものように、まさしく海獣の如く荒々しく。


「『未来探索ストークエイジ』ッ!僕が無事に二人と合流できる未来を実行しろォ!!」


 言葉と同時に視界いっぱいの青が広がる。

 それは画面だ。

 ホードだけに見えるこの世を映す画面。後はこの画面の指示に従うだけで、それだけで最良は導き出すことが出来る。ホード・ナイルにしか見れない運命は、枕木に沿って敷かれたレールを見ることが許されるのは『未来探索ストークエイジ』を操るホードだけだ。

 指示されたように、三秒後に首を30度程度右に傾ける。それが最良(・・)の運命だ。


「弾丸が当たらねえ!?」

「馬鹿野郎ッなんかの咎人に決まってんだろうが!とにかく撃ちまくれ!!」


 機械だらけの薄暗い空間に、たたん!と金属を踏みしめる音が鳴る。一種の音楽のように聞こえるそれの中で、画面と同時に頭を動かすのは『箱庭』の情報系担当のホードの得意分野だ。


(周囲には小さな傷も許されない核エンジンの冷却用貯水タンク、制御盤、配管。この距離を保って二人と合流する!)


 これ以上のより複雑で細かい思考は許されなかった。

 パンッパンッパンッパンッ!!と背後で銃声が連続したからだ。首と頬の間を掠めていく弾丸、ホード・ナイルを知らぬ敵にはわかるまいが、意図してそうなるように仕向けたホードは冷静だ。それは単に何度も繰り返した経験からくる自分への自信でもあるし、過去の失敗を重ね合わせた正攻法の擁立に基づく感情の起伏でもある。

 ホードには未来を選ぶ力がある。

 何気なく体を振れば弾丸はその残像だけを捉え撃ちぬき、まさしく『未来でも見ながら行動している』ように見せかける異能こそが『未来探索ストークエイジ

 これから先の行動は自分自身ですら予測つかない。予測つかないが、予測し得る中でもより最善へと向かうことは確かだ。何故ならそう命令したのだから。発言こそがトリガーとなる異能は多く確認されているものの、言葉にしなければ実行できない異能というのもまた珍しいものだろう。


「なんだアイツ!弾がかすりもしねえぞ!?」

「いいから追え!俺は裏から回る!」


 ホードの過程はこれから実際に起こる未来へと昇華する。それこそが『未来探索ストークエイジ』、正しくは目に移る光景をミクロレベルまで細分化したうえで無数に広がる選択肢の中でもより最良を選択するという思考型の異能。決して恐ろしいと呼べる代物ではないが、それ故にホードは使い方を徹底した。ナイフで皮膚を斬られれば、ホード・ナイルは普通に死ぬ。

 錆びた鉄板だろうがしっかり磨き、整えれば立派な刀剣にすらなり得るように。取り出した連絡用の端末を耳に当てながら、ただひたすらに自分の異能を信じて走った。数コール後にやたら騒がしい通話の向こうからよく知る声が届く。


『もしもし?ホド?』

「ホードです!ああもう、ふざけてる場合じゃないのに!見つけましたよってか見つかりましたよ!」

『えっなにどこで!?っというかあなた雑音酷いわよ?』

「とにかく!ポイントで大和さん連れて待機しておいてください!!」


 叫ぶようにして切った通話のさなか、ホードは幾発もの弾丸を避けていた。カカンカンカン!という靴と金属が当たる音と、背後から放たれるカートリッジ式の銃の音だけが薄暗く、どこか不気味な深夜の動力室に響いていた。


「目標を修正。発生し得る最悪の可能性だけは何としてでも避け、少しの負傷は構わない。何としてでも達成する!」


 そこで新しい動きがあった。

 チカチカチカッ!!と銃以外の何物かが明滅したと思ったら音もなく、それどころか形すらない刃がホードの二の腕の辺りを巻き込んで通り過ぎた。浅い傷から勢いよく噴き出す鮮血は足元を赤に濡らしていく。どうやら実弾から魔力運用型の携帯魔装に切り替えたようだと気付いたころには、第二第三の攻撃が少年の脚にめがけて飛来してくる。


(足を執拗に狙ってくるのは行動力を削ぐつもりですか)


 雪崩れ込んでくる二種類の弾をある時は躱し。ある時は防ぎ。ある時は飛び跳ねる。追手の男が徐々に焦りを見せ始めたタイミングだった。正面に少し前に分かれたもう一人が姿を見せ、立ちふさがる様にナイフを構えていた。

 遂に、走り続けてきたホードの脚が止まる。体は道を塞ぐ二人のテロリストをしっかりと見据えるように半身で壁によりかかる。背中を伝って管を通る何かの感触が伝わってくるようだ。


「これまでだ。こっちも時間がねえんでな、手短に済ませるとしようぜ」


 ガチャリと。

 カートリッジを交換する音が少年の耳まではっきりと届く。ペンライトにも似た形状の魔装のほうは弾の補充すら必要ないのだろう。それに今度は下の階層に降りることもできない。たとえ階層にこれ以上下があったとしても、目の前のテロリストたちはそれを許さない。引き金を引くだけで確実に少年を撃ち抜ける距離まで詰められてしまった。

 降参したように両手を頭より高い位置に挙げる少年より優位に立ったと本気で思いこんでいるのだろう。


「仲間の数と場所、咎人なら異能の内容を教えな。さっさと喋ってくれれば楽に殺してやる」

「簡単に口を割るとでも?この僕が?」

「それならそれで構わねえよ。喋るまで指を一本ずつ野菜を斬るみたいにぶったぎっていって、それでもまだ喋らないってんなら今度は目ん玉をくりぬく」

「拷問も無駄。最初から持ちえぬ情報を吐き出そうとすることは、水が入ってない貯水タンクに接続された蛇口をひねるようなものです」

「ならぼっちゃんにはもったいないほどの苦痛をプレゼントしよう。足のつま先から1センチずつ切り刻むことにする」


 それこそ、誰もが不信感の欠片も覚えないような自然な動作だった。恐らくは、テロリストはそれが何なのか識別することすらできなかっただろう。言葉に踊らされ、行動を狭められ、違和感すら覚えないような連中にそこまで求めるのが酷というものだ。欺くための嘘がある様に信じ込ませたりわざと疑わせるための嘘があることを知らないような連中は、もう駄目だ。

 片手だけを軽く、まるでむずがゆくなった頭を掻くような動作で少年の服の裾からなにやら細長いものが飛び出したかと思えば。


 ゴォッッッッッッ!!!という凄まじい閃光が広い広い動力室内部を埋め尽くす。

 リアクションも取れず、簡単に視力を失ってしまうテロリストの股下を潜り抜ける。それから一人の背後に回ると、とにかく力いっぱいに足を振り上げる。そう、言わずと知れた男の勲章目掛けて。


「ぱうっ!?あぁ...!」


 奇妙な悲鳴が聞こえたが知ったことか。振り向いた先にいる股間を押さえて蹲った男を跳び越すように追ってくるもう一人の手にはペンライトサイズの細長い魔装が握られている。チカチカッ!と瞬いたと思えば、またもや見えない刃がホードの皮膚をすれすれのところで通過したようだ。服だけが一筋に裂けている。


「おい早くしろ!」

「わかってる...!ああ畜生。あのガキただじゃ済まさねえ!!」


 再開された逃走劇は薄暗い動力室を抜け出し、ホードが通ってきた階段に移る。一定の距離を意図して保つことで敵二人もしっかりとついてきているようだ。自分たちが誘導されているとも知らずに、今度は音を気にしてか銃は使わず魔装一本でホードを追い詰めにかかってきているが、流石にホードも息が上がってきた。なんとか取り出した端末の画面に記されているポイントまでの距離はそう長くはないものの、相手二人を妨害しつつ一定の距離は保ち、なおかつ捕まらずに逃げ切ることが今の目標だ。


「ある程度のピンチを演出、相手に変わらず自分が優位と思わせる行動は成功。しかし...」


 浮き彫りになった問題点のいくつもを頭の中で処理していくうちに、状況がどんどん悪くなっていくのは目に見えている。

 ホードは階段を駆け上がった先の廊下で、設置されているゴミ箱などを奔りながら蹴り倒す。散乱したゴミで足を滑らせてくれればよかったが、そう思ったような展開に事は進まなかった。せいぜい少しばかりのリアクションが取れたので相手のペースが乱れた程度だろうか。


(まずい、ですねッ!)


 そもそも大人と子供では歩幅が違う。一歩当たりの移動距離が違えば、消費するエネルギーの量もまた違ってくるだろう。一度見せた手の内がもう一度通用するはずもなし、かといって廊下で一般人とすれ違いでもすれば、その人達も危険にさらされてしまう。あくまでも『誰も巻き込まず、目標は必ず達成する』とこが優先のホードに、疲労からくるものとはまた違う汗が滴り落ちた。

 それと同時にブシュッ!!と刃物で浅く切り裂かれたような痛みがあった。

 反射的に抑えた首元からねっとりとした血が手に移る。もう少しズレていたら重要な血管を持っていかれていたかもしれないと考えると、嫌な汗は増すばかりだ。

 頼るしかない青い画面の中に移る数列やナビゲーションにいちいち目を通すまでもなく記された通りに動く肉体が向かう場所はもう目と鼻の先。こちらが誰かと合流しようとしていることに感づいたのか、追手の連中の焦りも加速するばかりだ。焦りと同時に加速してしまった攻撃を交わすことだって楽ではない。むしろ相手は人差し指で引き金を引くだけなのに対して、ホードは体全体を大きく捻ったり傾けたりする必要があるので余計に体力を削られてしまう。

 こんな時に例の『ウィア』があればなと無いものねだりしてしまうのも、一度その利便性を知ってしまったが故の弊害だ。


「『未来探索ストークエイジ』!これ以上のダメージは到底容認できない!毎度思うがお前は加減を知れ!あと一歩のところで動脈静脈切断まで持っていかれそうになる状況は『少しの負傷』で収まる枠じゃないッ」


 目的地まで100メートル未満。

 敵との距離は15メートル程度。もはや角を曲がるにも失速を恐れて、壁を蹴りつつ曲がってしまうほどの距離間だった。干上がりそうな喉が鳴りそうなのを何とか抑え、海獣族特有の生まれ持った身体能力の高さが幸いした場面は今回含めて今までに少なくない。それでもなおホードが目指すのは人間族であり、この目標点はそのための通過点として絶対必須であった。

 切り付けられた二の腕と首が痛む。激しく体を揺らすたびに鮮血が次々に滲み出る感触があった。


「もういい、最大出力だ!殺す気で撃てェ!!」

「わかってるッつーのォォ!!」


 追手の声と共に今度こそ、ガガッ!!という強烈な光の明滅が差し込んだ。呼応するように、幅広い朝焼けの廊下で叫ぶ少年がいた。


「『未来探索ストークエイジ』ッ!」


 メギャッッ!!という歪な音とともに、今までの比にならないほど大きい空気の刃が少年の体の下を通り過ぎていく。ただし歪な音の発生源は少年の足元...彼がひび割れるほど強烈に踏み込むことで、廊下の天井すれすれまで飛び上がるための足場となった壁からだ。

 そしてもう一つだけ、本当は無くてはならないはずの音が消えていることに、追手の二人が気付くことは永遠になかった。

 少年を捉えられなかった魔法攻撃が、別の何かと激しく衝突する音だ。


「後は任せましたよ」

「任されたわ」


 飛び上がった少年の先に構えていた大剣が、横薙ぎに全てを撃ち落とした。

 柄を握るのは幼い栗毛の少女、か細い体には不相応なほど巨大で禍々しい威圧を放つ大剣は空を斬ると同時に。空気の刃はたちまち霧散する。一人だけとても言葉では表現できないような表情の『異界の勇者』だけがその異常な光景を見て体を震わせていた。

 一方でだ。

 一方で追手の二人はあっけにとられることすらなく。僅かな抵抗すら許されずに、まるで強風に吹かれて道路を転がるビニール袋のように宙を舞うことになる。意識を遥か彼方に置き去りにして、口元に食べかすを散らかしてるような少女の腕の一振りだけで何もかもが落ちていく。


 星が裂けた。



頂いた誤字報告を今更ながら適応させていただきました。誤字報告をしてくださった読者の皆様、本当にありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ