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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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start up



「ここにもなし...と」


 二人と別れた後、ホード・ナイルは主に担当になった客室の区域を見て回っていた。時刻は既に深夜を過ぎ、そんな時間帯でも敵の姿はちらりとも見えない。敵が動くなら間違いなく乗客が寝静まった深夜だ。見回りの警備員はいるとはいえ、廊下のあちこちに人が通るような時間帯に堂々と活動するようにはいくらなんでも思えない。何が何でも今日のうちに情報を引き出さないと、恐らく敵が本格的に活動し始めてからでは止めることはできないだろう。

 とはいえ、


「広すぎる...!やはりたった三人で夜中のうちに船全体を確認するのは無理がありますかっ...」


 泣き言は言っていられない。まだ上部のレジャー区域を任された新入りよりは楽なはずだが、念入りに隅々まで探そうものなら深夜の数時間ではとても時間が足りない。なんとこの世界有数の科学大国トウオウが開発した巨大飛行船タイタンホエール号、客室だけで全22階層にも別れており、乗員はその最下層から3フロア、残った19フロアを乗客が寝泊まりするために使われるという超豪華仕様であって。ホードが何を言いたいかというと一晩で全てのフロアを調べ上げるとなるとあまりにも広すぎるのである。

 いくら探索に優れた『異能』を持つホードとはいえ、苦労しないわけはなかった。

 ちなみに例の栗色癖毛少女シズク・ペンドルゴンはというと、客室区域よりさらに下の最も警備が厳しいであろう動力室......ではなく、その次に警備が厳しいであろう乗員用のあちこちを探索中である。つまりレストラン奥の調理場だとか機械系全般の管理が任されたコントロールルームだとか、運搬用の貨物が積み上げられている貨物室だとかである。こういった()()()区域は流石に新入りの大和には任せられず、かといって戦闘能力はほとんどないホードでも万が一遭遇した場合の闘争が困難であることから消去法でシズクになったのだが。


 もういちいち口に出すまでもなく不安なのはホードだけじゃないはずだ。あの人の話を聞かず自分の意見を押し付け何もかも暴力で解決しようとするサブリーダーが言われた通りの仕事を果たしてしっかりとこなせるのか。期待はするだけ無駄だと思ったホード、タブレットより持ち運びに便利な画面の小さいスマートフォンもどきを取り出すと、飛行船タイタンホエール号のマップを開く。

 当然の如く改造済みのスマートフォンもどきには現在の二人の位置が表示されており、どうやらそれによると大和は現在昼過ぎに三人で入ったレジャー施設、シズクのほうは調理場の巨大冷蔵庫を調べているようだ。一応仕事はしているらしいとほっと安堵するホード。しかし大喰らいシズクが冷蔵庫の中身を漁っていたことが判明するのはまた別のお話である。


「客室区域は何もなし、今のところ二人からの連絡もなく異常はどこにも見当たらない...か」


 常に『異能』をフル回転させた上に思ったよりも速いペースで見回りを続けていたためか、何とか任された客室区域はあらかた調べ終えたホード。とりあえずこの付近には爆弾もといテロリストの存在はないことはわかったとして、問題は次にどう行動するかだ。このままあらかじめ決めておいた誘導ポイントに戻って二人からの連絡を待ってもいいが


「ただ待つだけはそれこそ時間の無駄ですね」


 そういうとホードは客室区域を後にして移動を始める。目指すのは更に離れた場所にあるという一般人立ち入り禁止のVIPエリアだ。飛行船タイタンホエール号はそれこそ金持ちだらけが乗るような飛行船だが、金持ちは金持ちでもどこかの国の貴族などが寝泊まりする部屋を別に用意している。大体そう言った階級がかけ離れている人物用の設備は一般より上に設けられているものだが、この飛行船ではより安全を取って一般より下の区域...乗員がいつでも駆け付けられるように、最下層から3フロアに隣接するように立ち並んでいる。ホードがあらかじめ抜き取っておいた情報によると、一般との差をつけるためにVIPの客室には強化繊維質アクリル板を使ってまで一般には置かれてない()が設置されているらしい。他にも専用のワインセラーだとかパーティールームなんかが設置されているという噂も。


 『一般人立ち入り禁止』の立て札が置かれたゲート付きの入り口をするりと抜けて、やたらと金の配色が多い廊下をくまなく探し回る。敵対組織が金持ちや貴族に恨みを以て犯行に及ぶとしたら、もちろんこの場所にも爆弾が設置される可能性は大いにある。今まで調べられなかったのは、警備体制のパターンを読む必要があったためだ。数メートルおきに廊下の両側に設置された照明器具の中、額縁に飾られた高そうな絵画の裏側。一般用より断然狭いのである程度は探しやすい。廊下の奥まで警備を掻い潜りつつ到着したホードは最後の照明を下から覗く。


(ここにもなし)


 それからホードは念入りにもう一度調べ終えると、スマホもどきを片手にホードは廊下奥の一際大きい扉にそっと耳を当てた。中に人の気配はない。ホードは改造スマホのカメラを向けて壁越しに中を覗けるように赤外線映像モードを起動させると、念入りに扉の向こうの生体反応を調べ上げてからそっと扉を開けた。さながら気分は暗躍するスパイのようだ。


(ここは...パーティールームですか)


 扉を開けた先の薄暗い空間の広さは体育館程度、上から見ると部屋の全体は正方形に近い形で、更に奥にはステージのようなモノも見える。床も壁もいかにもVIPと知らしめるような豪華な作りになっているあたり余程位の高い人物しか訪れることを許されないのか、しかしホードは遠慮なくあちこちを探し回る。念のため後から指紋や皮膚片が見つからないように手袋をはめると、まずはカーペットの裏から初めて、ステージの裏までくまなくだ。

 恐らく時間にして30分もたたないうちに全体を調べ終えてしまった。


「まずいですね...」


 ホードの口から小さく呟かれたのも焦っているが故だろう。

 どうしようもない緊張感の中、嫌な考えが頭をよぎり始めたのもこの頃からだ。任務に失敗しようが恐らくシズクが大和と自分を守ってくれるだろう、命の保証はされている状態。だが敵本体の行動を読めないというのは『箱庭』全体の損害につながりかねない。情報を得られぬまま『本体』が動き、『箱庭』が思ったように動けず失態が裏の世界に露見してしまったら?ブロックを組み立てるのは難しくとも、壊すときは一ピース抜き取るだけで簡単に崩壊するように。積み上げられた箱庭の評判は一気に崩れ去るだろう。

 ただでさえカツカツの財布がさらに寂しくなることはまあまだいい。だが肝心な『箱庭本来の目的』の妨げになるようなことだけは決して起こしてはならない。となるとやはり、何が何でもテロリストどもから聞き出すべきことを聞き出したい。

 ホードが顔をしかめたその時だった。

 入口の扉が開き、外の眩いまでの光が差し込んできた。何とか扉の影に移動して直接視認されることは避けたものの、どうやら入ってきたのは見回りの警備員のようだ。


「...おかしいな、物音がしたと思ったんだが」


 部屋から抜け出そうにもこの距離。

 少しでも物音を立てようものなら見つかる。声を発せば見つかる。口に手を当てて扉の影で息をひそめながらもホードは冷静だった。闇に紛れて何か細いボールペンのようなモノを胸元から取り出すと、改めて行動に移る。

 ゴワンッ!!と小さく空を斬る音と共に、見回りの警備員の意識は刈り取られた。


 一方でだ。

 椎滝大和とシズク・ペンドルゴンが一応は自分の担当区域を調べ終え、偶然にも合流を果たしていた。二人は話をしながらあらかじめ三人で決めておいた誘いこむためのポイントへと向かっている。身長差というか威厳の差というか、傍から見た二人は年が離れた兄妹のようだ。更に追記すべきことといえばシズク・ペンドルゴンがむしゃむしゃと頬張っている映画の中でしか見たことないような骨付き肉についてだろうが、もはや大和はつっこむことすら諦めている。

 そして話を切り出したのもこの青年だった。


「ところで、どこに向かってんだ?」

「カジノ」


 シズクは口に残った食べ物をごくりと呑み込んでから端的に言い放つ。そしてまたすぐに中が開いた口へと片手に持った骨付き肉を運ばせた。明らかに彼女の体だけ質量保存の法則が成り立っていないが、一か月以上も隣にいれば嫌でも慣れるものだ。

 それよりも気になるのは彼女の発言のほう。

 恐らく熱心なホードのことだ。とっくに自分の担当区域は終わらせて別の区域の調査に移っているのだろうが、それをほったらかしにして自分たちだけで賭け事に勤しむのはいかがなものか。


「カジノっていいのか?」

「むぐむぐ...いいのかってなにが?」

「ホードだよ。糞真面目なあいつのことだ、とっくに自分の仕事は終わらせて残業だろ?」

「まあそうでしょうね。それにしてもヤマト、私たち『箱庭』のことだんだんわかってきたじゃない」

「そりゃ一か月以上も一緒にいれば...って話を逸らすなよ。先にポイントで待機しておいたほうがいいんじゃないか?それか俺たちも別の所を探しに行くとか」

「そうねー、探すところもまだまだ残ってるしね」

「だったら」

「だから、今から探しに行くんじゃない」

「うん?」


 返ってきた少女からの返事に大和が首をわずかに傾げさせる。思いもよらない返事が返ってきたので思わず面食らった、と言うような感じだった。


「ここのカジノは24時間ずーっと空いてるの。夜のカジノっていかにもそういう輩(・・・・・)が潜んでそうとは思わない?」


 なるほど、一応それらしい理由はあったのか。そう言えばこの少女は出会ったときの船でもカジノに出入りしていたような気がするが、単に賭け事が好きなだけではないようだ。もしくは仕事を免罪符にやっぱりたださぼりたいだけなのか。後者のような気がしなくもないが前者の可能性も捨て置けないというのはもどかしい。

 目的地に近づくにつれて豪華になっていく廊下の装飾品に目を移らせる。

 厳密には少女とは呼べない少女は気楽な様子ですっかり骨だけになった肉の残骸をその辺に投げ捨てると。


「それでヤマト、あなた今いくら持ってる?」

「え?えっと、旅の前に用意した金は置いてきたからホードから小遣いとしてもらった2万リクス...ってやっぱり遊ぶ気じゃねえか!!」

「バカね。カジノで賭け事もせずにふらふらしてる方が怪しいわよ。私のほうは使いきっちゃったし、軍資金はそれにしましょ」

「かってにきめやがって...ていうか小遣いだってもらったばかりだろ!いつ使ったんだよ!さてはお前...俺たちが知らない内にかよったな!?」

「ナンノコトカシラー」


 鉄拳制裁がシズクを襲う!

 鉄拳といっても軽くたたいて程度だったが、恐ろしくわかりやすい棒読みちゃんはぽかりと軽くたたかれた頭を両手で抑えて大和をじろりと睨みつけるだけだ。

 こう見えて椎滝大和は元日本の苦学生。一組織全体における資金の管理を任されるホードの苦労は痛いほどわかる。しかしその一方で椎滝大和はあくまでも咎人。いや、咎人『もどき』と評するのが最も正しい『箱庭』とは別口の異端の者。その経験はさることながら、悲劇に関してはどこかの灰被りの青年にも引けを取らない被害者である。何を言いたいのかというと、彼もまた常人とは異なる思考回路の持ち主だった。だからこそ彼らとは違う観点から状況を見ることもできるし、感じ取ることもできる。


 そんな『異界の勇者』は、どこまでも続く廊下の天井を視界の端で意識しながら、薄っすらと違和感を感じ取っていた。まるで普段から食べているハンバーガーだが、具材が一つ抜け落ちていることにどうしても気付くことが出来ないような。日頃から感じている普通のどこかが欠落したような。

 答えに近づいてはいるものの辿り着くことが出来ないもどかしさ。原因は隣のシズクに非ず、恐らくもっと広く環境を捉えてだ。


 べちゃり、と。

 自分が通った道の背後10メートルもしないところに滴る粘着質な音にも気づかず。

 ただし隣の少女は気付かぬふりをして。




 また視点は切り替わり、無事に危機的状況を打破したホード・ナイルは次に動力室へと歩を進めていた。既に立ち入り禁止の立て札を抜けて、乗員用の装飾一つない質素な階段を音もたてずに降りていく最中だ。さっきの警備員から抜き取ったカードキーを使えば乗員用のゲートも容易に潜り抜けられたし、しかし同時に『船内に自分たちの存在がある』ということを認識させてしまったことにもなる。

 言い換えれば逃げ道を自分から潰したようなものだった。

 なおもちっとも絶望の表情を見せることがないのは、少年ながらもやはり『箱庭』の一員ということだろう。


「一度二人に連絡を...嫌、まだ探索中ならむしろ迷惑ですね」


 取り出したスマホもどきをもう一度しまい込んだホード。真っ白な階段の手すりに手を駆けながら、やがて一つの金属製の扉の前に辿り着いた。金属扉の隣の壁にはカードキーを差し込む専用の機械が設けられている。これ幸いと盗んだカードキーを取り出しパスワード入力式じゃなかったことに安どする。

 もうすぐ夜明け...ちらほらと人も起きてくるころだろうし続きは明日だろう、と動力室の扉を開けた直後だった。


「あっ」

「あ?」



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