lunchtime after
「さっ!早速船内の下調べよ。爆弾が設置される場所も見ておかないとね」
「ねえ待って爆弾って言った?」
真顔で聞き返されたシズクはきょとんとした表情だった。『私変なこと言ったかしら』とでも言いたげに首を傾げているが、もしかして本格的に脳みそがバグってしまったのか?しかし隣でまた頭を抱えているホードを見る限りこれが正常なのだろう。
危機感に欠落があるというか、無謀というか。とにかくこの少女は自分の命に無関心すぎる気がする。大和がそう考えるのは、今まで『異界の勇者』として散々戦場を駆けまわった経験と、愛する命を目の前で失った現実に起因するのだろう。とにかく彼女の作戦には『いのちだいじに』が存在しないらしい。
ホードは呆れながら。
「その、シズクがこの調子なのはいつものことですけど。爆発物については僕も知りませんでしたが...そういう大事なことはもっと事前に言っておいてくださいよ」
「ごめんって」
「ごめんで済む話かよお!?もうなんなんだよ降ろしてくれよ!」
「設置区域は把握してるんですか?」
「ニコンがあらかじめ聞き出した情報を送ってくれたわ、一部ね」
ふらふらとしながらも大和は投げ渡されたパンフレットに目を通している。大きく広げたコート紙に印刷された船内図も、なんとこれだけあって飛行船全体を示すものではないというのだから驚きだ。
「一部、ということは爆弾は複数設置されると?」
「ニコンが捕まえた下っ端は漏洩を防ぐためか、作戦の全貌を知らされてなかったみたいなのよ」
「ちょっと待てよ。それじゃ俺たちが妨害しようとしてることも既に相手は知ってるんじゃないか?下っ端一人でも突然いなくなったら不自然だ」
「問題ないわ。ゼノ...リーダーが『口止め』してるから」
「いや、問題はありますよ。僕たち『箱庭』は三人、敵の数は不明、設置される爆弾の数も不明。解除方法や爆破の条件も敵の目的も何もかも不明。やはり『ウィア』が抜けた穴は大きすぎます」
ホードが呆れて声を静めるのも頷ける。
船内が余りにも広すぎるのだ。そもそも空飛ぶ街とも形容されるだけあってとにかく広い。何層にも分けられた内部と科学結界に守られた屋上。あちこちに点在する娯楽施設の数々に、世界最高峰の科学力を駆使して造られた大規模核エネルギーエンジン。外見はほとんど小さい島のようなモノだ。とにかく地球で金持ちを乗せて空を悠々と飛行しているような飛行船とはわけが違う。
そのうえ敵の目的まで不明とくれば、こちらも相手の出方を伺うしかないだろう。下手に動き回って自分たちの存在がバレる可能性があるし、そうなれば飛行船の一般客まで巻き込んだ総力戦になってしまう。
「ホードは戦闘に参加できないとしてヤマト!」
「!?」
「あなたの『万有引力』は立派な戦力!組織に加わった以上、ちゃんと戦ってもらうわよ」
突然指差しで指名を喰らった大和が小さく跳ねる。恐らくこの仕事には、大和の戦力分析の意も込められているのだろう。大和が一体どこまで行動できるのか、どの程度の仕事を任せることが出来るのか。そう言った判断の材料にするための仕事。
だが彼女は勘違いをしている。
『異界の勇者』と言えども椎滝大和は基本的に戦闘特化ではなく、むしろ後方から支援する補給兵の役割のほうが強かった。巻き込まれた際には仕方なく戦闘に混ざるが、自分から率先して命の奪い合いに飛び込もうとは思わない。
何より大和が戦ってきたのは託されたからだ。自分を庇って命を落とした恋人に託された。戦うための異能と、彼女の意思を。箱庭に加わったのもほんのわずかな可能性を示され、互いの利害が一致したから。『傲慢の魔王』を倒すというヘブンライトの洗脳を脱ぎ捨てることが出来たのも彼女たちのおかげだし感謝しているのも事実だ。
「俺に悪を一網打尽にする力なんてないよ。守ってもらうだけだった俺には」
「誰がそこまでやれって言ったのよ」
シズクは両手を腰に当て、無い胸をそり上げて立っていた。知らぬ者が一見しただけでは、本当にこんなちんちくりんに一組織のサブリーダーなんてポジションが務まるのかとさえ思ってしまうような容姿。ただし秘める力は超特大。そんな彼女は三人の部屋の扉を開けて、ちゃっちゃ行こうと言外に訴えながら二人を待っていた。
続いてホードが部屋の外に出て、慌てた大和も走って扉を潜る。二人が部屋から出たのを確認したシズクが指に引っ掛けてくるくると回していた鍵を扉の鍵穴に差し込む。
ガチャリと音を立てて扉が閉まる。
「あなたにはあなたにしかできないことがあるんだから。誰もあなただけが出来ないことをやれだなんて言っていないんだからね」
「それでは、まず飛行船の中心に向かいましょうか」
歩きながら、大和はパンフレットに書き記された説明に目を通す。改めて見ると、日本がドローンなどで盛り上がっているのが可愛くなるレベルだった。
飛行船タイタンホエール号は、先述した通り核エンジンと呼ばれる設備で動く船だ。
外見上はまさに空飛ぶ島、何も知らないまま見ていたら思わず『ラピ〇タは本当にあったんだ!』と叫んでいたかもしれない。そして何よりも注目すべきは、『飛行船』としてのレベルが違うこと。
通常飛行船と言えば空気より軽い気体を大量に詰め込み、空気抵抗を減らす細いボディに移動用のプロペラやエンジンを取り付ける。だがタイタンホエール号は空気抵抗をもろに受ける形状でありながら、安定した飛行を実現させた、まさに『最新科学』
浮かせるのではなく自分から浮く。船体下部ほとんどが動力室、しかも島と呼ばれる船を動かすために絶え間なくエネルギーを発生させ続け、人工的に重力の方向を捻じ曲げるとかいうこれまた特大の科学力を駆使して、島と呼ばれる船を浮かせる。
思わず感想を口に出していたらしい。
「改めて見るとすげえな...」
「流石はトウオウ、と言うべきでしょうね」
そっちに詳しくない大和でも、文面だけで凄さが体感できる。人工重力?核エネルギー?なんだそりゃ。
「これは一般公開されてない情報なんですが、なんでも飛行船タイタンホエール号は人工重力歪曲装置の他に気圧探知レーダーを備えているらしく、設定した高度まで上昇を続けたら後は降下し続けるだけという。他にはないなんとも変わった飛行の仕方らしいです」
「まず一般公開されてない情報をなぜホードが握っているのから語ろうか」
「僕の力の一端としか」
そう言って肩をすくめたホードはなんだか自慢げな表情を浮かべたように見えた。一行はまず比較的近いレストラン街で食事をとることに。流石にお昼時なだけあって随分な混みようだが、中には客を取られたのか、他店に暮れべれば比較的すいているレストランもちらほら見える。並んででも一番人気を食べたいと駄々をこねるシズクを引きずって入った店で注文を済ませると、改めて。
「まずは全体の構造を知るところから始めましょう」
「ああ」
そう言ってタブレットを正面居座る二人が見やすいように広げたホードが、指で画面を弾く。表示されたのは船内の3Dモデルか?あまりにも広すぎるための配慮とわかるまで少し時間がかかったが、ホードは構わず続ける。その表情も特に真剣だ。
「例えば、二人が大切なものをこの中に隠すとすれば何処を選びますか?」
隠す品物の具体的な名前を言わないのは情報漏洩を防ぐ処置だろうか。大和が指で示した場所は最下層の動力室。まあ定番ともいえる場所だ。対してシズクが頬杖をつきながら示したのは客室。大和とホード、それからシズクが寝泊まりする予定のトイレバスルーム付き一室ベッド4つ完備の部屋が並ぶエリアだった。
「ここなら自分たちの存在を知る人物にそれを探されたり、一般人が部屋を間違えでもしない限りは見つからない。計画実行前に発見されて計画に穴が穴が生まれたりもしない」
「確かにな。ホードはどう思う?」
「僕は...」
そもそもそんなことを問われても、知識は一般人の域を出ることが無い大和には専門的な飛行船の知識などない。それは知ろうと思わなければ知ることもできないような情報なのだからシズクでも同じことが言えるだろう。故に適切な答えを導くには至らない。軟式飛行船やら硬式飛行船やらを尋ねたところで一般人は首を傾げるだけなように、存在は知っていても内面図まで詳しく把握していることなんてめったになかったりするものだ。
迷いながらも、ホードは逆さの画面を器用に指で回転させて指し示す。シズクは特にリアクションを見せなかったものの、隣で運ばれて来たお冷を飲んでいた大和はその場所を見て思わずぎょっとする。普通の考え方なら、その場所を考えるには至らないと思ったからだ。むせかえりそうになりながらも堪えた大和は。
「娯楽用の外付けプール?だってここは」
「ええ、ただ人が集まる。ただそれだけです」
動力室やコントロールルームのような重要な役割を持たず、あくまで目的地に移動するまで乗客が暇つぶしするだけの施設。確かに人質を取るには人数が多い方がより良いだろうし、となるとこの施設を狙う理由も裏付けられる。だが人質にできる人数の多さで言えばシズクが示した客室のほうが上だろう。
「まず前提として僕たちは敵の目的すら読めていません。敵が設置していようとしている爆弾の数、規模、形式、その他諸々もすべて不明です」
「やっぱどう考えても危機的状況だよな。よし乗員乗客をどうにかして逃がす方針n」
「しないわよ、私たちの目的は敵の壊滅&目的を知ること。それさえわかればゼノ達が動ける。敵の本体は簡単に潰せるわ。そりゃ人命優先は心掛けるけど」
三人はそこでとりあえずいったん区切り、ウエイトレスが運んできた料理に手を付け始めた。ちなみに大和とホードは同じステーキプレート、シズクは例の如くオムライスである。どうやらこの栗色癖毛少女は卵料理がお好きなようで、ものの数分で完食する勢いでもりもりとスプーンを口に運んでいる。
少し騒いだからか、あちこちからの視線が痛い。
さらに追加でバナナチョコレートパフェを注文したシズクがタブレットを弄るホードのステーキに狙いを定めている中、大和は大和で自分のステーキプレートをすでに食べ終えている。
「ふぎゃっ!?」
狙いすまされたフォークの一突きをプレートごと手前に引くことで見事回避したホード。すると頬を膨れさせた大喰らい少女。とてもこれからテロリスト集団とバチバチの殺し合いを始めるようには見えない光景に、思わず大和も吹き出してしまう。
そう言えば。
二人は自分についてかなりいろいろと知っているようだが、自分はまだ二人のことなんてほとんど理解していないんじゃないか?と思い始めた大和。
どうやら咎人らしいホードの異能のこととか。
シズクがどんな存在なのかとか。
むしろ今まで不自然に思わなかったことの方がおかしいのだが、そもそも聞こうとしたことも無かったうえに聞いたところでうやむやにされそうなので、時期を見て尋ねようと心に打ち込む椎滝大和であった。
結果的に話が戻ってきたのは、シズクの注文が届いたころだった。全部諦めてやけくそ気味に大和が聞いたことから始まる。
「それで、俺は何をすればいいんだ?」
「やるべきことは多いですが、大和さんに任せたいのは『敵の捕獲』ですね。出来るだけ上に立ってそうな人物が望ましいでしょう」
「...さっきも言ったと思うけど、俺に戦闘能力なんてほとんどないよ。高度を操る『万有引力』も元の持ち主のように自由にとは行かない」
「何も戦って気絶させる必要はありませんよ。例えば大和さんは無人島に一人で流れ着いたとして、食べられそうな実がなる高い木を見たらどうしますか?」
「どうするって...登って取るしかないだろ」
「どんなことでも手段は一つじゃありません。石を投げる、木をゆすってみる...やり方はいくらでもあるでしょう。異能も使い方ですよ」
「だから、具体的にどうしろと?」
そこまで語ったホードは、自分の更に残っていたステーキの一切れをぱくりと口に含んで指を出した。
「偶然爆弾を設置する現場を見てしまった大和さんを、敵が見逃すことはないでしょう」
「......おいまさか」
「逃げるように見せかけて特定の位置まで誘導すれば、あとはシズクがなんとでもしてくれますよ」
ホードが言いたいこと、つまりはおとりだ。
この小僧は平然と言ってくれちゃってるが、それこそ命の危険ありまくりの大変危ない役割である。そもそも逃げるだけなら大和の『万有引力』も必要ないだろうに、真っ先に一番ヤバそうな役割を押し付けてくるあたりではホードもシズクと同様に危険な存在であるということか。それとも自分でなければならない理由があるというのか。
とにかくチキン野郎大和には到底受け入れられるような要求ではないことは確かだ。
「待て待て!逃げるって言ったって相手が銃を持ってたら?手榴弾でも投げてきたら!?とりあえず俺はドカンだよ!」
「相手も作戦実行前に目立つような真似はしたくないでしょうし、投げてもナイフ程度でしょ」
「十分死ぬよ!俺!」
オレンジジュース片手に女の子が言うようなセリフではないと言おうが言うまいが現状は何も改善されず、とにかく大和が危険なことだけは確かだ。気付かない内に立ち上がってしまった大和に周囲の視線が再び向いたので、とりあえず座りなおして今度は声を抑える。自分の真剣さがはっきりと伝わる様に顔を近づけて。
「『万有引力』で大きい数値移動するならまだいい、でも数センチの微調整とか2階から3階に瞬時に移動するみたいな細かい操作はまだ難しい!下手したら体が床に埋まったりするかもしれない」
「でもこの役割は僕たちじゃ務まらないんですよ」
「どうして」
「僕もシズクも見た目が幼すぎる!油断を誘うにはいいですが、相手に『見られた』と危機感を覚えさせるには目付きが悪くてそこそこ背が高い大和さんが一番いいんです」
「おいこら私の見た目が幼いだと?」
遠回しにディスられた気がしなくもないが、確かに納得できる理由だった。取っ組み合いを始めた二人の横で、大和はミサンガを強く握りしめる。もう長くないかもしれないな...と悲壮感たっぷりに呟いた青年の表情は、二人が言うには『死を悟った草食動物の顔』だったそうだ。




