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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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sky new stage



 アルラ・ラーファとラミル・オー・メイゲルから場面は大きく移り変わる。


 長い間お世話になったホテルをチェックアウトした椎滝大和、シズク・ペンドルゴン、ホード・ナイルの三人は、『箱庭』の本拠地を目指すべくとある飛行船の一室で暇を持て余してしていた。出発までまだ時間がある。何故かそこの少女の分の荷物まで片付けさせられた目付きが悪い下っ端大和は、片付け終えた荷物の中から現代で言うスマートフォンのような端末を取り出して、何故か四人分用意されているベッドへ大の字になってダイブした。

 このスマートフォン。娯楽のためのアプリは一切入っていない企業用のようなモノだが、こっちの世界ではむしろこれが一般的。登録してあるいくつかの連絡先の中から最近登録したばかりの人物へと通話を掛けて、大和は端末に耳を預ける。どうやら相手も現在取り込み中のようだ。大和の耳のそばで無機質なアラームのように音声が繰り返し流れている。

 ちなみに隣のベッドでは、本来この作業を行うべき人物がうつぶせに倒れこんでいた。

 なんというかこう、生気を根こそぎ持っていかれたようなどす黒いオーラを醸して。


「なあシズク」

「なあに?」

「最近なんか、ホードがおかしくない?」

「今更?」


 闇堕ちしそうな勢いまであるように思える。

 ストーリー終盤で主要キャラの一人に裏切られたというか、実は魔王が自分の父親だったという真相が明らかになった瞬間というか。とにかく言葉には表しがたい雰囲気だ。

 恐る恐ると声をかけられた栗色癖毛少女は、持ち込んだ携帯ゲーム機のボタンをかちゃかちゃと指で動かしながら適当な調子だった。少しは心配してあげてもいいんじゃないか?と思う大和だったが、この少女にそんなことを期待するだけ無駄だということは考えるまでもない。


「『ウィア』がいなくなったんだって」

「うぃあ?」

「えっとねえ、ホードが私たちのリーダに頼んで盗んできたらしいんだけどね?今までウチは情報系をほとんど全部ホードに任せたんだけど」


 とんだブラック企業である。そもそも暗部の組織と称しているが暗部と名前の横につくからには絶対にそんなものなのだという覚悟を怠った大和も大和。既にメンバーの一人となってしまった以上は彼にも仕事が割り振られることだろう。

 同情の余地はあるが何もそこまで落ち込まずともと思う大和に、『箱庭』のサブリーダー的ポジションを自称する栗色癖毛のパーカー少女シズクは自分には関係ないと言うような口調だった。


「『ウィア』が来てからは作業の効率もぐんと上がってホードもちょくちょく休めるようにはなったんだけど、いなくなっちゃったから帰りたくないんじゃない?」


 なるほど、そういうことか。要するに今まで仕事の一部を任せてきた人物が突然消えたせいで、帰ってから彼が任されるであろう仕事を想像して鬱気味になっていたわけか。そりゃ確かに気の毒だが、とばっちりを喰らいたくない鶏野郎チキン大和はあからさまに視線を自分のスマートフォンに戻した。隣のベッドでぶつぶつと何やら呪文を唱える薄青髪の海獣族。

 南無三。


「帰りたくない...帰りたくない...地獄が待ち受けているとわかっていて飛び込むヒトはいませんよ...」

「せっかくくじで当たりを引いてここまで来たのにね。これからもあなたは一生社畜ということよ」

「納得いきません...今時ブラックだと囁かれる会社でも一応有給は存在するというのに、『箱庭』にはそもそも休みの概念すらないじゃないですか...!」

()()()()()()()()()()()暗部組織よ」


 今にも血涙を流しそうな表情かおのホードはそろそろまずい。何か楽しいことを連想できるような言葉をかけて気を反らさねば!『異界の勇者』椎滝大和、ミッション開始!


「でもほら、到着まではそれなりに時間がかかるだろ!?残された時間を有意義に過ごすことだって」

「一歩一歩と地獄が忍び寄ってくる日々に怯える時間のほうが長くなりそうですけどね」

「そっそれにほら!行きの船みたいにこの飛行船にもいろんな設備があるじゃないか!後でみんなで行こう!な?」

「そもそも我々がこの飛行船に乗り込んだ理由も暗殺という名の仕事の一環で、果たしてプライベートを楽しむ隙があるのかどうか」

「ほらっパンフレットのここ見ろよここ!ネットカフェまであるんだなこの飛行船凄いなあーッ!!」

「一度質の高いコンピューターを使ってしまうと、それ以外では満足できなくなりますよね」


 だめだこいつ早く何とかしないと。

 今のホードには何を言ってもマイナスに持っていかれる気がする。なんだか聞いてるこっちまで気分が落ち込んできたし、むしろ辛い現実を突きつけられすぎてこっちのメンタルが持たなくなりそうだ。あえなくバトンを渡された我らが『箱庭』サブリーダー、シズク・ペンドルゴンは携帯ゲーム機をテーブルの上において必殺の一撃を放つ!


「うじうじしてんじゃないわよ減給するわよ」

「がふっ!?」


 ホード・ナイル の 精神 に 999のダメージ!

 ホードは力尽きた!


「おいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!?」


 真っ白になってベッドから転げ落ちたホードはお構いなしに、シズクは冷蔵庫から取り出したオレンジジュースの封を開けてコップに注いでいた。表面張力ギリギリまで注がれたジュースをごくごくと喉に流し込むと、力尽きたホードを抱きかかえる大和に適当な口調で。

 

「いいのよそいつは、こんな扱いで」

「いいわけあるかよ今時のブラック企業でもこんな脅し方はしねえよ!」

「これでもウチは暗部の中ではホワイトな方なのよ?」

「マジかよとんでもない業界だな...」

「当然でしょ。旅の帰りがけに暗殺依頼を入れるような組織なんだから」


 そう言って彼女は一枚の写真を放り投げる。どうやらカメラか何かの映像を拡大した画像のようで非常に画質が悪い。映されていたのは30代程度の外見を持つ男性だが、マスクを着用しているせいか顔が見えずらい。辛うじて目元が伺えるくらいか。


「これは?」

「今回のターゲットの一人よ。ちゃんと覚えておいてね」


 その言葉に妙な感覚を覚える。飛行船に乗って確かトウオウだったか、そこに向かうのは話で聞いていた。その過程で二人に暗殺の仕事が入っているのもニコンとかいう組織の人間から電話越しに伝えられている。だが、『ターゲットの、()()?』その言いまわしではまるで。


「待て、ターゲットって複数人なのか!?」

「らしいわね。ホード!」


 燃え尽きていたはずのホードは何とか復活を果たし、自前のタブレットの上で指を奔らせていた。減給予告が余程効いたのか、表情に疲労と怨念が見えなくもないが気のせいだと信じたい。


「僕たち『箱庭』は世界の暗部に潜む組織です。あちこちで表には出せないような依頼を受けてはいますが、当然同じようなことをしている組織もいるわけで。いわゆる敵対関係にある組織ですね」

「とはいっても、別にこっちから手を出したことはないわ。あくまで売られた喧嘩を片っ端から買いまくって叩きのめす。それが箱庭の流儀みたいなものなの」

「こちらから手を出さないことで実力を隠して、相手がむやみやたらに攻められないような構図を作るという意図もあったんですが、こういう連中も後を絶たないわけで」


 『箱庭』は他の組織に比べても相当な力を持つ組織だ。まず依頼を受けた審査して『自分たちの利益につながるか』、暗殺なんかの暗い依頼であれば『ターゲットは殺害すべき人物かどうか』などを調べてから動いている。だからただの私怨の殺害依頼なんかは引き受けることはしないし、むしろ依頼者が()()()()()であるなら即座に排除に動く。義賊の真似事と言えばそれまで。少なくとも完全な悪の組織というわけでもない。だからこそ、業界内では相当な恨みが積もってもいる。

 少数ながらも強大。

 強大ながらも温厚。

 本来は隠すべき後始末も行わず、自分たちの痕跡は無色大大とアピールするため、裏以外でも存在を知られることもある。存在を知れば当然依頼も『箱庭』に集中する。自然とこのような図面が出来上がれば、他の組織はさぞ面白くないはずだ。


 少しは回復したらしいホードがタブレットの画面を大和に見せつける。企業のロゴマークだろうか、ぱっと見一企業の宣伝用ホームページのようにも見えるが...


「表向きはごく普通の配達業者。しかし裏の顔はあちこちから麻薬や武器を密輸しては高額で戦時国に売りつけ、自身たちも雇われ兵士として破壊活動を行うテロリスト集団です」


 麻薬に武器密輸。絵に描いたような悪行の数々は、大和にそういう世界へと自分が足を踏み入れたことを自覚させるのには十分だった。ホードが語る戦時国の中には、きっと自分たちが奴隷のようにただ戦わされていたヘブンライト王国も含まれるのだろう。今もあの国にはクラスメイト達が多く残っている。国が起こした戦争で死んだクラスメイトだっていた。

 その中には、大和の恋人もいた。


「敵はどれくらいいるんだ」

「事前情報によると最低でも50人以上らしいですが、3桁程度と見積っておいた方がいいでしょう。これほどの規模の飛行船をハイジャックするつもりらしいですし或いはもっと...」

「ん」


 何か、今おかしな発言が紛れてなかったか?

 ハイジャック?

 この飛行船が?


「まあ今回も私だけで事足りるでしょ?何人いようが関係ないわよ」

「重要なのはどれだけ情報を抜き取れるかですよ。相手は新出の組織ですし」

「私は力加減がわかんなくてすぐ殺しちゃうし拷問はそっちに任せるわ」


 物騒な会話が出たがそこじゃない。その前の二人の会話だ。ハイジャックとはどういうことだ?もしかして事前にそれを知っていながらこの飛行船に乗り込んだのか?自信があるのは結構だがこっちは何も聞いていないぞ?

 わなわなと震える大和は過呼吸気味だった。それどころか二人に今にも泣きそうな表情を見せている。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「どうかした?」

「飛行船がハイジャック?今から?」

「それがどうかしましたか」


 何故二人はこれほどまでにけろっとしているんだ。大和は一度落ち着くために白黒螺旋のミサンガが巻かれた腕を胸に当て、大きく深呼吸を繰り返す。少し待ってから、恐る恐ると未だに首を傾げている二人に尋ねた。


「わかってて、乗り込んだの...?」

「ええ、そうですが」

「降ろしてくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」


 不幸な異世界人椎滝大和、即座に『万有引力テトロミノ』による脱出を試みるも、パーカー少女に捉えられてしまう!絶叫も首を細い腕でキメられて遮られ、呼吸すらできなくなった大和はバンバンとパーカー少女の馬鹿力を放つ腕に抵抗する。なんとか解放されるが、直ぐに襟首を掴まれて。


「バカっ!どこに潜んでいるかもわからないのに勘づかれたらどうするのよ!?」

「バカはこっちのセリフだよ!危ないとわかってて乗り込むやつがあるか!もっと別に手段があっただろ!?乗り込まれる前にアジトを突き止めるとか!地獄が待ち受けてるとわかってて飛び込むやつはいねえよおおおおおおお!!」

「本来はそういう予定だったんです。しかし『ウィア』が機能停止した以上、僕の異能だけではそこまで突き止めることが出来ず、結果としてこのような手段になりまして」

「お前もお前だよホード。なんでそんなケロッとしてられるんだよやだよ俺もう怖いよ!」

「慣れました」


 いっそ半ベソ描いてた大和もホードのそんな言葉を耳にすれば、自分が加わるまで『箱庭』で誰が大和のポジションだったのかなんて容易に想像できるというものだ。あっけらかんとしているシズクはさておき、ホードも今まで散々苦労してきたのだろう。この年であんな人物を押し付けられるなんて...可哀そうと思うあまり泣けてくる。しかし今度からそれを自分が担うと思うと別の意味でも泣けてくる。


 全身からドバドバと嫌な汗を流す大和、しかし冷静になれ椎滝大和。何も『箱庭』の連中、全員が全員シズクのような人物というわけではないじゃないか。通話越しでしか接触していないがニコンという人物はまだまともに見えた。

 そう!希望はまだある!


「明らかに人選ミスでしたよねこれ。リーダーはやりすぎてしまうからまあダメとしてニコンやキャッテリアでも良かったんじゃないですか?」

「仕方ないでしょクジ引きで決まったんだから。あなたも久しぶりに休めたわけだし」


 希望は潰えた!

 任務に向かわせる人員をクジで決めるような連中がまともなはずもなかった!

 タブレットに目を向けるホードにパンフレットの船内図を眺めるシズク。


「二人も今のうちに船内の見取り図を覚えておいてね」

「有給休暇制度の実相を要求します」

「ゼノに言ってよ、私は知らないわ」


 大和の願いが届くことも無く、遂に出発のアナウンスが飛行船内に響き渡った。そしてもはや大規模というレベルを超越した飛行船が何万もの人間を乗せて地上から離れる。快適な空の旅...とはいかないかもしれないが、まさしく今日この時から始まるのだ。

 『異界の勇者』椎滝大和の新たなる物語が。


「不安だ...」


 当の青年はベッドに仰向けに倒れこむ。小さく言葉を漏らして、これから先の人生のことを考えながら、恩人から譲り受けた白黒螺旋のミサンガを天井に掲げた。


 飛行船の名はタイタンホエール号。とある科学大国が20年もの年月をかけて生み出した超巨大飛行要塞の真なる姿である。ある者はこの船に野望と共に乗り込んで、またある者は己が理想と共に乗り込んだ。

 空飛ぶ街とも形容される巨大飛行船が今、青空を泳ぎ始める。

 新たな物語と、『異界の勇者』を連れ去って。



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