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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
73/268

あの日の答え



 見慣れた天井がまたあった。

 正直もう見慣れすぎてイライラしてくるほどには見慣れている。数日前と同じ病院、同じ病室。挙句の果てには同じベッドで同じテレビの同じワイドショーが流れていた。

 確かに言った。

 確かに終わったら病院に行くとは言ったが、まさかまた入院する羽目になるとは思わなかった。考えてみれば当然だろう。前回は軽い検査のつもりで通った病院で内側がボロボロになってることを告げられて入院の流れだったが、今回は内側どころか外面の傷がひど過ぎる。例のごとく同じ主治医が言うには『普通ならとっくに死んでる』とのこと。残念ながら普通じゃないアルラ・ラーファだからこそこんな呑気なセリフを吐けるというものだ。ただし前回の入院と違い、今回は全身のあちこちを包帯で覆われていた。そして画面の小さいテレビの横には、円形の黒い端末がぽつりと置かれている。その場の流れでアルラが所持することになったものの、『ウィア』はこの終わりの無いようにも思える退屈を退ける手段には至らないのがもどかしい。

 どうせなら映画の一つや二つダウンロードしておいてほしかった。

 またそんなことを言うとこの端末は、違法アップロードと思しき動画をネット上から勝手にダウンロードしてしまう。

 アルラが見舞い品のフルーツバスケットの中から寝ころんだままリンゴを探り当てると、皮も向かずに丸かじりし始めた。不機嫌そうな表情はまだ入院して三日しかたっていないからだろう。一度長く縛られた者は再び同じ目に合うとどうしても比較してしまうのだ。


「どうしてこうなった...確かに無茶したとは思うけど寿命さえ確保できれば余裕で回復できるのに...」


 回復できるとはつまり『神花之心アルストロメリア』のことである。あれから帰り道に数十年程度の寿命は確保しておいたものの、全回復するには全然足りないのは仕方ない。電車の中での視線もかなりひどかったのを覚えている。そりゃ突然爆破事件が起こった日の電車の中に血まみれな男が平然と座ってたら通報くらいするかもしれないが、だからと言ってあそこまで騒がれるとこっちもこっちで辛いのだ。その後駆けつけた警官に『お前はあの時の!』されてそのまま連れて行かれそうになったり、それを止めようとしたラミルが同じ警官に子ども扱いされてキレかけたり、結局半ば無理やり病院に担ぎ込まれて同じ主治医に割り当てられたら主治医も主治医で引きつった笑みを浮かべていたのが怖かったりと本当にいろいろあった。

 だからラミルのその後もまだわかっていないし、送られてきたのは見舞い品だけだった。だがきっと彼女なら、今頃普通の道を進むために努力しているころだろう。受け入れるということは強くなるということでもある。彼女はいままで逃げていた道を受け入れた。

 もはや自分が手を差し出す意味もないほどに強くなるだろう。

 そしてアルラが口をしゃくしゃくと動かしていると、病室の扉ががらららと横に開いた。入ってきたのは白衣の男性で、あきれた表情を浮かべながらアルラを見て頭を掻いている。


「いやね、たった一日ちょっとであそこまで大怪我して戻ってきたことにも驚いたけど、全然怪我を治す気ないね君?」

「何言ってんだよ先生。俺は自分を治療できる異能があるから入院なんてしなくても自分で治せるって何度言ったらわかるんだよ。早く退院させてくれ」

「こっちとしても早く退院させたいところだけど、治療がひと段落着いたら君を引き渡すように警察に言われている。一体何をしたんだい君は」

「人のことを事件の犯人扱いして襲い掛かってきた警察連中を地形ごとボコボコにして逃げた」

「本当に何してるんだい君は?」


 呆れられるのも当然の反応だろう。アルラもまたバツが悪そうに頭を掻いて。


「仕方なかったんだよ。ほかにやることがあったんだから」

「列車の破壊がかい」

「あれも俺のせいじゃ...俺のせいだなアレは」

「否定しなよ」

「為すべくしてなったというべきか、いつの間にかああなったというか...」


 そこまで言って頭を抱えていたアルラは、また今後の予定を頭の中で組み立て始める。このまま街にとどまったところでアルラが望むような結末は得られないだろう。となればどこか別の土地に移るのが最善な気もするが、指名手配でもされたら厄介だ。まずは一度警察で弁明して、無実を証明してから再び『強欲の魔王』討伐に向けて旅を進めるかと考えていた時だった。


「その後の捜査で教団の悪巧みが表に出たし、その中には今回の事件の関与を裏付けるような調査結果も残ったらしい。引き渡しを要求されているといっても、軽く話を聞きたいだけみたいだよ」


 主治医の男は軽く言い流して、今度は自分の手元の書類とボードにペンを奔らせた。どうやら何もかもアルラが悪いということになったわけではないらしかった。そこまで聞いたアルラは安心したように息を吐いて、食べかけのリンゴをバスケットの隣に置いた。なんでも彼が言うには『一方的に貴方を犯人と決めつけ実力行使に至った点は謝罪したい。しかし我々にも仕事と立場がある。事件のより速い収束に向けて協力を仰ぎたい』ということらしい。急ぐ旅でもないので協力する分には構わないが、アルラはやっぱりいろいろ怖いので逃げ出そうとも考えていた。そしてそんなアルラの意図を読み取った主治医は、ペンを奔らせたまま付け加えるように言った。


「むしろここで逃げた場合のほうが追われる立場になるんじゃないかな。警察さんが逃げた君のことを『自分に都合が悪いから逃げた』と捉えてもおかしくないだろうし、そもそも君の状態じゃそうそう簡単に逃げ切れないだろう。大人しくベッドの上で過ごすことを勧めるよ」

「なんで俺の周りのやつは考えてることをあっさり読んでくるの?怖いんだけど」

「君は顔に出やすい」


 主治医の一言を受けて顔をペタペタと触るアルラの横で、厄介な患者を任された哀れな主治医はまた大きく息を吐く。

 言われなければ逃げ出すつもりだったらしいこの青年は本当に懲りないな、という意味合いを込めただ。このまま送りだしたところで、数日もすればさらにボロボロになって帰ってくるかもしれないのは前例があるせいだろう。この青年は一度死にかけたりしない限り同じようなことを繰り返す気がする。と言っても、これほどの負傷は一般人ならとっくにくたばっていてもおかしくないのだが。


「そういえばあの女の子、全然見舞いに来ないじゃないか」

「ああ、ラミルね。見舞い品は持ってきてくれたらしいけど顔は出してくれないんだよな。大丈夫かなアイツ」


 自分がこんな状態だというのに誰かを心配できるとは。

 とんだ馬鹿か自己犠牲野郎なのか、主治医の男にはアルラの経緯なんて興味すらなかったが、その他人を想う気持ちの出どころにだけは一人間として尊敬に値すると考えていた。詳しく聞かされていないがこの青年。なんと自ら厄介ごとに首を突っ込んで、当たり前かのよう

な態度で自分で負傷したうえで解決したそうではないか。


(まったく、どんな目標を持って動いてるのやら)


 普通、これだけの大怪我を追ってまで他人のために自分を投げだすことなんて、ヒトにはできない。

 泳げない人物が目の前で溺れる子供を見かけても飛び込むべきか否かで躊躇うように、何よりも優先されるのが『自分の命』であるからだ。だから通常ヒトは、目の前で危機に陥っている誰かがいたとしても、『自分じゃなくても』『誰かほかの人がいる』と言い聞かせてみて見ぬふりをしてしまう生き物なのだと。

 医者という職業に就いている以上、彼はアルラとはまた別の命のやり取りのなかで感じ取ってきたと自分では思っていた。だから今回のような()()は珍しい。事の経緯を『彼の肉体の状態』と共に、彼が所持していた謎の端末から開示されたときには自分の目を疑ったものだ。二重の意味で。

 

「とりあえずだ。ちゃんと治したいなら指示に従い適切な処置を受けること。まずは自分の体を第一に考えること」

「へいへい」

「それとも何か?月単位の入院生活がご所望かな?」

「勘弁してください」


 即答だった。

 それには思わず主治医の男も笑みをこぼしていた。


 とりあえず『白の使い』という教団とラミル・オー・メイゲルの事件は、アルラが知るところでは収束を向かえた。『白の使い』の支部は壊滅状態。教団の数々の裏稼業も明るみになり、残された信徒もあえなく捕まった。『ウィア』から聞くところによるとこの教団。なんと他国から麻薬を安く仕入れては国中に高値で売りさばいていたらしく、少なくとも多種族国家チェルリビーの支部はどこも同じような捜査が行われることだろう。つまり、宗教団体という皮をかぶっていただけの暗部組織に過ぎなかったというわけだ。

 知らず知らずのうちに多くの人間を救うという結末になったわけだが、アルラの目的は当然そんな綺麗なものではなかった。

 極端に言えば人殺し。

 決して白くはない目的。

 アルラはとある人物を殺したいと思うほど憎悪していて、目的はその延長線上に存在している。

 かつて自分の全てを一夜にして奪い去った『強欲の魔王』

 大罪の魔王の一角にして、世の欲望を司るとまで言われる『欲』の化身。

 アルラの全てはその男を討つためであり、今回の件は寄り道にしかならないのは明確だろう。迷うことなく手を差し伸べたアルラに意図はなかった。恩を売っておいて後で役に立たせようとか、仲間になって欲しいとか。ラミル・オー・メイゲルに対して、アルラはあくまでも『助けたい』という感情だけで動いただけだ。

 見返りを求めたら、それは『人助け』じゃなくなる。


 そして『人助け』もいいが、彼女に言ったように自分も優先するべきことがある。

 アルラは自らの右手を、改めて決意で握りこむ。握りこんだはずの拳がうまく形を保っていないのを見て、アルラの表情が険しくなった。


「......確か君の異能には副作用があるんだったね」

「どうしてそれを」

「私はこれでも君の主治医だ。と言いたいところだが、そこのAIが肉体の状態と共に開示してくれたよ」


 ぶるりと。机の上で『ウィア』が振動した。

 自分の手柄だと主張するように、画面の中は暗いままで。


「既に気付いているだろう、特に右腕の感覚が遠くなっていることに。君は全身怪我まみれだけど、特に神経のダメージが酷いんだよ」

「だろう、な。ずっと酷使してきたから」


 こんなことは以前にも、外に出る前に何度か経験している。

 『神花之心アルストロメリア』を酷使し続けた結果、痺れが残るのは第二段階(・・・・)だ。

 その気になればアルラは、『神花之心アルストロメリア』の治癒力を信じて腕を引きちぎることもできる。異常がある部分を自ら取り除いて、『神花之心アルストロメリア』の再生で新しく作り直す。大量の寿命を消費して、文字通り身を裂く激痛に耐えれれば不可能なことではない。ただし今のアルラにはそれを実行するほどの寿命は残されていなかった。


「それだけじゃない。君が病院に担ぎ込まれてきた時、既に出血量が尋常じゃなかった。輸血が間に合ったからよかったものの、これからはあまり無茶しちゃいけないよ...と言っても聞くわけないんだろうけど」

「よくご存じで」

「こんなことを繰り返していて長生きできなくなってもいいのかい?」

「元より長く生きるつもりなんて毛頭ないさ」


 アイツさえ殺せればそれでと言葉を紡ぎ、改めて拳を握りこむ。

 歪んだ覚悟だろうがなんだろうが、他人の目にどう映っていようともアルラにはそれがすべてだ。復讐だけが残された道だった。何時だって瞼を閉じた瞬間はあの惨劇が蘇る。思い出しただけで吐き気が止まらなくなって、目の前が真っ暗になるような気分だ。特に『戦将』

 あの男が苦しんで苦しんで苦しんで死ぬ様はこの目で見ないと気が済まない。

 アルラが放った異常なまでの殺気を感じ取ったのか、また『ウィア』がぶるりと振動した。誰も見ていないところでその青年の感情を文面と記号で表そうとしてエラーを吐く。


「これでも医者だからね。そういった発言は色々と物申したいんだけど残念ながら私に君を止める権利なんてない」


 アルラの主治医はそう言って、茶色い封筒のようなものを投げ渡してきた。受け取って中を確認すると、そこには一枚の紙きれが入っているのが伺える。最初は何が何だかわからない様子のアルラも、記された文に指をなぞってそれがどういうものなのかを理解したようだ。


「これは...チケット?」

「今朝君に届いた差し入れだよ」


 差し入れと聞いてある少女の顔が浮かぶ。封筒に名前は書いてなかったが、白銀髪の少女がまた送ってきてくれたのだと考えながら一枚のチケットを眺めるように見回した。どうやらコンサートとかの類ではなく、とある船の乗船券のようだった。

 アルラは何の気なしに手に取ったチケットの裏側を見て目を細める。記された日付がちょうど今日から一週間後。順当に回復していこうが、現在のアルラの状態では到底間に合わない。彼女が自分にに送る理由が読めないかったからか、怪訝な表情を浮かべたアルラの横で『ウィア』が震えた。今度は手に取ってみると、どうやらその船について色々調べてくれたようだ。外見や内部の設備の画像や案内がずらりと並んでいるのを見て思わず声を漏らす。


「凄いな...」


 ゆったりと船に揺られて傷を癒してくれ、ということなのだろうか。使うかどうかはまだ悩むが今はありがたく受け取ることにしよう。渡すだけ渡すとアルラの主治医は『それじゃ、くれぐれも安静に』とだけ言って出て行ってしまう。彼が本当に患者に関心を持っているのか尋ねたくなるが、窓の外に見える向かいの公園の様子が不意に目に映った。

 もうそろそろ夏も終わるというこの時期で、子供たちが活発に動き回る。

 暇を嘆いて青年はもう一度真っ白なベッドにぽすりと横になった。見慣れた天井と重ねるようにチケットを掲げる。黒い円盤型の機械だけが彼の発言を拾って、せわしなく解析と思考を繰り返している。

 アルラ・ラーファはあの日、帰りの電車で隣に自分の座った少女のことを思い出していた。何の気なしに話しかけた少女と、応じるアルラの会話は本当に些細なもので、まるで友達と共に歩く下校の風景のような一コマだったのを覚えている。


『アルラさん』

『ん?』

『これから、どうするんですか?』

『とりあえず病院だな、機械のくせにうるさいやつがいるし』

『そうじゃなくて』


 彼女はアルラの顔を覗き込んで、心配そうな表情を向けていた。敏感に自分に対する発言を聞き取った端末がポーチの中で何やら訴えていたが、アルラもまた首を傾げて少女と向き合う。


『何のために復讐するんですか』


 今まで尋ねられたことも無かったが、客観的に聞いてみると確かに不明確かもしれない。『復讐』と一口に言っても色々あるだろうし、白銀髪の少女には想像もつかなかったのだろう。何と答えるのが正解だったのか、今考えてもよくわからない。

 ただこちらを見つめる彼女の質問に、あの日のアルラは答えることができなかった。



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