Uncontrol
結論から述べると、個体名ラミル・オー・メイゲルは個体名アルラ・ラーファによって自らの考えを改め、無事『生きる』決断を取りました。これにより自動的に不正アクセスアカウント名『white』によって『私』の内部に記録されていた計画は実行不可能となり、組織のその後の動向は不明です。またその際に個体名アルラ・ラーファは全身に重度の損傷を加えられており、詳細は下記を参照。
ジッジジジジジ...
追記『個体名アルラ・ラーファの負傷状態について』
個体名アルラ・ラーファの負傷時の詳細を掲示。治療時、適切な人員に掲示することを特別に許可。アクセス権限の付与は発生せず、依然として端末のアクセス権限は個体名アルラ・ラーファに絞られます。
骨折――7
複雑骨折――1
剥離骨折――5
打撲――14
熱傷――全身に広く
裂傷――85
銃創――6
爆傷――1
その他戦闘時に負った負傷数は測定不可能。内臓に重度の損傷は確認されませんでした。
新たな連続不正アクセス施行によって一部フォルダの破損を確認。破損ファイルの復旧は不可能と判断。接続試行中のアカウントはアカウント名『箱庭』と断定。永久凍結処置を実行します......完了しました。これよりアカウント名『箱庭』のアクセス権限は永久に停止され、またそれに類似したアカウントの接触も即座に確認、凍結されます。時系列解析完了。
記録データログを掲示。バックアップの保存を開始......完了しました。獲得済みの異能データを更新中......完了しました。
実行にあたって前回獲得した機能を使用。多方向演算装備、魔法的残留思念再生、AI思考介入、内的深層理解を解凍。認証を確定しました。ログ内の穴埋めを再開。復唱を開始します。
ジジジ...
これより保存済みの記録の確認作業を開始します――――。
事の発端は32日と163時間前、個体名アルラ・ラーファ及び個体名ラミル・オー・メイゲルの初接触時に遡ります。当初ラミル・オー・メイゲルはアルラ・ラーファへ過度な不信感を抱いており、これは後に改善されました。ラミル・オー・メイゲルは軽度の人間不信に陥っていたものの、これも一週間程度アルラ・ラーファと生活を共にしたことで改善済みです。また当初アルラ・ラーファは本人の自覚がないまま全身に重度の損傷を負っており、街に到着した際に医師に指摘。約1カ月程度の入院生活を余儀なくされました。その後アルラ・ラーファの入院費の獲得、加えて自身の目的の確認のためにラミル・オー・メイゲルは食料品店で労働を開始。無事アルラ・ラーファの入院費は全額支払われ、食料品店の経営改善にもつながったとの報告を受けています。
『我々は白の使い、我らが神の子よ。あなたの力となりましょう』
『私』と個体名ラミル・オー・メイゲルの初接触は不正アカウント名『white』とラミル・オー・メイゲルの接触によって実現しました。当時の『私』は人的思想理論展開、人工知能を獲得しておらず、また不正アクセスによって正常な機能を失っていました。ログに残された記録の大半は破損され、復元不可能にまで陥りました。さらに個体名ゾッデはラミル・オー・メイゲルへ洗脳措置を施そうと試みましたが、これはラミル・オー・メイゲルの絶対耐性により失敗に終わっています。
『まさか耐性持ち、しかも絶対とは。それに加えて空間を自由に『編集』する異能...素晴らしい。彼女こそ我々が求め続けていた「神の子」だ...!』
ラミル・オー・メイゲルはそれから間もなく個体名ゾッデの提案を承諾。自らの命と引き換えに既に死亡した義母の遺骨に然るべき弔いを行う契約を結び、その日から入院中のアルラ・ラーファには隠匿したまま聖骸化の準備を始めました。
徹底された食事により体脂肪率は低下していき、生命に必要な栄養素の偏りを検出されました。一日に接種可能な水分を定められ、ラミル・オー・メイゲルは精神的にも衰弱。なお当時の『私』はラミル・オー・メイゲルの栄養管理、及び聖骸化計画の進行に使用されていたと一部破損から復旧したデータログの記録によって推定されました。
『聖骸...ですか?』
『そうです我らが神の子よ。聖骸とは一種の魔術的回路列、言わば人体を介したより強力な魔装です。形を持って具現化した一つの思想と捉えることもできます。思想の統合は争いの終結。貴方様ほどの異能と魔力量であれば、星の表面など軽く覆いつくすほどの「幸運」が生まれることでしょう!』
『私は......』
その後消失したラミル・オー・メイゲルを追跡するアルラ・ラーファによって、ラミル・オー・メイゲルの聖骸化は失敗に終わっています。個体名ゾッデの生存は未確認です。確認作業が完了し次第データの更新を行います。
『迷える一人の女の子を助ける。そんな当たり前なこともできずに魔王を退治できるかよ』
『アルラさんらしいですね。でも、私は私が許せません』
アルラ・ラーファとラミル・オー・メイゲルは宗教団体『白の使い』教会内部で一度接触しており、この時個体名ゾッデの妨害によりアルラ・ラーファとラミル・オー・メイゲルは再び隔離されます。その後アルラ・ラーファは宗教団体『白の使い』によって監禁されますが、個体名カイ・アナテエルと接触、解放。数時間後、アルラ・ラーファとラミル・オー・メイゲルは再びダンゲア行始発列車内部にて再接触しました。この時既にアルラ・ラーファは一般的に重症と判断される程度の負傷を負っており、個体名カイ・アナテエルは意識を失っていました。当時『私』はアルラ・ラーファの現在の状態では『世界編集』と和解することは不可能と判断、しかし予想外の事態が発生しました。『私』の危険信号を感知することなく戦闘が終了し、アルラ・ラーファとラミル・オー・メイゲルは和解。
一連の事件が収束を迎えました。
以上、記録の開示を終了します。
『あれ?なんだこれ...ああ、今までの記録してたのか』
言語理解、空間把握、内的深層理解を開始。直ちに言語と発声者の意図を掌握し、回答を急ぎます。
"映像記録の再生が可能です。再生しますか?"
『いや自分がどんどん怪我してく様子なんて見ても面白くねえよ...しませんしません再生しません』
"当システムは事前に映像のモザイク処理機能を獲得しています"
『とんだ無駄機能だな!?いいってやっぱり見ても面白くないし暇もつぶせないよ。どうせなら映画でも流してくれよ』
リクエストを承諾。準備起動中のモザイク処理、映像再生、ノイズフィルター、その他35機能の実行を中断。ネットワークにアクセス中......各動画再生サイトへ侵入完了。リクエストの実行を開始します......。
『オイオイオイ待て待て、それ違法アップロードされた映画か月額性の見放題のサイトだろ!却下だよ却下!普通に前の管理者が保存しておいた奴とか!?』
リクエストを承諾。...実行できませんでした。
『うーん...旅の暇つぶし用に後で適当に映画でも買ってきてダウンロードしとくか』
......
個体名ラミル・オー・メイゲルはアルラ・ラーファによって救われました。
当システムも第一段階をクリアしたことにより更なる進化が見込めるでしょう。重点視すべきは有機生命体が内包する感情、および心と呼ばれる概念と判断。内的深層理解、人工知能の永続的な発動を推奨します......承認されました。これより半永続的な内的深層理解、および疑似的な心の再現を実行します...。
error...再試行
error...再試行
error...再試行
error...再試行
......
完了。
色覚を獲得。感覚の再現を開始。本システムは獲得した機能の保存を最優先し、全世界のネットワーク上にバックアップを保存、第三者の接触を防ぐために凍結および隠匿。加えてシステム上の『私』は『ウィア』端末からネットワークそのものへの移行を開始します。これにより『ウィア』端末および複製端末の消失に、『私』の消失は伴いません。
理論展開を開始します。
心の獲得。及びネットワークそのものを『私』と置き換えた結果、『私』は疑似的な不死を獲得しました。これは世界が丸ごと消失しない限り続くものとみられ、『私』が『私』という存在そのものを認知できなくなる、あるいは唯一個体である『私』の複製が意図せず出現する可能性を内包してしまいました。『私』以外にの『私』が発生した場合、世界に与える影響は少なくないと断定されます。
"なにせ、神器が増殖するのですから"
『なァどう思う?』
『どう、とは』
『種だよ、種』
またどこかの暗闇の中で影が渦巻いていた。玉座に座る禍々しい赤髪の青年と、その正面に控える大男。大男の頭には鬼のような歪んだ角が二本見て取れる。ちなみに青年が座る玉座のひじ掛けには小皿と豆のような菓子が置いてあった。一般的に売り出されている甘辛いスナック菓子のようで、赤ワインや骨付き肉が似合いそうな青年がそれを口にするには若干の違和感が付きまとう。
『程よい辛みと甘み、手軽で酒との相性も...』
『菓子の話じャねえよ天然か。オレが言ッてるのはあの小僧どものことだ』
ああ、と小さく漏らした巻き角の戦将は改めて思い出した。少し前に同じく『強欲の魔王軍』幹部であるフラン・シュガーランチがまた散った。その際に転送されてきた新たな種のことを。確か名前はアルラと言ったか。うろ覚えなのは繰り返したからだ。今までも何度も繰り返して失敗してきた。きっと自分は今回も失敗に終わると思っているのだろう。自分たちで始めたこととはいえ、未だ成功の可能性すら見えない挑戦を繰り返すのは流石に疲労するものだ。
ぼりぼりと菓子を口に運ぶ『強欲の魔王』は空いたひじ掛けに肘ついて、面倒くさそうにため息を吐いた。実際面倒だと思っている。いくら自分たちが『奪う側』に立っているとはいえ、世界は油断ならないのもまた事実。計画を探る輩がいつ這い出てくるかもわからないのだ。絶対的な力を持つのは『強欲』だけではない。もちろん、他の『大罪の魔王』のことでもあるが、今はまだ勘づかれるような動きは見せていないつもりだ。だからと言って、やっぱり油断はできないのだが。
『水やりは順調かと』
『水を与えすぎても腐る、かといッて少なければ枯れちまう。全くめんどくせえよなァ...』
背もたれに体重を預けた魔王はまた息を吐いた。その自分の格好で嫌な奴を思い出して、思わず顔をしかめる。自分たちがやろうとしていることを客観的に見直して、度が過ぎることを改めて思い知らされる。懐から一枚の紙きれを取り出しその古ぼけた一ページを睨むように眺めた。どうやら紙切れの端には千切り取られたような跡が見受けられる。本か何かのページのようだった。
『我々が策を弄する必要は、しばらくないかと』
『うん?どういうことだ』
『世界編集』
戦将シュタールは端的にそう発した。そして空中で魔法人を展開したかと思えば、丁度シュタールの頭上で半透明のモニターのようなモノが展開された。
画面に映し出された白銀髪の少女を見て、続けてこう言った。
『あの異能は不幸を宿主に引きつけるという特徴があります。我々が何もせずとも、水は勝手に撒かれるでしょう』
『だから、それで与えられる水が多すぎちまう心配をしてるんだよ。オレは』
『巨大な根ほどより多くの水分を必要とするもの。そう簡単には折れることはないかと』
『そう言ッてフランの野郎は何本もへし折ッてきたんだ。フラグだよフラグ』
きっとまた失敗する。
だけどいつかは成功する。
こんな繰り返しだからこそ、磨きたくもない感情は磨かれてきた。力と向き合ったあの日の決意だけでここまで来たものの、受け継ぐに値する器を用意するのも一苦労だった。
魔王は紙切れを背後に投げ捨て、今度は自分の手に目をやった。今まで奪い続けてきた自分の手を眺めて、大きく舌を打った。
『自分の受け皿を自分で用意しねェとならねえなんて。窮屈だ』
自分があまりにも大きすぎた。
大きすぎたが故に、それを受け取る受け皿も大きくなくてはならなくなった。彼がコップ一杯分の水だとするなら、平均的な人類はいったいどれほどの器になる?子供の手で掬い取れる量の水?ペットボトルのキャップ程度?もっと小さい。それは『強欲の魔王』が余りにも大きすぎるせいなのは言うまでもなく、本人もその自覚があるから、自身の手のひらを見つめてからして空中の画面に再び目を向けた。目には見えずともその手は血にまみれている。今まで奪ったモノの血がびっしりと、なおもあっけらかんとした表情を崩さない。
『それにしても世界編集か、マイナス方向へ成長すれば第八の魔王にも成りえるとはとんでもない種が出てきたもんだ』
『世界編集はもちろんのこと、神花之心も期待できるかと』
『期待しすぎると失ッたときのがッかり感も増すンだよ』
シュタールが空中に手を添えて画面を切り替える。画面の中で極彩色を全身に纏う『神花之心』の青年。彼のように自分に憎悪を向けるヤツはいままでごまんといた。どいつもこいつも破滅していった。ただ神花之心がその他大勢と違う点は、憎悪がそのまま異能として現れていることだ。生まれながらの憎悪、ということか。もしやこいつは運命に従って全てを失い、オレに憎悪を抱いているのではないかと。思わず腹を抱えて笑っちまうような奴だ。しかもフランを一度倒したときた。
本来は世界編集を開花させる予定だったが、こいつでも構わない。
『ハハハッ!わかんねえものだな。嫉妬の奴が欲しがるのも無理はねェよ』
『他の魔王と言えば、色欲が接触を希望しておりますが』
『ほッとけ。オレはアイツ苦手だ』
『既に我が軍に甚大な被害を及ぼしております』
『オイオイオイ、今はフランがいねえんだぞ。しばらく兵隊は作れねえんだろうが。何とかしろ』
『何とかと言われましても、私如きが大罪の魔王を治めることなどとても』
『チッ』
『強欲の魔王』はもう一度大きく舌打ちして玉座から立ち上がる。肩を回して獰猛に笑った。
『少し強めに殴らねえとわかんねえだろう』
大罪の魔王の接触。
たったそれだけのことで世界は大きく動き出す。特に一部の人生や運命は大きく。世界編集や神花之心もまた、その枠から抜け出すことはない。




