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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
61/268

踏み潰される個人は未だに



 いつの間にか、長髪の神父すら何処かへ消えていた。代わりと言ってはなんだが、世界に名を刻む宗教団体の一つ、『白の使い』の敬虔なる信徒とやらが大量に残された。統一された服装はまさに個性を削り取った一つの大きな思想を示し、これこそが全世界共通の感性だと言わんばかりに言外な主張を続ける信徒たちはいっそのこと哀れだ。

 剣、槍、弓、戦斧、杖、大ぶりな木工用のこぎりまで。各個人がそれぞれ多種多様な武器を携えて、命じられたままに灰被りの青年を殺せと殺到する。

 だが眉一つ動かさず、ごく普通の『異常者』で、ごく普通の青年を名乗るアルラ・ラーファは極彩色を振るう。腕を横薙ぎに振るうだけで十を超える信徒の集団が大きく弾け飛び、脚を突き出せば赤が撒き散らされる。

 つまり、殺戮。

 『神花之心アルストロメリア』という絶対的な暴力の渦が、全てを呑み込む。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああ!!」

「がああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ぐちゃりと。

 信徒たちの叫びを肉質な、不快な音で上書きしてしまう。

 アルラ・ラーファはただ優しいだけの青年ではない。救うと判断した命は徹底的に助けるものの、消えるべき命と判断されれば徹底的な敵対が待っているだろう。

 例えば『ノーテイム』

 アルラが遭遇したのオーク・ノーテイムは救いようのない『悪』だった。

 自らの利益のために街全体を『オーク・ノーテイム』で埋め尽くして、街一つを丸ごと恐怖に叩き落とした。

 更に上を征く『強欲の魔王』やその軍勢。

 魔王と呼ばれるにふさわしい行動ばかり。アルラ・ラーファの復讐劇も、ラミル・オー・メイゲルのどん底も、全てはこいつが発端だった。もはや悪なんて小さな表現では言い表すことなんてできないレベルの悪のカリスマ。まさしく『魔王』


 なのにこいつらはどうだ?

 最初、神父がいいように使っているだけならば、無理に殺さず見逃そうともした。意識だけ落として、あとは放ってラミルを追おうと思っていた。

 なのに。


(どういうことだ...!?)


 『白の使い』の信徒たちは、自ら死にに来ているようにさえ思える。

 わざわざ外した急所へと迫る攻撃の位置をずらし、意識を奪われる寸前まで追い詰められれば舌を噛み切った。無理やりにでもアルラを己らの『死因』に仕立て上げた。当然その程度でアルラが止まるわけはないが、意識の隙間に僅かな違和感を与えるには十分。

 あとは何もしなくても、アルラの中の違和感は『不安』に昇華して、徐々に行動の幅を狭めていく。


「どういうっ、ことだ!」


 思わず考えていることが口から漏れた、という様子だった。

 灰被りの青年の一挙一動がフードを深く被った『白の使い』の命を奪い、寿命を奪い、アルラ・ラーファの糧とする。

 むしろこの状況は、『強欲の魔王』戦で貯蓄しておいた寿命のほとんどを使い果たしたアルラには好都合だ。なにせ殺してもなんら構わない命が自ら飛び込んできて、これからラミル・オー・メイゲルを助けるにあたって絶対必要な寿命を獲得することが出来るのだから。

 だけど。

 確かに『寿命』はアルラの中へと届いている。それでも何かがおかしい。

 まるで殺戮の度に相当な重量のおもりを鎖で巻き付けられているような気分だ。


(まさか、カルマ?敵対者の罪悪感の隙に付け込んで行動の自由を奪う魔法術式か!)


 カルマ値と呼ばれるものがある。

 ロールプレイングゲームやプレイヤー多数のオンラインゲームで実装されている、プレイヤーキルや村のNPCなんかを無意味に殺害したり、モノを盗んだりすることで徐々に上昇していく数値のことを指す。例えばそれがマックスまで溜まると行動が制限されたり、一部のサービスを利用できなくなったりされるというデメリットが生じるものだ。

 アルラが受けているのはまさしくそれに近い。

 無関係とも扱える命を消費させることで罪悪感を埋め込み、一定値以上である程度の行動を制限する魔法、といったところか。どちらかといえば重く残る呪術かとも思えるが、アレは『自分に課した呪いで異常現象を引き起こす』技術らしいので恐らくカテゴライズ的には魔法であっている。

 そうと分かればこんな雑兵どもにかまっている暇はない。

 下手に触れでもすれば、無理やり死因をこじつけられてしまう。例えば触っただけで傷を負わされたと叫び、死因を押し付けて集団を生かす。この場の信徒は全員が全員『白の使い』という総意を生かすための犠牲というわけか。

 言わば集団の当たり屋。

 無理やり相手に自分を殺させて、もっと言えば勝手に死因を相手に押し付けるだけの集団。

 異常極まりない集団真理の片鱗は、容赦なく。海洋を荒まく大波のように灰被りの青年へ押し寄せる。


「くそっ、こんなのに構ってる暇はねえ!」


 だが突然。

 フードの不気味な集団の中心から抜け出そうと飛び上がったアルラの体が空中で静止する。


 否、何かに()()()()()らしい。

 まるでガラスに体当たりする無知な鳥のように。むしろ『神花之心アルストロメリア』で強化した脚力で飛び上がった分、態勢悪く首をへし折らなかっただけでもよかったのか。

 見えない壁の正体は、ぶつかった直後に視界に入ったフードの男を見てすぐ判明する。

 魔法なんて広いカテゴリーの中ではかなり一般的な記号で、やろうと思えばアルラでも『神花之心アルストロメリア』を利用して扱うことが出来る術式だった。


「ぐえっ!けっ、かい!?」


 そう、結界だ。

 日本のアニメで、退魔師なんかが印を結んで発動させるあれだ。実際には個人の属性に縛られず、紙のお札でも木の板でも記号を埋め込んで魔力を流すだけで、空気を固めた小規模な『結界』は生み出せる。だがそれを、プロの魔法使いが本気で改良を重ねた場合はどうだろう。


(空気じゃない、水分の膜に魔力を加えて振動を相殺させてる!)


 空中で墜落しながらなお、アルラが大きく舌打ちの音を立てる。

 詳しい仕組みはかなり複雑だが、要は空気の震えと全く同質の震えを正面から激突させて波をゼロに保っているようだ。突破するには反応できないほどの速度で攻撃を叩き込むか、再現できないほどの波を用意するか。いずれにせよ身体能力を大きく向上することが出来る『神花之心アルストロメリア』であれば可能だろう。

 ちらりと上...地上へ目をそらすと、結界内に取り残された信徒の残党たちが、落下してくるアルラを待ち構えているのが見える。

 ぐるりと体を大きくひねって、足を下にする。胸に抱えた妙な圧迫感を押しとどめて、慎重に狙いを定める。

 危害を加えようものなら死因を押し付けて、身に覚えのない業を押し付けられてしまう。


(それならっ...!)


 ()()()と。

 アルラの着地を待つ信徒の頭上へと広がった黒があった。

 まず大前提としてアルラ・ラーファは通常、魔法を使えない。

 それは生まれながら『空気中のマ素を体内で魔力に変換できない』という体質からくるもので。転生云々や『神花之心アルストロメリア』は関係なく、むしろ『神花之心アルストロメリア』で本来ゼロのはずのマ素変換力を微弱ながら強化することで魔力を得て、辛うじて闇魔法を扱える。言い換えれば、『神花之心アルストロメリア』を介している以上、一般人が簡単に扱う魔法を使うにも命を削る必要があるということだ。

 それに、たとえ弱弱しい闇魔法でも使い方次第で十分に力を発揮できる。

 こんなふうに...!


復讐鬼アルラ・ラーファ!」


 ぞわり。

 ぞわ、ぞわ、ぞわわわわわわわわわわわわわわっ!!と。

 灰色や茶色で塗りつぶされたキャンパスを、上から墨汁で上書きするような魔法だった。

 バケツの中身をぶちまけたように広がる暗黒が、『白の使い』の信徒たちの頭上を覆いかぶす。当然視界は塞がれ、漆黒のカーテンを巻き付けられたような風貌に早変わりした人の群れを地面に転がすと、やがて呼吸すらままならず動きが止まる。

 見えない壁の向こうでわたわたと慌てる信徒共には、相殺できないほどのパワーを。

 反対側でアルラの闇をやり過ごした信徒には、一瞬で意識を刈り取る投石を。

 一応、殺してはいない。


 正体不明のカルマを基とした術式が怖かったというのもあるが、仮に彼らが神父の手でいいように利用されてるだけなら、必死になって殺す必要もないと判断したからだろう。もちろん意思を持ってアルラの邪魔をするというのであれば、容赦なく体のど真ん中に風穴を開けていただろうが。


「残るは神父、あいつだ」


 呪うように呟くアルラは、数秒後の未来を知ることなんてできない。

 もっと早く、体の違和感に気が付けばあるいは。今更悔やんだところでもう遅い。

 積み重なったカルマは、()()()()()()()()()()()()――――。




 この街にも、ちょっとした観光名所的な場所がある。

 それは北東の方角、丁度街はずれでぽつりと経営される遊覧ヘリ乗り場だ。

 別に観光雑誌に頻繁に掲示されたり、毎日行列が出来るような施設ではないが、それ以外の有名どころなんてゼロに等しいこの街では最も人が集まる場所だろう。別に産業が発展していて全体的に金持ちな街ではないので、もちろんヘリもぴかぴかな最新式のモデルではないし、むしろ十年間以上機種変してないので数段階古いのモデルだった。

 たまにいるのだ。

 調子に乗った観光客が夜な夜な施設内に侵入して、無人のヘリコプターの中に入ってしまおうなんてくだらないことを考える。大抵はそのまま警備会社に連行されるのだが、未然に防ぐために管理者は時たま夜のパトロールに出かける羽目になってしまった。

 今日もそんな夜。

 若干禿げあがった頭の男性は、自宅を出て勤務先へと向かっていた。

 当番制で毎日誰かがやらなくてはならないとはいえ、こうも定例化した作業はどうしても倦怠感を伴わせてしまう。男はいつものように不平不満をぶつぶつと唱え、それでも仕事なのでヘリが格納された倉庫のシャッターをボタン一つで開閉させた。


「ありゃ?」


 どういうわけだろうか。確か貸し出しの予定はなかったはずだが。


()()()()()()()()()()()()?」


 まさにその直後だった。

 遠方から凄まじい爆音と共に、黒煙が巻き上がったのは。




「まったくしぶとい。ここまでやって五体満足とは」


 爆炎の中心地。

 もはや元あった教会の面影なんて欠片すら残っていない。その場にあるのはただ焼け焦げた金属と炎。そして仰向けに転がる灰被りの青年だけだった。

 既に彼の意識はない。ヘリコプター墜落時の爆発に巻き込まれて五体満足を保っているだけで奇跡なのだ。むしろその程度で済んでしまう咎人には戦慄すら覚える。

 深く考えてしまうと本当に意識を失ってるのかさえ怪しく感じる。確認のためか、あるいは私怨か。長髪の神父は路上に転がる石ころでも弾くように、力を込めた爪先で青年の脇腹を蹴り飛ばした。それこそあばらをへし折る勢いで。

 ......どうやら本当に意識を失ってるらしい。


「この青年、さてどうするか」


 ここまで追い詰めるために、随分と信徒を『消費』してしまった。

 顎に手を当てて悩む長髪の神父、その背後で、辺りに血の池を撒き散らしながら倒れている信徒たちと同じシルエットが浮かび上がる。

 数はたったの一。偶然にも、また幸運にも生き残った()()の一人の手の中には、缶バッチのような黒光りする金属の板があった。


「ご苦労」


 労いの言葉を一言かけると従順なる信徒は深く頭を下げる。青と白の点滅を繰り返す漆黒の液晶に羅列された文字を受け取り、神父が僅かに目を細めた。


 これこそが、アルラの超強化された五感のすべてをかいくぐり、燃料爆発に巻き込ませることを可能にした『白の使い』の秘密兵器。正式名称は...なんだったか。盗んできた時は確かに覚えていたはずだが、しかしどうでもいいことはいちいち覚える必要もない。とにかく目的を果たすことが最優先。

 パチンッ!と神父の指が鳴り、奇妙な蠢きを繰り返すだけの左腕が停止する。

 いたって普通の人間の腕へ戻った。というべきか。


「我らが神の子は?」

「現在単独で逃亡中。事前にお受け取りなさった端末より信号を受信中です。逃亡する様子は見せず、ゆっくりとですが目的地へ接近されております」

「よろしい。私は我らが神の子を追います。貴方は()()を監視するように」


 ちらりと彼が移した視線の先に転がる青年を見て、純粋無垢にして使い捨ての信徒は戸惑い、尋ねる。


「彼は我らに立てつく異教徒なのでは?この場で殺してしまえば...」

「口を慎みなさい。『殺す』だなんて低俗な発言は控えるべきです。我らは本来あるべき場所へ命を返しているに過ぎない。この者のようにただの身勝手で行動しているわけではない」


 威圧され、信徒の背筋にヘビが登ってくるような感覚が這い上がる。形を持った死を錯覚させる程度には濃厚な殺意。仮にも神父がぶつけるような感情ではなかった。ここまで近づいているのに、無限に距離が開いているようにすら思える。

 気付いたころには、全身が水浴びでもしたかのように汗で濡れていた。

 言外に『お前なんていつでもどこでも殺せるぞ』と言われたことで震えを止められない信徒はまるで無視して、神父は呑気な口調で勝手に話を進めていた。いつの間にか自分が面倒を見る流れになっていた。

 納得がいかないが口に出すと命がなさそうだ。


「失礼かと存じますが、この者を生かしておくメリットが我々にあるのでしょうか...?」

「なに、彼の異能は役に立つ。脳みその()()()()()()()()()()()()を焼き切ってしまえば従順な信徒の完成です!」


 じわりと。

 今度こそ、底知れぬ闇の底を覗いたような。そんな危機感に晒される。

 神父の凶悪性は、本人に全く自覚がないことも相まっているのか。まるで晩御飯を作っていたら時間が余ってしまったので、ついでにもう一品揃えよう!程度の気楽さで。いとも簡単に全体の、あるいは個体の意識の方向を捻じ曲げてしまうだろう。

 実際、彼も『外からヘリの誘導』だなんて役を押し付けられていなければ、床を彩る赤い水たまりの源泉。その一つに成っていたに違いない。

 

(......青年も可哀そうに)


 敵であるはずの灰を被ったような頭の青年にすら同情できる。

 最初からかかわらなければよかったものを、と。


 人の話も聞かない神父に敵対者の管理を押し付けられた教徒が、崩れ去った『教会だったもの』の残骸の床を漁ると、どこかによく似た地下牢への階段が現れた。

 ふと尋ねたかったことを思い出して向き直ると、そこにはもう神父の姿はない。

 まるで今までが幻覚でも見ていたように、ぱったりと痕跡一つとして残されていないのは流石としか言いようがない。個性を総意のマントで塗りつぶした一人の信徒は大きくため息を吐いて、与えられた黒い円形の端末に目を向ける。


 エラーコード35502


「ああっくそっ」


 何かを確認しようとしたが、こんな時に限って精密機械がエラーを吐いた。確か無理やり内部データを改ざんしたりアカウントを装ったりしているので、こういう場合はそっちに詳しい人物に頼むのがいいのだが。


(とにかくやらないと。こっちの命が危ない)


 開いた暗闇溢れるハッチの中。それなりな身長体重のアルラ・ラーファを引きずって暗闇の中へと消える――――。


 アルラ・ラーファのミスはただ一つ。

 敵が魔法だけだと侮ったことだ。



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