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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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見知らぬ天井?



 アルラ・ラーファは見知らぬ天井を眺めていた。いや、正しくは十分というほど見知いってるのだが、気分的に憂鬱というだけでそんなことを考えてしまう。むしろこんな場面だからこそこんなセリフを呑気に吐くことが出来ると言っても過言ではないだろう。

 一人には広すぎる部屋の窓際に設置された真っ白なベッド、隣には木製の椅子とテレビや冷蔵庫が収まるテーブル兼棚。そしてアルラの腕から伸びたチューブが繋がれた点滴があった。

 つまり、ここは病院だ。

 顔をしかめながらバスケットに入っていたリンゴに手を伸ばして、寝転がったまま丸かじりした。テレビのリモコンをぽちぽちと操作するも今は真昼、コンパクトな画面に表示されるのはワイドショーやニュースばかりで無限に続くようにも思える退屈をしのぐことは叶わない。


「検査入院のはずなのに、気が付けば一か月も入院生活を送るはめになるなんていろいろとおかしい」


 不機嫌そうに灰を被ったような頭の青年が呟いた直後、がららと病室の扉が横にスライドして白衣の男性が入ってきた。首には彼の役職を象徴するように聴診器が垂れており、白髪交じりの頭を掻いてため息をつく。


「おかしいのは君の体のほうなんだがね。よくあんなボロボロの状態で普通に生活できてたもんだ。先生逆に感心しちゃうよ」


 アルラの主治医が呆れて言いながら取り出した瓶の中には白い錠剤が詰め込まれている。主治医は食後にちゃんと飲むこと、とだけ短い言葉を付け足すと、そそくさと病室を離れていってしまった。暇を持て余すアルラがリモコン片手に番組表を覗いていると、再び横スライド式のドアが音を立てた。

 次に姿を見せたのは、腰まで伸びるウェーブがかったゆるふわ白銀髪が特徴的な少女。

 出会った当初と異なる点があるとすれば服装だろうか。みすぼらしい貧乏村娘のような服装から一転して、彼女は白のワンピースを着用していた。


 ラミル・オー・メイゲル。

 『世界編集ワールドエディット』と呼ばれる異能を操る咎人で、世界に残り少ない妖魔族の見た目は幼い少女。だが実際の年齢はアルラと同等で、若く見られる、というより幼く見られることにコンプレックスを感じているらしい。

 手提げかばんを腕にかけた少女はベッドに歩み寄ると、首を傾けてアルラの様子を覗いた。


「体調はどうですか」

「いつも通り何の問題も無し、そろそろいくら健康を訴えても退院させてくれない病院を恨みそう」

「専門家の指示には素直に従ってください。『強欲の魔王』を倒すと息まくのはいいですけどその前に死んでしまったら元も子もありませんよ」


 確かに彼女の言う通りなのだが、アルラにはどうしてもこの時間が無駄な気がしてならない。ベッドでチューブにつながれて栄養を送り続けられる生活をするくらいなら、危険な森にでも出かけて寿命を集めたほうがいいと考えてしまうのは歪みきったアルラの感性がもたらしてしまった考え方か。

 木製の丸椅子に腰かけたラミルは、手提げかばんから取り出したいくつかの雑誌をテーブルに置いて、バスケットに入っていたフルーツの中からブドウを取り出してもぐもぐと食べ始める。元はこのフルーツバスケットも、数日前に彼女が持ってきた見舞い品である。


「流石にもうそろそろ退院させてくれてもいいと思うんだけどな」

「休暇も必要です」

「それはそうだけど」


 現状、アルラはラミルに頼りきりだ。

 強欲の魔王城から脱出して約一週間後、二人はこの街にたどり着いた。そこから取り合えずアルラの体を念入りに検査してもらおうと病院に出向いた結果、アルラは一か月も拘束されることになった。検査の結果はなんといつ死んでもおかしくない状態だったらしい。呑気に宿へ戻ろうとするアルラを必死に押しとどめた医者たちの苦労は計り知れない。もちろん入院費なんてほとんど無一文なアルラとラミルは払えないので、自由に行動できるラミルが資金を稼ぐために奔走することになったのだが。


 アルラが手に取った雑誌には近頃起こったニュースが細かく載っている。中には彼が直接関わったニミセトの件もあったが、流石に一か月以上も前の出来事、南の島国で大飢饉!や超有名アイドルのスキャンダルの記事に埋もれて、ひっそりと記事の片隅に佇むだけだった。


「そっちはどうなんだよ。パン屋のアルバイト」

「最初のほうに比べれば随分とお客さんも増えましたよ。今日は店長に『二号店を開店したら店長をやってみない?』なんて提案されました。まあ蹴りましたけど」

「もったいない」

「永住する気はないので」


 ドライな感想を述べる少女には、思わずアルラも苦笑い。

 実のところアルラはこれからも彼女と行動を共にするつもりはなく、今の関係もラミルが『妖魔族は恩を倍にして返す』と息巻いたのに甘えただけだ。言わば一時だけの協力関係。アルラが退院すれば二人の関係は終わり、それぞれの道を進むことになる。

 アルラは少し名残惜しいと感じているが、ラミルは相変わらずドライだ。


「これが終わったら、どうするつもりなんだ?確かやりたいことが出来たって言ってたけど」

「はい。そのためにまず故郷を探すつもりです。私と母の思い出の地なんて言いましたけど、地図上に記される正確な地名なんてわかりません」


 故郷。

 その単語にアルラが僅かだが目を細める。

 10年たった今、かつて故郷の村が存在していた場所はどうなっているのだろうか。そんな考えが頭に浮かんだからだ。10年もたってしまったのだ。そこに村が存在していたことなんて、初見ではわからないほどの変化があっても何らおかしくないだろう。

 再び天井を見上げる。


「俺もこれからのことを考えなくちゃな」

「『強欲の魔王』の所に乗り込むんじゃないんですか?」

「さすがに反省を生かすさ。まずは敵を知ることから始める。ラミルこそ情報の目星は付いてるのか?」

「いいえ、何もかもが初めての体験ですから。手がかりも無しに世界中を旅するわけにはいかないですし、私も情報を入手するところから始めようと思います」

「それがいい。何かあってもお前には『世界編集ワールドエディット』があるからな。大抵のことはどうとでもなるだろう」

「『異能』を過信しすぎるのは破滅に直結します。いつの時代も信じられるのは自分だけですよ」


 『異能』はそれぞれ異なる性質を持つ、現代風で言うなら超能力だ。

 もちろん魔法や呪術、場所によっては錬金術なんかも広く知られるアリサスネイルでは『異能』に頼らずとも超常を起こすことなんて容易いが、その分だけ力に溺れる者だって存在する。大抵の場合、そんな愚者は知らず知らずのうちに破滅の道を突き進む。更には自我崩壊を起こして不幸な死を遂げるものだ。


 『強欲』な人類は何時の時代だって力を求めた。


 その果てに生み出されるのは戦争だと学ばず、努力することを放棄してきた。

 アルラがぺらぺらとページをめくる雑誌にも記されてるあちこちの国家間で起こる戦争の記事だって、根本を辿っていけばそういう人類の欲望が根付いているだろう。

 幸せになりたい。

 誰しも与えられた幸せになる権利を行使しようとしているだけだ。全ての生命が求める究極の欲望だ。


 強い国を作りたい。

 一国家を按ずる愛国心のたまものだ。個よりも全を取った人助けの最終形だ。


 楽して生きていたい。

 楽な道を選んで何が悪い。そのための努力を惜しまぬのであればこれも立派な欲だ。


 このどれもこれもが人が潜在的に内包する欲望。

 咎人の『異能』は、魔法や呪術や科学や錬金術や仙術は、世界中にはびこるありとあらゆる技術は今まで独自に発展してきた。だからこそ、長い年月をかけて研磨したからこそ、欲望を簡単に達成してしまう。

 特にアルラはそんな人間を数多く見てきた。

 だからこそ人一倍注意してきたつもりだった。『神花之心アルストロメリア』を過信することを特に。

 忘れていたわけではないが、感情に任せて注意を怠ったのは他でもないアルラ自身だ。


「『神花之心アルストロメリア』を過信した結果がこんな入院生活だもんなあ」

「アルラさんも少しは自分の体をいたわったほうがいいですよ。大切な時に裏切られるとそれこそ取り返しがつきませんから」

「努力するよ」


 適当な調子で返したのは、これからも『神花之心アルストロメリア』を酷使する場面が少なからずあるだろうという推測からだ。ちらりとベッドの左側の壁、窓の外を覗いてみると、向かいにある小さな公園で小学生くらいの子供たちが走り回っているのが見える。

 もうあっち側(・・・・)には戻れないな、と何処か寂し気に。


 全ては一度胸に抱いた【憎悪】を果たすため。

 そのためならば利用できるものはとことん利用してやる、と言葉を漏らした数年前のアルラを見て、亡き故郷の仲間たちはどう思うだろうか。

 今では締め付けられるような胸の痛みがどこからか芽生えてしまった。

 不純でも【憎悪】は【憎悪】

 砂糖がクッキーに混ざろうが甘味を失わないように。

 海水が空に昇り雲へと変貌しようが構成する元素が変わらないように。

 そう簡単に物事の本質は変わらない。


 女性向けのファッション誌を眺めるラミルの頬が僅かに緩むのをアルラは見た。どうやら気に入った服でも見つけたらしい。ほかのページを眺める時間より、その一ページを眺める時間のほうが長かった。この光景だけ見れば、彼女もifの世界線のどこかでは普通の女の子として暮らしていたんだなと思える。

 『世界編集ワールドエディット』に振り回されず。

 世界中全人類が夢見るような幸せをごく普通に得て。

 大切な人と人生を謳歌し続けたのだろう。


「なあ」

「はい」

「ラミルはさ、自分が自分で正しいと思えることをしてると思うか?」


 ふと出た疑問だった。アルラは同じことを聞かれても、自分で答えられないだろう。だからあえて、彼女の意見を聞いてみたくなる。数多の返答案の中からどんな言葉を選択するのか、興味が尽きない。

 白銀髪の少女が、アルラとは異なる方向の負を抱えて見えた。

 ラミルはしばらく悩んで、困ったように笑って答える。


「はい。私はいつも、私がやりたいことをやってますから」


 屈託のない笑顔に見えた。

 ただ、意図して作られた。


「実はいうと、手がかりとはまだ言えませんが破片くらいは見つけてあるんですよ。私だってこの一か月、自分なりに探してみたんですから」


 そうか。と小さく納得する。

 作られた笑顔を、強引に押し込めた。やり場のない瞳を泳がせて、結局手元の雑誌に行き着く。


 その後は二人で他愛もない世間話をしたりレッドボアの焼き方について小一時間ほど議論を展開したりしていると、あっという間に時間は流れる。特にレッドボアについてはラミルも森育ちなりのこだわりを持っていて、丸焼き派のアルラと相対する小分けにして鍋にぶち込む派と判明した。ふと気が付いて壁にかかった丸い時計を覗くと、もう数時間で病院特有の早すぎる晩御飯が始まるという時間。

 熱中していたラミルも椅子から立ち上がって、帰り支度を始める。


「私はもうそろそろ戻ります。何か次来るときの注文はありますか?」


 医療費を払ってくれているのに、お土産指定可能とはどれだけ親切なサービスだろうか。アルラもラミルの言葉に甘えて追加の注文で悩んでいると、面会時間残り僅かのアナウンスが鳴った。とりあえず暇つぶしのための小説をいくつか注文する。

 シリーズものの推理小説....

 上下巻揃った分厚いファンタジー...

 ぐっちゃぐちゃに拗れた人間関係を描くシリアス...


 とにかく何でもいいから長く続くものを要求する。

 『なんでもいい』が一番困るという世のお母さんたちの常套句を口に出しそうになるも、押しとどめてとりあえずラミルは黙って聞いてくれた。

 入院生活で最も恐ろしい『退屈』という名の悪魔を打倒すべく。最悪一つ一つの面白さは捨ててとにかく数が欲しいという旨を伝えると、ラミルも笑って了承してくれた。なんて出来た人物だろうか。

 泳げないくせに他人任せに海へ飛び込んだり人が四半日徒歩で移動している背中で眠りこけたりしなければもっといい評価を与えられたに違いない。


 雑誌を片付けて、女性向けのものだけを自分の手提げかばんに仕舞うと、病室の扉の寸前で思い出したように少女が振り返る。揺れる長い白銀の髪が女の子特有の甘い匂いを振りまいて、自然な笑みを浮かべる。

 長い付き合いの親しい友人に見せるような笑顔で。


「あっそうです」

「?」

「次はウェットティッシュも持ってきますね」


 がららと扉がスライドして、少女の姿が消える。

 何のことだろうと首を傾げていたアルラは最後に彼女が残した言葉についてうんうんと考えて、たどり着いた。

 チューブにつながれた腕を上げて、いかにもな所に鼻を近づけながら。


「あいつ遠回しにクサイって言いやがった」


 こんな格好じゃ風呂にも入れないので、少し匂うくらいは勘弁してほしい。



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