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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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plasma link



 とある高級ホテルの一室にて、結局遊び疲れて全員同じ部屋で寝落ちしてしまった三人に、朝の目覚まし代わりの着信が鳴り響いた。どうやら栗色ボブの少女の端末からのようだ。最初に寝ぼけまなこを擦って目を覚ましたのは持ち主の少女ではなく『箱庭』の新参者、椎滝大和だった。むくりと起き上がった大和は壁にかかった時計を一目確認して、今もずっと鳴り響く端末の持ち主の体を揺さぶった。

 彼女が起きる気配は全くなく、薄青髪に糸目の少年、ホード・ナイルが覚醒するほうが早い。仕方がないので大和はずっと電子音を撒き散らす端末を少女のポケットから抜き取って、ホードに差し出した。


「はあ...」


 ちらりと少女のほうを見て、大きくため息を吐いた後にようやく端末を手に取ったホードの鼓膜が脳みそごと震えた。薄っぺらい液晶付きの端末の向こうから、超大音量の怒鳴り声が殴りこんできたためだ。大きく体を跳ねあがらせたのはホードだけではなかった。


『こぉぉぉぉぉおおおのやろうシズクッッッ!!!出るのが遅い!!!何してんだッ!!』

「どうどうどうどう......静まってくださいニコン。僕ですよ、ホードです」

『ああん!?シズクはどうした!!?」

「寝てます」

『あの女ッ!!』


 どうやら怒鳴り声の主は、ホードや不当にも大和のベッドを占拠しているシズクと同じ『箱庭』のメンバーのようだ。サブリーダーのはずのシズクをあの女呼ばわりしていることを考えるとシズク以上の立場、つまりいつかの話で聞いたリーダーかと思ったがそう言うわけでもないらしい。大和の意図をくみ取ったホードが端末を耳に当てたまま、首を横に振る。

 どうにかこうにか相手を鎮めたホードが恨めしそうにすうすう眠る少女を見て、改めて会話に応じる。


『勧誘は成功したんだろ?どうして一か月以上もチェルリビーに滞在している!!さっさと帰ってこい!』

「いつまでも遊びたいと言って聞かないシズクに言ってください」

『ちょっとあいつ叩き起こせ!!何なら激辛香辛料でも持ってきて口に突っ込め!!』


 少したって唇をヒリヒリ腫らした少女が端末を受け取ると、まだ眠いのか小さく欠伸して怒鳴られた。それはもうこっぴどく。具体的に例えるなら竹刀を持った鬼教師がやらかした問題児を使われてない教室に呼び出した感じで。次の日に高確率で頭を丸め込まれて坊主にされるか、そのまま放課後水バケツ持ったまま立たされるという昭和張りのお仕置きが待っているやつだ。

 今の時代はすっかり許されなくなったお仕置きを勝手に連想した大和を他所に、『箱庭』内の殺伐とした会話は更なる混とんを極める。


『一か月ってなんだ一か月って!情報専門のホードはそっちで仕事こなしてくれるからいいがお前の仕事は溜まりに溜まってるからな?帰ってきたら覚悟しとけよ!』

「嫌です~!もう数ヶ月は粘ります~!仕事はゼノとかあんたが片付ければいいでしょたまには私をいたわってよ!」

『お前のせいで苦労してるのはキャッテリアだぞ。書類の山ともう何日も睨めっこしてるあいつを思い浮かべてみろ。可哀そうとは思わないか?』

「全然」

『人間の屑!』


 ちなみにホードはポッドでお湯を注いだティーカップにティーバッグを浸して紅茶を作っていた。優雅な香りに惹かれて少女がちらちらと視線を注いでいたが、慈悲はない。薄型のタブレットを片手で操作して、空いたもう片方の手でティーカップの取っ手を摘まむと、ホードはこれ見よがしに見せびらかしながら口に熱々の紅茶を含む。

 隣で大和は買い込んでおいたビスケット菓子を口に放り投げていた。

 彼女の面倒ごとを避けたいというのは人類誰しもが内包する欲求の一つなので大和にもわからんでもない。が、見た目に反して大和は生真面目。任された仕事はきっちりとこなすのが彼のポリシーであった。


『とにかく、帰り際にいくつか消化してもらうからな。さもなくばお前の食費はこれから経費で落ちない』

「勇者のくせに心が狭い!もっと寛大な心で受け止めてよ大和ならきっと受け入れてくれるわ」

「仕事はきっちりこなさないとだめだよな」

「全方位から囲まれた...?どうしよう私の居場所がないわ!?」


 雷が落ちたようなエフェクトを背景に、シズクの手から端末がこぼれ落ちる。そして急に発狂したと思ったら、ドカンと部屋の扉を蹴破って何処かへ行ってしまった。向かった方向的に階段なので下の売店にでも向かったんだろうな、とある程度の予測が可能になった大和が、今度は代わりに端末を手に取った。


「えっと、それで仕事って何をすればいいんだ?俺は新参者だからよくわかってないんだけど...」

『おっ、お前が椎滝大和か。『勇者』同士、これからよろしくな』

「勇者?」


 隣から付け足すように説明を加えたのはホードだ。ティーカップを散らかったテーブルの隙間において、タブレットを動かす指を加速させながら。


「以前にも伝えたと思いますが、『箱庭』には実に多種多様な人物が在籍しています。彼は『勇者』と言っても大和さんのような『異界の勇者』じゃなくて、ごく普通の自然な『勇者』なんです」


 そう言って差し出されたタブレットの画面には、彼が言う『天然物の勇者』の情報がびっちりと羅列されていた。どうやらネット上に転がるの文献記録のようで、その点から考えればむしろ『勇者』といえば天然もののほうが一般的らしい。


『ホードに変わってくれ、あっいや待て、やっぱり『箱庭』の流れを把握させといたほうがいいか。うんそうだな..やっぱりそのままだ。大和、とにかく帰還命令が出ている。一週間後、トウオウ行きの空船そらふねに三人分予約を済ませてある。船でこっちが指定した仕事をシズクにこなさせるからお前は今のうちから流れを掴んでおけ』

「えっああ、うん。それはいいんだけど」

『どうかしたか?』

「『箱庭』の仕事って...」

『ああ、うん。暗殺』


 しれっと突然現れた不穏なワードにぎょっとして端末を放しかけた大和へ、ホードがもう一言付け加える。


「ニコンの言葉は誤解を生んでしまいます。何も我々の仕事が人殺しだけなわけじゃないですよ。今回はたまたまそういう任務だってだけです。『箱庭』はもっとマルチな活動を心掛けてるので本当にいろんな依頼があるんですよ。迷子の猫探しから国家の機密情報の奪取まで幅広く」


 更にぎょっとして、言葉を失った。機密情報の盗難って、確かこっちでは国家転覆罪にもつながる最も危ない犯罪の一つではなかったっけ?

 ()()()()とは聞いていたからある程度は覚悟していたが、流石にこれは予想外だった。


『別にオレたち『箱庭』は正義を名乗るつもりなんてないが、一応何の罪もない一般人を巻き込んだり、善人を殺したりはしない。殺しの依頼も、詳細を調べて、オレたちが独断と偏見で『悪』と定めた人物がターゲットの依頼だけを受ける。せめてもの()()()ってやつさ』


 アメコミ映画でよく見るダークヒーローという奴だろうか。どうあがいても人殺しは人殺しなので正当化なんてできるわけもない。ようやく自分もその組織に加わるのだという自覚が芽生えてきた。


『そして『箱庭』は別に個人の自由まで制限したりしない。割り振られた仕事さえきっちりとこなしてくれれば旅行にだってなんだって出かけてくれて構わない。流石にあいつは休みすぎだけどな』


 そして、と通話の向こうが


『俺たちの目的はあくまでも現状を『対極』に持っていくことだ。その研究には金がかかるから何でも屋みたいにフリーな仕事を受け入れている。不死身が死に方を探したり別の種族を目指したり、だから組織全体で動くこともある。全体図くらいは掴めんでくれたか?」

「まあ、何となくは」

『結構、あとはホードとあのアホの指示に従ってくれ』


 ぷつりと、急かすように通話を切った『勇者』は腰かけていたキャスター付きの椅子から降りて、無造作に端末を投げ捨てた。裏の組織である『箱庭』は情報漏れにも気を配る。他のメンバーからは『心配性にもほどがある』なんて言われているが、対策しておくに越したことはない、とはいえ彼が投げ捨てた端末は彼の私物ではないし、もっと言えば『箱庭』の支給品でもない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから傍受に気を配る必要もない。


「そんじゃ」


 チリチリで短い金髪の勇者の格好はとても普通とは言えるものではない。右の二の腕には鳥類の頭蓋骨に似せた腕輪を付けて、左手には禍々しいダガーを持っていた。青黒く、鋭い先端を、とても勇者が扱う聖剣なんかとは似ても似つかない凶悪極まりない魔装を侵入者へ向けて。何の気なしに『勇者』は呟いた。


「ここを突き止めるとは大した奴らだよ、お前は。けど残念だったな。『箱庭』でも一個体ずつなら簡単に潰せるとでも思ったか?」


 床に転がる屈強な大男の顔は恐怖で歪みきっている。既に彼と共に攻め入った大勢の仲間たちは世界から完全に消失していて、彼自身も何時間も死を隣に置きっぱなしにされていた。いつ自分の命が潰えるかもわからない状況を保たれていたのだ。どれほどの恐怖があっただろうか。勇者が通話で誰かに怒鳴り声を上げるたびに、彼の恐怖は肥大化してゆく。


「ゆっゆるし...許してくれ...!俺は、俺はあ!!」


 ひきつった表情で許しを懇願する男に、ホードがニコンと呼んだ青年は静かに否定した。


「だめだね」

「いっ、ひぃ!?」


 ガギンッッッ!!!と。

 振り下ろされた刃が、男の顔の寸前で止まった。涙と鼻水をぐちゃぐちゃに混ぜた汚い液を撒き散らす男には、まるでニコンが途中で攻撃を中断したように映っただろう。だが実際は違う。不可視の何かが刃を遮る様に、確かにそこにある。

 それを認識しているのは()()()()()()()()

 いつの間にかニコンの隣で立っていた、白スーツの男性。


「彼が我々の居場所を知るに至った経緯を聞き出さなくてもいいのかい?」


 チッ、という舌打ちを一つ響かせて、ひっこめた魔装は既にニコンの手の中にはない。マジシャンが帽子の中にハトを消すように、ぱっと手の上で消失した。


「あらかた()()()()にでもそそのかされたんだろ。こんな雑魚使ってちょっかい掛けてくるなんていい度胸じゃねえか」

「まあ、確かにそんなところだろうな。だが念のためだ。生かしておけよ」

「面倒な注文するくらいなら自分でやれ」


 ずい、と。機械の如く感情の欠片もこもってない冷徹な瞳を向けられた男が、壊れた。大きすぎた重圧に耐えきれなくなったのか、奇妙な笑い声をあげて綺麗に消失した四肢(・・・・・・・・・)を振り回す。

 その光景はあまりにも滑稽で、哀れだ。

 すぐに楽にするという選択肢は、無い。


「あひっふへへあはははっはははっはははっははははははははは!!!」


 べえ、っと。見せびらかすよう男が出した下には、カプセル錠剤のような小さい機械が乗っていた。二人は最初自決用の化学薬品か何かかと思ったが違う。カプセルの両端が赤と青の点滅信号を発したことで正体がわかった。

 それは飲み込んだ者以外を焼き殺す護符を小型化したもの。平たく言えば捕まって拷問されることを想定して造られた魔装。

 一杯食わせる、というよりも完全なカウンターを狙うために使われるものだ。


「死ね!!『箱庭』ァ!!」


 これがごく普通の裏で生きる人間であれば慌てふためいて、その場から猛ダッシュで離れようとしただろう。

 だが彼らは違う。普通とはまさに『対極』に位置する集団であることは、男の頭からは完全に抜き消えている。

 彼らは『箱庭』と呼ばれていた。


 彼らは『対極』を追求する組織のメンバーと、組織を束ねるリーダーだった。

 つまり、相手が悪かったのだ。


「結局お前が処理するのかよ」

「床を汚されても面倒だ。こうしたほうが早い」


 最後の最後で勝利を夢見た男の姿が、消えた。

 ボンッッ!!というくぐもった音が炸裂したかと思えば、彼の姿は魔装ごと完全に世界から消失する。

 それこそ手品師がステージで見せるような奇術だった。白スーツの男が指を軽く振っただけでそんな非現実が顕現したのだから。


 扉の向こうでは忙しそうに書類の山とにらめっこする少女がいて、視線だけで二人に助けを求めていた。部屋中あちこちに散らばった紙の束を見るだけでも頭が痛くなりそうだ。人が最もストレスを感じる行動は同じことの繰り返しだというのに、もう何度繰り返したのかすら忘れてしまった。

 うんざりと、目の下にくまを作った少女が。


「終わったの?」

「まあな」

「ほら、二人が大和君を連れ帰るまで地獄しごとは続くぞ。ささっと終わらせよう」


 彼らは『箱庭』

 理想と『対極』を求める夢追い人。



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