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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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何がために




「ハアッ...ハアッ...!生きて、た...」

「全く無茶してくれるよラミルさんは!!」

「仕方ないじゃないですかあんな状況だったんですから。大体なんですかあの武器は。反則ですよ」


 共にずぶ濡れになりながら、砂の上に足を付けた。ぽたぽたと塩水の雫が垂れ落ちる衣服を絞って周りを見れば、そこにはごく一般的な海岸が広がっていた。夏だというのに海水浴しにきた人一人としていないのを見ると、どうやらまだ危険区域は抜け出せていないらしい。急いでこの場から離れる必要があるが、少しくらい休憩をはさんでもいいだろう。

 何より直接的な追撃に幹部連中や『強欲の魔王』本人が出張らなかったのは不幸中の幸いだ。あんな危機的状況で最高位体より上位の存在なんてものが立ちふさがっていれば、間違いなく二人の命はなかった。


「大体さ」


 重苦しい息をぜえぜえと荒立てて、左の手首から先が無い灰被りの青年は異論を唱える。こういろいろと、現状の不満を少しも隠さず大声で。


「なんで泳げないくせに海なんかに飛び込んだんだよ!!結局俺がおぶる羽目になったじゃねえか!!」


 なんと白銀髪の少女は再びアルラの背中の上にいた。長い髪や衣服が水を吸ったのか、城の時より幾分か重量も増してる。水に浸かりすぎたのが原因か、よく見れば二人の唇は青紫っぽく染まったうえに、白銀髪の少女に至ってはがくがくと着信時の携帯電話のごとく小さく震えていた。

 低体温症か、もともと寒さに弱かったか。とにかくどこかで体を温める必要がありそうだがこんなところで黒煙を上げてしまえば『僕たちはここにいますよ』という格好の目印になってしまう。とにかく少しでも離れようと、アルラは少女を負ぶったまま、ふらふらな足取りで歩き始めた。

 少し歩くとそこには薄気味悪い森が広がっていて、行く当てもないアルラは躊躇なく足を踏み入れる。道中で襲い掛かってきた猿に似た魔獣を蹴散らして『神花之心アルストロメリア』に使う寿命をほんの少し獲得したり、そんな状況なのにすうすうと寝息を立てる少女にイラつきを押さえられなくなりかけたりといろいろあったが、おおむね順調に距離を稼げたので、ようやく二人は森の中の少し開けた場所で枝を燃やして暖を得た。

 アルラは上半身裸になって衣服を乾かし、少女は燃える炎のより近くで寝かせられた。


「うう...猿の肉少し持ってくればよかったかな。干し肉だけじゃどうも力が出ない...」


 『強欲の魔王城』で盗んだ干し肉を炎で軽くあぶって口の中に放り込むと、腹が『物足りない!』とでも叫んだように大きな音を立てた。一応今もぐっすりと眠る少女の分を残しておいて、炎を絶やさないために少しその場を離れて燃やすための枝を探すことに。

 出来るだけ乾いた枝を選別しながらアルラがふと空を見上げると、すっかりと夕焼けにそまった空が顔を出した。もう『強欲の魔王』の城の上空のような薄暗い雲はなく、危険域を抜け出したことを物語る。

 手で持ちきれなくなるくらいには集め終えたところで戻ってみると、白銀髪の少女が体育すわりしながら両手を火に向けていた。どうやら残しておいた干し肉は胃に収めた後らしく、弱まりつつある炎へ乱雑に集めた枝を投げ入れたアルラが少女の隣にべたりと座りこむ。


「...疲れたな」

「はい」

「お前を負ぶって何時間も歩いた俺は余計にな!」


 皮肉は少女に通用しないらしい。どこからか取ってきた細い木の皮を使って長い髪を纏め、いわゆるポニーテールと呼ばれる髪形に整えた。髪形一つで雰囲気も変わるものだ、と不思議に眺めていたアルラに、少女はぽつりぽつりと語り始めた。ラミル・オー・メイゲルの表情はほとんど無、これから語られる過去が負の歴史であることは明確だった。

 『強欲の魔王』に監禁されていたわけだから、それなりに酷い話なのだろう。予想はしていたが、予想以上に酷い物語が少女の口から話される。


「私は、捨て子でした。暗い洞窟に置き去りにされていたところを、私が後に母と呼んだ人に救われたんです」


 無表情に、ほんの少しばかりの悲しみが垂れた。

 灰被りの青年には、彼女が自らの過去を語ることがどれだけ彼女自身の心を苦しめるか知っている。一度はふさぎ込んで忘れてしまおうとした過去を、今度は自らこじ開けるのだ。しまい込んだはずの過去を、命を落として完全に抹消しようとした過去を。


「名前は私をくるんでいた毛布に刺繍されていたらしいです。ラミル・オー・メイゲル。名前だけ与えて後はほったらかしなんて、酷い話ですよね」


 彼女の原点がそこだ。ラミル・オー・メイゲルという少女を造った原点。彼女の物語の始まり。もし彼女が親に捨てられることも無く、ごく普通の生活を送っていればこんな未来は訪れない。少なくとも、今よりは苦しまなかっただろう。

 自嘲気味な口調で、ラミルの言葉が震える。


「妖魔族という種族を、ご存じですか?」

「...確か大戦で既に絶滅しかけてて、ごくわずかな数しか残ってないっていう希少種族...まさか」

()()()()()()()()()()。そのうえ咎人だった私を一人でここまで育ててくれた母には、感謝してもしきれません」


 少しの沈黙があった。少女が息を整えるため、間を開けた。

 目を瞑って、小さな言葉を力無く、ゆっくりと紡ぐ。


「母は、私を逃がすために戦いました」


 ラミルの涙を、アルラは気付かないふりをした。ずっと冷静を保ってきた反動で、押さえつけていた感情がバネの様に跳ね上がっていた。


「血の繋がりもないのに、巻き角の戦将の前に立ちふさがった。私は動けませんでした。叫ぶ母の後ろで怯えながら、二人の思い出が黒に蝕まれていくことを眺めることしかできなかったんです」


 涙は次第に大粒となり、か弱い声にも染み出した負の感情が混じり始めた。それだけ彼女にとって、母の存在が大きかったのだろう。黙って彼女の話を聞くアルラの瞼の裏にも、自分の母の姿が重なった。彼を逃がすために異能を行使し、命を散らした母。

 よく似た境遇ながらもアルラとラミルには大きな違いがある。

 アルラは全てを奪った敵を恨み、呪い、憎悪した。

 力なき少年は敵を討ち倒せるだけの力を求め、手に入れる。

 ラミルは全てを奪った敵を恐れ、おののき、諦めた。

 力を生まれ持った少女は力を放棄して、死を求める。

 誰かが定めた運命なら皮肉が利きすぎてる。


「俺の父さんと母さんもさ、俺を逃がすために死んだんだ。『親』って強いよな。本当は誰だって、自分の身を守ろうとするはずなのに」


 亡き両親を思いうかべてアルラが言う。

 同情なんかじゃない。彼もまた親に命を救われた身。ラミルの話で思うことはたくさんある。

 辺りでは木の葉のざわめきと、舞い散る火の粉の音だけが静寂に一味加えていた。二人は交代で見張り番をすることにして、まず先にラミルが寝ることになった。就寝前、まだ完璧に信用されたわけではないアルラをじろりと睨んで疑いの目を向けたが、あれだけ昼間に寝ていた癖にあっさりと意識を夢の中に落としていった。

 炎を絶やさないように乾いた枝を投げ入れて、ふと遠目で固い地面に発破を搔き集めて敷いただけのベッドで眠る少女の寝顔を覗いた。

 すうすうと穏やかな寝息を立てながらも、彼女の頬には一筋の雫が流れていた。夢の中でくらい、理想を思いうかべてもいいだろう。そういえば、夢の中では夢を夢と認識できないんだっけ、とどこかで聞いた雑学を思い出して、どうでもいいように暇つぶしとして地面に枝を突き立ててよくわからない絵を描いた。

 そういえば。

 何処かで聞いたどうでもいい雑学の中にはこんなのもあった。

 人間が美味いと覚えた獣は、人間だけが扱う技術の目印を辿って息をひそめ、やがて不意打ちかまして食い殺す。というものだ。つまり人食いの獣は焚き火の炎から漏れる黒煙を目印に人間を襲うということだが、もしかすればこういう状況のアルラの周囲であれば。

 

「よっ...と」


 ほんの少しだけ強化した嗅覚が示した方向に、これまた少しだけ強化した腕力で落ちていた石ころを投げつける。草むらの中に消えた石ころは重たい衝突音と『ぎゃんっ!?』という射線上から聞こえた獣の悲鳴を巻き起こした。合計で3年ほど寿命を使ってしまったが6年程度の寿命が加わる感覚があったので少しのプラスにはなっただろう。

 幼いころの記憶と経験を頼りに手際よく処理をこなし、出来上がった肉塊を強引に枝に突き刺して炎で炙る。

 味付けもくそもないのでそこまで美味しいわけではなかったが、干し肉を覚えた舌と胃袋は十分満足したようだ。塩コショウくらい買ってくるか『強欲の魔王軍』から盗ってくるんだった...という未来への反省を得て食べる牛っぽい魔獣の肉はぱさぱさで硬かった。

 故郷の味レッドボアの焼肉が恋しい。


「どうするかな、これから」


 交代まではまだ時間があった。残った肉を適当に切り分けて牛串風に整えた料理をラミルの分残しておいて、見上げた空には星が散らばっていた。星なんてどこで見たって同じだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。不安や敗北によって生まれた気負いの表れからか、いつもより輝きが薄いような気がしなくもない。

 突きつけられた実力の差はあまりにも大きく、深く、圧倒的だった。

 あの男の命を奪うためだけに10年もの年月を費やしたというのに、まるで足りていなかった。まさしく言葉の通り、赤子の手をひねるような感覚で『強欲の魔王』はアルラの片手を捥ぎ取ってしまった。


(これ以上何を犠牲にすれば、魔王なんて規格外に勝てる?もう見当もつかねえよ)


 寿命が足りなかったわけではない。『オーク・ノーテイム』から得た大量の寿命はあの時残っていたし、『神花之心アルストロメリア』も絶好調だったはずだ。確かにフラン・シュガーランチ戦のダメージは残っていたものの、そんなこと言い訳にもならない。

 あの短い時間で使い切ってしまった大量の命。千年を超える命を使っても、『強欲の魔王』が使った異能の真実を解き明かすことすらできなかった。

 本当に自分に足りていなかったものはなんだ?


 『神花之心アルストロメリア』を自由に振り回せる肉体?


 もしくは大量の寿命?


 それとも単純な技量や実戦で得る経験値?


 ......【憎悪】?


「考えたって無駄か。もう過ぎたことだもんな」

「......何を、考えていたんですか?」


 横になって眠っていたはずの少女の唇から声が漏れた。アルラに背を向けているので互いの表情は読めない。

 夜の静寂に合わせた静かな声で、ラミルは問う。


「交代まではまだ時間があるぜ」

「聞きたいんです。ずっと一人で何を考えていたんですか?」

「昔のこと。それと未来のこと」

「未来、ですか。私は今が精一杯で、未来なんて想像もつきません」

「俺もだよ。これまでもそうだった」


 『語り部』フラン・シュガーランチとは苦しい戦いだった。思いがけない出会いや再開もあったが、彼らがいたからこそアルラは彼女を倒すことが出来た。だがあの時のアルラはいちいち計画を事細かく練り上げて、最大限活用した戦いなんて展開しただろうか。

 結局あの時は行き当たりばったり行き当たりばったりで、運なんて要素も大きく絡んでいた。偶然選んだ宿でジルと出会い、そのジルが『精神看破メンタルドライヴ』と繋がりを持っていなかったら?最初に黒甲冑と交戦した後にノバートと接触していなかったら?

 果たして煉瓦と水の街ニミセトは今頃どうなっていた?


「ほとんど何も考えずに突っ走って、結果的にそれがいい方向に向いたことはあった。けど今回は突っ走ったせいで大ピンチに陥った」

「アルラさんが苦戦しなければ、私はこうして今ここにはいなかったわけです」

「...ここに至るまでたくさん奪われて、それと同じくらいいろんなものを奪ってきた。だけどそれは奪い返したんじゃなくて、別の誰かから別の大切なものを奪ったってことだ。元より自分が善人だなんて考えたことはなかったし、心が強いわけでもない俺は激情に駆られて冷静さを見失うことも多かった」


 アルラ・ラーファは善人ではない。

 あくまでも自分がやりたいことのために、強欲にも他社の命を欲する咎人だ。

 しかもそれは【憎悪】からくる行動で、立ちふさがる者なら誰であろうと容赦なくねじ伏せる負の呪いでもある。本人が望んでいなくとも、彼の心に【憎悪】が住み着く限り連鎖は止まらないだろう。

 そんなことはアルラ・ラーファが一番よくわかっている。


「人助けなんて大それたことをしようとは思わないし、何時だって俺の行動は自分のためだ。今もそれが間違ってるだなんて思ってないし、ラミルを解放したのだって自分が生き残るため。生き残って、『強欲の魔王』を殺すための穢れた人助けだ」


 体を木の葉の山から起こしたラミルは、炎のそばでアルラをじっと見つめた。初めてであったときとはかけ離れた宝石のような青い瞳で。そして言った。あくまでも表情を変えずに、本心をそのまま口に出した、という感じだった。


「それでいいと思います」

「え?」

「多分、アルラさんが強欲の魔王を倒していたとしても、私は救われていたと思いますよ。今回は結果的に救われた私ですけど、アルラさんは自分の知らないところで知らない内に手を伸ばすタイプです」


 アルラは一度だけ大きく息を吐いて、焼けた牛串風の肉を少女に差し出す。


「そう言ってもらえると救われるよ」



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