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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
51/268

この素晴らしい花の中で




 臨んだ結末とは180度かけ離れてしまったが、まだ心臓が鼓動を止めてない以上考えられる結末の束の中では上から数えたほうが近い程度にはいい展開だろう。最悪のパターンだけでも回避できればまだいいと考えてたので形から見ればむしろいい意味で予想外だ。


 アルラ・ラーファ

 灰を被ったような色の乱雑な髪形の青年。その身に【憎悪】の罪を宿す咎人とがびとである。

 一つ説明を交えておくと、咎人とは生まれながらにして異能の力を授かった人類のことを指す単語だ。後付けで受け取った【憎悪】のアルラは定義から外れるので、もしかしたら別の敬称のほうが正しいかもしれない。

 そんな彼が扱う異能の名は『神花之心アルストロメリア

 身体機能やあらゆる方向性の『力』を強化する異能である。筋力や強度なんかの身体はもちろん、視力張力嗅覚などの五感や生命に基本生まれた時から備わる再生能力の強化は、時間こそかかるものの部位欠損すら回復させてしまうというまさに異常性を孕んだ力だ。

 もちろん欠点も存在する。それは『神花之心アルストロメリア』を使用するにあたって、エネルギーを消費すること。ここでいうエネルギーとは彼自身の寿()である。『神花之心アルストロメリア』は、寿命を使って何かを強くし、殺した者の寿命を奪うを繰り返す異能だ。使い過ぎは文字通り自らの命を削ることを意味する。そしてデメリットはこれだけにとどまらない。身体機能の強化は細胞一つ一つを活性化させたり沈静化させたりの繰り返し、つまり尋常じゃない負荷がかかるのだ。


「げぼっがっあああ!!」


 ちょうどこんな形で吐血は当たり前、内臓や血管に傷が入ってないだけマシである。

 迷路のように入り組んだ『強欲の魔王軍』の本拠地、その部屋の一つでアルラは身を隠していた。彼の右腕は肘から先が無く、また右手首から先も消失して血が垂れていた。時折不自然に肉の先端が蠢いているのは再生力の強化で欠損の修復を試みてるからだろう。左の手首のほうはまだ傷が新しいので傷口を塞ぐに至らなかった。

 部屋の中には大量の木箱が積み上げられていた。どうやらこの部屋は資材置き場のようだ。箱の外面を眺めているうちに一つの木箱が目に移る。外面のラベルを見る限り酒のようだ。蹴り壊した木箱の中から転がった酒瓶を一本、飲み口の辺りを踏み壊して手首の傷口に接触させる。


「っ...うう...!」


 こんな場所だ。どんな最近やウイルスなんかが潜んでいてもおかしくない。そんなのに感染するよりはここで痛い思いをしていたほうが数倍マシだと考えた上での消毒だった。あまりアルコール度数が高いと血管内に直接酒が入って大変危険なことになるが今回は平気だった。

 大きなため息を吐いて、アルラは今後のことを考えていた。


(この城が強欲の魔王の本拠地なら、チェルリビーが一番近いか)


 懐かしい地名に思わず表情がほころぶ。

 多種族国家チェルリビー。

 アルラの生まれ故郷にして8歳まで育った村がある場所だ。いや、あった場所。10年前、既にアルラの故郷はめちゃくちゃに壊滅し、生き残りは彼だけなのだ。彼だけが【逃避】の咎人である母、エリナ・ラーファの自己犠牲の末に助かった。

 思い出すだけで、胸を強く締め付けられるような痛みが走る。


(問題はどうやって『強欲の魔王軍』に見つからずに外に出るか、だ。残りの寿命も少ないし両腕も使えない。かといって再生を待ってるだけだと見つかる可能性は時間に比例して高くなる。派手なことはできないな)


 あれだけあったアルラの寿命も残りは600年ほど。再生を考慮すれば、ほとんど残されていないと考えたほうがいいだろう。小分け(1年単位)ならなんとか持つかもしれないが、雑兵の黒甲冑を倒すには若干力不足がいなめない。

 『神花之心アルストロメリア』の使用は控え、出来るだけ温存する方向性を固める。とにかく両腕が使い物にならない内は戦わないことに限る。それこそ幹部クラス、フラン・シュガーランチと同等のレベルにでも遭遇したら今度こそ一巻の終わりだ。


 ガッガッ!!と金属が擦れる音がすぐそばを通り抜けた。壁一枚にその音を捉えるアルラの脳は常に警戒信号発信しっぱなしだった。一体にでも見つかれば、そこから情報が一気に拡散する可能性がある。

 言わばライトの光を浴びてしまえば即ゲームオーバーになるあの手のゲームのような状況で、やみくもに動くのは得策じゃない。

 壁によりかかったまま、アルラは打開策を頭の中で構図する。プランをいくつも立てて考えられる結末を読み解く。木々に埋め尽くされた森の中で自ら鉈を振るって道を切り開くようなものだ。道の先に待つのは大蛇かもしれないし、崖かもしれない。

 読み解かれる不安の数々が、アルラの内側から黒を誘発させる。


(くそっ時間がねえ、寿命的な意味でも現実的な意味でも!)


 とりあえず片っ端から使えそうな資材を集めることにした。やることがないなら少しでも有意義に使うのがアルラ流、日本のリーマン生活で学んだ知恵の一つに従い、資材置き場のあちこちを見て回る。中身を見る限り、どうやらここは保存が効く食料品がメインで保管されてるらしかった。中には『お前こんないいもん食ってんのかよ』と思わずつっこみたくなるような乾燥させた例の高級キノコだったり金持ちの象徴である鮫のアレとかも置いてあった。とりあえずいくつか干し肉だけ起用に口で咥え取り、ポーチの中につっこんだ。余った干し肉を加えて少しずつ胃に流し込み、空腹を抑え込む。


(そういえば、昨日の夜何も食ってないな)


 洞窟で一週間以上の絶食も味わったことがあるアルラだが外に出てからは基本的に三食しっかり食べていたため体が慣れてしまったのだろう。空腹には勝てない。ぱさぱさと喉が渇く干し肉を堪能しつつ、警戒も怠らない。特に金属が擦れる音、()()()()()()()に注意を向ける。

 つまり雑兵以外、明らかにそれより上のクラスとの遭遇まで想定して。


(この部屋にたどり着くまでに窓を一つも見なかった。つまり階層的に地下に存在するのか、最初からそういう構造の建物なのか。チッ構造図でもねえと建物全体なんて把握できるわけがない!出口までの最短がわからない!」


 小さな舌打ち一つが苛立ちを加速する。まず間違いなく出口付近は固められてる。突破するには『神花之心アルストロメリア』を使うしかないだろう。だが先述した通り、『オーク・ノーテイム』の大量虐殺で得た寿命はほとんど使用済みで残りも再生に費やしている。

 ならばここでの最善手は。

 思い立ったが即行動のアルラが意識を右腕に集中させる。暗い室内でオーロラのような淡い光が発生して、アルラの千切れた腕先を取り囲んだ。


(片手だけちゃっちゃと再生させて、もう片方は傷口を塞いだまま後々再生させる)


 不自然に蠢く左手首から先が停止する。と同時に、右腕の手首から先が急速に現れる。再生にも苦痛を伴うが千切られたり握りつぶされる時よりはマシだ。数十分も待てば、遂にフラン・シュガーランチ戦で失った右腕が元の姿を取り戻した。大人しく再生を待っていた間にも盤上は大きく揺れ動く。しかも大きく目に見える形で、アルラは盤の端に追いやられていく。

 金属が擦れる音が通過する頻度がかなり短くなっていたのだ。それも個体数は減らして、広い範囲を同じ人数で探すように。


(なるほどな、相手は()()()()()()()()()()()。一個体程度がやられても損失は薄いはず、何より俺に末端兵を倒させることが狙いか)


 どんな形で在れ、黒甲冑は必ず指示を受け取って動いているはずだ。なら形の一つで常に兵隊の信号を受信し続けていることもあり得る。アルラが一体でも黒甲冑を倒せば信号は途絶える。つまりそこにアルラ・ラーファがいるという証明になってしまう。


(黒甲冑の信号が途絶えれば俺がそこにいるってこと。不死の兵隊なら少しくらい無茶しても簡単には壊れないし、ちらりとでも映っちまえば後は大量に押し寄せてくる)


 ガチャリと。

 その時、遂にアルラが身を隠す資材置き場の扉が開いた。中に踏み込んできた黒甲冑は総数4体。どの個体も手に持ってるのはマスケット銃や銀色の剣なのを見るとニミセトで最初に遭遇した最弱の個体だろう。数だけ揃えれば兵の質は関係ない作戦だからこその使い方だが彼らも元は生きた人間、フラン・シュガーランチの手によって哀れな操り人形に変えられてしまっただけの被害者だ。

 心臓が跳ね上がるのを感じる。

 アルラがいるのは開いた扉の裏側、ちょうど黒甲冑の視界からは外れているはずだがほんの少しでも物音を立てれば即終了。安心なんて欠片も出来ない場所だった。息を殺してただただ時間が過ぎるのを待つ。黒甲冑の一挙一動がアルラの運命を左右すると考えれば、喉が干上がるのも当然だろう。

 やがて黒甲冑は室内を調べ上げ、アルラを見つけてしてしまうかもしれない。

 かといって倒してしまえば寿命は減るし居場所を知らせてしまう。


「――――...」


 ちらりと顔を半分だけ出してみたら意思疎通でもしているのか、なんか黒甲冑が頷きあってた。と思えば部屋から出て行った。何だったのかと今もバクバクと飛び出そうな心臓を外から押さえて、ようやくちょっぴり安心できた。


「くはーーーっ...」


 ぺたりと腰を落として、声が漏れるほど息を吐いてしまった。心臓に悪すぎて真剣に急性心不全の心配をするレベルに達してしまうアルラ・ラーファは遠い目付きで暗闇を眺め、改めて現状の深刻さを痛恨するのであった。

 他人を自分の復讐劇に巻き込みたいわけではないが、仲間の一人二人がいればどれだけ変わったか。

 激情だけで動いてこんな結果を生むことも無く、冷静に行動出来ていたかもしれない。

 例えばジル・ゾルタス。

 薄青髪が特徴的な海人族の男で、『噓発見器ライアーハント』という嘘を見抜き、敵意を感じ取る咎人。彼の助言ならアルラは左手を失わず、『神花之心アルストロメリア』と寿命の問題でこんな葛藤を生み出すことも無かっただろう。


 次にノバート・ウェールズ。

 ニミセト区環境委員長シーナリー・コミュニティリーダーの彼、彼は...彼、は?


(あいつこの状況で特に何も出来ねえな)




「えっぎゅしっっ!」

「風邪ですか?」


 本人の知らないところで勝手に名前を使われて勝手に罵られる哀れなノバートは、丁度そのころ事件を聞きつけたマスコミのインタビューに応じていた。何の予兆もなく発生したくしゃみにおでこを触って風邪を疑いつつ、重い肩書をなぞる様に書類の山と向き合う未来に絶望を示すのだ。




 戻って次に、あの男(?)

 フラン・シュガーランチ戦で大きな役割を果たしてくれた神人。本名や詳細は一切不明なのだが、実力だけは確かな一つの頂点。

 こんな時に『精神看破メンタルドライヴ』が居てくれたら、どんなに心強かっただろう。


(...あれ?)


 その時突如としてひらめきが高圧電流となってアルラの脳を駆け巡る!!


(そうだよ仲間!仲間探しだ!大体10年前、『強欲の魔王軍』は咎人を各地から集めるために俺の村に侵攻してきた。それが今も続いているなら幽閉されてる咎人の一人や二人いてもおかしくない、俺はそいつを助け出して後は脱出までそいつに助けてもらえばいい!)


 セオリー通りなら幽閉先と言えば地下牢だろうか。あるかないのかもわからない目的地を設定したアルラはようやく行動を開始する。とにかく絶体絶命な今を抜け出すためにはどんな藁にもすがっておきたいのだ。

 迷路のように複雑に入り組んだ城内の壁に張り付くように、とにかくこまめに周囲を確認して歩を進めた。現在地が予測できず、高所だか地下だかわからなくても目標地点は地下牢と仮定している以上、とにかく下に降りていくしかない。赤の絨毯を踏みつけながら、何度も流れる緊張の汗を取り戻した右腕で拭う。

 魔王が住まう城にしては小奇麗に保たれた城内は、まるでどこかの王族の城を連想させる。ただし生物の気配はとことん無い。どこもかしこも無理やり死体を動かしただけの黒甲冑だらけで、生きた配下は全くと言っていいほど見ることがない。

 アルラは通り過ぎた黒甲冑を物陰でやり過ごしながら。


「死体だらけでどこにも生きた配下が見当たらない、完全な服従のために生者をとことん排除してる...?」


 日本の歴史に名を残してきた武将たちは、ことごとく配下の裏切りで命を落とした。どれだけ素晴らしい賢王だろうと裏切りの可能性は排除しきれるものではない。そもそも主従関係が成り立ってる以上、下の者が上の者に羨望以外の感情を向けるのも仕方がないことだった。

 ならどうすれば完全な排除が達成できる?

 配下に感情なんて余計なものを与えず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな理想的な駒を求めた結果、生まれたのがフラン・シュガーランチの『肉の種』なのだろう。

 死体は語らず、逆らわず、便利だった。

 どこまでも邪悪。

 おもちゃで遊ぶような感覚で死者を簡単に弄び、他人の物語までぐちゃぐちゃに引っ掻き回して狂わせた『強欲の魔王』


 歯嚙みするだけのアルラに出来ることなんて何もない。

 銀の装備を破壊すれば中身は解放される。たとえ既に死んでいたとしても、死んでから操り人形を続けるよりはマシだろう。だが今の自分では、彼らを解放してやることもできない。ひっそりと息をひそめて握りこんだ拳もぶつけることを許されない。今もこうして身を隠している趣味の悪い像なんてぶっ壊してやりたいが、破壊活動なんてすれば当然一発アウト。

 居場所がばれれば、蹂躙される。

 故郷のように。


「...」


 黒甲冑が通り過ぎるたびにアルラの精神が摩耗する。もしかしたら父のように、あの中身は自分が知る人物かもしれない、と。自分一人だけ助かっておいて何もできず、足踏みしてる間にも故郷の仲間たちは苦しんでいるのかもしれない、と。

 無駄な想像が無駄にアルラを抉り取る。


 道の先を示す標識が、無造作に薙ぎ払われた。


「ハアッ...ハアッ...!」


 荒い息遣いが可能性の不安を押し広げる。

 決して心が強いわけじゃない一人の青年が、内側から膨れ上がる。どこからか出てきた真っ黒な源泉から溢れる感情の渦が、口から形となって表面へ浮かび上がる。結局、いくら【憎悪】に染まろうと一人の人間。


 限界だってある。


 ようやく辿り着いた下層への階段の前で、アルラはよろよろと力なくへたり込んだ。

 常に付きまとう不安と緊張。壁にかかった明かりが照らす階段前は、アルラにはやけに大きく映る。

 何度も何度も黒甲冑をやり過ごすうちに慣れが生じたらしく、もうほとんど金属が擦れる音にはびくつかなくはなった。ただ別の恐怖が発生しただけだ。先が見えない暗闇を進むのは慣れたつもりだった。

 負けてしまった。


 これから先、何を得るために道を進めばいい?


 一度敗北を味わったからと言ってへこたれるだけなのか。諦めずに、挑戦を繰り返すのか。あの日の【憎悪】はこの程度だったのか。

 段差を下りればすぐに新しい道が現れるというのに、その一歩が果てしなく遠い。


 一本の道が踏み外れる。


「いっそ、ここで終わってみるか?」


 ふわりと。

 冷たい風がアルラの背中を突き抜けた。

 悪寒とも違う涼し気な風が、存在を知らしめるようにアルラを導く。

 アルラの視界が、ただ一つの道だと思い込んでいた階段から大きく逸れた。


 道をただす。


「......見つけた」


 見つけた。明らかに雰囲気が異なる石造りの階段を。

 小奇麗な城内の中にひっそりとたたずむ冷たい空間を。


 アルラ・ラーファが階段をりれば。

 また一つの分岐点が待っている。




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