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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
44/268

『戦士』の抵抗あれど絶対的は揺るがなし



 ジルの意識が戻った。

 それ自体はとても喜ばしいことだ。凶弾に胸を撃ち抜かれて意識不明の重体だったのだ。たった数時間で目覚めるまで至ったのは『精神看破メンタルドライヴ』の能力とトルカス最先端、ニミセトが誇る保健委員会ケア・コミュニティの技術あってのことだろう。問題があるとすれば、『精神看破メンタルドライヴ』の操作が離れて何も知らないジル本人が剝き出しの無防備になったくらいだろうか。

 大問題だった。


「え?え?どんな状況これ?」


 当然ジルは混乱している。

 突如として凶弾に撃たれて。

 胸を貫かれ意識を失って。

 なんとか意識が体に戻って。

 再びの大ピンチなのだ。

 決してジル・ゾルタス警備委員会第二支部長に非はない、むしろ一方的な被害者なのが可哀そうなくらいだ。彼も彼とてアルラとともに街を守ることを胸に決めた【疑心】の咎人。状況がいまいち呑み込めなくとも、場を乱す空気が自分に害をもたらそうとしているのは肌で感じ取れた。


「~~~~~っ!」


 ノバート達にここで足踏みしている暇はない。ついさっき最高位体を撃破する手立ても失ってしまった。今彼ができることといえば逃げるか渡された銃で少しでも抵抗するくらいか。抵抗が実るかはまた別として、だ。


 ジルが遠くから歩み寄る紫電の塊を視認した直後。

 煉瓦も水も、全てを焼き尽くす閃光が襲った。

 直前でノバートが未だ混乱中のジルを突き飛ばしてなかったら確実に即死していただろう。ノバートの額に何度目かもわからない粘々とした嫌な汗が噴き出す。『もしも』が蓄積して、恐怖が喉奥からせりあがるのを感じた。

 それでもノバートは覚悟を決めた『戦士』だ。


「『精神看破メンタルドライヴ』の補助が残ってる...?」


 まだ体が異常なほどに軽かったのだ。戦闘開始直後に『精神看破メンタルドライヴ』が与えてくれた身体能力の限界値解放は継続中だった。何とか攻撃を避けきる程度の力が全身から沸き立っている。『力』とやらがアルラの『神花之心アルストロメリア』のように光の形となって表れてるわけではないが、ノバートは確認するように体のあちこちを見渡している。隣でようやく事態の深刻さを理解したジルは弾倉に弾を込めて、最高位体へと向けていく。

 そこへ。


「弾丸は届かない。あれは君が戦った黒甲冑、その最強の存在だ!『精神看破メンタルドライヴ』を呼んでくれ!!」

「エールを?そうか...あいつが俺の体を操作してたのか!」


 わかっている者(ジル・ゾルタス)には話が通じやすい。とにかく今は『精神看破メンタルドライヴ』しか頼れない状況。彼(?)頼みでここまで最高位体をおびき寄せたというのに肝心の『精神看破メンタルドライヴ』がいないのではお話にもならない。というか言われるがままに行動してきたのでノバートは『精神看破メンタルドライヴ』が何を企んでいたなんて想像もできなかった。やはりどこまで行っても常人と突き抜けた神人。大きな壁が二人の完成を隔てているのは仕方がない。

 異変は二人の間だけには収まらなかった。ノバートが見上げた空には荒れ狂う風が舞っているのが映る。


「花粉の檻も生きてる?そう言えば...!」


 蘇るのは寸前の記憶。背後から襲い来る雷や刃を必死の思いで回避するノバートに『精神看破メンタルドライヴ』が残した言葉。


 ()()()


「『精神看破メンタルドライヴ』は保険を残していた?ならば別の器でこちらへ向かってるはず」

環境委員長コミュニティ・リーダー、『精神看破メンタルドライヴ』と繋がった。今こっちへ向かってるらしい!」


 やはりか、と漏らす暇もなく次なる閃光が二人に襲い掛かった。

 まず焼けつくような熱気が押し寄せる。二人の脳みそに備え付けられた警戒信号が最初から赤信号を発して体は無意識のうちに回避へ走り、レーザー光線にも似た光の一列が容赦なく飛び上がった二人の足元で爆ぜた。残るのは黒焦げたコンクリートと砕けた破片。即ち『まだそこにいれば』というもう一つの二人の未来の姿だった。

 プルルルルルルルルルルル!!と、直後にジル私物の通信端末が軽やかな着信音を放つ。『精神看破メンタルドライヴ』とジルを介した会話が面倒なのでわざわざ通話に移した、という様子だ。薄い金属の板から聞こえるのはソプラノな少女の声だった。先程までとのギャップが大きかったが笑ってられるような状況ではないのだろう。互いに真剣な表情、声で会話は進む。


『ジルの意識が覚醒した。念のため用意しておいた予備の器が役に立ったがそっちまで行くのに時間がかかりそうだ。しかも花粉の檻も一度回収する必要がある。ここまで全部見てきた君だ。言いたいことはわかるな?』

「.........あなたが到着するまで、私たちはほぼ無防備ってことですね」


 無言の肯定があった。それでもノバートの決意は揺るがない。生まれ育った愛する街のために。むしろここまで愛国心、いや、愛街心が強いノバート・ウェールズでなければここまでの道のりで既に折れていたかもしれない。『ニミセト区環境委員長』という肩書を持つノバートだからこそ、ここまでの『異常』に立ち向かえたと言っても過言じゃない。

 バッッヂィィィィィィィ!!と、吹き荒れた轟音に思わず黒髪ツインテールの少女が端末を耳から遠ざける。ノバートサイドから放たれた大放電の音だろう。鼓膜をつんざくような大音量が攻撃の凄まじさを物語っている。


『勿論やるよ。それで街が救われるなら』

「君ならそう言うと思ったよ」


 風に乗って空を舞う()を見上げていた。変わり果てた街を奔る少女のツインテールが揺れる。

 声と轟音はそれきり途絶えた。それどころか通話も切ってしまった少女は道を急ぐ。成れない女性の、それも未成年の少女の肉体の扱いに四苦八苦する神人というかなりレアな光景を振りまき、吊り上がった瞳を細め、少し足を止めて空を眺めたのはどんな心境か。事件の全貌を知る人間でありながら人外、『心理』を極めた図書館ひきこもりニート神人は再び走り出す。


「そんで」


 プツリと通話が終了した通信端末をしまい、一息置いて絶叫があった。


「これどうすんだよォォォォォォォォォォォォォ!!」


 先程まで肉体を器として『精神看破メンタルドライヴ』に預けていたジル・ゾルタス警備委員会第二支部長の空気を震わせる大絶叫だ。

 冷静沈着な『精神看破メンタルドライヴ』の姿とはどうやっても重ならない。ノバートもノバートで余裕はないのでそんなこと無視して相変わらずの全力回避だ。この回避力が『精神看破メンタルドライヴ』恩恵の残骸として残るだけで、彼本来のモノではない。

 しかし自分のものかどうかなんて関係ない。

 借り物の力でも掴んだ以上は最大限利用してこその『戦士』だ。


「どうするもこうするも、今は逃げに徹するしかないだろう!」


 人間とはこんな大ピンチの時ほど静寂を保てるものなんだろう。と冷静に分析するノバートであった。つまり一種の現実逃避である。ここまで逃げ続けると現実もスッカスカの空っぽにものだなという思いでいっぱいいっぱいだ。

 六発。

 乾いた銃声が雷鳴に埋もれて消えた。

 銃身を最高位体へと向けたジル・ゾルタスニミセト区警備委員会第二支部長の舌打ちもまた稲光に呑み込まれる。ゆらりゆらめく電球のような光の塊が滞空している。即ち雷天使の鉾ラミエルズ・ランスボーラーが放つ雷球。一つ一つすべてが最高位体の指先から伸びる細い紫電につながれた狂気の槍が撃ち放たれた。


 バヅンッッッッ!!と。

 コンクリートを焼け焦がす甚大な爆音が炸裂する。警備委員会ガード・コミュニティとして第一線に立つジルはまだいいが、インテリ強面環境委員長シーナリー・コミュニティリーダーのノバートはほとんどヘッドスライディングのような形で回避に成功する。ただし一発で攻撃が終わるわけもなく、続く第二第三第四の雷が降り注いだ。

 もはやノバートは遠い目通り越して虚ろ虚ろしいところまで来ている。恐怖を乗り越えたというわけではないのだがだんだんと反応も薄くなっていってることに本人は気付いていない。


「クソッ、しっかりしろ私!愛するこのニミセトを守るんだろう!師匠と交わした約束を思い出せ!」


 パン!と軽く両手で頬を叩いたノバートの瞳に光が舞い戻る。一方本職ジルはというと、無駄と分かってても何もしないのは性に合わないらしく、弾倉に弾を込めては狙いをつけて引き金を引くを繰り返していた。やはり抵抗虚しく銀の弾丸は閃光に消え、二人は最高位体に対して一定の距離を保ち続ける。即ち遠距離。斬撃の餌食にならないためにも相手の攻撃手段を電撃一つに絞るため、常に電撃を放たせる目的でも弾丸は活用されていた。


「どうにかして一発ぶち込んでやりたいけど、やはり届かないか。そういえばアルラはどうしてるんだ!?」

「アルラ君は『語り部』と決戦中だ!そして私は上司だ!ため口はやめたまえ!」

「...あの化け物と!?」

「おいこら無視するな」


 自分の大ピンチでも他人の心配をしてしまうのは人々を守る警備委員会ガード・コミュニティさがか。ジルの視線が大空の一点に注がれる。


 バヂッバヂッッバッヂィィィッッ!!と。


 二人の体感時間が何倍にも引き延ばされる。立て続けに迫る電撃を避けるに役立ったのはジルの【疑心】の異能だった。敵意を見抜く力、『噓発見器ライアーハント』は攻撃手段こそならないが回避全振りの二人には十分な力になる。転げまわるように逃げ続けるノバートの手に偶然、瓦礫の中から鉄パイプが顔を出す。ないよりはマシ、と千切れた一メートルほどの長さの鉄パイプを瓦礫から引っこ抜き、何となくそれらしい動きとともにの鋭い先端を最高位体へ向ける。

 生身であれば十分脅威。

 全身甲冑と言えど各所甲冑の隙間に突き刺せば深刻なダメージどころか下手すれば失血死も狙える凶器の重力にも似た重圧がズシリと手に伝わる。

 人を刺す勇気はなくとも、街を守る勇気さえあればいい。


 最高位体に近づくことはできない。近接戦闘は超高性能な高周波ブレードを獲物とする最高位体のほうが絶対的なうえに、そもそも近づくほどに高圧電流に被弾する可能性はあがるからだ。

 ならばどうするか?


「おおおおおおおおおおおおおおお!!」


 力任せにぶん投げられた。狙いは格子状の面の隙間、ノバートの『初撃』のように意識を揺るがせるために放った即席の投げ槍は、無残にも黒く光沢する鎧に届く前に輪切りなった。まるで蝿でも払うような軽い仕草だけで鉄パイプが綺麗にいくつも破片となってコンクリートに散らばった。やはりジルの弾丸と同じように、魔装を解放した最高位体に攻撃は通らないのか?

 苦い表情を浮かべた直後だった。


「っ!!」


 『精神看破メンタルドライヴ』の身体補助を頼りに、コツをつかんだか徐々に回避が形となってきたタイミングで、鈍い痛みがノバートの筋肉の内側に発生した。筋肉痛にも似た全身が張り詰めたような痛み。まさかとは思うが、嫌な予感があった。


「『精神看破メンタルドライヴ』の身体補助まで解けたかっ!?」


 ニミセト区環境委員長シーナリー・コミュニティリーダーサマは元々筋肉質だがアルラのように鍛えていたわけでもなく、特別な力も持っていなかった。今回攻撃を避け続けられたのも『精神看破メンタルドライヴ』あってこそだ。だが内側から肉を引きちぎらんとする鈍い痛みはひしひしと伝える。

 それはアルラと同じ『肉体の過剰動作』による不調。

 それはアルラの『神花之心アルストロメリア』のように内側から細胞をボロボロにするわけではない。

 ただの筋肉痛。されど筋肉痛。命のやり取りの中で機動力を失うことの意味を、ノバートは正しく理解できていない。まさしくそれが悪い方向へと働いたのだろう。思わずうずくまってしまいそうな苦痛の中でジルの銃が火を噴く。

 弾丸は、やはり消える。しかも。


「回避だ!放電が来るぞ...」


 言葉は雷に追いつかない。


「しま――――」


 

 閃光の壁が正面から押し寄せるのを必死の思いで回避することに成功したノバート。

 その背後からじわりと漂う殺意の塊が膝を大きく曲げたことを『噓発見器ライアーハント』のジルは目のふちで捉えていた。


 気のせいかもしれないが、大空を埋め尽くす分厚い雲にも紫電が映る――――。


 直後にジルは銃を構えてこう叫んだのだ。


()()()()()()()()()()()!!!」


 もう遅い。

 聞こえてからでは遅すぎた。

 これが【憎悪】の咎人であるアルラ・ラーファであれば違う結末を生んだに違いない。

 しかし彼はノバート・ウェールズ。

 煉瓦と水の街ニミセトの環境委員長にして『戦士』


 容赦なく、冷徹に、酷を纏って。


 ブオンッ!という白刃が空気を揺さぶる音が混じった。


 過去すらも斬り解く一閃が。

 愛された煉瓦と水の街の闇夜に浮かぶ『戦士』の首をなぞる。



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