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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
43/268

裁かれよ、雷鳴を以て



「待て待て待て待て待てぇ!みんなこんな世界を生きてたっていうのか!?世界は広いなあ!!」

「口よりも足を動かしたほうが身のためだよ。いつ雷に打たれて『ジュッ!!』ってなるかわからないから」

「その言葉だけで腰が抜けるっ!!」


 やけくそ気味に叫ぶ強面の男のすぐ隣を雷が駆け抜けた。思わずブワッ!と嫌な汗が全身から噴き出すが、もたついた走りで何とか距離を置くことができたのは幸い。宙を漂う雷の球体が弾ける音が生まれたかと思えば、すなわち攻撃の合図。全身の細胞一つ一つをフル動員して何とか回避できている状態だ。本当に危ない場面は『精神看破メンタルドライヴ』が僅かな時間だけ最高位体の行動を阻害したり、逆にノバートの肉体を動かしたりして何とか息を繋いできたのだ。もう彼としてはいっぱいいっぱいだろう。

 確定一発の初撃を失った以上、ノバートも敵対者とみなされてしまった。

 つまりより一歩死が間近に迫ったということでもある。


「どうした『戦士』よ。覚悟を決めたんじゃなかったのか?」

「覚悟決めたところで身体能力が著しく上昇するわけでもないでしょう!!」


 何故か楽しそうな『化け物』の姿は穏健なノバートでも少々イラッと来るものがある。

 ノバートの言う通り、人間はそう簡単には変わらない。スポーツクラブで大大と見せびらかされてるダイエットのビフォーとアフターも、当然一瞬で変化したわけでもなく地道な日々の努力によって生み出された結果なのだ。顔面だけなら歴戦の大戦士に見えなくもないノバート・ウェールズニミセト区環境委員長シーナリー・コミュニティリーダーも所詮中身はただの人に過ぎなかった。

 いちいち操作するのが面倒になったか、攻撃とは別のタイミングで体が軽くなったのをノバートは実感する。


「仕方ないのでリソースを割いて君の身体能力のリミッターを外した。これから数日は筋肉痛やらなんやらで地獄を見る覚悟は?」

「今地獄に落ちるよりはマシなのでありがとうございます!!」


 一人では何もできないノバートも隣に神人が立つとあればとても心強い。全身から沸き立つ意識外の力が火を噴いた。主に回避にだが。

 バズンッ!!バズンッ!!と、襲い掛かる雷や高周波ブレードを全力で逃げるノバートの姿はまるでクラスに一人はいるドッヂボールで回避だけやたら得意なチームメイトのようだ。カッコよく、は決まらないものの何とか無傷を保つことが出来るのは覚悟を決めた今のノバートだからだろう。


「どうしようかこの状況は。攻め手の『神花之心アルストロメリア』がいなくなったとあれば必然的に防戦一方だが」


 今まで物理的に抑え込んでいたアルラ・ラーファが今はいない。二対一でも相性に難がありすぎるのだ。物理的な破壊を必要とする敵に精神能力者と一般人に毛が生えた程度の『戦士』では手に余る。

 それでも薄青髪の青年は笑う。

 おもちゃに夢中な子供のように。


「二人分を精密動作させるのは、疲れるものなのだよ」


 そして思い出せ。彼の一言を。

()()()当た()()

 恐るべき害意の渦が中心にあった。


 ボッッアアアアァァァッッッッッ!!!と。

 思わず呆然と立ち尽くしていたのはノバートだ。今日自身の目前で発生した非日常の中でも更なる非日常。あまりの勢いに後ろへ足が伸びてしまった。


「ニンフ・ノーテイムの花粉の檻だ。そもそもニンフ...ニュンペーとも言い換えられるか。彼女たちは森の泉を守る守護者の面と森と木々のエッセンスから絞り出した独自の魔力で旅人を半狂乱へ陥れる面の二面性を持つ妖精、または精霊。花粉の檻もきっとその伝承からヒントを得たんだろうね。確かに花粉とは木々の生命の原初、人間の免疫を狂わせる狂乱のエッセンスだ。あの年でよく学んでいる」


 巨大な黄色い渦から離れたところで恐るべき薄青髪の化け物は説明口調だった。ノバートがどこまで理解できたかは置いといて、免疫に訴えかける死の黄紛は死体相手に通用するのか?闘争世界に現れた新入生の疑問は尽きることはない。わかったことといえば『精神看破メンタルドライヴ』はやはり規格外の化け物だということくらいか。

 街全体をくまなく覆いつくしていた花粉の檻が一点に収束し、最高位体を呑み込んだ地点から離れた二人。

 目をぱちくりさせて混乱をあらわにするノバート。

 にやにやと不敵に笑う『精神看破メンタルドライヴ』。


「言っただろう。二人分精密動作させてる、と。一つは意識を失ったジルの肉体。もう一つは傍観者を気取ったニンフ・ノーテイム。魔法とは意識を介して発動させるなのだから、『精神看破メンタルドライヴ』で操ることは容易い」


 もう震えるしかない。見せつけるような破壊力を現した『精神看破メンタルドライヴ』に、ではない。あの渦の中をゆっくりと、ゆっくりとだが進む最高位体にだ。


「もはやあれは、ヒトの手に負える者なのか...!?」

「ははっ、言えている」


 隣の『精神看破メンタルドライヴ』は肯定とも否定とも取れるように肩をすくめるだけだった。

 放電音を纏うその姿はまるで空を埋め尽くす積乱雲から生まれた雷の騎士。紫電が奔ったとわかった瞬間には攻撃は始まっている。ノバートも戦うと覚悟を決めたのだ。受け取った弾丸を慣れない手つきで弾倉に込めて、雷を全身にまとう最高位体に銃口を向けると。


 ドパンッッ!!と。

 空気が爆ぜたような乾いた発砲音が六度炸裂した。着弾を知らせる甲高い金属音はなく、代わりに空を焼く放電音があるだけだった。閃光に消えた弾丸がぱらぱらと崩れ落ちるとほぼ同時、黒甲冑の両脚が大きく曲がる。全体重を脚へのせて。

 そして。


「動いたぞ、回避しろ!!」


 『精神看破メンタルドライヴ』の警告の前に化け物は目の前に迫っていた。筆舌しがたい悪寒が背中をなぞるのがわかる。直後に首裏から引っ張られるような衝撃があった。というか引っ張られた。ごろごろと転がるノバートの体がもしもまだその場に存在していたなら、今頃ノバートの体は上下にぱっかりと斬り分けられていただろう。『精神看破メンタルドライヴ』のファインプレーで繋がった命を確かめる暇もなく次なる一撃は迫りくる。

 ただし標的は変わり薄青髪の化け物へと。


操作介入ハッキング


 肉体の主導権を奪い取る一言が囁かれる。ぴたりと止まった最高位体の甲冑の隙間へ弾丸を叩きこんだ化け物が軽いステップで背後に跳ぶと、上空から更なる追撃があった。

 生き物のように荒れ狂う濃黄の竜巻が最高位体を呑み込んだのだ。つまり『免疫機関』を信仰する少女ニンフ・ノーテイムの魔法術式。

 精神を司るスペシャリストの手によって圧縮と洗練を繰り返された花粉の檻。


「今のうちに出来るだけ距離を置こう、つまり逃げるぞ」

「え!?え!?いいの逃げて?あれアルラ君のほう行っちゃうんじゃないのか!?」

「彼がこの場を離れた時に最高位体が彼を追う素振そぶりは見せなかった。こっちに敵対者が二人いたからだろう、見失われない程度の距離を保ちつつ倒す」


 言い終わる前に走ってた。そもそも人間の速力で張り合えるものなのだろうか?

 疑問というより不安だけがどろどろと蓄積していくが足を止める勇気はないので奔るしかなかった戦士であった。


「...?、遅くなっている...?」

「弾丸で撃ち抜いた傷が再生する前に花粉を潜り込ませて動作不良を狙った。そう長くはもたないだろうがないよりはマシといったレベルかな?無事行動が阻害されてるようで何よりだ」


 あっけなく言い放ったものの、少しは焦りが見えるようだった。焦りというか現状のスリルを全力で楽しんでるようにも見えるが。


「ふははははは捕まえてみたまえこっちだよばきゅんばきゅんばきゅーん☆」

「ふざけてる場合ですか!?(くそっニート司書が...!)」

「聞こえているからな。あと私は根に持つタイプだ。今すぐ君の補助を取りやめてもいいんだが」

「私が悪かった!!」


 走りながら適度なペースで発砲を繰り返しているが、最高位体が止まる様子はない。時より背後から放たれる雷から何とか身を躱すのが精一杯のノバートには最高位体を倒せるビジョンが浮かんでこないのだ。というかノバートも結構な年なので体力が続かない。途絶え途絶えな息がまさにその表れだった。


「適度な運動は心掛けたほうがいいぞ。その年にもなると溜まりたくないものが腹の中にどんどん溜まっていくだろう。ストレスとか皮下脂肪とか」


 ぶっちゃけると年中王都の図書館で働かずに食っちゃねしてるだけのニートには言われたくないと息の間から漏れてしまいそうだったが命にかかわりそうなので必死にこらえた。というか何故ニートのくせにここまで体力が有り余ってるんだ?


「よく考えたらそれ、あなたに体力があるんじゃなくて、器のほうのジルに元ある体力じゃないか!?」

「バレたか」


 速力が生命の維持に直結する最悪の鬼ごっこを始めてしまった以上、もはや止まることは考えない。

 問題もある。全力鬼ごっこの最中にいかにしてアレを仕留めるか、だ。


「具体的に、どうすれば倒せるんですか!?」

「まずは必要なものを搔き集める。といっても主要なものはある程度揃っているんだ。問題は場所で中央広場がベストなんだがあそこにはきっとがいる。二人をかち合わせたくないんだろう?広くて密閉性のない空間が欲しい。風通しが良いのが好ましいな」


 少し考えて、心当たりがあった。何もニミセトの広い場所は中央広場だけではない。

 特に今は。


「アルラ君が崩した保健委員会ケア・コミュニティの施設!崩れた瓦礫のせいで平坦とは言えないが広いといえば広いし、あそこには緊急搬送用に作られたヘリポートがあったはず。平坦で、風通しもよくて、広い!」

「よし」


 目的地が定まった。『精神看破メンタルドライヴ』の言うとおりであれば、そこに着きさえすれば最高位体かれを倒せるはずだ。勝算が見えるとなれば自然と希望も湧いてくる。だが敵もそこまで甘くない。


「あれは...っ!」

「チッ」


 初めて『精神看破メンタルドライヴ』が明確に苛立ちを表現していた。後方から迫る最高位体に対して、突如として現れた前方どころか辺り一帯の空中を漂う雷のしゃぼん玉。


「『雷天使の鉾ラミエルズ・ランスボーラー』、生前に王直属魔装職人から賜った追撃魔装か!」


 今まで平面的な、言わば2Dの直線的な攻撃が打って変わった。三点、空間をフル活用した3Dの攻撃が、雷撃の雨が降り注ぐ。機械を動作させるため、ではない。電球に明かりを灯すため、でもない。()()()()()()()()()とは、こんなにもシンプルで恐ろしいものなのか。命を奪うためだけに生み出された雷とは、こうも躊躇なく弱者を踏みにじるものなのか。もはや弾丸すら届かなくなった。

 ノバートの抵抗の意思として撃ちだされた弾丸は雷に埋もれて消える。


「くそ!」

「弾丸は届かない、当然か」


 焦りが転じて冷静さを取り戻した『精神看破メンタルドライヴ』は吐き捨てるように言った。ノバートが知る由もないが相手はチェルリビーの元王国騎士。現役時代にフラン・シュガーランチと肩を並べる『強欲の魔王軍』幹部、戦将シュタールの片腕を斬り飛ばした英雄なのだ。

 放たれる攻撃、斬撃、死しても並みという言葉では絶対に収まらない。雷に触れれば数千万ボルトはくだらない電圧で黒炭に、振り回す高周波ブレードにかすりでもすれば致命傷。おまけにこちらの唯一といってもいい攻撃手段の銃弾は届きすらしない。

 状況を打破する発想力も。

 長年の戦闘の経験値も。

 ノバートには無かった。


「どわああああああああああああああああああ!!!?」

「おい『戦士』、目的地はまだか!」

「そこの角を曲がって直進ンンンンン!!!」


 雪崩れ込む勢いで飛び込んだ。花粉の檻による最後の妨害がなければ彼はともかく、ノバートは危なかったかもしれない。とにかく目的地には到着だ。緊張が多少緩んでしまったせいか、後ろからはまだ敵が迫るというのにノバートは意識の外で安堵の息を大きく漏らす。花粉の檻の防衛のおかげで二人と最高位体の間にはかなりの距離がある。

 だがすぐに、ノバートの表情は怪訝に移ってしまった。

 何故か?

 少し先の『精神看破メンタルドライヴ』へ投げかけた言葉に反応がなかったから。


「ここからどうするんですか!?」


 ......やはり反応がない。


「...........あのー...」


 『精神看破メンタルドライヴ』の長い沈黙でノバートの頭の中が不安で埋め尽くされていく。思念の海を邪念の土で無理やり埋め立てられて行くような感覚が全身を蝕み、ノバートの更なる不安を煽っていく。


(まさか)


 忘れてはいけないが彼は本来王都のとある図書館に引きこもっていて、今は関係性を持ち意識を失ったジルの肉体を借りて行動している。一連の事件に関わったのもジルから緊急の連絡を受けて、自分のサポートに回ってくれと懇願のが大きい。

 彼の『精神看破メンタルドライヴ』は人の精神に語り掛ける。

 相手が抵抗しなければ何の問題もなく肉体の主導権を奪い取り、器に宿る『異能』すら自在に扱うことすら出来る。

 心を開かずとも意識がなければ接続自体は叶う。それはつまり抵抗がないからだ。

 つまり

 つまりだ。


 ()|の()()()()()()()()()()()()


「っ...!ここどこだ...?は何を...」


 全てが。

 絶望一色に染まる――――。


「.........は?」






 多国籍国家トルカスの中心地。才と技の募る『王都』の一角にて。

 散乱する分厚い本のベッドから起き上がる影はしまったと唇の隙間から漏らしていた。


「...ジルの意識が戻ったか。接続リンクが途切れた」


 舌打ちが広い広い本棚だらけの空間に小さく響く。つまり彼こそが現存する数少ない神人にして『精神看破メンタルドライヴ』と呼ばれる人物だろう。起こってしまったことは仕方がない、と彼は悲観する暇もなく別の接続先への接続リンクを施行する。

 知識の山に埋もれた神人は、この場にいない『戦士』を思う。


「何とか持たせてくれよ」


 この忌々しい逃走劇に終焉を。

 『戦士』の見せ場はここから始まる。




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