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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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どろどろの未来で泣き叫べ





 過去を、いつまでも身に憑きまとう呪いと捉える者がいる。

 どれだけ忘れたくとも、消してしまいたくとも、何時いかなる時も繋がり続ける影のように、永遠に離れることはない。

 『命』と関連付けられた過去はまた更に厄介なことに、鉄球と足枷に姿を変えることも少なくない。


 泣いていた。

 アルラ・ラーファは。

 『異常』になってしまった、『平凡』で在りたかった青年は。

 その灰を被ったような頭を揺らして、泣いて、走っていた。

 アルラの場合の『呪い』は、自分が【憎悪】に堕ちた原因となった十年前のあの日。幼馴染も家族も故郷すらも失ったあの日に他ならない。あの日さえ存在しなければ、人生のフィルムからあの一コマだけでも切り取れれば、どれだけ心が楽だっただろうか。暗く冷たい洞窟の中で、いったい幾度涙が頬を伝っただろうか。いったい幾度『命』を思い出しただろうか。

 ()()()を思い出すたびに呪った。

 憤怒した。

 憎悪した。

 逃避した。


 抗うための【憎悪】を得た。知識を得た。力を得た。完全に捨て去ることが出来なかった良心は、バラバラに引き裂いて心の奥にしまい込んだ。もう二度と現れないように、躊躇しないように。


 過去に、青年となった灰被りの()は祈った。


 嗚呼、命の運命を定めた神様。僕が何をしたというのでしょう。

 いったい僕はどんな『罪』を犯したというのでしょう。

 もしもこの苦しみが無限に自分をさいなみ続けるというのであれば、僕は貴方を許しません。

 神たる貴方すらも【憎悪】します。全てを奪ったあの男のように、いつか貴方も殺します――――。



 【憎悪】に駆られた復讐の鬼が昔、ふと思ったことがある。


『なに?神様はいるかだって?』


 幾多もの人種が同時に話すような声が暗闇に響いた。黒と灰色の中間ほどに染まった頭の少年の問いに、祠に封じられた光の集合体は困った声で揺らめいている。普段は鬱陶しくてたまらない神様(?)も少年の真面目な雰囲気を察したのか、不細工に食い漁られた魚を捨てる少年にあっさりと返答した。


『目の前にいるだろ』

「あんたが魔法って分野を極めて神様の領域に片足突っ込んだ神人ってのはわかってる。でもそういう意味じゃないんだ。例えば世界を一から創造する力を持つ絶対的な存在とか、運命を定める女神的な奴とか」


 まだ若干じゃっかん幼さが残る声が洞窟の暗闇に木霊こだますると同時に、普遍的に揺らめく光は少し黙り込んで何か考えている。神様を自称する相手にこの質問は場合によっては失礼だが、なにせ『自称』。確信あるわけでもなし、適切な回答を見つけた魔法の神様(?)は適当な調子で述べる。


『似たようなのはいるがそれは神じゃない。小僧が言ったように俺は神様の領域に片足突っ込んで神人になったある種の頂点。つまり神様の領域とやらは最初から存在していたことになる。そんな曖昧なモノが存在してる以上、そこに住まう神様ってのもいるのかもなあ』

「...............なら」

『どうせ悲劇を責任転嫁して運命の神様とやらのせいにして僕は悪くない!!したいんだろうが完全に八つ当たりだぞ。小僧の故郷の結末は小僧に力がなかったからああなったんだ。あの時小僧は何かできたか?逃げる以外の道を見つけられたか?見つけたとして実際に行動できたか?所詮これらは全部『もしも』『だったら』というくだらないIFに他ならん。小僧は、暗闇で、憎悪する。結局これが今の(・・)小僧自身だ。()()()()()()()


 とてもよく覚えてる。心底くだらないといった口調で語る光の玉を。多分、姿形の概念がこの自称神様に存在していたら足組して鼻で笑っているのだろう。


『重要なのは物事を外から捉えることなんだ。いつか小僧の前に戦将が立つ日が来るだろう。そこで感情に身を任せて全てを巻き込んでぶっ壊すか、復讐を捨てて別の理由を見出すか。そん時は自分が相手だったらどうするはもちろん、考えられる全ての可能性を頭の中で再現する。小僧が一人前の復讐者リベンジャーになったとき、それだけは忘れるなよ。何を正しいと信じるかは小僧の自由なんだからな』


 ならば今正しいのは。

 アルラが胸を張って善行と言い切れる行動は。


 時は流れて煉瓦と水の街。

 ()()()()()()

 明確に空気が変わった。言葉に表すことは難しいが、言うなれば暗く閉ざされた街全体の恐怖が少しずつ霧散していく感覚。夜明けにも似た感覚だ。きょろきょろと辺りを見回しても特に変わったことはない。美しい景観が台無しなことを除けば百人中百人がいつも通りと答えるような街の空気、それが逆に『異常』にも思える。ふと見上げた空が街全体に起こったこと全てを物語っている。()()()()()()()()()()()()、いつも通りの黒い空が広がっていた。この言葉が意味することは言うまでもなく、平和と異常がひっくり返された空が再びひっくり返る。

 つまり


「花粉の壁が、消えた?」


 街全体をくまなく覆い隠していた死を呼ぶ黄煙が、跡形もなく消滅している。否、涙で霞む瞳をまた拭ったアルラの視界の端は捉えていた。一点へ収束して、渦巻うずまくそれが。人間の『免疫機関』を利用した死の粉片が集まる地点が。

 煉瓦の直方体の奥に隠されたエリアは、ついさっきまでアルラが立っていた場所。つまり現在進行形で二人が戦っている場所だろう。時たま聞こえてくる乾いた発砲音が小さく耳を打つ。


(戦って、いるんだな)


 恐らく『精神看破メンタルドライヴ』の仕業だろう。詳しいことはよく知らないがノバートの口調から察するに相当な力を持つ人物らしい。実際に凄まじい力とやらをアルラは身をもって体験してる。しかもあれだけの力で18%未満ときたものだ、アルラとしてはもう笑うしかない。あの人物が敵に回っていたらどれだけ恐ろしいことになっていただろう。

 恐ろしい妄想の内でノバートの執務室からくすねた携帯食料を口に含む。なんとも微妙な味だ。フルーツと生肉をぐっちゃぐちゃにかき混ぜて正方形に整えたような得体のしれない食料でも今は口にするしかない。とにかく回復につながる手段で手が届くものは片っ端から手を伸ばすしかないのだ。次にいつ補給ができるかもわからない状況で、もしくは今後永遠に補給する機会が来ないのかもしれないのだから。

 何とか想像を絶する味覚の扉を開きかねない薄茶色の正方形を呑み込み。


「.........っ!」


 直後の激痛。外側ではなく()からナイフで切り刻まれたような鋭い痛みがアルラの全身を駆け巡った。

喉奥から咳き上げられる生暖かくて赤黒い塊とともに呑み込んだはずの携帯食料がアルラの体外へ吐き出される。やはり『神花之心アルストロメリア』の使い過ぎは逆に命を落としかねないのか。傷は治せても倦怠感や内側からの痛みは増すばかりであった。先の戦闘で300年近く使ってしまった。少しでも温存しておきたいが、そもそも一秒先に死が待っているかもしれないのだ。出し惜しみも使い過ぎも危険とあっては使いにくいことこの上ない。


「げぼっが、がばあ!?」


 咳き込むたびに口の中が鉄さびのような匂いに侵される。視界は相変わらずぐらりと揺らいで焦点が定まらない。肉体があげる悲鳴を無視して何とかアルラは立ちなおす。

 こうしてる間にも二人があの人を食い止めてくれている。ノバートと『精神看破メンタルドライヴ』、彼ら二人には感謝しかない。正直、あの場に一秒でも長くいればいつ心が壊れてもおかしくなかった。今も震えは止まらないしちょっと気を緩めただけでまた涙腺が決壊しそうでならない。夜空を覆い隠す分厚い雲がアルラの心を体現しているように流れる。

 今にもざあざあと大粒の雫が降り出しそうだった。

 その薄汚れた灰色の下で見つけた。


「.....あ?」


 視線の先で転がっていたのはアルラを苦しめた鋼蜻蜓ハガネヤンマ、その残骸だった。操縦者はいち早く脱出したのか、どろどろとした白い液体があちこちの剥がれた金属板の隙間から漏れ出ていてちょっと引きそうになる。

 思えばアルラだけが被害者ではないのだ。今まで復讐に囚われすぎて周りをよく見てこなかったが、現在のニミセトの状況は『強欲の魔王軍の幹部が攻めてきて全滅の危機』という極めて危険な状態。何処かのシェルターに避難してるであろう民間人と観光客の不安は事件の全貌を知らないアルラたち以上に決まってる。


(そうだ。よくよく考えれば、少女がこの街を選んだ理由はなんなんだ?)


 わざわざ本拠地から遠く離れたこの街を選んだ理由、やはり独自に発展した技術か?

 じゃあなんで唯一その技術を知るノバートまで巻き込む形で事件を表に出した?事前にノバートを攫って本拠地に送り込むことなんて簡単にできたはずだ。確か少女は兵隊を大量生産するために計画を進めていたらしいがどうしてこの街である必要があった?()()()()()()()()()()()がカギだ。少女の、その先の『強欲の魔王』の思想を読み解け。


(俺だったらどうするか、()()()()()()...!)


 多種族国家トルカスの()()()()()()()()()

 ()()()()()()ニミセト。

 ごたごたと並べた文字の中にヒントがあるはずだ。『強欲の魔王軍』が兵隊を調達するのにニミセトを選んだ理由が!


(もしも『強欲の魔王軍』の興味が街じゃなくて『国』に向いてるとすれば最南端のこの街を攻めたのも合点がいく。けど本当にそれだけなのか?)


 不十分なパズルのピースを一つ一つその手で作り上げていく。最終的な絵もわからないまま、直観に身を任せてピースを組み合わせていく感覚だ。とにかく今見える全てを活用するしかない。もしかしたら、ニミセトの街だけですべてが収まってないかもしれない。

 街と少女の共通点。

 例えばそれは。


「水...?」


 少しずつ。

 少しずつ、絵が意味を持っていく。

 混乱の渦中で少女がなそうとしていることはなんだった?『肉の種』の発動条件は?


「まさか...」


 アルラの瞳が一点を指し示す。高く高く揺らぐ暗がりの一つ、満天の星空を布をかぶせるように不可視化した曇り空へ。現在の季節は夏で、ここは()()()()()()。吐いて捨てるほどの水と独自の技術で湿度まで調整可能なテクノロジーの街。それこそが煉瓦と水の街ニミセト。


 ならば?


 ならば??


 ならば???


「まさか、そういうことなのか!?」



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