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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
39/268

極彩の記憶




 ニミセト区環境委員長シーナリー・コミュニティリーダーは外にいる。

 屋外という意味ではない。戦闘の外にという意味で

 ノバート・ウェールズは切に思った。

 『共に戦いたい』と。


「ちぃッ!!」


 ズバチィィイイ!!

 灰を被ったような頭髪の青年目掛けて雷光が奔った。体をぐるりとひねって雷を回避したアルラの背後から乾いた発砲音が計四発、高周波ブレードと雷を振り回す黒甲冑に弾かれる音が直後に起こる。

 目の前で繰り広げられる光景は一般人が見て理解できるものではない。恐らく理解が追い付かないレベルだろう。彼はただ遠くから二人の勝利を願うことしかできない。

 『異常』同士の戦闘に『一般人』は立ち入れない。自分が一番よくわかってることじゃないか。街を守る警備委員会ガード・コミュニティに憧れて、必死に鍛えた時期もあった。その過程で負傷した目の傷は今では自分を象徴するトレードマークだ。結果から警備委員会ガード・コミュニティにはなれなかった。戦いの、『守る』ための力を得る資格がなかった、と痛く実感した。だから別の形で街を守るために、技術者である()()()に弟子入りした。必死になって雑務をこなして、いつの間にか環境委員長シーナリー・コミュニティリーダーにまで上り詰めた。慕われる人間になることを心掛けたつもりだったが、なかなかうまくいかなくて四苦八苦した。

 部外者であるはずの彼らが、身を挺して戦ってくれているのに。

 だというのに自分はなんだ?どうして行動しない。

 恐怖に臆したか?いいや。愛する街のために、恐怖は捨てた。

 力がないからか?いいや。それは言い訳にしかならない。


「脳を回路の一部に組み込んでいるんだったな。しからば私の出番だ」


 黒甲冑の振りかぶった高周波ブレードが動きを止めた。腕どころではない。全身が不安定な態勢のまま凍り付いたようにぴたりと止まってしまった。

 大きく振りかぶる黒甲冑の手首めがけて、懐に入ったアルラに残された左拳が極彩を帯びる。この距離なら再始動した甲冑がブレードを振るったところで近すぎる。全てを粉砕する拳が甲冑に迫った瞬間――――。


「......!!」


 黒甲冑が宙へ浮いた。背後へそっと飛んだというが正しいだろうか。逆に間合いに入ったアルラ目掛けて、命を両断する刃が迫った。


操作介入ハッキング


 アルラの意識とは別に体がブレードを回避する。少し離れたところからアルラへと手をかざす薄青髪の青年のフォローだろう。距離を置いたアルラに軽く声をかけている。


「無事かい」

「助かった」


 短い会話の合間にも敵は目前まで迫る。次はジルの姿を借りる男へと。

 彼は特に驚いた様子もなく拳銃とは逆の手を使い、黒甲冑の回路をその『異能』の18%をもって改竄かいざんする。

 意思とは対照的に...


(誘導介入ナビゲイト...!)


 高周波ブレードは黒甲冑が意図せぬ方向へ腕ごと曲がり、自らの左手首を斬り落としてしまう。生きていた(・・・・・)ならば(・・・)激痛に転がりまわっていたかもしれない。しかしこいつはそうではない。痛みの概念すら忘れ去った死体兵に躊躇はない。

 メギャゴッッッ!!!と。

 不意に現れた不自然な音の発生源はどこからか。探せば見つかった。


「はは、再生機能付きかね」

「そういえば俺がぶっ飛ばした足も治ってやがる...!!」


 相手は最高位体と呼ばれる黒甲冑の最上位。これくらいのことは当然とばかりに傷口から現れた肉の糸が手首と繋がって元の姿に結合してしまう。

 コードが千切れた瞬間を逆再生した動画のような再生は、アルラの肉体に本来備わっている再生能力の強化とはまた別口の再生手段だった。見慣れないグロ光景の連続に軽く吐き気を催すニミセト区環境委員長シーナリー・コミュニティリーダー他所よそに、二人と一体の戦いは加速する。


「一本腕では戦いずらいだろう、どれ」

「えちょっと待てお前なにするつもりだy

「安心してかまわない。痛覚はある程度抑えておく」


 灰被りの青年の無い肩から先が不自然に蠢いた。ゴボボッ!という粘性の液体が垂れるような音が発生したと思えば、耐え難い痛みのシグナルが脳にアルラの脳に押し寄せる。そう――――、あの時(・・・)のような。


「んだこれ、腕が...!」

「しっかり動くか動作確認して、動くなら戦え」


 生えていた。アルラの斬り落とされた腕が。

 本来数時間はかかるはずの時間をふっとばして、そこにある腕はアルラの命令通り動作する。

 『精神看破メンタルドライヴ』は生き物の『脳』を思い通りに操る異能である。行動の根本に思考が根付く限り、彼の異能は自由に対象の誤作動を引き起こす。

 例えば敵の思考回路を上書き保存することで偽物の意識を作り出す。

 例えば脳機能の一部を欠落させることで思考のズレを生む。

 言ってみれば黒板に記された解答を上から自分勝手に線を付け足すチョークだ。1+1を3へ書き足して、誰でもわかる漢字に意味不明な読み仮名を与える。黒板のう本来の持ち主は誤答に気が付くまで書き足されて与えられた解答を信じ続け、たとえ誤答に気が付いて黒板消しで塗りつぶそうがさらに上から間違った解答を書きつぶす。

 全力の18%が限界でも、使い方によっては。


操作介入ハッキング


 プツンと黒甲冑の中で小さな音が生まれた。誰の耳にも届くはずもない、あまりにも小さな音をアルラは聞き逃さない。思い出せ、彼は言っていただろう、全身筋肉の弛緩緊張すら思いのままだと。つまり音の正体は...。


「神経をぷっつり切断してしまえば思考が行動に移ることはない。脳が基盤として組み込まれた死体兵ならなおさらだろう?再生機能で修復するがいい。生まれる隙を突くくらいには時間が稼げる」


 誰かに説明するような口調で『怪物』は語る。

 コップに入った水の90%とダムに貯水された水の2%はどちらが大きいだろうか。言うまでもなく後者だろう。彼にとっての18%とは、他人アルラたちにとって100%を遥かに超える未知数に等しかったはずだ。


 ガッッッ!!と。

 金属が擦れる音がアルラの攻撃の不発を示す。命中こそしたものの、即座に動きを取り戻した最高位体が体をひねったことによって手首へ向かっていたはずの足蹴りは胴体へ収束してしまう。

 アルラたちが『異常』と『怪物』であるなら、最高位体と呼ばれる黒甲冑の王もまた『怪物』

絶対的な破壊力を秘める足蹴りの根元。アルラの足首を反射以上の速度でつかみ取ると、瞬間空気を乾かす一筋の線が足首を伝ってアルラの全身へ流れ込んだ。ショックによって軸足はぐらついて、脳が危険信号を発するのを芯から理解できた。

 全てを振り払うように。


「がああああああああああああああああああああああ!!」


 咆哮と同時に解放されたアルラの体が後ろに転がる。若干の痺れが残る体を心配しつつも、この程度で済んだのは身を包む耐電耐腐布の恩恵だろう。感謝の気持ちを添えて再び距離を置くアルラの背後から二発。乾いた発砲音が炸裂したと思えば、甲冑の関節部分を針に糸を通すように正確に撃ち抜いた。

 甲冑という装備はなにも全身くまなく金属で覆いつくしているわけではない。関節部分はどうしても隙間が空いてしまうので、どれだけ固くとも正確にその一点を狙えるのであれば弾丸は中の肉を貫く。

 傷を負えば当然再生が働く。

 再生が働けば――――。

 

「当然、再生中の関節は使えなくなる」


 警備委員会ガード・コミュニティが携帯する銀のリボルバーがさらに火を噴いた。空を切り裂く弾丸の群が正確に人体の可動を司る器官を突き抜けると同時に、崩れた瓦礫の一部が『神花之心アルストロメリア』に超強化された強肩から撃ち放たれる。


 激化する闘争の外で、この場唯一の『一般人』ノバート・ウェールズは、目まぐるしく動く漆黒の甲冑を観察していた。彼も彼とてかつてニミセト随一の技術者に弟子入りした身である。魔法も技術も、知識は一通り備え付けだ。

 ただし『技術者』の側面でしか彼は力を発揮できない。目の前で愛する街の未来を決定づける戦闘が起こっているというのに、何もできない自分自身に歯嚙みするしかない。


「危ないッ!!」

「うおっ!」


 向けられた害意に対応することもままならない。アルラが飛び込んでいなければ、今の放電で消し炭にされてたのも容易に想像がつく。


(街を守ると口だけで、結局足手まといにしかなってないじゃないか)


 自分にできることはなんだ?

 自分にしかできないことはなんだ?

 どうあがいても村人Aにしか成れない男の役割は?為すがままに敵対キャラに蹂躙されて、勇者サマに助けを請うだけか?違うだろう!()()()()()A()()()()()()()()()()()()


「いいかいノバート君。覚悟を決めたのであれば、これから話すことをよく聞くんだ」


 ノバートの葛藤を覗き見ていた薄青髪の怪物の声だった。と同時に、銀色の塊がノバートの手に渡った。

 一丁の銃にこれほどの重圧を感じるのは初めてだ。


「アレは君に興味を示さない。つまり君だけには敵対していない状態なんだ」

「でもさっき攻撃されて...」

「放電の威力が強大すぎたのだろう。彼を狙った攻撃の軌道上に君が立っていただけだ。流石に倒せとは言わない。物理的に抑え込んでくれればそれでいい。最初から彼を仕留めるという命令だけ書き込まれていたのかもしれないな。私も触れるまでは見向きもされなかった...彼には最初から敵対NPC、私たちには中立NPCというわけだ」

「つまり」

「初撃は確実に当たる」


 怪物は小さく笑って即答した。

 こうして話している間にも灰被りの青年は身を挺して戦っている。圧縮された命の光を纏う拳が空を薙ぎ払うたびに、内側から響く音に唇を嚙みつけた。一度は腕を斬り落とされて、ボロボロになったのに、それでも戦う理由が彼にあるのか?

 生死が隣り合わせの戦闘の中で()()()()()が何を意味するか。それがわからないほどニミセト区環境委員長シーナリー・コミュニティリーダーノバート・ウェールズは馬鹿ではない。

 決定打にすら成りえる『村人A』の一撃。


「事はすでに彼だけの問題ではない。彼だけに背負わせるには重すぎる」


 重い荷物は一人が持つより、人数で分けて分担するほうがいい。一人当たりの荷物量が減るだけでその分空いた容量を他に充てられる。一人ずつが別の問題に向かうか、全員ですべての問題を分担するか、だ。

 二人が背負わされた荷物はニミセト全ての人命。

 30万を超えた膨大すぎる『命』の重み。

 全てを背負うのが部外者二人なんて馬鹿らしい。

 偉そうに掲げた肩書は見せかけか?

 ニミセト区環境委員長シーナリー・コミュニティリーダー

 お前が背負わずどうするッ!!


「うおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああ!!!」


 その時『村人A』は死んだ。この場にいるのは、30万以上の命を背負うのは。二人の怪物と一人の戦士・・となった。

ピリつく空気を纏めて拭い捨てるように飛び出したノバートの背中は、とても広く、大きく見える。だがいくら初撃が確実に入るとしても、初撃さえ決め終えてしまえばその後はアルラと同じ場所に立つことを意味する。一秒先の未来で心臓が正しく動いているかもわからない場所へと、ノバートは臆することなく踏み込んだ。

 戦士として。


 ガギッッッッ!!!!という金属同士の衝突があった。

 格子状の最高位体の面の隙間に、ノバートが銀のリボルバーを突っ込んだ音だ。


「さっきのビリビリの分だッ...!!」


 ドパァンッッ!!という乾いた発砲音が六つ、面の暗闇へ消えた。格子状の隙間から濁流のように生命を支える赤が溢れ出ると共に、大きく後ろへ仰け反った黒甲冑にアルラの極彩による追撃が入る。

 面を鷲掴んだまま大きく跳ねた二人分の重みと共に、後頭部を地面へ叩きつけられた黒甲冑が跳ね上がる。

 さらに


「よし!いけるぞ!!」


 後方で無防備に直立する薄青髪の瞳が揺れた。

 『精神看破メンタルドライヴ』による全身の血管破裂。甲冑の隙間から血液が滴り落ちる様子は、見てておぞましいという感情すら沸き立ってくる。 彼の攻撃の仕組みは実に単純明快で、心臓というポンプの鼓動数がが意識外から勝手に上昇すれば当然血流の速度も上がるだろう。

 生身の血管が耐え切れないほどに。


「今だ!やれええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

「はあああああああああああああああああ!!」


 立ち上がることすらままならず再生も追いついていない。今一度()えるアルラの極彩が。

 研ぎ澄まされた一撃が遂に黒甲冑の弱点を、銀の装備を捉える。


 .........本当に?



  ビギリッッ!!




「え.........?」


 アルラ・ラーファは停止する。頭も、体も、何もかもが。理由を二人は後から知ることになる。

 金属が崩れ去る音は、最高位体が持つ銀の装備からではない。少し上から。

 ()()()()()()()()()()()()()


 どこかで風に吹かれる魔女風の少女は嘲笑あざわらうように呟いた。


「感動の再開ですね」


 その言葉が意味するのは。

 少女の禍々しい笑みが示すのは。


 素顔を現した黒甲冑の指先から、()()()()()()()()()()

 抱き合えるほどに接近した二人の周囲には、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『一般人』である男には美しいとさえ思えた。

 全てを知る『怪物』の男は二人の運命を哀れんだ。


 『異常』と成った青年は

 『平凡』であり続けたかった青年は

 黒に成り切れなかった灰色の青年は。


 青年は


    青年は


 青年は


    青年は


 青年は―――――――。




 魔装の名は雷天使の鉾ラミエルズ・ランスボーラー

 ツギハギの顔に感情は灯されない。真っ赤に揺らめく瞳の奥に生は無い。


 それでも


 全てが消え失せた白の世界の中で、青年は向き合う誰かと歩む自分を垣間見ていた。

 限りなく並列するifの一つ。

 あの日が来なかった未来。


「まずい」


 守られていたばかりのノバートが飛び出したは、この場の誰にも予想つかなかっただろう。

 雷球が降り降ろされる瞬間、突き飛ばされた灰被りの青年の時間はそこで止まる。何十倍にも圧縮された時の中で、一瞬の永遠の果てで、彼の瞳に彼を救ったノバートの姿は映らない。途切れたフィルムの一コマを彷徨さまよう彼が――――――。


「どうしたんだ!!アルラ君!おい!!」


 返答はない。魂が抜け落ちたような表情で固まったまま、風に揺られる野草のように力なく首が震えている。今の僅かな一瞬で、人はこうも絶望の表情かおを作れるものなのか?

 言葉は発さず、アルラの唇が動く。

 透明な言葉が誰かの名前を呼んでいた――――。


「.........『語り部』を追え。代わろう」


 無力な『一般人』である彼は言った。

 彼は持たざる者だ。しかし彼がいなければ、灰被りの青年は既に消し炭と化していたかもしれない。。

 あの表情を見ただけで、『一般人』は心に『戦士』を宿す。


「君は邪魔だ。ここは私と彼に任せてさっさと元凶を叩いてきたまえ」


 薄い青髪が特徴的な青年は言った。

 彼は差し出した者だ。大いなる力のために己が肉片を星に捧げた。

 灰被りの青年の記憶を覗いただけで、望んで『怪物』となった誰かは笑みを失った。


 アルラが過去に打ち勝てなかったわけではない。

 悲劇に屈して運命から逃げたわけじゃない。


 この戦いは、アルラに()()()()()()


 涙をぬぐったアルラの背中を見送る二人の表情は、一味違った。

 覚悟を決めた『一般人』は、彼の代わりに拳を握る。

 本来の四分の一以下の力しか引き出せない『怪物』は瞳の奥を揺らす。


 そして。

 そしてだ。

 『怪物』は代弁する。


「剣を抜け雷鳴の騎士よ。そして誇れ。過去と呪いを断ち斬る、現在いまの彼を」



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