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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
35/268

不良青年は蹂躙す




 作業が大方完了し、土色の正方形の表面に複雑な記号が羅列されている。時間も手間もかかったが、巨大土竜を遠隔操作していた端末の所在地は割り出された。『オーク・ノーテイム』のことで疑問は残るが、過ぎたことを悔いても仕方がないという考えの元、グレムリン・ノーテイムは行動を開始する。

 通信端末の電源は切らず、通話も繋ぎっぱなし。ニンフ・ノーテイムの誘導に従うためだ。


『次の道を左で、そのあと三番目を右ね』


 『免疫機関』を信仰する彼女の魔法は多岐にわたる。現在の街のように大きな区画を封鎖したり。粉塵の中に意識を分割させ、広範囲の偵察もお手の物。魔装に割り出された座標を彼女に伝えたところ、そこに位置するのは


「まさか相談委員会ダウト・コミュニティの施設の地下とはなあ」

『確かに盲点だった。警備委員会ガード・コミュニティや委員総会辺りが怪しいと思ってた』

「被害を最小限に抑えるのが狙いなんだろ。誰も街の相談窓口の地下に最新の防衛兵器を操作する施設があるなんて思わないだろうし、確かに考えてみりゃ警備委員会ガード・コミュニティの建物周りに民家はねえ。大方警備委員会(ガード・コミュニティ)にもそれっぽい施設を上辺だけ作って、最悪被害をそっちに押し付けることで相談委員会ダウト・コミュニティ付近から遠ざける...ってところか」


 適当な調子でデータ解析用の改造魔装をぽんぽんと空中で弄びながら、グレムリン・ノーテイムは目を細める。

 実際のところ、グレムリンの推理は的を射ている。街全体の狙いとしては大体彼が推理した通り。

 ニミセトの街は多種族国家トルカスの最南端だ。つまりこの街を陥落されれば、じわじわと上部に侵攻するための拠点となってしまう。領土内部のどこかを攻められただけならば、全方位から逃げ場を失わせて簡単に対処ができる。だが『端』はそうはいかない。オセロで角を取られれば、それはもう取り返せない。黒く染まった角から内部へと侵食を始めるだけだ。故に強固な防衛線を築く必要があり、技術を集中させるのも本来であれば国の内部にしておきたい。しかし土地の特性上、水に溢れかえったニミセトは発展してしまった。

 街のあちこちには民家を装った兵器の格納施設が点在し、何時如何なる状況においても柔軟に問題を対処、排除できる。データベース上の介入や外部からの接触、閲覧も当然無力化され、グレムリン・ノーテイムが『ノーテイム』用に改造を施した特別製の解析用魔装を使わなければ、易々(やすやす)とデータへの侵入を拒んでいた。はずだった。今まで一度も事例がなかったという街全体どころか国そのものの慢心が仇となってしまった。実際に起こってしまった結果は覆らない。

 計算外といえば『オーク・ノーテイム』が敗北したこととまだ相手が諦めてなかったことだろうか。あちこちに散らばっていた大水蟷螂レーザーマンティスが一点へ群がる。


「オセロの角を守るためにチェスの駒を持ち出すか」


 グレムリン・ノーテイムは憐れみを含んだ笑いをこぼす。

 コツン、と。

 軽くノックするように手の甲が触れたところからあらゆる可動域が無理やり広げられた。とてつもない熱量の光線も、対象を細切れに切り裂く刃も。役割を果たす前に捩じ切れ、火花を散らして爆ぜていく。

 これが『ノーテイム』。これこそが『グレムリン・ノーテイム』。名前の通り機械に悪戯いたずらを。敬意を忘れた人間を嫌い、機械の誤作動を引き起こす妖精は、軽い動作で襲い掛かる熱光線を、刃を、躱して受け止めて捻じ曲げる。


「さては今、()()()()()?」


 大水蟷螂レーザーマンティスには二つのモードが搭載されている。一つは事前にプログラムされた通り規則正しく、無慈悲に敵を狩るオート。もう一つは遠隔から人間が操縦し、より複雑な動作を可能にするマニュアル。

 最新防衛兵器の群れがただの鉄くずに変わっていく光景をカメラ越しに眺めていた地下最終防衛線管理局、通称『守護者』のメンバーは戦慄する。普段は各委員会に属し、定期的な会合を開いて報告を行う組織。ここでモニターを眺める全員がそう思っていたはずだ。これから先も永遠に平和が保たれて、自分たちはただ定期的な報告を行うだけでよかったはずだ。今まで一度だって実戦に駆り出されたことなどない。大水蟷螂レーザーマンティスの訓練だって、和気あいあいとしたレクリエーション感覚だった。


「化け物めっ...!」


 大水蟷螂レーザーマンティスを操作する誰かが呟いた。

 彼らは化け物がこちらへ向かってきていることをモニター越しに理解した。だからこそ、逃げ出したい気持ちを必死に抑えてコントローラーを握る。中には耐え切れず、使命を投げ捨てて逃亡した者もいる。

 ここで我らが退けば、いったい誰が街を守るというのだ。恐怖を正義で塗りつぶし愛する街を守るために。無意味かもしれない兵器群を操る。


『お勤めご苦労。俺ちゃんたちを知っているよな?ならばこれから先の行動一つ一つに細心の注意を払うべきだぜ。命は大切にしねえとなあ?』


 画面の向こうを蹂躙する金髪ロン毛の不良青年が、嘲るように言った。

 チェスの駒では、オセロの角を守れない。黒を白にひっくりかえせない。そんな当たり前のこと、はなからわかってる。それでも。負けるとわかっていても、彼らにはやるべき使命があった。正しいと信じるこころざしがある。弱者なりのプライドがある。守るべき民がいる。今すぐにでも逃げ出せば、万に一つくらいは逃げ切れるかもしれない。どこか遠い地で安息を送ることができるかもしれない。だが残された民はどうなる。些細な抵抗すら許されずに、ただ命を刈り取られるのを待つだけじゃないか。

 こんな理不尽を許すな。


「逃げたい者は逃げろ。帰りを待つ家族がいる者もだ。これは隊長命令である」


 特に筋肉質な軍服の男が言った。

 異論を唱えるのは、ここに残り続けたそれ以外の全員。白衣を着る者、スーツの男性。統一性のない服装の上に、全員が同一のジャケットを羽織った。胸の位置に描かれているモノは街のシンボル。水仙の花のまわりを円が描くようにツタが囲むこのマークは、彼らの誇りであり、信念の表れでもある。ばらばらだった服装がグレーのジャケットに上書きされる。


「隊長、我々は結成以来初めて、貴方の命令を放棄します」


 頼もしいものだ、と隊長と呼ばれた男は微かに笑った。恐怖にビクつく者は誰一人としていなくなり、残ったのは勇敢なる街の英雄だけとなった。今逃げ出しても、だれも咎めはしなかっただろうに。街のどこかのシャッターが開き、中から巨大な多脚戦車のような兵器が動き出す。

 届かぬ命でも、手を伸ばすことに意味があるように。


「...追加が来たな。ひーふー、みー...八体。これで全部かあ?」

『ほんと、懲りない』


 二体の怪物が通話越しに、更に同時に力を振りかざす。

 一方は『関節』触れた瞬間()()()という機能を備えたすべての物質へ働きかける間接的な破壊の術式。触れれば即終了の肢体が、無造作に街の希望を破壊する。


「ぐっ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 遠吠えのような声が、画面の向こうの存在へ向けられた。隊長と呼ばれた軍服の男の両手には、他の隊員とは異なる形状の操作端末が握られていた。両腕全体をすっぽりと覆い、即腕部に位置する場所から生えたワイヤーのようなチューブは、モニター下の仰々しい機械の塊に接続されている。神経ごと接続することによってマニュアルの更に先の行動範囲を獲得した。本当に最期の手段だ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 再現される耐え難い激痛に、彼らの視点からは本当に血が体から溢れかえるような錯覚さえあった。全身ががくがくと震えるし、目のピントがうまく定まらない。思い描いた通りの攻撃が、吸い込まれるようにグレムリン・ノーテイムの脇腹を掠った。一撃にも入らないであろう奇跡的な一手は、この時ばかりは心の支えとなる。


「質が変わった...?操縦者が切り替わったか、高度な操作を得るための手段といえば感覚の()()()当たりだろうな」


 レバーとボタンで機械を操作するのと自分の体を自分の脳みそで動かすのに絶対的な差が生まれるように。

 ある男の最終手段。そして無意味で、無力で、無価値で、無駄な努力に、思わず金髪の目付きが悪い青年の表情が邪悪に歪む。

 ガッギィィィィィン!!と。

 再び振り下ろされた刃は青年のちっぽけな掌で止まっていた。明らかに人肌と刃がぶつかった音ではない。近い音を表現するなら、鉄パイプ思い切りコンクリートに叩きつけた音に似ていた。

 グレムリン・ノーテイムの五指が刃を挟む頃、大水蟷螂レーザーマンティスの鋼の肉体から異音が発せられる。


「俺ちゃんは研究の過程で生身を捨てた。爪先から頭のてっぺんまで、脳みそ以外を完全に」


 生身を基にした魔装人間サイボーグ。それがグレムリン・ノーテイムの正体だ。人体というしがらみを捨て、脳みそだけを空っぽの器に移した。血液の代わりに全身を循環するのは体外から取り入れるマ素。筋肉の代わりに全身を複雑に組み合わされた部品が動かす。


「脳みそは演算回路として必要だったが、損傷すれば行動に支障をきたす筋肉や骨、内臓なんていらない」


 グレムリンとは、機械に悪戯をして誤作動を引き起こす妖精の仲間として知られるが、本質は全く別のところにある。かつてグレムリンは職人の発明の手助けする妖精だった。それを人間が敬意を忘れたため、嫌って悪さをするようになってしまった。強欲な人間は目の前の利益だけを捉えし、過程やそれに携わった全ての存在への注視を怠った。結果として生み出されたのが現在、広く認知されている『グレムリン』というだけのこと。

 つまり魔装や金属の肉体は、彼にとって都合がよかった。

 ギギギギギギギギギギギギギギギギギッッ!!!

 金属の塊が、()()()歪んでいくことで生まれた音。あるいは操縦者が歯を食いしばる音だった。当然、痛覚までも再現することだ更なる高性能を実現させた彼の全身は最大級の危険信号を発し、彼がそれに気づくころには耐え難い苦痛の渦に意識が呑み込まれかけた。


「隊長!危険ですっ!!リンクを解除してください!!」


 叫んだ誰かの声も掻き消され、届かない。届いたとしても聞き入れたかと問われれば、恐らく否だろう。残り一体しかない大水蟷螂レーザーマンティスが失われれば本格的に抵抗の手段が失われる。対象の排除まではいかなくとも、少しでも負傷を与えられれば時間稼ぎになるかもしれない。もはや勝って生き延びるかが問題ではない。

 如何いかにして次に繋ぐか。


「お前たちは採取したデータを写してこの場から避難しろ!次に繋ぐんだ!!」

 

 言われた通りに隊員の一人が行動した。隊長の行動を無駄にするまいとモニター下の機械群の一つに端末を接続した直後。大水蟷螂レーザーマンティスの脚が三本、暴風に揺られる枝きれのように千切れ飛ぶ。舌に噛みついていなければそのまま意識は失われていただろう。

「ぐうううううううううう!!」


 痛みとは肉体が発する危険信号に他ならなず、痛みがなければ生き物は己の肉体の危険を認知できない。()()()()()()()()という悲劇さえあり得るのだ。しかし過剰な痛みはショック死を招く。つまり彼は、痛みと戦っている。意識を保つために噛み締めた舌から僅かな出血が見える。今までにないアクロバティックな動きで、二つの刃と八つの熱光線が()()あり得ぬ方向へ曲げられた。

 勝負はまだ終わっていない。


「勝負はこれからだ、とでも思ったか?」


 大水蟷螂レーザーマンティスの頭部が横から拳に打ち抜かれた。決して軽くはないであろう金属製の虫のバランスが崩れ、グレムリン・ノーテイムは片足で倒れた大水蟷螂レーザーマンティスの頭部を踏みつける。

 

「隊長!!」


 やはり、相手は『ノーテイム』

 全人類の異常性だけをかき集め、粘土のようにこねられて生み出されたとさえ思えるほどの異常。

 鋼蜻蜓ハガネヤンマはそもそも運用できない。土竜では手数不足。頼みの綱の感覚再現操作もまるで通用しない。不安げに見つめる隊員の姿が視界の端に写りこんだのがわかる。


(せめて、せめてもう一撃だけでも!!)


 瞬間、グイン!と隊長と呼ばれた男の瞳が照準を失った。

 本当に、つまらない結末だった。

 地下室の中で、大水蟷螂レーザーマンティスを操る全ての意識が明確に断ち切られる。


『もうめんどくさいからこっちで全部やっちゃったよ。データの削除だけそっちでお願いね』

 いつの間にか()()()()が地下室内に侵入している。

 もう一人の可憐な少女の姿の怪物は踊るように。街と平原を隔てる壁の上で人差し指を向けていた。特徴的な黒髪のツインテールが風に揺れて、ニンフ・ノーテイムは舞い踊る。

 花弁のように

 あるいは小鳥のように

 制御を失った大水蟷螂レーザーマンティスが崩れ落ち、積み上げられた鉄くずの山に腰かけたグレムリン・ノーテイムは退屈そうに体を伸ばす。


 ところで、と。黒髪ツインテールの少女が疑問を口にした。


『脳みそ捨てたうんぬんって、わざわざ話してあげる必要あったの?』

「?」


 通話越しなので表情は伝わらないが、声から自分の兄が首を傾げたのを想像できた。嫌な妄想がニンフ・ノーテイムの頭の中を埋めつくす。


()()()()()()()()()()()()()()?」

「......!!?」


 初めて、ニンフ・ノーテイムの表情に焦りが見えた。彼女の想像が正しければ大水蟷螂レーザーマンティスとの交戦中、また別の何者かが介入した可能性がある。『ノーテイム』の意識の隙間をいともたやすくかいくぐった未知の存在が。

 『ノーテイム』にすら危険に映る何かが。


『答え合わせをしよう』


 暗闇の中から発したのは、薄い青髪が特徴的な海人族の男だった。子供に話しかける教師ような口調で。包帯でぐるぐる巻きにされた胸に胴体を当てた未知なる存在は、穏やかな表情を保ったまま鉄くずに座り込むグレムリンを捉えていた。


「ニンフ」


 ヘラヘラと散々ふざけた表情を浮かべていたグレムリンの顔が引き締まる。すっかり背景と化した大水蟷螂レーザーマンティスの残骸を背に、半身を前に出して立ち上がる。


『お兄ちゃん逃げて』


 少女の華奢な体に悪寒が奔った。

 もしも、仮にというどこにも根拠のない話だが。『オーク・ノーテイム』の思考の中にも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。オーク・ノーテイムの思考のズレも説明できるのではないか?


 グレムリン・ノーテイムは通話終了のボタンなど触っていなかった。それなのに通話はブツリと途絶え、残された二人はお互いを見据える。



たくさんのブックマークと評価をありがとうございます!

まだまだこれから、頑張ります。

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