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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
34/268

なかよし兄妹は今日も皆殺す



 ギギィ、と扉が軋む音を立てた。

 扉の向こうから出てきたのは、長い金髪を後ろでまとめ、目はサングラスに隠れている。

 グレムリン・ノーテイム。まごうことなき純正の『ノーテイム』の一人の不良青年が、右手で引きずるものを無造作に放り投げ、べちゃりと水分を含んだ音とともに地面に張り付いた。投げ捨てられた物の正体は人形のように、可動域が人間を超えた男の死体。本来であれば絶対に曲がらない方向へ全身がぐにゃりと歪み、軟体生物を思わせる格好になった死体の表情は苦痛に歪んでいる。最期は泣いて許しを願ったのだろうか。口は大きく開き光のない目は大きく見開かれていた。

 男はポケットから液晶付きの薄い板のようなものを取り出すと側面のボタンを軽く触り、親指で画面をスライドして誰かからの着信履歴を確認する。


「...もしもし?どったのよ」

『どったの?じゃないでしょ!電源は常に入れておいてよ!』


激高する声は若干幼く聞こえる少女のものだ。これまた『ノーテイム』の一角。ニンフ・ノーテイム。オーク・ノーテイムやグレムリン・ノーテイムとまた同じ純正の『ノーテイム』。ファミリー内の()()9()()。黒髪ツインテールの少女はこめかみに血相を浮かべ、薄い科学の板に可愛らしい表情を般若のごとく変えて怒鳴っていた。


「大体お兄ちゃんはいつも適当すぎるのよ!!この前だってそう。靴下は脱ぎっぱなしだし部屋は足の踏み場もないくらい汚いしずぼらだしせっかくもらったお小遣いは全部変なフィギュアに使っちゃうし!」

「オイオイオイオイオイオイオイオイ!人のプライベートに深入りすんじゃねえよ。俺ちゃんだって趣味くらい持ったっていいだろう!?」

「ちゃんと働くなら!ね!」


 彼の、グレムリン・ノーテイムの背にそびえる建物は多種族国家トルカスの中枢とニミセトを繋ぐ情報伝達処理所。いわば街と外の連絡を司る施設である。対テロ用にあちこちに加工が施された建材で組み上げられたはずの建物は、防弾ガラスは粉々に砕け、あちこちに大きな穴が開き、施設に勤めていた職員は警備員ごと全滅。しかもグレムリン・ノーテイムには傷一つとして見えない。

 グレムリン・ノーテイムは街灯の光を帯びててらてらと輝くサングラスを額へ押し上げ、けだるげに通信用のスマホ(?)から聞こえる声に顔をしかめる。


「たとえばだ妹よ。この仕事、真面目にやって期待通りこなしたとしても、報酬は5000万リスクしか入らない」

『5000万リスク()よ。すぐお金使っちゃうから金銭感覚麻痺ってるんじゃないの?』

「俺ちゃんの()は他の『ノーテイム』より多額の資金が必要なんだよ。なのに親父の野郎。報酬の半分を持ってくんだぜ?俺ちゃんたちの手元に残るのはたったの2500万リスクだ」

『2500万リスク、()!残るんでしょ!』


 いちいちうるさい妹だな、と彼は思っていたが2500万リスクといえば日本円でまんま2500万円。ちょっとした一財産並みの金額だ。そんな大金を一夜で消費してしまう彼のほうがおかしいのは明確だが、彼にも彼なりの理由がある。

 例えばオーク・ノーテイムは『繫殖』を信仰する『ノーテイムファミリー』だった。彼の妹のニンフ・ノーテイムは『免疫機関』を信仰するノーテイムで、彼の従兄弟いとこは『骨格』を信仰した。同じように彼にも、グレムリン・ノーテイムにも信仰するものがある。

 人体の可動域を制限する部位。つまり『関節』だ。


『本来曲がるべきではない方向へ機械の配線や人体の可動域を無理やり方向転換させる魔法、ね。確かに機械をぶっ壊しちゃういたずら好きな妖精っていうグレムリンの名にふさわしい魔法だとは思うけど』

「『ノーテイム』が現在の結果だけで満足することないなんて、ニンフもよく知ってるだろう?ヒトは1が完成したらしばらく1を堪能するらしいが、俺ちゃんたち『ノーテイム』は失敗作だ。1が完成した瞬間に2を目指しちまう」


 探求心とは不思議なもので、ヒトが何かをしたい。挑戦したいという感情の大半は探求心から成っている。新しい可能性への挑戦。未知数の追求。

 グレムリンが『ヒト』を理解できないも無理はない。『ノーテイム』は()()()()()()()。生まれながらに脳内から『普通なら』を排除された行動理念を持ち、才能を許されず。努力を積むことでしか『人間』以上になれない哀れな失敗作。


「物理的な方向転換だけじゃない。概念的な方向転換。俺ちゃんが目指すには膨大な金と時間が必要だ。それこそトルカスの技術パクッて他国にぼったくり価格で売りさばいたりしないとな」


 水路を覗けば最新の浄水魔力供給装置がある。上を見上げれば適度な光度を常に保つ街灯が照らす。おまけに先の浄水装置は空気中の水分量も調整し、適度な湿度を保ち街を快適に仕上げる機能付き。多種族国家トルカスの技術が結晶したのが煉瓦と水の街ニミセトだ。何気なく街を構成する煉瓦も加工が施され、熱を受け入れず衝撃にも強い。少し探せば技術が見える。計り知れない価値を持つ技術が溢れかえっている。盗んで他国にでも売れば膨大な金になるだろう。


「あ?」


 直後、閃光がグレムリン・ノーテイムのすぐ隣を通過した。正しくは、ほんの少しだけ体を動かして紙一重で回避する。通信機器を耳に当てたまま、表情一つ変えやしないグレムリンの瞳が、ぎょろりと閃光の発生源を捉える。


『何?今の音』

「なんでもねえよ。あれは確か...鋼蜻蜓と同じニミセトの対テロ用最新防衛兵器だったな。ほら、ゲジみたいな多脚の虫っぽい、名前は確か...」

『あー。大水蟷螂レーザーマンティスだっけ。一本一本の足先に熱光線を搭載した無人兵器』

「これって無人なの?よくこんな複雑な動作できんな。さすがは最新の街ってところか?」


 余裕の笑みを浮かべ、グレムリンはやはり襲い来る光線をすべて紙一重で躱す。触れた瞬間、有機物だけを蒸発させる死の光線を、臆することなく丁寧に、片手間といった様子で避ける。


「こいつはいらねえなあ。搭載されている熱光線もシンプルな量産型だし、俺ちゃん古~いもんに興味ない」


 言った直後に、グレムリンの体が大きく跳ねた。元居た場所には複数の熱光線が一点集中され、動いていなければ今頃灰にすら成れなかっただろう。滑空するように宙を舞うグレムリンの手の甲が、蝿でも払いのけるように大水蟷螂レーザーマンティスの一体に触れた。超接近したグレムリンの全身に光線放射装置付きの脚先が向けられる。


メギギギギギギギギギギギギギギッッッ!!!


 軽く触れただけの大水蟷螂レーザーマンティスの脚や細かな部品の接続部が、いびつな音とともにねじ曲がる。

 ゆっくりと、本来であれば絶対に曲がらない方向へ『関節』が捻じれ、火花を散らし、遂には内部から爆ぜた。

 

「こんだけ好き勝手やって国家の中枢との連絡も切断されれば、なりふり構ってられねえのも当然か」


 言ってるそばから新しい『兵器』が牙を剥く。ただしあまりにもか弱すぎる、グレムリンには子犬の乳歯のようにしか見えない牙を。

 次に()()()()()()()兵器は巨大な土竜もぐら。それも10メートル越えの超特大サイズの。遂に景観保護すら捨てたニミセトの最終防衛線は、ショベルカーのような前足を大きく振りかざす。振り抜く。

 しかし足りない。『ノーテイム』を殺すどころか、傷つけるにさえ至らない。


 ガキィン!!という甲高い金属音が当たりに響いた。

 グレムリン・ノーテイムの右手が、無造作に巨大な鋼鉄製土竜の前足を受け止めた音。人間の体が発するにはいささか違和感を感じる音。だが確かに、数百キロの重圧を片手で受け止めたグレムリン・ノーテイムに出血はない。むしろにやりと笑って、言い放つ。


「無駄だっつーの。『関節』がある限りはな」


 再び甲高い金属音が炸裂した。ひしゃげた前足二本を土竜のレンズのような瞳が無機質に捉え、肩のあたりから蒸気が噴き出たと思えば、両腕部が切り離される。伝染を防ぐためだろう。外部から操作している警備委員会ガード・コミュニティが先方に大水蟷螂レーザーマンティスを送り込んだのはグレムリン・ノーテイムの行動と攻撃方法を観察するためか。


『たぶん今お兄ちゃんがぶっ壊そうとしてるのは穴掘り師。普段はパーツごとに街中の地中のケースに散らばってて、ボタン一つで連結、敵を排除する兵器よ』

「ってことは遠隔で操縦してるやつがいるってことだよな?」


 次の瞬間には、土竜は原形をとどめるのを辞めた。全身が展開し複雑な内部パーツを露出する中で、青白い光が埋め尽くす。


「よっ」


 最後の手段も、街の一部も破壊してしまう苦肉の策すらも、そんな軽いタッチとともに捻じれた。全身がまるで雑巾のように歪み曲がり、金属でできているとは思えない形となって崩れ落ちる。


『終わった?』


 妹の反応もまたドライだ。さも当然だといわんばかりの口調で淡々と話しを進める。


「そんで、連絡の内容は?」


 妹が妹なら兄も兄。ほとんど同質の無機質でドライな口調で、投げやりに口調を荒げる。ただしやるべきことは理解してるようで、通信端末を肩と耳で挟み、ボロボロに崩れて火花を散らす機械に無造作に手を突っ込んで何かを探る。

 必要なのは通信履歴、もしくは過去のデータログ。データベース上でもなんでもいい。とにかく通信先を特定し、情報の漏洩を防ぐための殺戮を実行するために。最低でも画面を通してカメラの映像を眺めていた人物くらいは見つけ出さねばならない。

 ベギベギッッ!!と厚い鉄板を素手で引き剥がし、剥き出しになった配線や内部の回路。魔法的記号の数々を暴いていく。しばらくの沈が過ぎた後に、耳元から心なしか少し小さくなった少女の声にグレムリン・ノーテイムが作業を中断する。


『オークおばちゃんがやられた』


 グレムリン・ノーテイムの瞼がぴくりと反応した。

 オーク・ノーテイムといえば信仰する『繫殖』の魔法で半永久的に『死亡』することがないように作られた存在のはずだ。無限の命で敵を押しつぶし、軽々と『自分』すら切り捨てる異常性の塊。ファミリー内の序列こそ自分や妹より低いものの、戦いたくない存在のランキングがファミリー内に存在すれば間違いなく最高ランクに名をはせるであろう女だ。個々の力はそれほどでもないにしても、無限に増えるという魔法の特性上、そう簡単にやられるとは思えないが。


「誰がやりやがった」

『例のターゲット。確か身体能力を強化する異能の咎人よ』

「身体能力の強化?本当にの本当にそれだけか?」


 疑問が残る。仮にも繁栄を司る『オーク』の名を冠するノーテイムの一人が、身体能力を強化するだけというシンプルな異能に敗北するものなのか?ましてや『オーク・ノーテイム』はノーテイムの中でも最も死という概念から遠い存在のはず。彼女を確実に死に追いやるには、膨大な範囲、それこそ街一つ消し飛ばすほどの攻撃を繰り出さなければ『すべて』は消滅しないはずだ。


『指揮官の存在を逆手に取られたね。おばちゃんの無性生殖ノーマンハーレムはほぼ無限に等しく自分を構築できる代わりに、必ず一個体の指揮官が必要になる。常に思考を統一しないとほんのちょっぴりでもおばちゃんの別の意思が表層に出てきたらそれだけで集団が崩壊する』


 ピピッ!という通知音とともに事の経緯について詳しく記された文章や写真がグレムリン・ノーテイムの端末へ送られる。耳から離した端末を首の前あたりへ持っていき、資料を目に入れたグレムリン・ノーテイムの疑問は消えやしない。むしろ深まるばかりだった。


「無限に増えるといっても行動範囲はそこまで広くねえし。せいぜい街一個分くらい。だが戦場以外にもスペアの個体を残しておくだろ普通。それにおばちゃんは俺ちゃんやお前よりも頭いいんだぜ?算数が得意とか魔法に詳しいとか曖昧な基準以外で、数値化されたデータとして。なのにどうしてこんな単純な罠なんかにあっさりと引っかかった?」

『スペアはちゃんと作ってたよ。私おばちゃんがスペア造ってるとき隣にいたし。でもね。スペアの反応も徐々に徐々に消えてった。暗殺されたんだよ。一体ずつ』

「チッ」


 そう。オーク・ノーテイムは武術の達人ではない。レベルで言えば少し怪力。少し武術をかじった程度でしかない。数で押しつぶすという戦法上、個の力を必要としなかった結果、実力者相手の一対一では常に後手に回ってしまう欠点があった。数押しという一つの暴力の果てを追求した弊害が、彼女を殺した。


『報告は以上。お兄ちゃんはそっちで使えそうな残骸集めて噴出点でも作るか、お金でも集めてて。基本的にはあとは自由』

「そうだ、せっかく馬車に一か月も揺られてほぼ一日ボートの上で過ごしたんだ。こんなところで終われるかっつーの」


 グレムリンはぐちゃぐちゃに粉砕された機械仕掛けの土竜や昆虫を思わせるデザインの兵器の内部を漁りながら、首と肩の間で挟んだ端末に苛立ちを醸す。あまりいいものが見つからないらしい。どうやら妹のほうも術式の維持でそこそこ忙しいようで、今回の作戦で最も重労働を強いられてるのは間違いなく彼女だろう。


 街の物理的な封鎖。

 魔法的通信手段の妨害。

 街全体の偵察から状況を雇い主に報告することまで。


 ほとんど彼女一人でこなしているのだから恐ろしい。その分自分が楽できるのだから彼としても感謝している。


(警戒すべきはターゲット01。警備委員会ガード・コミュニティやご自慢の最新兵器とやらは気にする必要もない)


 既に身内の一人が死亡したことに二人は悲観しない。彼らもまた『ノーテイム』。オーク・ノーテイムと同じように命の価値観が通常のそれから大きく外れた人種。身内だろうが他人だろうが家族だろうが兄弟だろうが命の価値は常に一定。もはや『オーク・ノーテイム』の死は過去のモノになりつつある。


 グレムリン・ノーテイムが通信端末の代わりに取り出したのは、木製の正方形。土のように一色に塗られた10センチ正方形を、機械の配線の一部に無理やり押し入れる。昔から情報を洗う際に広く使われた術式を改造したもので、『ノーテイムファミリー』仕様に改造された解析用魔装。乱雑に配置された土色の正方形の側面に、記号のようなものがびっしりと羅列する。


「チッ。コアパーツが破壊された瞬間データの一部を切り崩す仕組みか。これじゃカメラの先でゆっくりくつろぎながらこっち眺めてたやつを探知するのにかなりの手間と時間がかかる。俺ちゃんピンチ」

『お兄ちゃんってかファミリー全体に影響を与えるような情報の漏洩は絶対やめてよ?お兄ちゃんがお父さんに殴られるのは確定として私まで巻き込まれたらたまったものじゃないもの』

「妹よ。俺ちゃんはお前をファミリーの誰よりも信頼してる。そこで折り入って相談があるんだがな...」

『嫌。この案件は私が一番仕事してるの知ってるでしょ???』


 全部言い切る前に断られた。しかも若干キレ気味で。妹なだけあって、これから彼が言おうとしたことを事前に汲み取って即答で却下されてしまい、若干へこんだ。

 あからさまに肩を落としたグレムリンはついに、年下の妹へ対してプライドを捨てた子供のような駄々を決行する―――――。


「いやだいいやだい!俺ちゃん働きたくないやい!!」

『やめてよ恥ずかしい!!それじゃお父さんに一族の恥なんて罵られても仕方がないわよ!!』


 こうしてふざけている間にも記録の解析は進む。破損したデータの破片がかき集められ、クロスワードの空白を埋めるように組み上げられていく。

 グレムリン・ノーテイムも指先で土色の正方形をなぞり、文章化されたデータのを解析する演算に突入した。なんやかんや言っても課せられたノルマはしっかりと達成するのをニンフは知っているが、手を貸すと調子に乗ってあれこれ楽しようとするのも嫌というほど知っていたので、無暗に助力はしない。


「解析完了まであと18分。もしかしてこれ片っ端からそれっぽい施設襲撃したほうが早いんじゃね?」

『そっちのほうが疲れるにきまってる』


 『人間の失敗作』たるノーテイムファミリーの序列9位。

 ニンフ・ノーテイムは苦労が絶えない。



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